千葉県ご当地ナンバープレート紹介・一覧

原付・小型バイクのご当地ナンバー

【千葉県編】

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千葉県ご当地ナンバープレートの紹介です。地域の観光・グルメ・道の駅情報なども少し扱っています。

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原付のご当地ナンバー都道府県別目次はコチラ

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大多喜町(おおたきまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県夷隅郡大多喜町 城と渓谷の町 人口8,982人

地元の観光名所 大多喜城と養老渓谷の栗又の滝をデザインしたものです。2017年から50cc以下の白ナンバーを対象にの交付されています。

大多喜町は房総半島の南東部にある町で、千葉県下最大の町域を有しています。7割程度が森林であるため、中心駅であるいすみ鉄道大多喜駅周辺をはじめ各駅周辺に市街が発達していますが、大きなものではありません。養老渓谷温泉など観光産業を中心に、稲作や林業が行われるほか、日本で初めて天然ガス事業を行った大多喜天然瓦斯株式会社(現関東天然瓦斯開発、本社茂原市)が創業した地でもあります。1947年をピーク(人口2万超)に人口減少に歯止めがかかっておらず、消滅の可能性が指摘されています。

大多喜城は、1521年に真里谷信清が築いた小田喜城をもとに改修を加えられた城で、里見氏が上総国を没収された後に徳川四天王の一人 本多忠勝の居城となりました。再建された(あるいはもともと実在しなかったか)天守の内部は千葉県立中央博物館大多喜城分館になっています。隣接する千葉県立大多喜高校の敷地内に門や大井戸(周囲17m、深さ20m)があります。近くにメキシコ通りという通りがあり、1609年に難破したドン・ロドリゴ総督一行を時の城主 本多忠朝(忠勝の弟)が歓待したことに由来しています。大多喜町は現在も町としてメキシコのクエルナバカ市と姉妹都市関係にあります。

養老渓谷は大多喜町栗又~市原市朝生原を流れる養老川の渓谷です。紅葉や滝、温泉で有名な観光地で土産屋や旅館が並び、当地の主要な観光地となっています。滝見苑けんこう村 ごりやくの湯という入浴施設ができています。

向山・共栄トンネル(素掘り二層式トンネル)は養老渓谷の温泉街葛藤のあたりにあります。写真に撮ると蛍光灯の波長の関係で、壁面が緑色に染まって見えるということから、千葉県の名物的存在である素掘りトンネルの中でも人気の高いトンネルです。

道の駅たけゆらの里おおたきは国道297号沿いにある中規模の道の駅です。当地の特産品としてたけのこ・イノシシ肉・地場産野菜・乳製品等を扱っています。イノシシの子どもを模したうり坊まんはイノシシ肉を使った肉まん、ピンクのうり姫まんがあん饅です。

チーズ工房 千は大多喜町馬場内にある古民家を改装したもので、オンライン販売のほかは月に一日(第一日曜)のみ販売を行っています。農林水産大臣賞を受賞した職人がチーズを作っていて、新聞・テレビでも取り上げられるなど有名な工房です。


柏市(かしわし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県柏市 みんなでつくる安心、希望、支え合いのまち  人口414,000人

サッカーJリーグのクラブチーム「柏レイソル」のキャラクター「レイくん」が描かれています。2017年から50cc以下の白ナンバーを対象に交付されています。

柏市は千葉県の北西部にある市で県下5位の人口を有し、中核市・業務核都市に指定されています。1960年代から首都圏のベッドタウンとして開発がすすみ、現在も安定した成長を見せています。JR常磐線・東武野田線の柏駅はつくばエキスプレスが開業するまで長らく県下一位の乗降客数を誇り、周辺には大規模な商圏が形成されています。市域の1/4程度が農地で、日本で初めてチンゲンサイが栽培されるなど畑作・果樹作が盛んに行われますが、後継者不足で農業全体は衰退傾向にあります。

柏駅周辺は一大商業地となっていて、西側には当地のシンボル的存在である柏高島屋ステーションモール(映画館併設)、東側には約1.5kmにわたりレイソルロードという道が日立フロンテアスタジアムまで伸びています。駅周辺にある柏神社は、山形県出羽三山の月山・湯殿山・出羽の三社と京都祇園の八坂神社を合祀する神社です。

柏の葉はもともと柏通信所(キャンプ・トムリンソン)の跡地を再開発した地域です。1979年に全面返還された土地は、柏の葉公園を中心に東京大学柏キャンパスや千葉大学柏の葉キャンパス、国立がん研究センター東病院など公の施設が集まるエリアになっています。

あけぼの山公園とあけぼの山農業公園(前者は市の公園緑地課、後者は農政課が担当)は市の北部にある風致公園です。あけぼの山(さくら山)を中心としたあけぼの山公園に市民農園や果樹園、体験農園などのあけぼの山農業公園が一体となっています。千葉屈指の桜の名所ですが、チューリップやひまわりでも有名です。

東海寺(布施弁天)は関東三大弁天のひとつで、807年に空海が嵯峨天皇の勅願により創建したとされる真言宗豊山派の寺院です。かつては利根川の水運が発達していたことから参詣者が多く、数多くの茶屋がひしめいていたといわれています(なお、たくあん漬けは品川区の東海寺)。上記あけぼの山公園の北側にあり、同公園の一角は、元はこの寺院が所有していたものです。

下総航空基地(しもふさこうくうきち)は柏市・鎌ヶ谷市にまたがって位置する海上自衛隊の基地です。秋に基地開設記念行事として展示飛行や航空機の展示が行われるほか、随時見学ツアーを受け付けています。

柏まつりは柏駅周辺で7月下旬に行われる祭りで、毎年70万人の人出がある千葉有数の祭りです。平成6年から柏ねぶたが行われて好評を博していましたが、2019年を最後に廃止となっています。


習志野市(ならしのし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県習志野市 あしたのハーモニーが響くまち 人口167,900人

ご当地キャラクターの「ナラシド」が描かれたナンバープレートです。2017年から50cc以下の白ナンバーを対象に交付されています。

習志野市は千葉県の北西部に位置する市です。「習志野」とは現在の船橋市二宮町あたりから広がっていった広域地名で、明治時代に陸軍の演習場が置かれていた習志野原に由来します。現在の習志野市は首都圏まで20~30分のベッドタウン、または文教地区や商業地区として知られています。埋立地の臨海側は団地と流通関連の企業所有地、内陸の東側は内陸型工業が発達しています。農業はわずかに行われるのみです。

習志野市津田沼はJR総武本線津田沼駅、新京成線新津田沼駅、京成本線京成津田沼駅と駅が密集する地域で、関東有数の繁華街が形成されています。1970年代に西友・パルコ・高島屋・ダイエー・イトーヨーカ堂が出揃い、以前は「津田沼戦争」と呼ばれる商戦が繰り広げられた地域で、現在も様々な業種の店舗が目まぐるしく入れ替わっています。なんでも揃いますが、書店が充実している印象です。駅から徒歩7分ほどの菊田神社は、810年に創建されたとされる旧久々田村の産土神です。

谷津バラ園は市営のバラ園で、元は京成電鉄が運営する谷津遊園という海水浴・潮干狩りができる海辺の遊園地のうち、一施設が残ったものです。800種7,500株ほどのバラが整然と咲き、春・秋に大勢の観覧者を集めます。また、「巨人軍発祥の地」の碑があります。

ル・パティシエ ヨコヤマはTVチャンピオン(東京テレビ)のケーキ職人選手権を3連覇したことで知られるシェフ横山知之氏の洋菓子店です。市内に谷津店・京成大久保店があります。

谷津干潟はラムサール条約登録地、日本の重要湿地500指定地に含まれる干潟で、前述のバラ園や市立谷津南小学校の南側に広がっています。国が所有していたために1960年から70年代にかけて行われた埋め立てを免れて残ったという経緯から、造成地の中にポツンと残る長方形の干潟となっています。東京湾に飛来するシギやチドリ類などの重要な生息地になっていて、自然観察会などがおこなわれています。

習志野市東習志野には1915-1920年の間、ドイツ兵1,000人ほどを収容する習志野捕虜収容所が置かれていたため、国内のソーセージ製造の発祥地になっています。当時のレシピをもとに製造されるソーセージは「習志野ソーセージ」という地域ブランドになっています。


野田市(のだし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県野田市 市民が創るふれあいのまち野田-活力とみどりゆたかな文化福祉都市 人口153,600人

まめバスと清水公園の桜、コウノトリが描かれています。野田市章の「の」(コウノトリの目や桜部)やアルファベットのNODA(プレート左下部)もはいったデザインです。2017年に50cc以下~125ccまで3種が交付され、交付終了しています。

野田市は2003年に関宿町を編入合併したため、千葉県北西端の自治体になっています。利根川と江戸川に挟まれた細長い市域を有し、西は埼玉県、東は茨城県に挟まれた格好です。キッコーマンとキノエネ醤油(白醤油部門最大手)が本社を置く「醤油のまち」として知られ、枝豆の国内の主要産地の一つです。中心駅として野田市駅ないし愛宕駅(市役所最寄り)がありますが、商業地は東西に分かれて存在するため、繁華街というほどではありません。最近では最北端の川間駅周辺の開発が進んでいます。

野田市の醤油醸造は江戸時代初期に遡ることができ、かつては利根運河や江戸川の水運を利用していました。近代化産業遺産「野田市の醸造関連遺産」として多数の邸宅・蔵・工場などが保存されています。また、野田市郷土博物館(野田市駅北西側にある)では敷地内に旧花野井家という古民家が移築され、醤油に関する展示のほかに和風庭園が見られます。また、旧家としては上花輪の名主高梨家の邸宅を改築した上花輪歴史館(国の名勝)があります。

清水公園は28万㎡の敷地を有する、千秋社というキッコーマンの主要株主の一つが運営する風致公園です。桜(日本さくら名所100選)やツツジの名所として知られるほかに、フィールドアスレチックに水上コースがあり、高い難度で知られています。

三ツ堀にあるコウノトリの里は野田市が生物多様性を保存するために作った飼育施設です。2012年に多摩動物園からコウノトリのつがいを譲り受けてはじまり、2022年5月に秋田市大森山動物園から移送された卵からヒナが誕生しています。

ホワイト餃子は愛知県名古屋市や東京都区部、鹿児島市などにチェーン展開する餃子専門店です。厚い皮をパリパリに焼く独特の焼き方・形状をした餃子を扱っています。野田本店が野田市中野台にあります。

櫻木神社は桜台の住宅地の中にある神社です。851年に創建されたとされ、当地が桜木村と呼ばれていた頃から祭祀が継承されています。桜の名所として知られるほかに多数の御朱印・お守りを扱っています。


九十九里町(くじゅうくりまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県山武郡九十九里町 人、自然、風土が活きる 海浜文化都市 人口15,3400人

波を背景にサーフィンをするイメージキャラクター「くくりん」が描かれています。2017年に50cc以下400枚、50~90cc35枚、90~125cc65枚の交付となりました。現在50cc以下以外は限定枚数に達したため交付されていません。

九十九里町は千葉県東部、九十九里浜の南部にある町です。中心地域となっている片貝は和歌山県加太浦の漁民によって開かれた漁村で、江戸時代の木綿の普及につれて肥料としてのイワシ漁が行われるようになったといいます。また、8代将軍吉宗によって現在の九十九里不動堂のあたりにサツマイモが植えられたため、当地には「関東地方甘藷栽培発祥の地」の碑が建てられています。2000年をピークに人口減少が続いていて、2022年4月に過疎地域に指定されています。

片貝海水浴場は九十九里浜の中ほどにある海水浴場で、首都圏からも近いため夏場は海水浴客やサーファーで賑わいます。海岸沿いの九十九里ビーチライン(千葉県道30号)沿いに宿泊施設や海鮮を食べさせる店が出ていて、最近では海の景観を活用したカフェもみられます。観光客向けに地引網漁(取れた魚はBBQで食べる)も行われています。

片貝漁港は、1962年にキャンプカタカイ(現在のサンライズ九十九里あたりにあった米軍砲兵部隊の演習場)の補償金で造られた漁港で、全国的にも珍しい砂浜の漁港になっています。2015年にいわし資料館・農水産物直売所・飲食店をまとめたいわしの交流センター(海の駅 九十九里)ができています。

小関にある伊能忠敬記念公園は、日本全国を測量して地図に表した伊能忠敬の出生地を記念する公園です。町制40周年(伊能忠敬生誕250周年)を記念して整備されたもので、伊能忠敬と測量に用いられた象限儀の銅像と石碑が建っています。

九十九里ハーブガーデンは3,000坪ほどの敷地にハーブ園・レストランとショップ・ドッグラン・オートキャンプ場を併設する施設です。四季折々のメニューとケーキ、ハーブティーがあるほか、体験工房ではワークショップを行っています。

菅原工芸硝子(sghrガラス)は阪急うめだ本店(大阪市北区)や松屋銀座(東京都中央区銀座)などに直営店やカフェなどを展開するガラス工芸の会社です。九十九里自動車教習所のあたりに工房があり、直営店のショップとカフェが出ています。またガラス吹きなどの体験も行っています。


旭市(あさひし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県旭市 ひとが輝き海とみどりがつくる健康都市 ~日本一住みよいまちを目指して~ 人口64,690人

旭市の海岸の風景と市のイメージキャラクター「あさピー」が描かれています。2014年から50cc以下の白ナンバーを対象に限定1,000枚の交付となりました。

旭市は千葉県の北東部にある市です。農業産出額で県下一位・全国でも5位程度となっていて、マッシュルーム(日本一)、飯岡タカミメロンといった特産品で知られるほか、畜産の比率が比較的高いことから国内の豚肉の主要産地の一つとなっています。漁業も盛んで、カタクチイワシの漁獲量は日本一を誇ります。国道126号沿い、または九十九里浜沿いに走る九十九里ビーチライン沿いに飲食店・小売店等ロードサイド店舗が出ていて旭商業圏(準商業中心都市)を形成しています。

刑部岬(ぎょうぶみさき)は屏風浦(60mほどの海食崖、史跡名勝)の南端に突出する岬で、上永井自然公園として整備され、飯岡刑部岬展望館(R4,4月に県から市に移管)や飯岡灯台があります。「日本の夕陽・朝日百選」や「日本夜景百選」にも選ばれている九十九里自然公園内で人気の高い場所です。ちばてつや氏が近隣に住んでいたことから、デフォルメされた矢吹ジョーと力石徹の石像(共に漫画「あしたのジョー」のキャラクター)があります。

飯岡漁港は前述の刑部岬の西側にある漁港で、銚子漁港についで県下2位の水揚げ量を誇る漁港です。イワシ・シラス・シラウオが主に水揚げされています。港内は柵や常夜灯が整備されているので、子供連れでも釣りが楽しめます。近隣に玉崎神社(下総国二宮)があります。

旭市は九十九里ビーチライン沿いに飯岡温泉(いいおか潮騒ホテル)・矢指ヶ浦温泉(矢指ヶ浦温泉旅館、看板猫あり)・旭九十九里温泉(亀の井ホテル九十九里=旧かんぽの宿)、天然温泉 旭の湯といった温泉を有しています。源泉はいくつかありますが、概ね茶褐色~黒褐色のお湯です。

鎌数伊勢大神宮(かまかずいせだいじんぐう)は、天照大神を主祭神とする神社で、江戸時代に椿海(かつて九十九里浜の北に存在した湖)の干拓事業がなされたことから、干潟八万石の総鎮守として創建された神社です。3月の27・28日の例祭に奉納される神楽は千葉県の無形民俗文化財に指定されています。近隣に旧海軍香取航空基地の掩体壕が残っています。

道の駅 季楽里あさひ(きらりあさひ)は、市道1級59号線沿い(飯岡バイパスあたり)にある中~大型の道の駅です。レストラン・農水産物の直売所・デザートショップなどがはいっています。名産は豚・蛤・飯岡メロンといったところです。


大網白里市(おおあみしらさとし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県大網白里市 未来に向けて みんなでつくろう! 住みたい・住み続けたいまち 人口49,020人

市のイメージキャラクター「マリン」と市の花コスモス、白里海岸の波が描かれています。2013年の市制施行を記念して交付されたもので、50cc以下700枚、50~90cc100枚、90~125cc200枚が交付されました。現在50~90ccの黃ナンバーのみが残っているようです。

大網白里市は千葉県の中部にある市で、2013年に単独で市制施行したことにより町から市となっています。市域は東西に長く伸び、西側は丘陵部と田園地帯、東部の白里地区は海岸沿いに商業地になっています。大網みどりが丘や季見の杜などニュータウンを有し、住宅都市の様相が強い地域です。中心駅の東金線大網駅~国道128号あたりはロードサイド店舗が出ています。

白里海水浴場は九十九里浜のほぼ中央に開設されます。サーフィンや潮干狩りで人気があり、海の家が出るなど夏場は賑わいを見せます。近場にトイレ、コンビニ、飲食店があり、駐車場料金も一日500円(普通車)とお手頃です。2022年には3年ぶりに開設されることになりました。

小中池公園は、現在も水田の灌漑用水として使われている小中池というため池の周囲を整備したものです。遊歩道沿いに桜・あじさい・モミジが植栽されていて、池には鯉が放流されています。県内屈指の長さのローラーコースターがあることで有名です。千葉市の昭和の森とハイキングコースでつながっています。

https://youtu.be/lVbPiAg4n2M

とらねこパン店は市の西側小中池公園のある小中と天神池のある永田の境あたりにあるパン屋です。接客係の猫たちとねこパンが人気です。土曜日のみ営業しています。

宮谷餅(みやざくもち)は当地の和菓子で、裏ごししたあんを薄い求肥で包み、ごまときなこをかけたものです。下ケ傍示(さげほうじ)や砂田(いさごだ)の難読地名で知られる当地ですが、和菓子も難読です。

妙高山正法寺は小西にかつて存在した小西檀林(日蓮宗の学問所、関東三大檀林の一つ)の跡地で、かつては900名以上の僧が学んでいたといわれています。明治6年の火災で大半が焼け落ちたため、中門と本堂が残るのみとなっています。

大網白里市は朝市として市役所の駐車場、白里遊楽市として農村環境改善センター前などで毎週日曜に農水産物の販売を行っていましたが、現在はコロナ禍により休止しています。


佐倉市(さくらし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県佐倉市 歴史 自然 文化のまち ~「佐倉」への思いをかたちに~ 人口172,700人

アニメ「ルパン三世」のナンバープレートです。2014年の市制60周年を記念して50cc以下2,500枚、50~90cc120枚、90~125cc350枚、ミニカー30枚が交付されました。2015年に交付終了しています。

佐倉市は千葉県の北部にある市で、近世には佐倉藩の城下町・軍都として発展しました。佐倉城跡や武家屋敷など城下町の名残が色濃く残り、日本遺産・国際観光モデル都市として注目されています。市の北部は成田市や首都圏のベッドタウンとしての住宅地ないし観光地、南部は工業団地や農地がみられます。プロ野球選手・監督の長嶋茂雄氏の出生地して知られています。

京成佐倉駅~JR佐倉駅の間、だいたい2kmほどは佐倉城跡や武家屋敷群、城下町の町並みが残るエリアです。竹林で知られる佐倉サムライの古径ひよどり坂や最後の佐倉藩主が住居した旧堀田邸(かなり大きな古民家)、旧佐倉順天堂(県の指定史跡、同記念館)といった史跡のほかに国立歴史民俗博物館や市立の美術館などがあります。

佐倉ふるさと広場は印旛沼(いんばぬま)沿いの鹿島川が流入するあたりにあります。実際に回転するオランダ風車の「リーフデ」がシンボルで、チューリップ・ひまわり・コスモスといった花が楽しめる風致公園です。「リーフデ」とは歴史上で日蘭交流のきっかけとなった船の名前で、「愛」や「博愛」といった意味合いです。印旛沼の観光遊覧船の乗り場もあります。

DIC川村記念美術館は佐倉市坂戸のDIC総合研究所の敷地内にある私立の美術館です。DIC(川村インキ製造所)創業者一族の川村家3代の20世紀の巨匠マーク・ロスコのシーグラム壁画のうち7点などのコレクションを有しています。ヨーロッパの古城風の展示館とつつじ園、藤棚、蓮池などの庭園を有する美術館です。

七井戸公園は遊具や芝生広場、鯉が泳ぐ池や水遊びができる噴水などがある公園です。当地の桜、紅葉の名所とされています。日替わりで農産物直売やフリーマーケットなどが出ています。近くにしまむらやヤオコー、佐倉天然温泉澄流(すみれ)があります。


酒々井町(しすいまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県印旛郡酒々井町 人と自然と文化が奏でるしあわせハーモニー 人口20,660人

マスコットキャラクターの「しすいちゃん」とホタルが描かれています。

酒々井町は千葉県北部中央に位置する町で、明治の町村制施行以降合併を行っていない数少ない自治体の一つです。室町~戦国時代に本佐倉城の城下町として発展し、江戸時代には稲作や酒造業が盛んに行われるようになりました。小規模な自治体ながら京成本線、JR成田線など鉄道が通っていたため、1960年ごろから沿線の開発が進み、住宅団地が造成されています。首都圏及び千葉市・成田市のベッドタウンの性質が強い地域ですが、近年は昼夜間人口比率が80%を超えるなど上昇傾向にあります。

酒々井プレミアム・アウトレットは酒々井町飯積にある三菱地所・サイモン(三菱グループの中核企業)が運営するアウトレットモールです。東京駅から直行高速バスが出ています。2013年に完成した当初は123店舗でしたが、現在は200店舗を超える大型アウトレットモールとなっています。北側酒々井ICとの間に入浴施設の酒々井温泉 湯楽の里があります。また、敷地の外れに「まるごとしすい」という観光案内所(直売所併設)があります(かなり分かりづらい場所にある)。

本佐倉城(もとさくらじょう)は千葉 輔胤(千葉氏21代)が酒々井町と佐倉市の境界の将門山に築いた城です。城の土塁や空堀がほぼ完全な姿で残っていて、千葉県の城跡で初めて国の史跡に指定され、別名を「土の城」とも呼ばれます。概ね1時間ほどで見て回ることができ、順路やトイレなどそれなりに整備されています。

しすいハーブガーデン ハーブの丘は酒々井町墨のコミュニティセンターの隣にあります。「ハーブのまち酒々井」をPRするために造られた施設で、1,800㎡のこじんまりとした敷地にカモミール・ラベンダー・カモミールといったハーブ類が植栽され、苗の店舗とカフェが併設されています(入園無料)。

酒々井町馬橋にある飯沼本家は江戸時代の元禄年間(1688~1704年)から15代続く蔵元で、「甲子正宗」(きのえねまさむね)の銘柄で知られています。酒々井まがり家という店舗を併設していて、ブルーベリーの麹ドリンクなどノンアルコールの飲料や食事を提供しています。

カンカンムロ横穴群は酒々井町酒々井にある横穴墓群で、7基が現存しています。7世紀~8世紀初頭に作られたものと推定され、千葉県北部では横穴墓は珍しいため町の文化財に指定されています。発掘によって直刀や瑪瑙製の勾玉などが発見されました。


銚子市(ちょうしし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県銚子市 ひとがときめき 海がきらめき 未来輝く都市(まち) 人口59,170人

第一等灯台であり当地のシンボルでもある犬吠埼灯台(いぬぼうさきとうだい)の140周年を記念して2014年に交付されたものです。50cc以下の白ナンバーを対象に1,000枚が交付されました。

銚子市は千葉県の北東部にある市で、利根川(坂東太郎)の南側にあり、関東の最東端となっています。市域は全域が銚子ジオパークとなっているほか、日本遺産「北総四都市江戸紀行」の一部として外川の街並みや大漁節、産物の銚子縮や醤油醸造などが指定されています。水揚げ量日本一を誇る銚子漁港を有し漁師の街として有名ですが、商業や醤油醸造を主とする工業も盛んに行われていて、千葉県北東部の政治・経済の中心となっています。平成にはいってからは銚子マリーナや海浜緑地などが整備され、観光業もまた市の産業の一つとなりました。

犬吠埼は関東平野の最東端として太平洋に突出した岬です。付近一帯は水郷筑波国定公園に含まれていて、日本一早い初日の出スポットとして知られています。多くの文人・墨客が訪れた景勝地で、灯台の周辺には犬吠埼灯台資料館があります。2019年に、犬吠埼テラステラスという商業・情報発信施設がオープンしています。犬吠埼の海岸線に降りると東映映画のオープニング「荒磯に波」の岩があります。

銚子漁港は3つの卸売市場を有する日本屈指の漁港で、イワシ・サバ・マダイ・メヌケ・マグロ・サンマ等々多様な魚種が水揚げされます。手釣りによって水揚げされるキンメダイは「銚子つりきんめ」といって当地のプライドフィッシュに認定されています。銚子外港のあたりにウォッセ21(水産物直売とレストラン等複合施設)と銚子ポートタワー(展望台)があります。

しょうゆ味わい体験館は、2016年にオープンしたヤマサ醤油の工場見学施設です。醤油づくりの歴史的資料の展示のほか、樽のなかから醤油の熟成を観察できるバーチャル体験プログラム、せんべい焼き体験といった人気のコンテンツを有していましたが、2020年3月から臨時休業となっています。

圓福寺(えんぷくじ)は銚子市馬場町にある真言宗系の寺院です。奈良時代の724年に創建されたとされ、「飯沼観音」の名で親しまれる寺院です。元来銚子のまちは同寺院の門前町として発達したものです。大戦時の銚子空襲では爆撃だけでなく機銃掃射も行われたため、こちらの観音像には銃痕が残っています。境内に利根川や江戸川の水位表記の基点となった水準原標があります。

一山いけすは黒生町にある鮮魚問屋直営のレストランです。創業60年ほどで、日本で初めて店内に生け簀を張ったということで有名な店舗です(昔は店舗が無く、海岸の生け簀によしずを張って営業していた)。

おまけ:クレープの自動販売機の動画(大橋町4-12、あんみつパフェもあり)。


松戸市(まつどし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県松戸市 住んでよいまち 訪ねてよいまち 人口483,500人

2013年の市制70周年を記念して交付されたものです。50cc以下~125cc以下の3種で3,000枚が交付されました。

松戸市は千葉県の北西部にあり、江戸川を挟んで東京都葛飾区や埼玉県三郷市と接する千葉県下3位の人口を有する市です。大戦後に住宅地として開発が進み、住宅団地、工業団地、公園、耕作地が市域に散在する東京首都圏のベッドタウンとなっています。製パン酒類といった食品加工が行われるほか、マツモトキヨシやマブチモーターが本社をおいています。

松戸市には常磐線(JR東日本)や新京成線など、6つの事業者による20の鉄道駅があります。それぞれ駅前に商業地が発達していますが、古くは宿場町「松戸宿」であった松戸駅西口あたりが商業の中心地となり一大商圏を形成しています。旧松戸宿あたりにある戸定邸は、水戸藩最後の藩主であった徳川昭武が造った別邸で明治時代の建物です。ほかに松戸神社(松戸総鎮守)や2019年にオープンしたKITEMITE MATSUDOという複合商業施設があります。

21世紀の森と広場は、松戸市のだいたい中央に位置する都市公園です。50.5ha(東京ドーム11個)の広さがあり、千駄堀池を中心にバーベキュー場や自然生態園、自然観察舎などが置かれ、遊歩道でつながっています。松戸市立博物館と文化会館(森のホール21)がはいっています。また、事前に手続きをすませておけばコスプレをして公園を利用することができます。八柱駅前中央商店会の「コスプレにやさしいまち」PRを市が全面的に後援したためです。

矢切の渡し(松戸側)は広大な江戸川左岸河川敷緑地の中にあります(公衆トイレ・川の一里塚あたりから河岸に降りられる)。渡船料は大人200円で、対岸の柴又帝釈天まで3~4分ほどです。

本土寺は松戸市平賀にある寺院で、日蓮宗の本山です。境内に1万株ほどのあじさいが植えられていて、東葛飾方面のあじさい寺として知られています(カエデや花菖蒲でも知られる)。また、松戸市北部で作られるあじさいねぎ(葉ねぎ)の名前の由来になっています。

松戸市のちょっとした見どころとして、市立総合医療センターの近くにある元禄まつど村(日曜祝日は営業していない、民芸かぼちゃで知られる)、国土交通省の技術博物館 建設技術展示館、クラシックカーや銚子電鉄の電車がある昭和の杜博物館紹介動画)などがあります。

二十世紀梨(にじっせいき)は現在鳥取県の梨生産の8割程を占める青梨系の品種です。もともとは松戸市で、1888年に松戸覚之助という少年が親類のゴミ捨て場に生えているのを発見、移植して育てたことが発祥とされます。現在でも当地では梨生産が盛んに行われていますが、豊水や幸水といった品種が主になっています。


茂原市(もばらし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県茂原市 育てよう!笑顔と自然と文化のまちを まもり・そだて・つたえよう 人・自然・文化のかがやき 人口88,330人

市のマスコットキャラクター「モバりん」が描かれています。2013年に限定的に1,000枚が交付(50cc以下700枚、50cc~90cc100枚、90~125cc200枚)の交付となりました。現在も交付されています。

茂原市は千葉県の中央東寄りにある市で、茂原商圏を形成する準商業都市です。国道128号線沿いの茂原公園周辺にロードサイド店舗(茂原ショッピングセンターアスモ、ヤマダデンキ、しまむら等々)、茂原駅(JR外房線)周辺には商店街が形成されています。大戦中は海軍飛行場がおかれ(南は富士見公園~北は新小轡あたりまで)、今もなお掩体壕が残っています。天然ガスの産出量日本一を誇るほか、電子部品・回路製造などのハイテク産業が基幹産業となっています。

茂原公園は国道128号沿いに広がる市立の都市公園で、桜の名所100選、房総の魅力500選に認定されています。ソメイヨシノやサトザクラなど2650本ほどの桜が植栽されているほか、遊具や梅園などが整備されています。敷地内に藻原寺(日蓮宗の寺院、多宝塔式の山門を有する)と市立美術館・郷土資料館がはいっています。

あられちゃん家 千葉工場直売店は茂原市の北部萱場の大網白里市との境あたりにあります。同社は台東区浅草や埼玉県加須市に直売店を有する米菓メーカーで、ニューラッキー食堂という食堂を併設しています(安価で知られる、ソフトクリーム50円カレー300円)。また駐車場脇にヤギを飼育しています。

https://youtu.be/UzfaDnmhb6E

服部農園あじさい屋敷は市の南部三ケ谷にあります。250品種1万株を超えるアジサイが植栽されています。また、スイカ・メロン・玉ねぎなど農産物の直売所を併設しています。

茂原七夕まつりは茂原駅周辺の商店街が主体となり、昭和30年から続く七夕まつりで関東三大七夕祭りの一つです。七夕飾りのコンテストや阿波踊り、よさこいなどが行われ県下一位の動員数を誇る祭りです(2020-2022年はコロナ禍により中止)。

橘樹神社(たちばなじんじゃ)は外房線(本納駅が最寄り)の西側にあります。オトタチバナヒメ(ヤマトタケルの妃ないし妾)を弔うために、ヤマトタケルが手ずから橘の樹を植えて祀ったという由縁があり、上総国二宮(旧社格は県社)となっています。千葉県の猫神社の一つです。


我孫子市(あびこし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県 我孫子市 物語の生まれるまち あびこ 人口131,600人

㊤布佐地域の復興支援キャラクター「ふさだだしお」と提灯㊦観光PRキャラクター「うなきちさん」と市の花ツツジのデザイン。どちらも2014年の市制45周年を記念して交付されたもので、対象は50~125ccの3種(白・黄・桃)+ミニカー・小型特殊の計5種類です。

我孫子市は千葉県の北西部にある市です。市域は利根川水系の湖沼である手賀沼と利根川に挟まれた格好で、東西に長く伸びています。手賀沼周辺の公園や種々の施設、または志賀直哉・柳宗悦・バーナードリーチなど多くの文化人が居を構えたことから白樺派の拠点として知られています。首都圏から30kmほどの距離であるため昭和40年代から宅地化が進み、人口が急増した地域です。手賀沼・利根川周辺は田園地帯(稲作・畑作中心、果樹や花きは少ない)となっていますが、農業は衰退が激しくなっています(R2年度の農業経営者戸数はS50年度と比べ27.9%)。

手賀沼は柏市・我孫子市・白井市・印西市にまたがる湖沼で、古くは「手賀水海(てがのみずうみ)」と呼ばれ、江戸時代まで下総国~常陸国に広く存在した内海の名残です。国内屈指の野鳥の飛来地として知られますが、周辺の開発が進んだ昭和30年代から水質汚濁で全国ワーストを競う湖沼となり、浚渫など水質改善の努力が続いています。手賀沼大橋の我孫子側には手賀沼親水広場 水の館(展望台、農産物直売所とレストラン、プラネタリウムが併設されている)、我孫子市鳥の博物館があります。

手賀沼公園は我孫子市役所から西側500mくらいのところにあります。手賀沼の北岸にある公園で、藤棚やテニスコート、ミニSLなどがあり、市民の憩いの場として利用されています。休日にはキッチンカーが出るほか、当地で行われる手賀沼花火大会(柏市と我孫子市の共催)の会場のうちの一つとなっています。

白樺文学館は我孫子市緑2丁目(手賀沼ふれあいラインから区画一本分北側)にあります。柳宗悦の妻でアルト声学者でもあった柳兼子のピアノや多数の文献、工芸品などが展示されています。また、道路を挟んで志賀直哉の邸宅の跡地があり、書斎が復元されています。明治時代から昭和初頭にかけて、当地は「北の鎌倉」と呼ばれ別荘地として人気がありました。

山階鳥類研究所(やましなちょうるいけんきゅうしょ)は我孫子市鳥の博物館の北側にある研究施設です。元公爵の山科芳麿氏(紫綬褒章受賞者)が1942年に設立したもので、現在は公益財団法人となっています。一般公開はされておらず事前予約の所内見学会(現在は休止)が行われていました。ヤンバルクイナやアホウドリの研究・保全活動で知られる当地のシンボル的施設です。

手賀沼は農業用水に使われるほかにも、内水面漁業としてコイ・フナ・ウナギなどが漁獲されています。とくに当地はうなぎを食べさせる店舗が多く、うなぎ料理や川魚・川海老の佃煮が当地を代表する食品となっています。


市川市(いちかわし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県市川市 いつも新しい流れがある 市川 人口481,700人

2014年の市制80周年を記念したもので、オリジナルキャラクターの「クロロとバララ」が描かれています。50cc以下1,500枚、50~90cc100枚、90~125cc600枚が交付されました。

https://youtu.be/HKDN140jchU

市川市は千葉県の北西部にある千葉県下第4位の人口を有する市です。東京都江戸川区と旧江戸川を挟んで接するため東京都区部への出勤率が高く、市域の多くを住宅地が占めています。古くは「千葉の鎌倉」と呼ばれ、明治時代から政治家・富豪・旧日本軍の将官クラスが別荘・別邸を構える高級住宅地でした。本八幡駅(JR総武本線)や市川駅、行徳駅前あたりが商業地域として商店街が発達しています。内陸部では軽工業、埋め立て地では金属・鉄鋼など重工業、郊外では果樹作を中心とした農業が行われています。

鬼高(おにたか)は総武本線下総中山~本八幡の間にある市北部の地名です。大型商業施設のニッケコルトンプラザ、市川市中央図書館(文学ミュージアム、こども館併設)、千葉県立現代産業科学館などがあります。コルトンプラザ中央にあるおりひめ神社は、伊勢神宮から天照大神を分霊したものですが、コルトンプラザの前身が日本毛織中山工場であったことからこの名称で呼ばれています。

行徳(市川市の南部江戸川放水路以南、現南行徳町あたり)は、かつては徳川家康が天領とし塩田で栄えた地域です。現在は東京地下鉄東西線行徳駅・南行徳駅周辺が商業地となり、新浜のあたりは市川市野鳥の楽園という緑地保全地区になっています(平常時は立ち入り禁止、観察会などイベント時のみ開放)。また、行徳駅周辺はインド・ネパール系の店舗が多く、カレー好きには有名な場所になっています。

大町と大野町は市川市の北側にあります。全体に緑の濃い地域で、市川市の郊外を成しています。市の施設として市川市動植物園市川市自然博物館があり、大慶園(だいけいえん)という民営のアミューズメント施設があります(カート・ゲームセンターなど)。また、周辺には梨農家が多く、国道464号のこのあたりは「大町梨街道」という愛称がついています。

法華経寺は中山法華経寺とも呼ばれる日蓮宗の大本山の寺院です。境内の鬼子母神が有名で江戸三代鬼子母神(雑司が谷・下総中山・入谷の3つ)に含まれています。境内の大荒行堂では毎年冬の100日の間荒行が行われています。近くに東山魁夷記念館があります。

葛飾八幡宮は市川市八幡にある八幡宮の一つ(応神天皇や神功皇后などを祀る)で、当地の地名の由来になっています。葛飾というと現在では東京都葛飾区のイメージが強いですが、旧葛飾郡は東京都・埼玉県・千葉県・茨城県にまたがっていました。推定樹齢1200年の大銀杏や八幡の藪知らず(古来から禁足地になっている)で知られる神社です。


一宮町(いちのみやまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県長生郡一宮町 緑と海と太陽のまち 人口12,490人

町のキャラクター「一宮いっちゃん」が描かれています。2012年に50cc以下の白ナンバーを対象に500枚の交付となりました。

一宮町は千葉県の東部にある町です。九十九里浜の南端、総武線快速電車の終点、九十九里ビーチラインの終点、東京都市雇用圏の端といろいろと端っこになっている町です。西部は九十九里浜、西部は房総丘陵の端部で深い谷津が伸びています。町名の一宮は町域にある玉前神社(たまさきじんじゃ)が上総国一宮であることに由来します(古くは一宮庄と呼ばれた)。また、一宮城の城下町であった歴史を有しています。メロン・トマト・梨・いちご・玉ねぎといった農業が営まれるほかに、天然ガスやヨウ素が採取されています。

玉前神社は玉依姫命を祀った神社です。永禄年間(1558-1570年)に戦火により社殿が消失したため、創建年は不明となっています。例祭である上総十二社祭り(いすみ市・茂原市・睦沢町・長生村の神社が行う寄り合い祭り、はだか祭りとも呼ばれる)の中心を成す神社です。境内に靴・靴下を脱いで玉石の上をあるく「はだしの道」があります。JR外房線上総一宮駅から同神社まで飲食店・和菓子屋などの商店街が伸びています。

一宮海水浴場は一宮川の南に広がる幅30m、長さ350mほどの海水浴場です。駐車場(夏は有料で一日500円)とシャワー(水)、トイレなど設備が完備されています(海の家4軒)。サーフポイントとして有名で、県外からも人を集めています。また、一宮町納涼花火大会(水上花火、5,000発ほどと町としては大規模)の会場となっています。

釣ヶ崎海岸は九十九里自然公園に含まれる海岸で、九十九里浜の最南端を成しています。海水浴場ではありませんが、年間を通じて良質な波が打ち寄せるため、サーフィンの聖地として知られ、年間60万人が訪れます。上記上総十二社祭りの開催地でもあり、海岸に建つ鳥居がシンボルになっています。2022年には観光案内所ができています。一宮海水浴場~同海岸まで海岸線に沿ってサーフショップやキャンプ場、カフェが出ています。

当地はいちご狩りができる観光農園がいくつかあります。近藤いちご園一宮観光いちご組合(東浪見8515、下の原通り沿い)、いちご狩りのベリータウン(黄色いモンゴルのゲルが目印)あたりが有名でしょうか。

稲花酒造(東浪見5841)は住宅地の中にあるこじんまりとした酒蔵です。当地の地酒として「稲花」(いなはな)などを製造しています。おおむねスッキリ系ですが、骨太な米の甘みがありコアな人気があるメーカーです。隣接する睦沢町の地酒、「睦水(ぼくすい)」「里山の息吹」もここで造られています。


市原市(いちはらし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県市原市 ともに輝く 元気なふるさと 人口274,700人

「ICHIHARA CITY」のロゴと市原市の街並み、マスコットキャラクターの「オッサくん」が描かれています。2013年の市制50周年記念として50cc以下2,000枚、50~90cc300枚、90~125cc700枚の3,000枚が交付されました。

市原市は千葉県中央部にあり、千葉県内では最大の市(368.17k㎡)です。古くは上総国府が置かれていた地域で、周辺地域の文化・行政の中心でした。北の東京湾に面するあたりは国内最大規模の石油コンビナートと千葉県唯一の造船所を有し、国内屈指の製造品出荷額を誇ります(日本12大工場夜景としてクルーズ船も出る)。南側は房総丘陵上に長く伸びて、国内最大数を誇るゴルフ場や高滝湖、大多喜町にまたがる養老渓谷といった観光地・レジャー施設があります。

五井駅はJR東日本内房線・小湊鐵道の駅で、市原市には「市原駅」というものがないため当地の中心駅になっています。西口は小規模店舗が数多く立ち並ぶ商業地、東口は2009~2013年に開発によってケーズデンキ・アリオ市原・カインズ市原店といった大規模商業施設と総合公園の上総更級公園ができています。

市原ぞうの国は市原市山小川(市原鶴舞ICのあたり)にある動物園です。象以外の動物もいますが、国内最多の10頭ほどの象を飼育する動物園として知られています。象のパフォーマンスによるショーがあるほか、鼻にぶら下がったり乗ったりすることができる施設です。首都圏中高連絡自動車道越しにある分園のサユリワールドではキリンに餌をやることができます。

千葉こどもの国キッズダムは山倉湖畔にあり、房総の魅力500選に指定されている児童厚生施設の自然遊園地です。ゴーカートや釣り堀水遊び場や恐竜ランドのほか、建設時に発掘された山倉貝塚の復元住居などがあります。各アトラクションは有料のものが多いですが、無料のものもあり、園内も広いためしっかり一日遊べます。

高滝湖は高滝ダムによってできた人造湖で、千葉県下最大の貯水量を誇るダム湖です。周辺はワカサギ釣り客やサイクリング客が訪れる風光明媚な場所で、見どころとしては高滝神社や市原湖畔美術館があります。

養老渓谷は大多喜町栗又から市原市朝生原(あそうばら)を流れる養老川が形成する渓谷です。養老渓谷温泉や紅葉狩りの名所として千葉県有数の行楽地になっていて、とりわけ女ヶ倉~日高誠實邸跡までのハイキングコースにある梅ヶ瀬渓谷の紅葉は千葉県随一といわれています。

道の駅 あずの里いちはらは市道13号沿いの小~中規模の道の駅です(農産物直売所・軽食・食堂)。バーベキュー広場・植物の見本園を有する市原市農業センター(公園、農業体験あり)に隣接した施設になっています。


印西市(いんざいし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県印西市 世代を超えて未来を創る印西市 人口105,500人

印旛沼の湖面と「いんザイ君」、市の花コスモスが描かれています。2016年の市制施行20週年を記念して50cc以下の白ナンバーを対象に1,000枚が交付されました。

印西市は千葉県北部にある市です。古くは木下街道(きおろしかいどう、現県道59号)沿いに栄えた木下河岸の水運で栄えました。白石市・船橋市・印西市にまたがる千葉ニュータウンの拠点都市であり、2018年には人口10万を突破しています。市域には手賀川、長門川など河川が流れていますが全て利根川水系に属しています。市の魚として利根川・印旛沼・手賀沼のナマズが指定されています。北総線・国道464号沿いの印西牧之原~千葉ニュータウンあたりが経済・産業の中心で、残りの地域では農業が盛んに行われています。

千葉ニュータウンの印西市の部分は、北総線の千葉ニュータウン中央~印西牧の原駅あたりまでを指します。市の人口の半数程度が集中する地域で、大型商業施設や金融機関、IT企業の進出が進んでいるエリアです。千葉ニュータウン中央側には北総花の丘公園(県立の都市公園)やカインズとベイシア、印西牧の原側にはBIGHOPガーデンモール(屋内動物園のmoff animal worldがある)と牧の原公園、草深公園(そうふけこうえん)があります。総合評価で2012-18年住みたい町ランキング1位であるなど現在は極めて高い評価を受けていますが、計画当初は34万人を見込んでいたため、十分な住人が得られずゴーストタウン化していた時期もありました。

木下(きおろし)は歴史的に印西市の中心地域として栄えた地区です。かつて江戸に茶、酒、銚子方面の魚などを運んだ木下河岸には解説の看板以外にはなにも残っていませんが、印西市立木下交流の杜歴史センターに木下河岸のジオラマがあります。成田線(我孫子支線)周辺に商店がポツポツと出ています。周辺の木下万葉公園の木下貝層は国の天然記念物に指定されています。

白鳥の郷は印西市笠神にあります。2010年まで本埜村(もとのむら)が存在していたため本埜白鳥の郷ともいいます。当地の住民が、野生の白鳥に餌付けを何年も繰り返し試みているうちに白鳥が集まるようになったようで、現在では国内2位の数の白鳥が見られるスポットとなっています。

吉高の大桜は樹齢300年を超えるヤマザクラの大樹(市HPによると幹周囲6.85m、樹高10.6m、枝張最大幅25.8)で、市の天然記念物に指定されています。小林牧場の桜並木と並んで当地の2大花見スポットになっています。


御宿町(おんじゅくまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県夷隅郡御宿町 自然の恵みを継承し、心やすらぎ、未来へ躍動する夢多きまちづくり 人口7,523人の町

海を背景に太陽と町のマスコットキャラクター「エビアミーゴ」が描かれています。2012年から50cc以下の白ナンバーを対象に交付されています。

御宿町は千葉県の南部にある町です。西側の内陸部は房総丘陵丘陵地でゴルフ場、牧場、オートキャンプ場などがある山林部、東側は太平洋に面していて南房総国定公園に指定されています。童謡「月の沙漠」の発祥の地として知られています(防災無線も月の沙漠)。北条時頼(鎌倉時代中期の執権)が風光明媚な当地を好み、詠まれた歌から「御宿」を町名としています。海水浴場やプールなど夏の観光地として知られる町です(御宿駅に海女の像があるが、現在はいない)。

中央海水浴場は外房線御宿駅から南東に200mほど、清水川の南岸にあります。カラフルな「ONJYUKU」のモニュメントや童謡「月の沙漠」から駱駝に乗った男女の銅像があり、当地に関する動画、ホームページなどでよく見かけます。トイレ・シャワー・海の家(6軒)・救護所などが整備されています。また、周辺に町営のプールがあり、ウォータースライダー3本と流れるプールがあります。

御宿メキシコ記念公園(日西墨三国通称発祥記念之碑)は岩和田漁港付近の丘の上にある公園で、高さ17mのオベリスク状の記念碑が建っています。1609年に岩和田の海岸にドン・ロドリゴ一行の乗るサンフランシスコ号が漂着し、当時の住人が救助を行ったことが、日本・スペイン・メキシコの直接交流を生むきっかけとなったことから建てられたものです。

最明寺は外房黒潮ラインから折れて、線路をくぐるレンガ造りのトンネルを抜けたところにある天台宗の寺院です。出家して最明寺殿と称した北条時頼が訪れ、西明寺を最明寺と改めたといわれる(定かではない)寺院で、町の天然記念物の夫婦銀杏や、波の伊八(宮彫師、波をモチーフにした作品が多く残る)が彫ったとされる獅子頭、象鼻が残っています。

岩瀬酒造は久保1916にある創業300年ほどの酒蔵で、房総半島の貝殻層を通った超硬水で酒を醸しています。「岩の井」という銘柄(銘柄を伏せてワインの評価を行うパーカーポイントで95点)で知られるほか日本酒を熟成した古酒も作られています。

マーサファームは御宿町上布施2636にある預託牧場です。ハルウララ(高知競馬で連敗記録で有名になった)やゴットフリートといった元競走馬が預託されています。500円で馬に人参を食べさせる体験や馬のお世話体験、缶バッジのガチャなどがあり、当地のちょっとした名所になっています。


勝浦市(かつうらし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県勝浦市 海と緑と人がともに歩むまち “元気いっぱい かつうら” 人口16,870人

波を背景に、国内有数の水揚げ量を誇るカツオをモチーフにしたマスコットキャラクター「勝浦カッピー」が描かれています。このナンバープレートは2019年夏に盗難が相次ぎ、約115枚が被害にあっていました。最終的に、逮捕された男女が関東一円で計633枚のご当地ナンバーの盗難を認めています。

勝浦市は千葉県南東部にある市です。市域の2/3が山林で可住地が少ないため、太平洋沿いに住宅・商業地が集中しています。古くから漁業のまちとして栄え、とくに勝浦漁港のカツオの水揚げは関東一を誇ります。また、海水浴や朝市、温泉と鮮魚料理を目玉とした観光地としてリゾート開発が進んでいます。同市は千葉県で一番人口の少ない市ですが、1958年をピークに人口が減少し続けていて、2045年には8,858人まで減少する見通しとなっています。

勝浦市の海岸はリアス式海岸となっていて岩場が多いのですが、砂浜もあるため鵜原海水浴場、守谷海水浴場、中央海水浴場など海水浴場が開設されています。とくに守谷海水浴場は日本屈指の透明度を誇る海水浴場で、規模も大きく周辺もよく整備されています(守谷洞窟という海食洞窟がある)。

勝浦漁港はカツオを主として、本マグロ・メバチ・キハダ・ビンナガ・カジキなどが水揚げされています。遠洋漁業の中継地として県外船が多い印象ですが、プライドフィッシュとしてアワビ・イセエビ・キンメダイなども水揚げされています。釣り場としてはアジ・イワシが主でサビキ釣りのメッカとなっています。近隣の市街では勝浦朝市がひらかれ、日本三大朝市の一つとなっています(朝市周辺に松の湯という千葉県最古の銭湯がある)。

勝浦海域公園は南房総国定公園に含まれる公園で、推進8mの海中を展望できる海中展望塔を有しています。地上には魚や貝などの標本を展示している海の博物館(千葉県立中央博物館分館)があります(入館料:一般200円、高校・大学生100円、中学生以下と65歳以上は無料、平屋建てでバリアフリー)。

SGT美術館は勝浦市の山間部に数キロ、東急ゴルフコースの近隣にある美術館です。江戸時代~近代の絵画・陶磁器・漆器・調度品・ガラスを主に展示しています(入館料:一般・大学生900円、中高生600円、小学生400円)。カフェが併設されています。

吉野酒造は、外房黒潮ラインから県道177号に入って2~3km北上したあたりにあります。「腰古井(こしごい)」という銘柄で知られる酒蔵です。創業は1830年、仕込み水として横穴式井戸(洞窟)に湧く軟水を使っています。度数は高め、うまみ強めで、かつ飲みやすいという評判です。

勝浦ビッグひな祭りは当地で毎年2~3月に行われるひな祭りで、市街の各所に雛人形が飾られます(「人より雛人形のほうが多い」と評される)。とりわけ遠見岬神社(とみさきじんじゃ)の石段60段に並ぶ雛人形が有名です。


香取市(かとりし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県香取市 元気と笑顔があふれるまち 一人ひとりの市民が輝く 活力みなぎる やすらぎの郷 人口74,470人

郷土の偉人、伊能忠敬のシルエットが描かれています。2011年から50cc以下~125cc以下の3種+ミニカーの4種が交付されています。

香取市は千葉県の北東部にある市です。市域は概ね平坦な土地で、西側は成田市北側で茨城県に接しています。古くから利根川の水運を利用した水郷地帯で、1996年に関東で初めて重伝建に指定された佐原の町並みや千葉県下一位の米どころ(耕地面積の7割が水田)として知られています。東国三社の一つである香取神宮があり、現在でも多くの参拝者を集めています。

佐原の町並みは成田線(JR東日本)の佐原駅周辺、小野川沿いあたりをいいます。江戸時代後期~昭和前期の木造町屋、蔵造りの店舗、洋風建築などからなる町並みで、「北総の小江戸」「水郷のまち」と呼ばれ、日本遺産にも認定されています。かつては伊能忠敬が商人として活躍した地で、旧宅や伊能忠敬記念館があります。また、小野川には観光船としてサッパ舟が出ていてゆったり川めぐりができます。周辺は当地一の商業地・観光地として和菓子屋・レストランが多い印象です(古民家改装のフレンチレストランがある)。また、提灯や耳かき佐原張子など工芸品の店舗があります。

水郷佐原あやめパークは、利根川の北側の扇島にある市営の植物園です(鹿島線十二橋駅が最寄り)。400品種150万株のアヤメや花菖蒲、蓮が咲く公園で、日本の花菖蒲園では唯一サッパ舟で鑑賞できる施設です。ドッグランや売店、遊具なども有する公園で、バラ園や藤棚もあるため冬以外は何かしら見どころがあります。周辺に千葉県立中央博物館の大利根分館があります。

香取神宮はフツヌシ(刀剣の神や武神とされる、藤原氏の氏神)を祀る神社で、下総国一宮となっています(成田線香取駅が最寄り)。古くから朝廷や武道家からの尊崇を受け、天真正伝香取神道流という古武術を保存しています。境内には練習館かとりの錨や宝物殿があるほか、門前町が発達していて厄除け団子やそば、土産物を売っています。

香取市は道の駅を2つ有しています。道の駅 水の郷さわらは成田線佐原~香取の間にある国道365号と利根川の川の駅の一体施設です(大型の道の駅)。 レストランや物産の販売があり、惣菜・弁当を豊富に扱うほか、水上交通と陸上交通の結節点になっています。道の駅 くりもと(紅小町の郷)は市域の南西、千葉県道44号成田小見川鹿島港線沿いにあり、小規模ながら体験農園や釣り堀を併設した施設となっています。名称通りサツマイモの紅小町が主として販売されています。

平塚製菓ファクトリーショップは小見川にあるチョコレートの工場直売店です(2020年にオープン)。同社の工場の入り口にあり、コンテナがそのまま店舗になっています。市場価格の半額に近い値段で購入できます。


鎌ヶ谷市(かまがやし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県鎌ケ谷市 緑とふれあいのあるふるさと 鎌ケ谷 人口108,900人

プロ野球北海道日本ハムファイターズの二軍の本拠地「ファイターズ鎌ヶ谷スタジアム」が市内にあることにちなんで、野球選手のシルエットと特産品の梨が描かれています。2012年から50cc以下~125cc以下の3種が交付されています。

鎌ケ谷市は千葉県の北西部にある市で、東京都区部から25km圏内と近く、新鎌ヶ谷駅周辺を中心に住宅地として開発が進んでいる地域です。面積が21.08k㎡と小さいこともあり千葉県内では人口密度が高くなっています。昼夜間人口比率が77.8%とベッドタウンの性質が強い地域ですが、市西部のファイターズタウン周辺は農地や梨農家が多く、緑の残るエリアとなっています。

新鎌ヶ谷駅は京成成田空港線、北総鉄道北総線、東武鉄道野田線の鉄道3路線が通る駅です。市内を通る鉄道全てが乗り入れていること、市内唯一の乗り換え駅であることから当地の中心駅になっています。周辺は1992~2004年あたりに開発されて、イオンモールやアクロスモール新鎌ヶ谷があるなど商業の集積地になっています。駅前広場~市役所までは歩道上に東経140度線がマークされています。また、駅北口にあるらぁめんものこころという店舗の前の自販機で馬刺しが売られています。

鎌ヶ谷大仏は新京成電鉄鎌ヶ谷大仏駅の北側にある大仏です。高さ1.8m(台座含め2.3m)の青銅製釈迦如来像で、1776年鎌ヶ谷宿の大国屋福田文右衛門が先祖の霊の冥福を祈るために江戸神田の鋳物職人に作らせたといいます。小さい大仏像ですが(日本一小さい大仏との説あり)、明治時代の廃仏毀釈と太平洋戦争の金属供出を乗り越えてきた市の文化財です。

ファイターズ鎌ヶ谷スタジアムは「鎌スタ」と呼ばれて親しまれている北海道日本ハムファイターズの二軍の球場・練習場です。元来使用されていた多摩グランドの老朽化に伴い1997年に完成した施設で、イースタン・リーグの試合が行われています。

鎌ヶ谷市制記念公園は1971年の市制施行を記念して作られた公園です(開園は1976年)。当地の桜の名所として知られるほか、蒸気機関車のD51や航空機が展示されています。100円で乗れるバッテリーカー(パトカーや消防車などがモチーフ)があります。

私市(キサイチ)醸造株式会社は鎌ケ谷市東道野辺にある醸造会社です(大正11年創業)。寿司に使う米酢・赤酢などを造っている会社ですが、一般向け商品としてドレッシングやりんご酢を使ったドリンクなども扱っています。梨酢やハニービネガーといった商品もあり、瓶入りのマヨネーズが人気です。


鴨川市(かもがわし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県鴨川市 自然と歴史を活かした観光・交流都市 ~みんなで創る光り輝くふるさとをめざして~ 人口31,720人

2015年の新生鴨川市10周年を記念して交付されたもので、「たいようくん」と「10th ANNIVERSARY」のロゴが描かれています。(種別不明)限定1,000枚が交付されました。

鴨川市は千葉県南東部にある市です。日蓮ゆかりの誕生寺・清澄寺の門前町として発達し、現在では鴨川シーワールドや鴨川温泉郷があることから観光都市として知られています。鴨川シーワールドや仁右衛門島など海岸部は南房総国定公園に指定されています。多くの漁港があり、漁業が盛んに行われるほか、2,160haの耕地面積を有し9割近くが水田となっています。

鴨川シーワールドは東条海岸と国道128号の間にある総合海洋レジャーセンターです。水族館とイルカ・シャチ・アシカなどのパフォーマンスがあるスタジアム、ホテルが一体になった施設です。サメやペンギン、マンボウの展示もあります(マンボウの人形焼が定番のお土産になっている)。ガイドツアーや給餌体験、海獣とのふれあいなど様々な企画を行っています。園内でも売っていますが、合羽は持参した方が良いでしょう。

鴨川市は前原・内浦・城崎・太海・江見の5つの海水浴場を有しています。砂浜が広くて海の家・トイレが多い前原海水浴場と、水の透明度が高い城崎海水浴場が人気です。また、当地は日本のサーフィン発祥の地の一つ(マルキポイント)でもあります。

仁右衛門島は太海から約200m沖合にある島で、千葉県では最も大きな有人島です。個人所有の島ながら千葉県指定名勝となっていて太海漁港から渡し船が出ています。代々島主が平野仁右衛門を名乗ることから仁右衛門島と称するようになったといい、源頼朝が隠れた隠れ穴や日蓮が朝日を拝したとされる神楽岩などがあります。

鯛の浦は鴨川市の東部、内浦湾~小湊漁港~入道が崎あたりをいいます(もともとの地名は妙の浦)。マダイが群泳する生息地で、国の特別天然記念物に指定されています。本来は比較的深い層を遊泳するマダイが、10m~20mくらいの浅いところに「根つき」になることは大変珍しいことで、古くから名物として遊覧船を出していたようです。近隣に日蓮の誕生を記念して出生地建てられた誕生寺があります。

大山千枚田は鴨川市大山にある棚田で、東京から一番近い棚田となっています。3.2haに375枚の水田が並び、10月~1月にはライトアップされていて(現在はたいまつではなく、LEDになっている)当地の観光名所になっています。


木更津市(きさらづし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県木更津市 ひとにやさしく 環境と調和し 誇りに満ちた創造のまち 人口134,100人

房総半島と東京湾アクアラインを背景に、マスコットキャラクターの「きさポン」や金鈴塚古墳の出土品「金鈴」、特産品のあさりが描かれています。2012年の市制70周年を記念して50cc以下~125cc以下の3種+ミニカーの計4種が交付されています。

木更津市は千葉県西部にある市です。古くから東京湾に面した港町として栄え、1936年には海軍飛行場(現陸上自衛隊木更津駐屯地)がおかれ、軍都・工業都市として発展しました。市域は東西に長いU字型で、市域を縦貫する館山自動車道以西が住宅・商業・工業地として利用される人口密度の高いエリア、市域東側はゴルフ場や農地が多くなっています。国際観光都市である一方、かずさアカデミアパーク(千葉新産業三角構造プロジェクトの拠点施設の一つ)がおかれています。

東京湾アクアラインは東京湾を横断して木更津市と神奈川県川崎市をつなぐ自動車専用の有料道路です。全長15,1kmのうち4,4kmが橋梁、残りがトンネル部となっています。トンネルと橋の中間に人工島の海ほたるPA(食事・休憩ができる5階建て施設)があります。アクアトンネル中間に位置する川崎人工島の「風の塔」はトンネル内の換気を行う施設で、観光名所にもなっています。

木更津市は、三井アウトレットパーク木更津(市北部の金田東にある、店舗数日本一を誇る)、イオンモール木更津(市南西側築地)ほかイオンタウン木更津請西、イオンタウン木更津朝日など大型の商業施設があるため、商圏を形成する商業中心都市になっています。中心駅の木更津駅周辺にはスパークルシティ木更津(複合商業施設)がありますが、当地は元来鉄道より自動車の利用が多いため、郊外化が顕著にみられます。2023年には木更津ゲートウェイ・ヴィレッジが開業予定となっています。

木更津市の特産品は米・梨やブルーベリーといった農産物も多いですが、あさり・はまぐりといった貝や海苔が有名です。牛込・金田・久津間・江川・中の島公園の木更津の各海岸に潮干狩り場があります(だいたい1~2kg採って1,800円くらい)。

證誠寺(しょうじょうじ)は木更津市富士見2丁目(矢那川の北岸)にある浄土真宗本願寺派の寺院です。同寺に伝わる伝説「狸囃子」は日本三大狸伝説の一つで、童謡「証城寺の狸囃子」のモチーフになったとされています。近隣の富士見1丁目には木更津唯一の銭湯が残っています。

八剱八幡神社は木更津駅から徒歩5分くらいのところにある神社です。住宅地のなかにあり、さほど大規模な神社ではないですが、木更津の総鎮守として尊崇を受けています(創建年代不詳、源頼朝が社殿を寄進したという)。2011年からご当地ヒーローとして千葉テレで放送されている「鳳神ヤツルギ」の聖地でもあります。

クルックフィールズは市域南部の矢那にある観光農場で、音楽プロデューサー小林武史氏が代表を務める株式会社KURKKUが手がけています。広大な敷地に「農」「食」「アート」が融合したレストラン・売店・牧場・遊具などがあります。


君津市(きみつし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県君津市 きみの みらいを つくるまち 人口83,060人

マスコットキャラクター「きみぴょん」と「kimitsu city」のロゴが入ったナンバーです。2011年から50cc以下~125cc以下のミニバイク用とミニカー・小型特殊用の計5種類が交付されています。

君津市は千葉県南部、房総半島のおおむね中央に位置する市です。君津市は1943年に木更津海軍航空隊の分工場となる八重原工場が、当時の八重原村と周西村にまたがる格好になったため、軍の斡旋によって同2村が合併して発足しました(当時は町・1971年に市制施行)。北西の東京湾沿岸部には日本の粗鋼生産量の8.4%(2015年度)を占める新日鉄君津製鉄所が所在し、商工業の中心として発展しています。一方東側の丘陵部には久留里線(JR東日本)が走り、久留里城や亀山湖、温泉や湧水、渓流といった見どころや観光客向け施設があります。

濃溝の滝・亀岩の洞窟は君津市の南東部房総スカイライン近くにある清水渓流広場内の洞窟と洞窟内の滝です。洞窟内に差し込む光がハート型になるということでSNSで話題になり、当地の観光名所となっています。紅葉やアジサイの名所としても知られ、近くに千寿の湯という入浴施設と土産屋が出ています。

久留里城(雨城・霜降城)は室町時代に上総武田氏の武田信長によって築かれた山城(古久留里城)です。戦国時代から里見氏の所有となり、再構築されました(新久留里城)。堀切・曲輪など山上の遺構がよく残り、当時の井戸が現在でも水をたたえています。周辺の久留里~久留里市場あたりは地下水に恵まれ、久留里駅駅周辺に自噴井の久留里の名水や平成の名水百選生きた水を筆頭に井戸が200ほどあります。

亀山ダムは小櫃川上流にある千葉県では最初で最大のダムです。ダム湖として亀山湖を形成していて、サイクリング・ハイキング・ボート遊びなどができる観光地になっているほか亀山温泉としてホテル・旅館がでています(日帰り入浴も行っている)。当地の花火大会亀山湖上祭の会場にもなっています。

はちみつとミードのはちみつ工房は君津市東部の大井にある工場・土産屋です(自社で生産加工販売を行う第6次産業)。店舗名どおり主としてはちみつ、はちみつ加工品を取り扱っていて、はちみつのテーマパークといった印象です。ミード(蜂蜜酒)ははちみつを醸造して作られる酒で(添加ではない)、日本ではあまり造られていない珍しい種類の酒です。

和蔵酒造は日本酒「聖泉」や「鹿野山」で知られる酒蔵です。君津市内にリキュールや焼酎の貞元蔵と日本酒の竹岡蔵の2つの蔵を有し、貞元蔵の方には酒菜館という蔵見学と試飲ができる土産屋・見学施設があります。


芝山町(しばやままち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県山武郡芝山町 活力ある 緑の大地と空がふれあうまち 人口7,122人

町のキャラクター「しばっこくん」が描かれています。2015年の町制60周年を記念して50cc以下~125cc以下の3種類が交付されています。

芝山町は千葉県北東部にある町です。千葉県内でも人口が少ない町ですが、成田国際空港に隣接することから国際空港特区の一部になっています。5~7世紀ごろの古墳が現存しているものだけで99基あり、「はにわの町」ないし「はにわの里」と呼ばれることがある町です。古くから農業が盛んで、にんじん・スイカ・里芋・米などを産出していますが、3つの工業団地を有し、町域には多数の物流拠点があるなど第二次~第三次産業も盛んです。

航空科学博物館は成田空港の南側、芝山町岩山にあります。日本最初の航空専門の博物館であり、ボーイング747の実物パーツや客室のモックアップといった展示やフライトシュミレーターが設置されています。展望レストランがあるほか、成田空港問題の歴史を伝える資料館として空と大地の歴史館が併設されています。

ひこうきの丘は前述の航空科学博物館から西側に300mくらいのところにある公園です。ハート型のモニュメントやカフェがあり、成田空港のA滑走路から600mくらいのところにあるため、航空ファンに人気のある撮影スポットになっています。

芝山公園は町域の南部にある公園で、前方後円墳や遊具広場、ミニアスレチックなどがある公園です。地元の小・中学生が古代人に扮してパレードを行う芝山はにわ祭の開催地になっているほかはにわ博物館、別称の芝山仁王尊が同町の名の由来になっている観音教寺が隣接しています。

道の駅 風和里しばやまは千葉県道62号線成田松尾線(芝山はにわ道)沿い、空の駅 風和里しばやまは成田空港近くの国道296号沿いにある施設です。どちらも同じ第3セクターが管理・運営していて、野菜・花・惣菜・弁当・パンなど品揃えが豊富です。


白子町(しらこまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県長生郡白子町 うみとそらのあいだに暮らす 人口11,040人

波をイメージした青のラインとシンボルキャラクターの「げんき君」が描かれています。2013年から50cc以下の白ナンバーを対象に交付されています。

白子町は千葉県の東部、太平洋沿岸の九十九里平野に含まれる町です。中世末に紀州の漁民が漂着し地引網漁を伝えたとされる九十九里イワシ漁発祥の地です。現在は天然ガスとともに地表に上がってくる白子温泉や海水浴場を有する保養地として知られ、農業と観光が産業の主体となっています。テニスコートの数が日本一多い町で、テニスの町としても知られています。

白子町は剃金海水浴場、古所海水浴場中里海水浴場など5つの海水浴場を有しています。町の管理なのでシャワーがなかったりトイレットペーパーの交換がなかったりしますが、駐車場が無料ということで九十九里浜のビーチとしては穴場の印象があります。中里海水場近辺はホテルと旅館、当地名物のテニスコートが並ぶリゾート地域になっています。

白子温泉はヨウ素を含むナトリウム塩化物泉で、白子町の温泉街にはホテル・旅館が17軒あり、多くが日帰り入浴を行っています。一時期砂風呂を売りにしていた町営の健康センターがありましたが現在は閉業となり、近隣のホテル・旅館も砂風呂は行っていません。

白子神社は白子町の由来になった神社で、大己貴命(おおなむちのみこと=大国主命)を祭神とする神社です。白亀に乗った白蛇が沖からやってきたという伝説が残っていて、拝殿前の撫で蛇が有名な神社です。

げんきの里ひまわりは白里町北高根にある農産物の直売所です。白里町は農業王国の千葉県のなかでも特に農業が盛んな地域で、たまねぎ・トマト・きゅうりなど野菜のほか、冷凍のイセエビ・はまぐりなど海産物、餅や寿司など加工品も並びます。特に玉ねぎが有名で、甘みが強い新玉ねぎが出るシーズンにはレジに長蛇の列ができます。


千葉市(ちばし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉市ホームページより

千葉県千葉市 人とまち いきいきと幸せに輝く都市 人口971,900人

㊤2013年に交付されたもので、角を落としてボールの形を模したプレートに千葉ロッテマリーンズのマスコットキャラクター「マーくん」が描かれています。㊦2021年の市制100周年を記念したもので、千葉ポートタワーと100周年のシンボルマークとロゴが描かれたものです。50cc以下3,000枚、50~90cc200枚、90~125cc1,300枚が交付されています。

千葉市は千葉県中央部にある政令指定都市で、中央・美浜・花見川・稲毛・若葉・緑の6つの区をからなり、業務核都市・国家戦略特区・国際観光会議都市などに指定されています。全体にみて住宅団地が多く、現在も開発がすすんでいるため人口が増加している地域です。東京都都心部と成田国際空港の中間地点に位置することから国家機関や県・市の機関が数多く所在するほか、先端技術産業の集積地になっています。2019年から「パートナーシップ宣誓証明制度」として、性的少数者や事実婚などのカップルに公的証明書を交付しています。

美浜区は幕張新都心や海浜ニュータウンを要する行政区で、幕張メッセ、ZOZOマリンスタジアムや幕張海浜公園、イオンモール幕張新都心(同名の郊外型店舗の旗艦店で、日本最大規模)を擁していて、千葉市の商業・観光・レジャーの中心となっています。区域全域が造成地で、人工海浜の幕張の浜(全長2,695m)がありますが、砂の流出が深刻であるなどの理由で、長らく遊泳禁止となっています。

中央区は千葉市ならびに千葉県の行政・商業の中心となっている地域です。京成千葉駅周辺に繁華街の富士見、歓楽街・風俗街の栄町があり、当地の商業地としえ栄えています。また、本外房線千葉駅・蘇我駅(外房線・内房線・京葉線・京葉臨海鉄道臨海本線の貨物線が乗り入れる)あたりも商業地として発達しています。大賀ハスの鑑賞地として知られる千葉公園千葉県立中央博物館がある青葉の森公園、亥鼻城(いのはなじょう、別名千葉城とも。模擬天守内が郷土博物館になっている)跡などがあります。

稲毛区と花見川区はおおむね住宅地が占める生活拠点となっています(特に稲毛区は狭いこともあり、人口密度が千葉市全体の2倍近い)。稲毛区の丘上に建つ稲毛浅間神社の松林は市の天然記念物に指定されていて、同神社の創建(808年)以来形成されてきたものとされています。

若葉区は市内最大の面積をもつ区で、日本最大規模の貝塚である加曽利貝塚(犬の骨が人間とともに埋葬されていることが発見された)や緑が残る地域です。区西部はニュータウンとして開発がすすむ一方で、東部は田園地帯やゴルフコースがみられます。若葉区源町にある千葉市動物公園はレッサーパンダの「風太」で有名な動物園です。

緑区はニュータウン開発が進んでいる地域で、区内各所で宅地化が進んでいます。外房線に沿うように市街地が東西に伸びていて、東部の大網白里市との境あたりに昭和の森公園(キャンプ場やBBQエリアなど県内有数の規模を誇る総合公園)やホキ美術館(主に現代日本人作家の写実絵画を収集する)があります。


東金市(とうがねし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県東金市 人・自然・ときめき交感都市 人口57,780人

八鶴湖の桜を背景にマスコットキャラクターの「とっちー」が描かれています。2014年の市制60周年を記念して50cc以下の白ナンバーを対象に500枚が交付されました。

東金市は千葉県の中央東部にある市です。江戸時代に徳川家康・家忠が鷹狩に訪れたため、御成街道や東金語店が整備され、宿場町・問屋街として発達し、「上総のこがねまち」と呼ばれるようになりました。伝統的に小売業・卸売業が多く商業都市の性質が強い地域ですが、交通の要衝である東金インターチェンジがあるため、化学工業・生産用機械製造といった工業も盛んです。市域の1/3が農地となっていて、野菜や豆類が主として作られています。作田川流域沿いに成東・東金食虫植物群落という国の特別天然記念物/保護区があります。

八鶴湖(はっかくこ、はっかっこ)は徳川家康が東金御殿を築く際に作られた人造の湖です。東金線東金駅の西500mほど、東金市の中央に位置し、ツツジ・アジサイ・花菖蒲など四季折々の花が咲く風光明媚な場所として知られています。3月下旬~4月上旬の桜の時期には東金桜まつりが開催されています。八鶴湖周辺には徳川家康公お手植蜜柑、東金御殿跡、防空壕の跡など歴史を感じさせるスポットが残っています(松の湯という古い銭湯もあり)。

最福寺は単立(日蓮宗系)の寺院です。前述の八鶴湖の東岸の丘の上にあります。802年に最澄によって天台宗の寺院として創建され、1479年に顕本法華宗に改宗、現在は単立の本山というちょっと変わった歴史があります。境内に徳川家康の銅像があり、徳川家ゆかりの地として知られています。

道の駅 みのりの郷東金は国道126号沿いにある大型の道の駅です。農産物直売やレストラン、トイレなどもちろんありますが、東金市は「植木のまち」としてPRを行っているため、千葉県下最大級の植木の圃場があり、植木・盆栽・小鉢植えなどが花木が充実しています。

たぶん…世界一小さいチョコレート工場は2021年にオープンした三真株式会社(あられちゃん家で有名な米菓メーカー)が運営するチョコレート菓子の工場直売店です。菓子の直売のほかホットチョコレートなどのテイクアウトのドリンクもやっています。

東金市はぶどう農家が多くあり観光農園が松之郷に集中しています(なぜぶどうなのかは不明)。東金ぶどう郷といって、時期になるとぶどう狩りが各農園で行われています。


成田市(なりたし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県成田市 空港(そら)、交流(ふれあい)、希望(ゆめ) 創造都市 人口131,200人

㊤元来のシンプルなナンバーに「NARITA」を併記㊦2014年の市制施行60周年を記念して交付されたもので、成田山新勝寺と旅客機のシルエットを背景に観光キャラクターの「うなりくん」が描かれています。

成田市は千葉県北部中央に位置する中核都市で、日本最大の国際空港である成田国際空港を有することから国家戦略特区、構造改革特区、国際会議都市などに指定されている国家戦略の中心的役割をもつ地域です。古くは成田山新勝寺・宗吾霊堂の二大霊場の門前町として栄えたまちで、現在でも観光都市として成田空港と上記二大霊場を中心に、通年1,000万人の観光入込客数を誇る(コロナ禍以前は1,400万ほど)観光都市となっています。

成田国際空港は日本最大の空港で、同空港だけで日本全体の貿易額の14%を占めています(2015年)。1978年に新東京国際空港として開港し、民営化に伴い成田国際空港と名称を改めましたが、改称前から使用されている成田空港、または行先表の「成田(NARITA)」が使用されています。空港内に300店舗以上の商店を有し、売上高日本一のショッピングセンターでもあります(2018年度)。

成田山新勝寺は真言宗智山派の寺院で、同宗派の大本山の一つです。本尊が不動明王であることから、「成田不動」の名で親しまれています。関東屈指の参拝客数を誇り、国外の観光客にも人気があります。成田線成田駅(JR東日本)から1kmほど参道沿いに商店が出ていて鰻が有名です。また、境内の奥側は成田山公園という広い公園になっています。

ワットパクナム日本別院は、タイのバンコクにあるワットパークナム(観光名所として有名)という王室寺院の別院です。宗教施設にとどまらず、在日タイ人の交流拠点、タイ古式マッサージやタイ料理、タイ式フルーツカービングなどの研修場としても利用されています。日本人でも歓迎されますが、外国の寺院ですからドレスコードはそれなりものを要求されます。

東勝寺は成田市宗吾にある真言宗豊山派の寺院です。通称の「宗吾霊堂」という呼び名で親しまれています。坂上田村麻呂が開基したといわれる寺で、本堂には一人で将軍に駕籠訴えを行い、処刑されたとされる義民・佐倉惣五郎(通称を宗吾・惣五という)の霊が祀られています。講釈や歌舞伎に伝わる佐倉惣五郎の振る舞いは史実として確認できることは少ないながら、実在した人物のようです。


船橋市(ふなばしし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県船橋市 生き生きとしたふれあいの都市 人口622,900人

㊤船と橋のデザインでプレート上部はアーチ型、下部は波型になっている。2012年から50cc以下~125cc以下の原付3種+ミニカー・小型特殊の計5種類が交付㊦プロバスケットボールチーム「千葉ジェッツふなばし」のデザイン、2016年から数量限定で交付されている。現在は50cc~90cc以下の黄、50~125ccの桃色ナンバーのみ。

船橋市は千葉県北西部にある市です。千葉県下第二位の人口を有し、古くは御成街道・佐倉街道の交通の要衝として船橋御殿や船橋宿の宿場町として発達しました。近代にはいると軍都として栄え、現代の船橋は県都千葉市に対して「商都船橋」と呼ばれる商業の盛んな地域となっています。また、物流・食品加工といった第2次~第3次産業も盛んに行われています。東京都区部に近いためベッドタウンとして開発が進み、人口も安定して増加傾向にあります。

船橋駅と京成船橋駅(少し離れている)は千葉県屈指のターミナル駅として機能しています。周辺地域は戦後に戦災を免れたため、闇市が隆盛を極め「日本の上海」と呼ばれていたエリアで、現在も千葉駅・柏駅と並ぶ千葉県内の繁華街ないし観光拠点として機能しています。千葉県下一位の乗降客数を誇る西船橋駅周辺も商業地になっていますが、こちらはどちらかというと個人の飲食店が多い印象です。

ふなばしアンデルセン公園は船橋市の北東部にある総合公園です。船橋市の市制50周年を記念して開園したもので(当時は「ワンパク王国」だった)、現在は開園当時の三倍以上の面積の38.3haの規模となっています。シンボルの風車はアンデルセン公園として開園当時は回っていましたが(挽いた粉でパンを焼いていた)、近年は経年劣化のため回っていません。

船橋市のベイエリア、浜町(はまちょう)と若松あたりは商業施設と娯楽施設が集中していて、市内外から人を集める地域となっています。浜町にはららぽーとTOKYO-BAY、IKEATOKYO-BAY、ビビッド船橋といった大型商業施設があります。若松の方には地方競馬の船橋競馬場があり、当地の娯楽施設となっています(以前は浜町にオートレース場があった)。南側の高瀬町までいくとサッポロビールの千葉工場があり(有料だが試飲を含む工場見学もやっている)、千葉ビール園というビアホールを併設しています。

意富比神社(おおひじんじゃ、通称は船橋大神宮)は景行天皇40年(だいたい1900年ほど前)に創建されたとされる神社です。境内に高さ12mほど、3階建て灯明台があり、かつては政府公認の私設灯台として活躍していました。江戸時代には徳川家康の前で相撲を披露したことから、毎年10月20日の例大祭では神楽と共に相撲が奉納されています。

船橋三番瀬干潟は船橋市潮見町の東京湾の奥まったところにあります。三番瀬というのは浦安市・習志野市・市川市・船橋市にまたがる東京湾最大の干潟で(水深1m未満の面積だと1,200haほど)、船橋市のあたりはふなばし三番瀬海浜公園として整備されています。潮干狩りやBBQのスポットとして利用されるほか、三番瀬環境学習館という体験学習施設があります(有料だが、VRゲームがあるなど施設としては新しい)。食用貝のホンノビス貝(昔は大アサリと呼ばれていた、蛤より肉は硬いが味は濃い)が定着していて、千葉ブランドになっています。


睦沢町(むつざわまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

千葉県長生郡睦沢町 きれいな水 豊かな土 支えあう人の和で築く ふるさと むつざわ 人口6,9280人

町花のサツキとマスコットキャラクターの「うめ丸くん」、2012年に50cc以下の白ナンバーを対象に、限定500枚が交付されました。

睦沢町は千葉県の南東部、長生郡に属する町です。町域は標高2-168mの緩やかな斜面をなしていて、町の中央を流れる埴生川・瑞沢川・長楽寺川の沿岸は米作りが盛んで、上総地区屈指の穀倉地帯となっています。南関東ガス田の天然ガス採掘も基幹産業として盛んに行われるほか、2017年から温暖な気候を活かしたオリーブの栽培が始まっています。南西側の丘陵地はゴルフ場(房総カントリークラブ 房総ゴルフ場)が多くを占めています。

妙楽寺は天台宗の寺院で、848-850年に慈覚大師円仁によって創建されたといいます。多くの古仏像を有し、本尊の木造大日如来坐像(1190年)は国の重要文化財に指定されています。周辺の森林は「妙楽寺の森」として千葉県の天然記念物に指定されているものです。周辺の大字妙楽寺睦沢ダムあたりの梅畑では毎年初夏に梅狩りが行われていて、カリカリ梅が当地の産物の一つとなっています。

道の駅 むつざわ つどいの郷は千葉県道150号大多喜一宮線沿いにある中~大規模の道の駅です(2019年に移転、改称して正式名前が長くなった。元の場所には睦沢郵便局になっている)。物販・レストランのほか温泉入浴施設(つどいの湯)、コミュニティ施設(つどいのハコ・体験工房・体験農園)、ドッグランやレンタルサイクルを兼ねる交流広場「オリーブの森」(災害時にはかまどになるベンチ、通称かまどベンチがある)などで構成されています。なお、温泉はかん水と呼ばれるヨウ素を含んだ湯で、茶褐色の湯です。

ガラス屋 福は睦沢町上市場の太陽光発電所のあたりにあるガラス工芸の工房です。通年で拭きガラスや絵付けなどの体験を行っています。

お寺カフェそわかは睦沢町下郷にある弘行寺の裏手にあるカフェです。お寺の庭を見ながらそばやカレーの、甘味と梵字ラテなどが楽しめます。また、プチ修行として写経もできます。


原付のご当地ナンバー都道府県別目次はコチラ

埼玉県ご当地ナンバープレート紹介・一覧

原付・小型バイクのご当地ナンバー

【埼玉県編】

全47都道府県を網羅 掲載市町村区630以上


四輪自動車の地方版図柄入りナンバープレートはコチラ「地方版図柄入りナンバープレート 一覧 (四輪自動車)」または 地方版図柄入りナンバープレート 関東 (四輪自動車)

埼玉県ご当地ナンバープレートの紹介です。地域の観光・グルメ・道の駅情報なども少し扱っています。

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原付のご当地ナンバー都道府県別目次はコチラ

原付のご当地ナンバー市町村区別目次はコチラ


和光市(わこうし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県和光市 アクセス最高 ちょうどいいまち ちょっといいまち 和光 人口84,160人

市の輪郭に虹をかけた図柄で交通の便の良さ、未来への発展などを表しています。左右に市の花サツキと市の木イチョウ、イメージキャラクターの「さつきちゃんとわこうっち」が描かれています。市制45周年を記念して2015年からミニバイク50cc以下~125cc以下とミニカー・小型特殊車両の5種類が交付されています。

和光市は埼玉県南部にある市です。東京都板橋区・練馬区と接していて、戦後急速にベッドタウンとして人口が増加し、本田技研工業の工場ができたこともあり工業都市として発展しました(本田技研の工場は現在は廃止、本社と研究所が市内にある)。市南部は戦後に開発されたエリアで、住宅団地ないし国や民間の研修・研究施設が多く所在する一方で、北部は住宅地・田園・雑木林が混在しています。

和光市駅は東武鉄道・東京メトロの駅で、東武鉄道・東京メトロともに一日の乗降客数が14万程度と和光市の中心駅となっています(東武鉄道では北千住駅・池袋駅に次いで3位)。池袋・渋谷・有楽町・横浜などに電車一本でアクセスできる利便性から南口に繁華街が形成されています。和光市駅南口周辺のいこいの広場では月に二度軽トラ市がひらかれていたり、駅から徒歩10分ほどでいちご狩りができる農園があったりします。

和光樹林公園は県営の都市公園です。返還されたキャンプ・ドレイクの再利用として整備され1989年に開園した公園で、ラバーが張られたジョギングコースや総合体育館などがあり広々としています。練馬区の大仙中央公園と隣接し、バーベーキューや桜の名所として利用されています。

理化学研究所(国立研究開発法人、RIKEN)の本部は和光市広沢にあります。1917年に設立され、湯川秀樹や朝永振一郎などノーベル賞受賞者を輩出してきた機関で、3,000人ほどの科学者を擁する日本最大の科学研究所です。2016年に世界初の合成元素(113番)ニホニウムが発見されたため、当地の和光市駅~理化学研究所まで続く通りには「ニホニウム通り」と名付けられています。

新倉ふるさと民家園は和光市下新倉にある600坪ほどの施設です。和光市指定文化財の旧冨岡家住宅(およそ300年前の建物)を移築・復元したものに、庭として里山を意識した植栽や池を加えた施設です。

レーマン(Reman、現在はブルボン傘下の株式会社)は、1948年に創業したチョコレート菓子メーカーです。1961年に日本で初めて「麦チョコ」を製造した会社として知られています。和光市中央浅久保通り沿いに和光工場があり、工場直売もやっています。


日高市(ひだかし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県日高市 笑顔と元気を 未来(あした)へつなぐ 緑きらめくまち 人口55,290人

高麗郡1,300周年を記念して作られたもので、日和田山を背景に高麗川流域の巾着田と市のマスコットキャラクター「くりっかーとくりっぴー」が描かれています。50cc以下のミニバイクを対象に2015年10月から2017年3月まで交付されました。

日高市は埼玉県の中南部にある市です。市域の東部は関東平野の西端に位置しおおむね平坦、東部は外秩父系の丘陵地となっていて、ハイキングコースやゴルフ場がみられます。戦後の高度成長期に東京のベッドタウンとして人口が急増、1991に日高町から日高市になっています。市名の由来は当地のシンボルである日和田山(ひわださん)から「日」、高麗・高麗川から「高」の一文字ずつをとったとされています。埼玉県屈指の栗の産地であり、「日高マロン」「高麗川ぽロン」といったブランドを有しています。

巾着田(きんちゃくだ)は、高麗川の湾曲部にある巾着の形をした平地です。8世紀に日本に移り住んだ高句麗人が高麗川を利用して水田を始めたと伝わる地で、現在はヒガンバナの名所として有名な観光地となっています。春には桜・菜の花、初夏~夏にはアジサイとハス、秋は彼岸花が終わるとコスモスが咲くように工夫されています。遠足の行き先として人気があるスポットで「遠足の聖地」と呼ばれています。また、周辺の川越日高線北側には高麗郷古民家(旧新井家住宅、国の有形文化財)があります。

高麗神社は霊亀2年(716年)に関東一円の高句麗人を集めて作られた高麗郡の鎮守として創建されたとされる神社で、高麗王若光が祀られています(「王」の姓は外国の王族であることを指す)。出世・開運の神様として有名な神社で、在日大韓民国民団から寄贈された花崗岩製の将軍標や茅葺きの高麗家住宅などがあります。水天宮が素晴らしいと評されますが、山道を登った所にあるためたどり着くまでが大変です。

サイボクは、ハムやソーセージ加工を行う埼玉種畜牧場が運営するテーマパークです。直売所・レストラン・カフェ・アスレチック・ハムソーセージ工場などと温泉の入浴施設(2002年に日高牧場跡から天然温泉が湧出した)がはいった施設で、「埼玉のディズニーランド」と呼ばれるほどの人気があります。

醤遊王国(しょうゆおうこく)日高本店は弓削多醤油(日高市田波目)が運営する醤油に関する資料館・販売施設です。工場見学や自分で絞った醤油を持ち帰ることができる施設です。2階にイートインコーナーがあり、卵かけご飯や醤油ソフトクリームが食べられます。

加藤牧場は日高市旭が丘のベイシアの近くにあります。ジェラートが有名な牧場で、スイーツ店とレストランが併設されています。乳搾り体験やチーズ作り体験などは執筆現在(R4.8月 )休止中となっています。


吉川市(よしかわし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県吉川市 ひとに優しさ まちに安らぎ 未来に夢ある みんなのよしかわ -市民主役の都市構想- 人口73,260人

吉川市の田園風景と川、イメージキャラクターの「なまりん」が描かれています。ミニバイク50cc以下~125cc以下とミニカー用で計4種類が交付されています。

吉川市は埼玉県の南西部にある市です。江戸川と中川に挟まれた南北に長い三角地帯を市域としていて、1996年市制施行と市としては比較的若い自治体になります。中世以前の昔から稲作地帯でしたが、江戸時代に江戸がひらかれてからは水運を利用した物資集積地として発展しました。現在も市域の1/3強が耕地で、うち3/4程度が田んぼです。また、伝統料理であるうなぎ・なまずといった川魚料理を食べさせる店が目に付きます。都心部から一時間以内で川や田園風景が残るということもあり、近年は人口が増加しています。

吉川美南駅は武蔵野操車場跡地を再開発したもので、2012年に開業した比較的新しい駅です。一日の平均乗降客数は5,308人(R3年度)で、西口はイオンタウン・ケーズデンキなどがはいる商業地として開発されています。東口は農業振興地域の田圃であり開発が進んでいません。

芳川神社(よしかわじんじゃ)は1187年に創建され、鎌倉時代に時の武士団 吉川氏によって諏訪神社として再興されたとされる神社です。建御名方命と経津主命を祀るほか、仏教の信仰対象であるはずの愛染明王が愛染大神として祀られていて、神仏習合時代の名残がみられます。毎年吉川八坂祭りという祭が行われていて、神輿を高くさし上げる(1tほどの神輿を投げ上げている)ことから暴れ神輿とも呼ばれています。また神社の隣に自家製餡が自慢の和菓子屋があります。

よしかわ天然温泉ゆあみは吉川駅北口の吉川市保にあるスパです。強食塩泉の天然温泉と智光薬湯という生薬をブレンドした湯など多数の湯船とサウナ・レストラン・大衆演劇がセットになった施設です。風呂の種類が多いことが売りですが、浴槽が2~3階に跨っているため、足の弱い方は階段の上り下りが大変です。

街のミニ水族館しおやは芳川神社の北側100mくらいのところ、住宅街のなかにあります(というか施設自体が自宅)。個人が趣味で当地の川魚をメインに水槽を展示しているものですが、案内のパンフレットやガイドツアー?もあります。もちろんナマズもいます。


戸田市(とだし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県戸田市 やさしいまちに、なりたい。 パートナーシップでつくる 人・水・緑 輝くまち 人口136,200人

2016年の市制50周年を記念したもので、戸田市ハーモナイズド・マークのロゴ(左下)、戸田橋と花火が描かれています。50cc以下1,300枚、90cc以下100枚、125cc以下600枚の計2,000枚が交付されています(ミニカーと小型特殊は対象外)。

戸田市は埼玉県南東部にある市です。市の西側から南側を荒川が流れ、市域はおおむね平坦な低地となっています。江戸時代に荒川に設けられた戸田の渡しで知られる地域です。荒川を挟んで東京都板橋区に接しているため印刷・食品加工といった製造業、流通関連の企業が倉庫や営業所をおいています。市西部の荒川沿いは洪水の被害に備えた荒川第一調節池~旧荒川流路あたりは彩湖・道満グリーンパークという公園になっています。

戸田公園駅は一日に乗員人員28519人、戸田駅は18,061人(どちらもJR東日本、R3年度の数字)です。人口密度が高いためかなり大きい数字となっていますが、商業地はさほど発達していません。元来戸田市は中山道の板橋宿~蕨宿の中継地点で、宿場町が発達しなかったことから商業面は発達が遅れたということのようです。一方で出生率が高く、人口流入もあって人口増加が続いているため、コンビニなど小規模・地域密着型の店舗がかなり多い印象です。

埼玉県営戸田公園は戸田市の南部にある都市公園です。日本最大規模の東西に2.5km、幅300mの静水コース 戸田漕艇場を有する公園です。戸田漕艇場は1964年の東京オリンピックの漕艇競技会場となったこともあり、現在でもボート競技の聖地として多くの大学や社会人チームがボート競技を行っていて、一部は戸田競艇場になっています。また、漕艇場南側の堤防上は戸田桜堤として当地の桜の名所になっています。

彩湖・道満グリーンパークは戸田市の西部、荒川の旧流路の道満河岸あたりを整備した公園です。遊具・バーベキュー場・釣り堀・野球場・サッカー場などがあります。公園内のヤクルト戸田球場は1976年から東京ヤクルトスワローズの二軍本拠地として使用されていましたが、2026年には二軍本拠地は茨城県守谷市に移転する予定となっています。

戸田橋花火大会は毎年8月第一土曜に行われる花火大会です。初回の花火大会は、1951年に埼玉県戸田町(現・戸田市)と東京都板橋区の都県境をよりわかりやすいものにするため協議を行ったことを記念して行われました。現在は共催という形ではなくなり、名前も「戸田橋」と「板橋」と分かれてはいますが、例年板橋区と戸田市で同日に行われ合計1万を超す花火が上がります。


朝霞市(あさかし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県朝霞市 むさしのフロントあさか 人口136,300人

㊤市内を流れる黒目川とその堤防に咲く桜、右側に彩夏祭のシンボルキャラクター「彩夏ちゃん」、2013年から50cc~125cc以下のミニバイクを対象に交付されている。㊦朝霞市のキャラクター「ぽぽたん」が描かれたもので、市制50周年を記念して2017年から交付されている。こちらもミニバイクが対象。

朝霞市は埼玉県南部にある市です。市域は荒川低地と武蔵野台地に分けられ、その高低差は40mほどです。古くは川越街道の膝折宿として発展した地域で、1932年に東京ゴルフ倶楽部が移転してくると、同倶楽部の名誉総裁で皇族の朝香宮親王にちなみ、皇族の名前をそのまま利用するのは恐れ多いとして一字変えて「朝霞」としました。現在の朝霞は食料品加工・輸送用機械器具・印刷業など製造業が盛んな一方、市域の12%程度が農地や原野であるなど緑も残るエリアとなっています。

朝霞市には東武鉄道東上本線とJR東日本武蔵野線の二本の鉄道が走っていて、朝霞台・北朝霞駅と朝霞駅が中心駅として機能しています。どちらかというと急行が止まる、乗り換えができる朝霞台・北朝霞駅周辺が人気となっていて、駅前にファストフード店が数多く出ています。朝霞駅周辺も飲食店が多く出ていますが、こちらは居酒屋が中心でゆっくりするお店が多い印象です。

陸上自衛隊朝霞駐屯地は東京都練馬区、埼玉県朝霞市・和光市・新座市にまたがる駐屯地です。朝霞の市名の由来になった東京ゴルフ倶楽部が旧陸軍省により転用されたもので、陸上自衛隊広報センター(愛称:りっくんらんど)が所在しています。VRを利用した戦車や水陸両用車の疑似乗車体験や戦闘用車両・ヘリコプターの展示などがあり、人気の施設となっています。

滝の根公園は神明坂を登る途中にある、アスレチックや鯉が泳ぐ池のある公園です。大きな公園ではないですが、当地は低地と台地にまたがるため坂が多く、アスレチックに高低差が利用されています。また、大人ひとり分くらいの幅の吊り橋があり公園のシンボルになっています。

黒目川は朝霞市内をおおむね東西に流れる一級河川です。川岸は桜230本ほどが植栽されて黒目川桜堤として当地の桜の名所になっています。時期になると提灯や灯籠などが設置され、夜桜も楽しめるよう工夫されています。

丸沼芸術の森は、当地の株式会社丸沼倉庫がアーティスト育成を目的として1985年に設立した美術館で、朝霞市上内間木にあります。アンドリュー・ワイエスやベン・シャーン(どちらも現代アメリカを代表する画家)のコレクションは世界有数とされるほか、陶芸教室なども行っています。少し離れたところに丸沼美術サロンというカフェがあって、バウムクーヘンが評判です。

Kファーム(朝霞第一牧場)は朝霞市浜崎 高堤にある農場・牧場です。羊がいて餌を与えられるほか、鶏・うさぎなどが飼育されています。向かいに朝霞養魚池という釣り堀があり、ついでにメダカや金魚などを売っています。第一農場の方は時期が良ければ収穫体験もやっているようです。


熊谷市(くまがやし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県熊谷市 川と川 環境共生都市 熊谷 人口198,700人

2019年の「ラグビーワールドカップ2019」の開催都市として選ばれたことを記念して発行されたものです。同年7月20日に交付が開始され12月27日に交付終了となっています。

熊谷市は埼玉県北部にあります。同県北部では最大の人口を誇り、業務核都市・景観行政団体などに指定されています。江戸時代に中山道熊谷宿として発達し、明治時代初期には熊谷県の県庁所在地となりました。現在の熊谷は農業・工業・商業すべてが県内3位~5位程度で、県北部の産業の中心となっています。2007年に国内最高気温の41.1度が観測され、気温の高さが全国的に知られたことから夏の暑さを逆手に取ったPRが行われていました。学生グライダーの聖地としてグライダーフェスや競技会が行われる妻沼滑空場と「西の花園、東の熊谷」と呼ばれラグビーの聖地として知られる熊谷ラグビー場を有しています。

熊谷市はJR上越新幹線・高崎線、秩父鉄道秩父本線が通っています。熊谷駅は前述の3線が乗り入れる接続駅で当地の中心駅となっています。北口はショッピングモール・ビジネスホテル・飲食店が並ぶ商業地、南口側は市立文化センタープラネタリウム館があり、荒川緑地沿いに当地の桜の名所の一つ 熊谷桜堤が続いています。また、駅北口から500mほどのところに星溪園(せいけいえん)という江戸時代~明治初期の日本庭園があります。

妻沼聖天山歓喜院は熊谷市妻沼(めぬま)にある高野山真言宗の寺院です。日本三大聖天の一つとされる名刹で、1179年に長井庄(現在の妻沼)の総鎮守として当地の武将 斎藤別当実盛が守り尊の聖天(歓喜天=ガネーシャ)を祀るために創建したとされています。本殿は江戸時代に造られたもので、彫刻・装飾ともに素晴らしく埼玉県唯一の国宝建造物になっています。名物として聖天寿司(細長いいなり寿司)があるほか、周辺ではねぎの栽培が盛んで、「妻沼ねぎ」としてブランド化を目指しています。

別府沼公園は1994年に開園した総合公園です。同地に古くからあった自然の湧き水を源流とする別府沼を利用した公園で面積は17.1ha、日本庭園・ハナショウブ園・遊具・広場・ジョギングコース・観察池などがはいっています。春には花見客で賑わうほか、ハナショウブの名所として知られています。

熊谷うちわ祭は毎年7月19日~23日(一般向けは20~22日の3日間)に行われる愛宕八坂神社の例大祭です。神社自体は小さいものの、祭りの方は規模の大きさで有名であり、山車6台・屋台6台が囃子に合わせて市内を巡行します。2020~2021年はコロナウイルスの影響で自粛となり、必要最低限の神事のみ行われましたが、2022年度は露店の出店禁止、駅前の初叩きあいを自粛しての開催となりました。

江南の藤は熊谷市の南西部、熊谷市板井1625-8にあります。樹齢推定140年ほどのノダナガフジという藤で、見頃は4月下旬~5月上旬くらい、房は長いもので1m40cmくらいになります(重くなり本体を痛めるため、早めに刈り取りが行われる)。地域のボランティアが保護と一般開放を行っていて、花期には民謡や詩吟、琴の演奏などが行われることがあります。入場料300円(お茶のサービスあり)で駐車場もあります。


北本市(きたもとし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県北本市 さくらと範頼伝説のまち 人口66,020人

トマトの形のプレートに市の木であるサクラのイラストとイメージキャラクターの「とまちゃん」が描かれています。2018年からミニバイク(50cc以下~125cc以下の3種)+ミニカー・小型特殊車両の5種類が交付されています。

北本市は埼玉県中央東寄りに位置する市です。1602年に移転するまで中山道の鴻巣宿があったことから本宿村>北本宿村>北本町>現在の北本市となっています。1960年代から埼玉市・東京のベッドタウンとして開発が進み人口が増加しましたが、2004年に人口70,719人でピークを迎え、以降人口減少が続いているため消滅可能性都市の一つとなっています。

グリコピア・イーストは2012年に操業した江崎グリコの北本工場(関東最大規模となる)にある工場見学施設です。ポッキーなど同社の製品の製造過程が見られるほか、過去のグリコ製品についてきたおまけのおもちゃのミュージアムやオリジナルポッキー・プリッツを作る体験もあります。

北本自然観察公園は北本市北西部の石戸宿地区にあります。台地西側の浸食谷をそのまま利用した公園で、雑木林や湿地がそのまま残っています。樹齢約200年ほど、埼玉県の天然記念物でもあったエドヒガンザクラが有名でしたが、2019年の台風で根本から折れてしまいました。

石戸蒲ザクラ(いしとかばざくら)は北本市石戸宿3丁目にあるカバザクラの古木です。1922年に国の天然記念物に指定され、日本五大桜に数えられる巨大な一本桜で、樹高12m、樹齢800年を超える銘木です。石戸蒲ザクラの名は「蒲冠者(かばのかじゃ)」と呼ばれる源範頼に由来するとされています。

北本市はトマト栽培と関わりが古く、大正時代末期にトマト栽培が開始された先進地です。昭和2年に国内初の無着色ピューレ「トマトクリーム」が開発されました。現在はどちらかというとねぎや白菜といった他の野菜の栽培が多いですが、北本トマトカレーとしてご当地グルメになっています(他にもトマトようかん、大福などもある模様)。

学校給食歴史館は北本市の北西側、北本総合公園の近くにある施設です。埼玉県学校給食会という法人の敷地内にあり、学校給食の歴史について学べる施設になっています。コッペパンや脱脂粉乳、ソフトめんなど懐かしの給食のサンプルが時代順に並び、当時の給食風景の写真も展示されています。


小川町(おがわまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県比企郡小川町 和紙のふるさと 人口28,970人

小川町七夕まつりの竹飾りとイメージキャラクター「星夢(スタム)ちゃん」が描かれています。2018年から50cc以下~125cc以下のミニバイク用を対象に交付されています。

小川町は埼玉県中部の西寄りに位置する町です。ユネスコ無形文化遺産に登録されている小川和紙(細川和紙)が有名で、和紙の里として知られています。日本の有機農法の第一人者である金子美登(かねこよしのり)氏が経営する霧里農場があることから有機農法の輪がひろがり、現時点では有機農業の里(無農薬・無化学肥料)として世界的にみても先駆者的な位置づけとなっています、また、当地のPRとしてオーガニックフェス(オガフェス)が行われています。蔵元・ワイナリー・ブルワリーを有する酒の町でもあります。

道の駅おがわまちは国道254号沿いの中規模の道の駅です。直売所と麺工房かたくり(レストラン)がはいっているほか、埼玉伝統工芸会館が併設されていて、雛人形・絣・桐細工などの展示があるほか、細川和紙の紙漉き体験を行っています。

旧小川小学校下里分校は小川町大字下里の槻川沿いにあります。1964年に現在の校舎が新築され、児童数の減少により2011年に廃校になっています。現在はNPO法人が管理していて、見学ができるほかにカフェが入っています。アニメ「のんのんびより」のロケ地として知られるほか、さくら祭りなど当地のイベントに利用されています。周辺には1971年から有機農業を行っている霧里農場があります。

玉成舎(ぎょくせいしゃ)は1888年に建てられた養蚕伝習所でした。その後、昭和初期には民家として利用されていましたが、住人がいなくなったため取り壊しが検討されました。現在は交流施設としてリノベーションされ、インドネシア雑貨ぶんぶん丸、武蔵ワイナリー直売所、有機野菜食堂わらしべといった店舗がはいっています。

武蔵ワイナリーは小川町高谷にあるワイナリーです。2011年からブドウを栽培開始、2017年に法人化しています。無農薬・無化学肥料で育てたブドウ(JAS有機で認められているボルドー液も使用していない)を土着の天然酵母で醸すといった趣旨のワイナリーです。直売所では日本酒・ワインの試飲ができます。シードルやキウィの酒、ワインのソフトクリームも扱っています。

小川町には3軒の日本酒の蔵元があり、晴雲酒造は「金勝山」「晴雲」無農薬米で造った「おがわの自然酒」、武蔵鶴酒造は「武蔵鶴」(奈良漬けも有名)、松岡醸造は「帝松(みかどまつ)」といった地酒が造られています。それぞれ蔵見学を行ったり、直営レストランを有しています。また、当地の地ビールとして麦雑穀工房マイクロブルワリー(大塚1151-1)があり、雑穀を使ったビールやパンが作られています。


狭山市(さやまし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県狭山市 お茶香るまち 人口152,400人

同市在住の童絵作家 池原昭治氏が描いた「茶娘」と狭山市入間川七夕まつりの様子が描かれています。2019年1月から、ミニバイク50cc以下の白ナンバーを対象に交付されています。

狭山市は埼玉県南西部にある市です。川越狭山工業団地・狭山工業団地の2つの工業団地を有し、県下第一の製造品出荷額を誇る工業都市(2018-2020年)、またはベッドタウンとして住宅が多い印象です。市名の由来は狭山丘陵、または市の特産品である狭山茶から来ていますが、入間市(旧冨岡町)と狭山市(旧入間川町)と名前が入れ替わっているため、地名などに「狭山」「入間」の混乱が見られます(合併を見越した「狭山」のネーミングだったが、結局合併しなかった)。狭山市・入間市にまたがる航空自衛隊入間基地の約9割が所在しています。

智光山公園は狭山市北部の日高市との境あたりにある都市公園です。1977年から順次整備されてきた公園で面積は53.8ha、武蔵野のナラ、アカマツ、クヌギといった雑木林を活かした公園になっています。公園内にこども動物園(大人200円、小学生以上50円)、都市緑化植物園、釣り堀などがはいっています。

狭山稲荷山公園は、返還されたジョンソン空軍基地の一部を活用した県営の都市公園です(米軍管理下では「ハイドパーク」と呼ばれていた)。造成にアメリカ人が関わったため、芝生を中心としたアメリカ風の公園になっています。桜の名所として知られるほか、さやま大茶会の会場となっています。園内に狭山市立博物館がはいっています。

狭山茶は埼玉県西部または東京都西多摩地区を中心に栽培される茶で、静岡茶・宇治茶と並んで日本三大茶とされています。気候が比較的冷涼であり、年に二回しか摘まないため他の産地より葉が厚く、味・色・香りが強いことが特徴となっています。狭山市北入曽に宮野園という茶摘み(お茶摘み娘の衣装を貸してもらえる)や手もみ茶・組茶が体験できる茶製造・販売業者があります。

入間基地は南東北・関東・中部・近畿の防空を担う中部航空方面隊司令部が置かれている主要基地です(人員数は国内最大)。イベントとして7月末頃に納涼祭として盆踊りや花火、11月3日に航空ショーが行われています(2022年は納涼祭は中止、航空祭は開催の予定)。団体向けの基地見学のほか、定期的に修武台記念館が一般開放されています。

狭山ベリーランドは狭山市堀兼にある関東最大規模のベリー農園です。いちご狩り・しいたけ狩り・ブルーベリー狩りをそれぞれのシーズンに行っています。ブルーベリーの品種が多いこと、ハウス内の道が広いことが特徴です。


上尾市(あげおし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県上尾市 あなたに げんきを おくるまち 人口225,200人

市のイメージキャラクター「アッピー」と市の花ツツジが描かれています。ミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に2019年4月から交付されています。

上尾市は埼玉県の中央から東寄りに位置する市です。県下8位の人口を有する市で、市域はおおむね住宅地、商業地、工業団地から成ります。江戸時代に中山道の上尾宿、平方の平方河岸、原市には市場町がひらかれて発展しました。1883年に日本初の私鉄 日本鉄道が開通し、上尾駅(現在はJR東日本)ができたことから開発がすすんだ地域です。主産業はサービス業・卸売業といった第三次産業であり、上尾駅の東西や旧中山道沿い、上尾道路沿いに商業地が発達しています。

上尾丸山公園は「水と緑の調和」をテーマとして1978年に開園した総合公園です。荒川に流れ込む低地と台地の高低差を利用した公園で、児童遊園地、バーベキュー場、自然学習館、小動物園(2019年にコツメカワウソ3頭を導入)などがはいっています。湧水を利用した大池、修景池に人気があり、蓮や滝、紅葉をテーマにした写真を撮る方が多いようです。

榎本牧場は市西部の荒川沿い、前述上尾丸山公園から1kmくらいのところにあります。牛の乳搾りやバター作りなど牧場体験や無添加のヨーグルト、ジェラートの販売を行っています。荒川沿いのサイクリングロードが近いこともあり、自転車愛好家に人気の施設となっています。

文楽 東蔵(あずまぐら)は、「文楽」を代表銘柄とする酒造メーカー 北西酒造と蕎麦・一品料理の東蔵が共同で2008年にオープンした店舗です。上尾駅から東口から旧中山道を北側に600mくらい行ったところにあります。和モダンのレストランで、和食中心ですが洋食もやっています。テラス席は犬連れOKです。

八枝神社(やえだじんじゃ)は上尾市平方にある神社で、素盞鳴尊と「狛狗大神(はっくだいじん)」と呼ばれる獅子頭を祀る神社です。厄除招福・疫病退散の神様として親しまれていて、獅子頭は年間通じて貸出を行っています。毎年7月には「どろいんきょ」と呼ばれる祭りが行われています。これは、「隠居神輿」と呼ばれる白木の神輿を泥の中で転がし回すという祭りです。

原市沼は上尾市の東部の原市沼川(利根川水系綾瀬川の支流)と東北・上越新幹線が交わるあたりにあります。野鳥や湿生植物に恵まれた湿地で、昔から蓮の花で有名な当地の名所の一つです。戦後の食糧難の時期に当地の蓮は食べ尽くされてしまったので、現在見られる蓮は行田市から譲り受けた古代蓮になっています。

平野観光農園は上尾市菅谷にある観光農園です。直売所で焼きとうもろこしや干し芋などを販売しているほかに、さつまいも掘りとキウイフルーツ狩りを行っています。モモとサクラという二頭のヤギが飼育されています。


志木市(しきし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県志木市 みんなで創る、みんなのふるさと、輝く志木市 人口76,601人

志木市文化スポーツ振興公社のイメージキャラクター・志木市の観光大使「カパル」といろは親水公園エリアの新河岸川、桜、富士下橋(赤橋)が描かれています。2019年8月からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。デザインは複数の図案からカパルが選んだものです。

志木市は埼玉県の南部にある市です。市としては全国で6番目に小さく(9.05k㎡)、市域には新河岸川・柳瀬川・荒川が流れています。江戸時代に引又河岸の舟運で栄え、その経済基盤を背景として東武東上線が誘致され、志木駅(駅自体は新座市にある)が設置されました。市名は新羅郡志木郷(現在の和光市白子周辺)からで、明治の大合併の折に新地名を親村である舘と経済に優れる引又のどちらにするかで揉めたため、昔近くにあった志木郷の名をとったとされています。現在の志木市は東京のベッドタウンとして住宅街になっています。

長勝院旗桜(ちょうしょういんはたざくら)は、志木市柏町にあるヤマザクラの一種で、1998年9月号の「櫻の科学」で世界に一本だけの新種とされています。花の中央にある雄しべの一部が花弁になることで(旗弁という)、旗をつけたように見えることから旗桜と呼びます。ヤマザクラの変種なのでソメイヨシノより開花が1週間ほど遅れます。樹齢400年ほど、高さ11mほどで、当地ではまんじゅうや最中、日本酒に旗桜にちなんだものがあります。

宝幢寺(ほうどうじ)は志木市柏町にある真言宗智山派の寺院です。「お地蔵さんとカッパ」というカッパ伝説が残っていることから境内にカッパ像があります。枝垂れ桜の名所でもあり、花期には夜桜も見れるようライトアップされます。志木市はイメージアップにカッパを利用していて、市内には24体のカッパ像があります。なお、観光PRキャラクターもカッパがモチーフです。

いろは親水公園は柳瀬川と新河岸川が合流する地点にある公園です。近年新市庁舎とともに整備が進められ、2022年8月にリニューアルオープンしています。旧村山快哉堂(市の指定文化財・薬局として利用されていた店蔵)、カフェ・ベーカリー、水遊びができるウォーターパークなどがはいっています。桜・芝桜・アジサイなどが植栽され、遊歩道が整備されています。

敷島神社は当地の浅間神社(富士信仰の神社でコノハナサクヤヒメを祭神とする)に村山稲荷神社・星野稲荷神社・水神社を合祀した神社です。境内に田子山富士と呼ばれる富士塚(富士山を模したもの、当地のものは再現性が高いとされる)があり、天気が良ければ富士山がチラリとみえるそうです。

食品サンプル教室FAKE FOOD COOKINGは、志木市本町4丁目にあるカルチャースクールです。2018年から自宅教室としてお家で作れる食品サンプルの講座を開いています。


行田市(ぎょうだし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県行田市 古代から未来へ 夢をつなぐまち 人口80,240人

忍城と埼玉古墳群の遺跡が描かれています。50cc以下の白ナンバーを対象に交付されています。

行田市は埼玉県北部にある市です。万葉集や風土記に「さきたまの津」や「武蔵国埼玉郡」の記述がみられ、県名である「埼玉」の発祥の地とされています。江戸時代に下級武士の内職として足袋の生産がはじまり、「行田足袋」として有名になりました。第二次大戦後の洋装化に伴い足袋生産は衰退したものの、繊維産業は盛んに行われています。JR高崎線の行田駅が市域の南西端にありますが、中心市街にある秩父鉄道行田市駅とは5kmほど離れていて徒歩圏内ではありません。

忍城(おしじょう)は室町時代中期に成田氏によって築かれたとされる城で、数度の攻城を受けても落城しなかった要害堅固の城として知られています。戦国時代には北条氏についたため、豊臣方から水攻めを受けたことから「浮き城」や「亀城」とも呼ばれています。天守は現存しておらず、現在見られるものは3階建ての模擬天守(内部は資料館)です。行田市郷土博物館が隣接しています。

埼玉古墳群は行田市内にある9基(前方後円墳8、円墳1基からなる)の古墳群です。さきたま風土記の丘(さきたま古墳公園)という公園になっていて、県立さきたま史跡の博物館や行田市はにわの館(はにわ作りができる施設)などがはいっています。とりわけ稲荷山古墳から出土した鉄剣(金錯銘鉄剣)が有名です。

古代蓮の里は行田市小針にある風致公園で、ふるさと創生事業の一環として1992年から2000年にかけて整備されました。行田市の天然記念物でもある古代蓮(行田蓮)は、公共施設工事の際に1400年~3000年前の地層から種が出たものです。同公園は古代蓮園・水生植物園を主として様々な花木が植栽され、古代蓮会館がはいっています。また、うどん屋や枝豆アイスなど売店が多いのが特徴となっています。約2.8haの行田市田んぼアート会場が隣接していて展望タワーから一望できます。

足袋とくらしの博物館は牧野本店という元足袋工場を改装した博物館です(入館料:大人200円、子供100円)。別途2,500円かかりますが、オリジナル足袋を作れる体験を行っています。足袋蔵まちづくりミュージアムは栗代蔵という足袋蔵を改装した博物館で、当地の観光案内所を兼ねています。中央通りを離れますがどちらも行田市駅近くにあります。また、藍染の工房で牧禎舎(まきていしゃ)という施設があり、藍染の体験を行っています。

行田八幡神社は行田市の総鎮守とされている神社です。創建年は不明ですが、口伝えによると平安時代中期に源頼義・源義家が奥州討伐の折に戦勝を祈願して勧請したとされています。行田市は毎月14日まで花手水ウィークを行っていて、こちらがメインとなっています。

行田市を含む北埼玉では「フライ」というと水で溶いた小麦粉に肉や野菜をいれたお好み焼き風の食べ物を指します。かつては足袋工場で働く女工のおやつとして人気がありました。また、「ゼリーフライ」はおからとじゃがいもをベースに人参やネギなどが入った衣のない揚げ物です(小判形であることから元は「銭フライ」といったのが訛ったらしい)。


鴻巣市(こうのすし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県鴻巣市 ひな人形と花のまち 人口118,100人

メインキャラクターの「ひなちゃん」が描かれたカラフルなデザインです。2013年からミニバク50cc以下~125cc以下の3種+ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

鴻巣市は埼玉県北部にある市です。江戸時代に中山道の鴻巣宿として発展し、現在は東京の衛星住宅都市の性格をもちます。主産業は第三次産業ですが、埼玉県下9位の農業産出額を誇り、稲作・花卉園芸が盛んです。また、400年近い伝統を持つひな人形の産地でもあります。埼玉県の運転免許技能試験場があるため、他の自治体からも訪れる人が多い地域です。2007年に鴻巣駅東口に再開発ビル群「エルミ鴻巣」、2010年に新宿・北新宿あたりに複合商業施設「ウニクス鴻巣」ができています。

鴻巣市の伝統工芸品のひな人形は「鴻巣雛」といって、江戸時代、鴻巣市がまだ鴻巣宿だった頃からの名産です。また、「赤物」と呼ばれる招き猫やだるま、獅子頭といった縁起物もひな人形と同じ技法で作られます。当地の鴻巣びっくりひな祭りは「日本一高いひな壇のひな祭り」として現在はエルミ鴻巣をメイン会場として行われています(開始当初は市役所で行っていた)。

鴻神社(こうじんじゃ)は、鴻巣駅から北へ200mくらいのところにある神社で、鴻巣宿の総鎮守です。当地に伝わる「コウノトリ伝説」の舞台となっている神社で、さほど大きなものではありませんが、活気があります。毎年12月4日に酉の市がひらかれています。子授け・安産の神様として親しまれていて、お守りも卵形です。

ナンジャモンジャの木は正式にはヒトツバタゴといって、中国や台湾、日本では愛知・岐阜県・対馬に自生している木です(楡、菩提樹などをいうこともある)。花期は5月で、小さい白~桃色の花を多数つけるので木全体に雲がかかったようになります。埼玉県では珍しいものですが、当地では鴻神社や勝願寺の境内、なんじゃもんじゃ稲荷などに植栽されていて花見の対象になるようです。

「ふゆみずたんぼ」とは冬の間も田に水を張る農法(=冬期湛水)で江戸時代から行われている農法です。微生物やイトミミズ、魚類や野鳥など湿地に生息する生き物の生態の保全に寄与するほか、鳥の糞による施肥効果や雑草を抑える効果、地下水を涵養する効果があるとされています。当地では小谷(こや)地域で行われていて、冬場に白鳥が飛来するようになっています。同地域では光酒造・鴻巣蒸溜所というジャパニーズウイスキー蒸溜所が2020年にできていて、2025年に商品としてリリースされる予定です。

鴻巣フラワーセンターは市内にあった埼玉綜合園芸と鴻巣園芸センターの2つの花市場が合併したものです(それまでは1つの自治体に2つの花市場がある珍しい状態だった)。東日本屈指の花市場で、予約は必要ですがせりの見学ができます。パンジーハウスという農産物直売所を併設していて花苗・野菜苗・野菜などを販売しているほか、うどん・ラーメン・パン屋などがあります。

鴻巣市コウノトリ野生復帰センター(愛称:天空の里)は2022年1月に一般公開されたコウノトリの飼育施設です(鴻巣市明用632にある)。現在「空(そら)」と「花(はな)」のつがいが飼育されています。入館料は100円で中学生以下は無料です。


さいたま市

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県さいたま市 のびのびシティ さいたま 人口1,264,000人

プレート上部にさいたま市と各区名、左上側にその区の花(画像は中央区なのでバラ)、右下側にPRキャラクターの「つなが竜ヌゥ」が描かれています。市制施行10周年となる2012年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

さいたま市は埼玉県南東部にある政令指定都市です。2001年に浦和・大宮・与野市が合併して誕生、その後2005年に岩槻市を編入して現在の形になっています。10の行政区を有し、全国で9番目の人口を誇る100万都市であり、1市に浦和レッズ・大宮アルディージャの2つのプロサッカークラブを有するサッカーのまちでもあります。産業でみると従業者の8割が商業・サービス業に従事していて製造業の比率が低く、県庁所在地としては珍しく昼夜人口比率が100を切るなど東京の衛星都市という印象があります。

旧浦和市(現浦和区・桜区・緑区・南区)は、古くは調神社や玉蔵院の門前町として栄え、その後中山道の浦和宿として発達した地域です。明治2年に浦和県として県庁が置かれ、その後埼玉県になった後も県庁が置かれています。浦和区・南区は宅地化が進む一方で、東西に張り出した桜区・緑区は自然の残る地域となっています。

旧大宮市(現大宮区・西区・北区・見沼区)は、氷川神社(旧武蔵国に280社ほどある神社の総本社)の門前町として栄え、こちらも中山道の大宮宿として発展してきました。戦後に日本鉄道大宮工場や大宮操車場ができて「鉄道の町」として知られるようになりました。観光名所として鉄道博物館大宮盆栽美術館があります。

中央区(旧与野市)はさいたま市の行政区の中で最小で、旧浦和市・旧大宮市域に挟まれた格好になっています。さいたま新都心駅側にさいたまスーパーアリーナ、JR埼京線与野本町駅側に彩りの国さいたま芸術劇場を有しています。また、1877年開園の与野公園は1977年にバラ園が開設されて以降はバラの名所として親しまれています。

岩槻区(旧岩槻市)は、岩槻城の城下町として栄え、江戸時代には日光御成街道の岩槻宿として発展した地域です。もともと桐の産地であったことから伝統工芸として岩槻人形が有名で、2020年に岩槻人形博物館が開館しています。岩槻総鎮守の久伊豆神社(久伊豆信仰といって、このあたりには同名の神社が多い)は岩槻城址の一部を成しています。


深谷市(ふかやし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県深谷市 夢を育み 明日(あす)に飛翔(ひしょう)する 笑顔都市 人口143,800人

㊤イメージキャラクターの「ふっかちゃん」が描かれたもの㊦経済界の偉人 渋沢栄一の肖像とJR深谷駅が描かれている。2019年9月から交付されている。

深谷市は埼玉県北西部にある市です。上杉房顕が康正2年に築いた深谷城の城下町として発達し、江戸時代には中山道深谷宿として繁栄した地域です。現在の深谷は農畜産物の生産が盛んで、「関東の台所」として知られるまちです。また、第一国立銀行・東京証券取引所といった多種多様な企業、経済団体の設立に関わり、「日本資本主義の父」と呼ばれる実業家・渋沢栄一が生まれた場所でもあります。

深谷市はねぎの生産量日本一の市であり、深谷ねぎは全国的なねぎのブランドとして知られています。明治時代にそれまで盛んに栽培されていた藍の相場が暴落したことからねぎ栽培が始まったとされています。深谷駅近くの瀧宮神社では毎年1月に深谷ねぎまつりが行われています。ねぎの他にもトマト・きゅうり・ブロッコリーといった畑作、深谷牛と呼ばれる黒毛和牛や養鶏といった畜産も盛んです。

渋沢栄一記念館は深谷市北部の青淵公園(せいえんこうえん)近くにあります(生家は西に500mくらいのところにある)。2020年から2階で渋沢栄一翁のアンドロイドが公開されています。生家の中の家(なかんち)は無料で見学できる施設ですが、執筆現在(R4.9月)では構造補強・改修工事が行われていて公開範囲が限定されているようです。

深谷グリーンパークは深谷市樫合にある公園で、東京ドーム一個強の敷地に大小の広場と流れるプール、波のでるプールなどを有するアクアパラダイス・パティオがはいっています。チューリップ・桜・ユリ・コスモスやハーブ類が植栽されていて、春~秋にそれぞれの花が楽しめます。

ふかや緑の王国は深谷市櫛引にある公園で、もともとは埼玉農林総合研究センターの深谷試験地跡を2009年に開拓ボランティア(ふかや緑の王国ボランティア)が市民の森として整備したものです。梅園・カエデ園やローズガーデン・クレマチスのアーチなどがあり、樹木主体の落ち着いた雰囲気の公園です。埼玉県花植木流通センターが併設されていて、盆栽が人気です。

深谷テラスパークは2022年5月にオープンした施設で、深谷市黒田にあります。体験農園・レストラン・直売所を兼ねるキューピーのヤサイな仲間たちファームやじゃぶじゃぶ池、バーベキュー場がありますが、周辺の田園風景に負けていてまだ少し寂しい感じがします。2022年10月に深谷花園プレミアム・アウトレットが営業開始する予定です。周辺に花園芍薬園(入場料400円)があります。

丸山酒造は明治6年創業の酒蔵で、深谷市横瀬の華蔵寺ちかくにあります。当地の地酒として「金大星正宗(きんたいぼしまさむね)」、埼玉工業大学と提携した「瞬喜道(しゅんきどう)」、「仁科誉(にしなほまれ)」といった酒を扱っています。


横瀬町(よこぜまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県秩父郡横瀬町 緑と風が奏でる こころ和むまち うららかよこぜ 人口7,732人

武甲山を背景にイメージキャラクターの「ブコーさん」が描かれています。2011年から50cc以下の白ナンバーを対象に交付されています。

横瀬町は埼玉県北西部秩父郡に属する町です。北側~東側、南東側~南側をぐるりと山に囲まれていて、町域の8割が森林です。住宅や農地などは町域北西部の横瀬川周辺の平野に集中しています。主な産業は石灰岩鉱業(セメントや製鉄に利用される)で、農業も行われています(畑作中心で果樹作・茶が比率としては多い)。人口流入はあるものの、少子高齢化に追いついておらず、日本創生会議・人口減少問題検討分科会の出した消滅可能自治体に指定されています。

道の駅 果樹公園あしがくぼは国道299号線沿いにある道の駅で、西武鉄道秩父線の芦ヶ久保駅を降りたところにあります。あしがくぼ果樹公園村(12軒の果樹農家で構成されている)やあしがくぼの氷柱への観光の拠点施設となっていて、レストラン(ずりあげうどんとみそポテトあり)・農産物直売所・そば打ちの体験施設などがはいっています。

武甲温泉は横瀬の市街地の中心を流れる横瀬川沿いにあります。日帰り入浴・宿泊・オートキャンプ場を兼ねる施設で、露天風呂・内風呂・ジェットバス・炭酸泉・サウナなど充実しています。泉質は単純硫黄泉(源泉はph11.1と高スペックだが、加水循環式と思われる)です。1995年(平成7年)開業とのことですが、なぜか昭和感があります。また、林道丸山線沿いに丸山旅館「花悦の湯」という日帰り入浴をやっている施設があります(こちらは薬湯が有名)。

小松沢レジャー農園は横瀬町横瀬にある観光農園です。いちご狩り・ぶどう狩り・しいたけ狩り・さつまいも掘りに手打ちそば・うどんやピザ焼きの体験、マス釣りや溶岩石でバーベキューなどができる当地のテーマパーク的施設です。ヤギと合鴨がいるほか、裏山に千本以上の紅葉が植えてあり紅葉が見事です。

寺坂棚田は横瀬町横瀬の林道丸山線の入口辺りにあります。約330枚の田んぼが集まったもので、全体面積5.2ha(うち田んぼ4ha)、ジオパーク秩父(日本ジオパーク)に認定されています。7月にはホタルかがり火祭り、9月に彼岸花祭りが行われていますが、2022年度は中止となったようです。


吉見町(よしみまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県比企郡吉見町 みんなで創る、みどりと笑顔があふれるまち 人口18,590人

町を散歩する「よしみん」が描かれています。2012年12月からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー、小型特殊車両を対象に交付されています。

吉見町は埼玉県中部にある町です。国道・鉄道ともに町域に無いため、県道27号線が主要道路になっています。稲作を中心とした農業・工業ともに盛んに行われていますが、昨今は流通業のオフィスや倉庫が多い印象です。特にいちごは県内有数の生産量を誇り、「吉見いちご」と呼ばれます。埼玉県の消滅可能性都市のうちの一つとなっています(-70.7%)。

吉見百穴(ひゃくあな/ひゃっけつ)は6世紀末~7世紀末に作られた横穴墓群で、219基が現存しています。吉見町の西側市野川あたりにあり、当地の観光名所として資料館やうどん屋、野菜の直売所などが周辺にでています。国の天然記念物「吉見百穴ヒカリゴケ発生地」に指定されています。

岩窟ホテルは前述の吉見百穴から南に100ほど行ったところにあります。明治~大正時代にかけて農夫の高橋峰吉氏・奏次氏が60年間掘ったもので、正式名称を「岩窟ホテル・高壮館」といい、調度・装飾なども岩から彫り出したものです。1982年と1987年の台風による二度の崩落のため閉鎖されていますが、向かいの岩窟売店に写真など資料があります。

岩殿山安楽寺は、吉見町御所にある真言宗智山派の寺院です。本尊は聖観世音菩薩で、坂東三十三観音の11番札、関東八十八箇所の75番札、東国花の寺百ヶ寺埼玉5番です。「吉見観音」の名で親しまれ、源頼朝の弟源範頼が匿われたとされる寺院です。門前町というほどではないですが、厄除け団子の店が山門前にあります。

道の駅 いちごの里よしみは県道27号東松山鴻巣線とみどりのみち(大里比企広域農道)が交差するあたりにある大型の道の駅です。物産館・レストランのほか子供用の遊具を備えたわんぱく広場、園芸センターなどがはいっています。

松山城(武蔵松山城)は1399年に上杉友直によって築かれたとされる平山城です。関東平野を押さえる戦略的要衝として戦国時代には上杉・武田・北条氏が狙う係争地でした。かなり広い範囲に高低差をつけた曲輪が残っていますが、道が十分に整備されていないので登城の際は軽装・動きやすい靴で行くといいでしょう。


桶川市(おけがわし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県桶川市 はつらつとした 緑豊かな 市民文化都市 人口75,220人

左側にべに花畑とマスコットキャラクターの「オケちゃん」、上部にホンダエアポートのセスナ機が描かれ、「べに花の郷」のロゴが入っています。2014年11月からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

桶川市は埼玉県中東部にある市です。江戸時代に整備された中山道の宿場町として発達した地域で、周辺の農産物の集散地として重要な役割を果たしていました。天明・寛政年間(1781~1801年)に最上地域(山形)から最上紅花の種子がもたらされ、全国2位の産出量を誇るべに花は「桶川臙脂(おけがわえんじ)」と呼ばれました。1960年頃から首都圏のベッドタウンとして開発が進み、現在の桶川は住宅が目立つようになっています(紅花の一般的な表記は「紅花」だが、桶川ではおおむね「べに花」と呼称する)。

JR高崎線桶川駅は1885年に日本鉄道の駅として開業した鉄道駅です。高崎線は旧中山道(国道17号)とほぼ並行しているため、駅の東口近くは旧家や蔵造りの建物、桶川宿府川本陣跡といった史跡と住宅・小店舗(菓子屋が多い)が混ざっています。西口は三井精機工業(三井直系10社のうちの一つ)の工場跡地が再開発され、おけがわマイン(パトリア桶川)・さいたま文学館・桶川市立中央図書館と駅西口公園が整備されています。

城山公園は、鎌倉時代に築かれた三ツ木城跡の周辺を整備した面積10.5haの都市公園です。公園内に三ツ木城(単郭式、舌状台地を活かした一辺60mくらいの三角形)の土塁と空堀が残っていますが、草木に隠されて分かりづらいようです。上尾道路を挟んで、公園北西側に桶川市歴史民俗資料館があります。

桶川飛行学校平和祈念館は前述の城山公園から西に600mくらいのところにある施設です。文化財の熊谷陸軍飛行学校桶川分教場を改修した施設です。同分教場は1937年に竣工され、1945年まで特別攻撃隊の訓練施設として使用されました。戦後~2007年まで引揚者や生活困窮者を受け入れる市営住宅「若宮寮」として利用されていましたが、2020年に復元整備が終わり、当時の資料を展示する施設となっています。

坂巻醤油店は桶川市大字川田谷にある耐小14年創業の醤油メーカーです。漫画「将太の寿司」に取り上げられたこともあるタマジョウ醤油というブランドで有名で、だし醤油や醤油を使ったジェラートなども取り扱っています。工場見学はコロナ禍の間中止となっています。

べに花ふるさと館は桶川加納ICあたりにある旧家を再生利用した施設です。メインの母屋はうどん・そばを食べさせるレストラン、その他各種体験教室のある工房、ギャラリーなどがはいっています。付属の広場ではフリーマーケットなどが行われ、地元のコミニティー施設としても利用されています。


加須市(かぞし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県加須市 水と緑と文化の調和した 元気都市 人口112,200人

こいのぼりの形をしたナンバープレートです。2011年4月からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

加須市は埼玉県北東部にあり、2010年に旧加須市・騎西町・大利根町・北川辺町が合併してできた市です。市域の北側を利根川と渡良瀬川が流れ、おおむね平坦な地域となっています(海抜15mほど)。古くから農業が盛んな土地柄で、現在も埼玉県下1位の稲作地帯になっています。また、市名の由来も新田開発により石高が「加増」したことからきているとされています。昔から稲の裏作として小麦の生産やこいのぼり生産が盛んで、「うどんのまち」や「こいのぼりのまち」として知られています。

緑の中のファミリーランド むさしの村は加須市志多見にある遊園地兼農業体験施設です。1969年に開園したレジャー施設で、遊園地としては珍しく農協が運営しています。乗り物のある遊園地エリアと収穫体験ができる観光農園とふれあい牧場があるわくわくファームエリアに分かれています。

毎年5月3日の市民平和祭で遊泳するジャンボこいのぼり(全長100m以上で世界最大)は加須市のシンボルとして有名です。加須のこいのぼり作りは、明治の初めに傘や提灯の職人によって作られはじめたとされています。手描き鯉のぼりの職人は、最盛期の昭和初期ごろに40軒を数えたとされていますが、2016年に橋本弥喜智商店が閉業したことで当地には手書き鯉のぼりの職人がいなくなってしまいました。

加須はなさき公園は加須市水深にある埼玉県営の都市公園です。36haの敷地内に、はなさき水上公園(プール施設)や修景池、メタセコイヤとイチョウの並木道、バーベキュー広場などがはいっています。埼玉県道370号を挟んだ隣接地ではフリーマーケットがひらかれています。

不動ヶ岡不動尊 總願寺(そうがんじ)は加須市不動岡にある真言宗智山派の寺院です。成田山新勝寺・高幡不動尊と並んで関東三大不動の一つに数えられることがある寺院で、886年に創建されたとされる古刹です。2月に行われる大護摩供・鬼追い豆まき式には力士や芸人も参加することで有名です。また、毎月第4日曜には骨董市がひらかれています。

道の駅 かぞわたらせは埼玉県道9号沿いにある小規模の道の駅です。もともと2004年に「道の駅 きたかわべ」として開駅したものですが2020年に現在の名称になっています。渡良瀬遊水地のほとりにあり、通常の道の駅の施設のほか、スポーツ遊学館でヨット・カヌー・自転車のレンタルを行っています。近くに埼玉・栃木・群馬の三県境やオニバスの自生地があります。

童謡のふる里・おおとねは埼玉県道46号加須北川辺線沿いにある小規模の道の駅です。建物裏手の休耕地にホテイアオイの群落があり、開花期の9月頃にはちょっとした名所になっています。県道60号を北上して利根川沿いに行くと市が「日本一安くて、日本一綺麗」と自負するプラネタリウムがある加須未来館加須市大越昆虫館があります。


神川町(かみかわまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県児玉郡神川町 水と緑そして人が織りなす豊かなまち -安らぎとゆとりのある大地を目指して- 人口13,370人

町のマスコットキャラクター「神じいとなっちゃん」が描かれています。2016年から50cc以下のミニバイクを対象に交付されています。

神川町は埼玉県北東部、児玉郡に属する町です。2006年に旧神川町・神泉町が合併して誕生した町で、群馬県の県境である神流川(かんながわ)に沿った細長いS字型の町域を有しています。畑作や稲作、クジャクソウ・梨・下仁田ネギを特産とする農業や児玉工業団地(神川町、本庄市、上里町にまたがる)での製造業が盛んな町ですが、温泉や三波石峡(国の名勝)、城峯公園の冬桜などがあり、観光地としても知られる地域です。

お風呂cafe 白寿の湯は神川町渡瀬にある入浴施設です。泉質は関東一の源泉濃度(溶存成分35g/kg)を誇る塩化物ーナトリウム泉(赤錆色のにごり湯)で、全国的にみても珍しいものとなっています。源泉濃度が高いため浴室の床には千枚田のように堆積物が出るようです。駐車場に温泉サバの陸上養殖場が併設されていることからサバが名物です。ほかに、かんなの湯という入浴施設が神川町小浜の町営グラウンド沿いにあります。こちらは普通のスーパー銭湯に農協の直売所やBBQ施設が付随したものです。

金鑚神社(かなさなじんじゃ)は武蔵国二宮に数えられる神社で、本殿は無く社殿後背の御室山(御室ヶ獄)を御神体とする古代祭祀の様式が残っています。社殿ではヤマトタケルが火打金を御室山に納め、天照大神と素盞鳴尊を祀ったことが創建とされています。多宝塔は国の重要文化財に指定されているほか、周辺には御嶽の鏡岩(国指定天然記念物)があります。

城峯公園(じょうみねこうえん)は神川町矢納の神流湖を見下ろす高台にあります。紅葉と同時に開花する桜が「冬桜」(十月桜とも)として知られていて、10月下旬~11月頃が見頃というちょっと変わった桜の名所です。毎年10月の最終日曜に「冬桜まつり」が開催されています。

ヤマキ醸造は明治35年創業の味噌・醤油蔵で、神川町下阿久原の神流川のほとりにあります。直売所の糀庵とレストラン湯葉カフェ紫水庵を有し、豆腐作りや醤油絞りなど見学・体験もおこなっています。毎年9月には「みそまつり」としてみその量り売りを中心に、みそを使った料理の販売を開催しています。

カネザワフルーツリゾートは神川町元阿保にある農園で、バナナ・梨・ブルーベリー・オリーブなどを作っています。国内でバナナの栽培を行っている農家は珍しく、無農薬のバナナは皮も食べられるそうです(1本あたり千円ほどとかなりお高い)。もっちりとして甘みが強いグロスミッシェル系バナナのスムージーを販売しています。


上里町(かみさとまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県児玉郡上里町 人と自然が響きあう“ハーモニーガーデン上里” 人口30,840人

マスコットキャラクターの「こむぎっち」が描かれています。2012年から50cc以下のミニバイクを対象に交付されています。

上里町は埼玉県北部にある町です。利根川水系の烏川・神流川(かんながわ)を挟んで群馬県に接し、埼玉県の北側の入り口となっています。1883年の高崎線開通から近代化が進んだ地域で、町域はほぼ平坦です。そのうち36.7%が耕地としてねぎ・ブロッコリー・水稲・梨などが作られていて種子小麦が特産品になっています。また、南東部は児玉工業団地となっています。最北端となる大字毘沙吐には人が住んでいません。

上里町には一般国道17号と高速道路の関越自動車道が通り、そのうち関越自動車道には上里サービスエリアがあります(2015年からスマートインターチェンジが供用開始)。上り・下りともにスターバックス、パン屋、うどん屋などがはいっていますが、お土産の種類が多いことが特徴になっています(東は水戸納豆~西は山梨の信玄餅まである)。ご当地感は下りの方が強いようです。

上里カンターレは洋菓子の委託製造業者 株式会社シェリエが運営する工場・店舗併設の施設です。南イタリアのリゾートホテルをイメージした外観で、内部はパン工房や菓子工場、レストランになっています。上里SA上り側近くにあり徒歩で行くことができます。周辺に農産物直売所や上里いちご&トマト園という観光農園があります。

ジハンキ イチバはウニクス上里から西に200mほど、下仁田街道をはずれて少し北上したあたりにあります。向かいのシフォンケーキ優-上里本店が運営する店舗で、卵・米・ダシ・昆虫食品・謎の飲料など変わったものを各種取り扱っています。道路向かいにケーキの自販機があります。

神流川の戦いは1582年7月5日~8日まで行われた合戦で、織田方の滝川一益と北条氏直・氏邦が戦ったものです。戦国時代において関東地方最大の野戦とされています。神流川畔の国道17号から30mほど北に神流川古戦場の碑があります(案内板と石碑のみでトイレ・駐車場などなし)。


川口市(かわぐちし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県川口市 きらり川口ゆめわ~く 人口578,100人

地場産業の鋳物工業をイメージしたイラストが描かれています。2014年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています(2021年以降は従来型からオリジナルナンバーへの交換に200円かかるようになっている)。

川口市は埼玉県南東部にある市です。さいたま市に次ぐ県下第二位の人口を有し、政令指定都市を除く市のなかでは船橋市に次ぐ全国第二位の市となっています。江戸時代に日光御成街道の宿場町 川口宿と鳩ヶ谷宿として発展し、荒川で鋳物に適した砂が採れたことから鋳物業が発達しました。戦前には軍需品の製造を開始し、戦後は日本を代表する鋳物のまちとなっていました。その後1970年代のオイルショックにより鋳物業は衰退しますが、工場跡が宅地化されたことで現在は首都圏のベッドタウンとして機能しています。南西部のJR高崎線西川口~川口駅および埼玉高速鉄道南鳩ヶ谷~川口元郷駅あたりに住宅地と商業地が集まっています。

川口オートレース場は1952年に開場した施設で、全国5場のオートレース場の中で売上、入場者数共に1位を誇っています。執筆現在(R4.9月)は11月30日まで走路改修工事が行われています。当地の夏祭り「たたら祭り」のメイン会場でもあるため、オートファン以外にも人気のある場所です。売店のもつ煮は昔から人気があるようで、オートレースはやらないがもつ煮とビールで一杯という層がいます。

赤山歴史自然公園(愛称:イイナパーク川口)は首都高速川口線の川口料金所あたりにあります。もともと廃棄物の最終処理場として計画が進んでいましたが、代えて清掃工場の朝日環境センターが整備されたことから公園に転用されたものです。愛称の「イイナ」は伊奈氏にちなんでいます。歴史自然資料館・物産館・遊具エリア・川口ハイウェイオアシスなどがはいっています。

道の駅 川口・あんぎょうは国道298号線沿いにある大規模の道の駅です。東京都心から2番めに近い道の駅であり(開駅当初は1番)、川口市の伝統産業である植木・園芸・造園の拠点施設 川口緑化センターや安行公園のスポーツセンター、プールに隣接しています。菓子屋や蕎麦屋もありますが、植木の販売がメインとなっています。

SKIPシティは「埼玉川口インテリジェントパーク」の頭文字をとったもので、NHK川口ラジオ放送所の跡地を再開発したものです。川口市立科学館(サイエンスワールド)・SKIPシティ映像ミュージアム・埼玉県生活科学センターなどがはいっています。

旧田中家住宅は川口市末広の岩槻街道沿いにあります。2018年に国の重要文化財に指定されている建物で、洋館・和館・文庫館・日本庭園と茶室からなっています。当地の旧家で味噌蔵と材木商で繁栄した田中家が建てたもので、大正~昭和初期頃の建築物です(入場料:大人210円、小中学生50円)。見事な和洋折衷の建築様式が見られ、メンテナンスも行き届いているようです。

安行原の蛇造りは江戸時代に始まったとされる当地の伝統行事で、五穀豊穣・天下泰平・無病息災を祈って5月24日に長さ10mほどの藁の蛇を造り、欅(いまはやぐら)に掛ける行事です。東本郷赤山通りにある欅の下に設置されていますが、以前作られたものは前述の道の駅 川口・あんぎょう内に展示されています。


川越市(かわごえし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県川越市 時が人を結ぶまち 人口350,700人

2012年の市制施行90周年に合わせてミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されたもので、川越の街並みを背景に川越市マスコットキャラクター「ときも」が描かれ、「小江戸川越」のロゴがはいっています。

川越市は埼玉県南部にある市です。埼玉県下3位の都市であり、江戸時代には親藩/譜代の川越藩の城下町として栄え、川越街道の起点、また新河岸川の舟運を背景に「江戸の台所」と呼ばれるようになりました。文化財の数では神奈川県鎌倉市、栃木県日光市に次ぐ第3位であり、歴史まちづくり法により国から「歴史都市」に認定されています。戦後に川越狭山工業団地がひらかれ、東京のベッドタウンとして宅地化も進むなど開発が進んだ地域です。現在の川越は文化財や蔵造りの建築を生かした観光都市として知られています。

クレアモールは川越市脇田町~新富町を南北に縦貫する商店街で、川越線川越駅からほぼ真北に1,200mほどの通りになります。川越サンロード商店街と川越新富町商店街をあわせたもので、関東地方有数の集客力を有し、県内では大宮駅周辺に次ぐ第2位の繁華街です。商店街北側に小江戸蔵里(こえどくらり)という酒蔵を改装した食事処・土産屋があります(利き酒コーナーあり)。

川越城(中世までは河越城、初雁城・霧隠城とも)は、関東七名城の一つに数えられる平山城です。大田道真・道灌父子によって築城されたものとされています。戦国時代には上野、越後方面と鎌倉を結ぶ交通の要衝であり、「日本三大夜戦(日本三大奇襲)」に数えられる河越城の戦いの舞台でもあります。1848年創建の本丸御殿が残っていて、二の丸跡には市立博物館と美術館が建っています。

大正浪漫通りは前述クレアモールの北にある商店街で、かつては「銀座商店街」といい埼玉県随一の商店街でした。現在はアーケードを取り払い、電線を地中化するなど大正~昭和初期のレトロな建物が並ぶ通りとして観光客を集め、テレビや映画のロケにもよく利用される通りとなっています。

小江戸川越一番街商店街は、1964年に丸広百貨店が現在のクレアモール周辺にできる以前の商業の中心で、文化財の大沢家住宅を中心に蔵造りの建物や埼玉りそな銀行、旧山吉デパート(現在は歯医者)など外観が美しい建築物が並ぶ商店街です。一番街中央付近から東に入ると当地のシンボルである時の鐘(自動鐘打機により一日4回鳴る)、北部を西に折れると菓子屋横丁があります。

喜多院は川越市小仙波町にある天台宗の寺院で、「川越大師」と呼ばれて親しまれています。建物の多くが重要文化財に指定され、寺宝にも多くの美術工芸品を有しています。境内は池や掘を巡らせた広大な景勝地となっていて五百羅漢で有名な寺院です。1638年の川越大火で焼失した際に、3代将軍家光の命で江戸城から春日局の間を含む書院や庫裏などが移築されています。

伊佐沼は埼玉県最大(関東地方では印旛沼に次ぐ)の自然沼で、南北1,300m東西300mの広さを有しています。周辺は伊佐沼公園として整備されていて、春から初夏にかけて桜~藤~古代蓮の花が見頃となります。当地の花火大会である小江戸川越花火大会は、朝比奈親水公園と同公園の持ち回りで開催されています。


久喜市(くきし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県久喜市 永久(とわ)に喜び暮らせるまち@(あっと)ホームタウン☆くき 人口152,300人

久喜の提灯祭り・天王様の提灯山車と栗橋のハクレン(コイ科の淡水魚)のジャンプが描かれています。久喜市の合併5周年を記念して、2015年から50cc以下のミニバイクを対象に交付されました。現在は交付終了となっています。

久喜市は埼玉県東部にある市です。2010年に旧久喜市・菖蒲町・栗橋町・鷲宮町が合併して現在の久喜市となっています。東北自動車道・圏央道・国道125号・4号線などが縦横に走り交通の要衝となっている地域です。中核となる久喜地域は古くから商業で栄えたため、古い商店が残っています。農業が盛んな土地柄で、市域の1/3強が耕地として近郊農業が行われています。多くの神社・仏閣、史跡、湖沼を有する市です。

久喜の提灯祭り・天王様は旧久喜町の鎮守である八雲神社(曹洞宗の寺院 天王院の境内内にある)の祭礼です。1783年の浅間山の噴火で桑をはじめとする夏作物が全滅したことによる生活苦・社会不安を取り除くために始まったとされています。毎年7月の12日・18日に行われ、昼間は伝説・歴史上の人物の人形、夜間は約500個の提灯をつけた山車が市内を巡行します。

鷲宮神社は久喜市鷲宮にある神社で、一説には「関東最古の神社」「お酉様の本社」と称します。旧鷲宮町は同神社の門前町として発達し、アニメ「らき☆すた」でロケ地として取り上げられるなど近年アニメファンの聖地としても親しまれてきた神社ですが、2018年8月に老朽化により大鳥居が崩れ落ち、2021年12月に新しい鳥居が再建、地鎮祭がとり行われました。参道の入り口にらきすた絵馬型石碑があります。

旧菖蒲町(現在の菖蒲町菖蒲・菖蒲町新堀あたり)は久喜市の西側にあり、郊外を形成しています。15世紀に築城された菖蒲城の跡は現在は遺構が残っていませんが、城址あやめ園として例年あやめ・ラベンダーのブルーフェスティバルが行われています。また、国道122号騎西菖蒲バイパス沿いにモラージュ菖蒲(双日新都市開発が運営するモラージュのなかでも最大規模のショッピングモール)ができています。

百観音温泉は久喜市西大輪にある日帰り入浴施設です。関東平野部では珍しい自噴の温泉で、天然ガスとともに湧出するため、石油臭がします。温度も高温であるため、加温、加水をしない源泉かけ流しの温泉となっています。名称は当地に作られた百観音(坂東三十三箇所)にちなみ、敷地内に観音堂があります。

ハクレンは中国原産の淡水魚で、中国では古くから食用とされる4大家魚の一つです。体長は1.3m(日本では1mくらいまで)と大きく、水面を破って飛び跳ねることが特徴です(繁殖行動とリンクしているらしく5~7月に見られる)。1870年代にタンパク源として日本の各所に持ち込まれましたが、現在は利根川流域でのみ生息しているようです。当地では栗橋の利根川河川敷で見かけることができます。


越谷市(こしがやし)

 

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県越谷市 水と緑と太陽に恵まれた ふれあい豊かな自立都市 人口337,500人

2015年の中核市移行を記念したもので、しらこばと橋と越谷特別市民の「ガーヤちゃん」が描かれています。ミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

越谷市は埼玉県南東部にある市です。江戸時代に五街道のひとつ日光街道の宿場町として越谷宿が発達し、1899年には東部鉄道伊勢崎線(東京スカイツリーライン)が開業、1962年に伊勢崎線が東京メトロ日比谷線と直通運転を開始すると東京のベッドタウンとして急速に発展を遂げました。利根川水系の元荒川・中川・綾瀬川・古利根川など多くの河川が市域を流れるため「水郷越谷」とも呼ばれ、伏せ越しという河川の立体交差が市域にいくつかあります。また、1938年の国民健康保険法施行よりも3年早く日本初の健康保険「越谷順正会」が発足したため、国民健康保険発祥の地とされています。

越谷レイクタウンは2008年3月に街開きしたニュータウンで、計画人口22,400人面積225.6haの大規模開発地域です。日本一大きなショッピングセンター イオンレイクタウンを有し、越谷の観光入込客数が県下1位である主な要因になっています。治水を目的に造成された大規模調節池の周辺は湖畔の森公園として整備され、旧東方村(現越谷市大成町)の名主であった中村家の住宅が移築されています。

しらこばと水上公園は越谷市とさいたま市岩槻区にまたがる都市公園です。夏季は流水プールなど多数のプールを有する水泳施設(県下最大)、オフシーズンはニジマスなどの釣り堀として利用されています。足場が良いためファミリーに人気の釣り場となっています(2021年度以降はエサ釣りは廃止になった)。

キャンベルタウン野鳥の森は1995年にオーストラリアのキャンベルタウンとの姉妹都市交流10周年を記念して解説された動物園です。1.3haとそれほど広くありませんが、3,000㎡のバードケージにキバタンやインコといった鳥が放し飼いにされているほか、エミューやワラビーなどのオーストラリア原産の動物が飼育されています(入園料:大人100円、大吉公園駐車場は無料)。

越谷久伊豆神社(こしがやひさいずじんじゃ)は越谷市越谷にある神社で越谷の総鎮守とされています。創建は鎌倉時代で、近くに徳川将軍家が鷹狩りなどを行う越谷御殿があったことから神紋を立葵としています。亀がたくさんいる大池と県指定天然記念物の藤棚があり、宮内庁埼玉鴨場とともに環境保全地域に指定されています(久伊豆神社はこの辺りでは多い名前の神社で越谷市域に他に7社ある)。

ガーヤちゃんは2011年に開催された「こしがや産業フェスタ2011」で特別住民票を交付されたゆるキャラで、ご当地グルメの「こしがや鴨ネギ鍋」をPRするために生まれました。2017年には東部スカイツリーラインの越谷駅北側の高架下にガーヤちゃんの蔵屋敷という古民家を改装した土産屋ができています。

flystation Japanは越谷レイクタウン6丁目にあるスカイダイビングの体験施設です。トンネル内に最高時速360kmの風を吹き上げることによってインドアでのスカイダイビング体験を可能にしています。


幸手市(さってし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県幸手市 都市と自然が調和した 安心・安全で活力あるまち 人口50,260人

マスコットキャラクターの「さっちゃん」と市の花 桜が描かれています。市制施行30周年を記念したもので2016年から50c以下のミニバイクを対象に交付されています。

幸手市は埼玉県北東部にある市です。古くは日光御成街道と日光街道の合流地点の宿場町幸手宿として栄えた地域で、市域全体がほぼ平坦な沖積平野となっています。市域には東武鉄道日光線・国道4号線が南北に走り、ロードサイド店舗が出て商業地になっています。また、市域を市域北側から西側にかけて圏央道が走っていて、幸手IC周りに物流関係の企業が多く立地しています。

権現堂堤(ごんげんどうづつみ)は中川と権現堂川の合流地点辺りの堤防です。江戸時代の少し前、天正4年(1576年)に築かれたとされている堤防で、河川の流路締め切りのために作られた様々な堤防が連なり、現在の権現堂堤になったと考えられています。大正時代から関東屈指の桜の名所とされ、周辺は権現堂公園(1~4号)として整備されています。

白目米(しろめまい)は江戸時代に幸手周辺で栽培され、「最も美味な米」として将軍家に上納されていた米です。収穫量が少ないため、戦後は栽培されていませんでしたが、現在は町おこしの一環として少量ながら栽培が復活しています。小粒で炊きあがりがべとつかず、カレーやうな重に向くお米です。

三代目茂蔵 幸手直売所は下吉羽幸手線沿いにある豆腐店です(こちらは直営店)。豆腐・おからを使った製品、ドーナツ・カステラ・惣菜・乾物などを幅広く扱っています。道なりに西に500~600mくらい進むと隠れキリシタンが信仰対象としたマリア地蔵があります。

石井酒造は幸手市南2丁目にある酒蔵です。1840年創業の酒蔵で、旧日光街道と日光御成道の追分あたりのスーパーの敷地にあります。代表銘柄の「初緑」は170年の歴史を誇る当地の地酒、「豊明(ほうめい)」は前述の白目米を使用した酒です。


白岡市(しらおかし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県白岡市 ほっとスマイル しらおか 未来へつながるまち ~うるおいとやすらぎの生活未来都市~ 人口52,430人

㊤マスコットキャラクターの「なしべえとなしりん」が描かれたもの、市制施行の2012年からミニバイク50cc以下~125cc以下とミニカー・小型特殊車両を対象に交付された㊦同じくマスコットキャラクターの「シラオ仮面」が描かれたもの。市制施行5周年記念事業として2018年8月に交付開始。対象はミニバイク50cc以下~125cc以下とミニカー・小型特殊車両。

白岡市は埼玉県中東部にある市です。1954年に篠津村・日勝村・大山村の一部が合併し、白岡町が誕生、その後の1960年~1990年代に東京都心から40kmのベッドタウンとして開発が進んだため人口が急増し、2012年に単独で市制施行して白岡市となっています。宅地化が進む一方で、総面積2,492haのうち農地が43%ほどと田園風景が残る地域になっています。明治時代から梨生産が行われていて、埼玉県下1位の生産量を誇っています。

もちもちの木は埼玉県内や関東~東北にかけてチェーン展開しているラーメン屋です。県道3合沿いに白岡店(本店)があります。魚介に鶏ガラ・豚骨、醤油をあわせた和風のスープと中~細麺の組み合わせで、通信販売やインスタント麺化もされています。とかくスープが熱いことで有名で、口の中を火傷する人が多いようです。

東武動物公園は埼玉県宮代町と白岡市にまたがる面積61haのレジャーランドです。主として遊園地・動物園・東武スーパープールからなります。白岡市側には西側ゲートがあり、わんこヴィレッジやバードドームがあります。2017年あたりからアニメと積極的にコラボを行っていて、2019年にはVRを取り入れた「VR HEAD ROCK」がオープンしています。

白岡八幡宮は前述のもちもちの木から100mくらい東にあります。当地の鎮守であり、鎌倉の鶴岡八幡宮、江東区の富岡八幡宮と並んで日本三岡八幡宮と呼ばれる神社です。849年に創建されたとされ、武家の守護神であることから1195年には源頼朝が必勝祈願に訪れて百余貫の所領を寄進しています。白い社殿が印象的で、春には桜の花とのコントラストが美しい神社です。

獅子博物館はJR白岡駅東口から北へ150mくらいのところにあります。獅子舞に使われる数百種の獅子頭・衣装・ビデオ映像などを資料として集めた博物館です。日本だけでなく海外の獅子頭もコレクションに入っていて実際に被ってみることもできるようです。私設の博物館なので見学には予約が必要です。


所沢市(ところざわし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県所沢市 ゆとり・うるおい・活力ある生活文化都市 人口340,400人

㊤地名左側に航空機のイラストと「TOKOROZAWA」のロゴが描かれている。2011年から交付されているもの㊦所沢市のマスコットキャラクター「トコろん」と西武ライオンズのマスコット「レオ」のコラボナンバープレート。同チームが所沢市に拠点を構えて40周年を記念して、2018年からミニバイク50cc以下~125cc以下とミニカー・小型特殊を対象に計2,000枚が交付された。

所沢市は埼玉県南西部にある市です。市域面積は72.11k㎡で、南側は狭山丘陵北麓に面し市街地は武蔵野台地上になります。1911年に我が国ではじめての飛行場である所沢陸軍飛行場が開設されたことから、「日本の航空発祥の地」として知られています。西武新宿線所沢駅~新所沢駅周辺や西武池袋線沿線が住宅地・商業地として開発されている一方で、郊外は狭山丘陵の森林が残り、かぶ・ほうれん草・人参などの近郊農業や狭山茶の生産が行われるなど緑が残る地域です。

所沢市は西武グループ(西武ホールディングス、西武・プリンスホテルを中心とした企業グループ)の二大拠点のうち一つであり、西武鉄道の本社が所在しています(本社は池袋にある)。市域南西部に西武園ゆうえんちと埼玉西部ライオンズの本拠地である西武ドーム(ベルーナドーム)、人工のスキー場である狭山スキー場があります。なお、ベルーナドームは「ドーム」という名称ですが、壁面は開けているため日本で唯一場外ホームランが出るドーム球場となっています。

所沢航空記念公園は所沢陸軍飛行場の跡地、返還された米軍所沢通信基地の一部を整備した県営の公園です。総面積は50.2haあり、所沢航空発祥記念館や日本庭園、日本一長いケヤキ並木や野球場・テニスコート・サッカー場などスポーツ施設などがはいっています。また、最寄り駅の航空公園駅の東口駅前には全日空で使用されていたYS-11が静態保存されています。

ところざわサクラタウンはKADOKAWA及び角川文化振興団が運営する複合施設です。2020年11月にオープンしたもので、国内最大級のポップカルチャーの発信拠点となっています。角川武蔵野ミュージアム、書籍・物流工場、書店、神社、飲食店、カラオケ・ネットカフェ、イベントホールなど多様な施設から構成されています。神社前には大魔神の魔神像と武神像があります。

トトロの森は公益財団法人トトロのふるさと基金によるナショナルトラスト事業で購入・保全されている狭山丘陵の土地の愛称です。執筆現在(R4.9月)で60号まであり、関連施設として所沢市三ケ島3丁目にクロスケの家(県内の越生町から移築した古民家)があります。なお、狭山丘陵は映画「となりのトトロ」の風景のモデルとされ、作品の生みの親である宮崎駿氏は所沢市在住です。

滝の城址公園は所沢ICから南、柳瀬川の北岸に位置する総合公園です。滝山城(後の八王子城)の支城であった滝の城(本郷城)の城址を整備した公園です。滝の城の横穴墓群が残っていて、城跡は城山神社になっています。七曲坂には傷つけると赤い樹液が出る黒松があり「血の出る松」と呼ばれていましたが、1972年に枯れて伐採されています。

さいたま緑の森博物館は埼玉県入間市・所沢市にまたがる県立の野外博物館で、総面積は85.5haにも及びます。施設自体は入間市宮寺に小規模なものがあります。雑木林・湿地・ため池・里山などの野外展示が主で、茶畑・果樹園など農地は地元農家の生産農地であり、定期的に自然観察会・稲作体験・焼き芋などのイベントが行われています。


新座市(にいざし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

新座市ホームページより

埼玉県新座市 元気の出る 人と自然が共生する 快適環境都市 人口162,100人

新倉市の雑木林と野火止用水のせせらぎを背景にイメージキャラクター「ゾウキリン」が描かれています。2011年からミニバイク50cc以下~125ccを対象に交付されています。上記画像とは別に東京オリンピック・パラリンピックの射撃をイメージしたものが2019年に交付されています。

新座市は埼玉県南部に位置する市です。南側で東京都練馬区と接し、ベッドタウンとして1960年代から人口が急増した地域です。JR武蔵野線の新座駅が市域中央北より、東武東上線の志木駅が志木市との北東の市境にあり、それぞれ商業地が発達し住宅地が多くみられます。凸版印刷埼玉工場朝霞工場や不二家埼玉工場などがあり、印刷・非鉄金属加工・食品加工といった工業が盛んに行われています。都営地下鉄大江戸線延伸の構想により、馬場地区では新座中央駅(仮称)の建設が予定されています。

平林寺は新座市野火止にある臨済宗妙心寺派の寺院です。南北朝時代の1375年に創建された寺院で、13万坪(約40ha)の広大な境内を有しています。境内も林は武蔵野の面影を残す雑木林として国の天然記念物に指定されています。また、総門の向かいに国の有形文化財である古民家 睡足軒(すいそくけん)があります。これはもともと飛騨高山にあった江戸後期の民家で、「電力の鬼」として知られる実業家松永安左エ門が田舎家の茶を楽しむために移築したものです。

だちょう牧場並木屋は新座市池田にある牧場です。ダチョウとエミュー、うさぎがいてエサをあげることができます(柴犬やパピオンもいるが、こちらは飼い犬)。バーベキューやソロキャンプもOKのようです。土・日曜のみ営業しています。

新座市の耕地面積は市域の1/7以下で農業はさほど盛んではありません(おおむね近郊農業として野菜が中心)。一方で観光農園はそこそこあり、いちご・ぶどう・なし狩りなどが行なえます。中原果樹園というポポー(アケビガキ、熱帯フルーツを思わせる独特の強い芳香を放つ果物)を栽培している果樹園があります。

妙音沢(みょうおんざわ)は荒川水系黒目川の右岸にある妙音沢特別緑地保全地区内にある湧水で、急斜面の崖下から大沢と小沢が湧き出しています。盲目の琵琶法師が弁財天から秘曲を授かったという言い伝えのある地で、ミョウオンサワハタザクラやカタクリ・イチリンソウといった野草やホタルの名所として知られています。


蓮田市(はすだし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県蓮田市 四季かおる ふれあいと文化を創るまち 人口61,540人

元荒川の河川敷の桜を背景に、マスコットキャラクターの「はすぴぃ」が描かれています。2016年から50cc以下~125cc以下のミニバイクとミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

蓮田市は埼玉県中東部にある市です。市域は埼玉県川口市から鴻巣市にわたって広がる大宮台地(北足立台地)、東部の白岡台地とその間を流れる元荒川・綾瀬川の流域が成す低地となっています。1960年代の高度経済成長期から首都圏のベッドタウンとして急速に発展を遂げた地域です。市域には約3万年前から人が住んでいたとされ、黒浜貝塚・綾瀬貝塚をはじめとする多数の貝塚や史跡が残っています(2018年に市内の新井堀の内遺跡から大量の古銭が出土した)。

蓮田駅は1885年に日本鉄道大宮ー宇都宮開業により設置された比較的古い駅で、蓮田市唯一の駅となっています。当地は2011年まで「蓮」の字のしんにょうの部分は「辶」と2つ点のある表記でしたので、駅名の「蓮」には点が2つあります。東口~蓮田岩槻バイパスにかけて東武ストア蓮田マイン、MEGA・ドンキホーテやコンビニなどが出て商業地になっていますが、西口の再開発は難航しているようです。

蓮田サービスエリアは下り線は市北部の黒浜に、上り線は市南部の川島にあります。首都高から東北自動車道に入って最初の休憩所であり、駐車場の狭さもあいまって常時混雑しています。上り線の方は2019年にパサール蓮田としてリニューアル、駐車場が約3倍になりレストラン・コンビニなど商業施設も増えて充実しています(車両型の自動芝刈りロボが導入されている)。

西城沼公園は蓮田市が管理・運営する公園で、縄文時代の奥東京湾の海岸線が後退したときに取り残された海跡湖の名残である西城沼の周辺を整備したものです。沼の周辺に1周850mのウォーキングロードが整備されて蓮・イロハモミジ・アセビ・アジサイ・ツツジや椿などが植栽されています。当地の桜の名所の一つでもあり、釣り・花見・バーベキューで来る方が多いようです。

蓮田根金ひまわり畑は上尾久喜線(県道87号)沿いにあるひまわり畑です。遊休農地の活用としてひまわりの種が蒔かれていて毎年10万本程度が咲きます。花期には和太鼓の演奏や切り花販売、野菜の直売などが出て、当地のちょっとした名所になっています。2020~2021年は休止していましたが2022度は通常通り行われたようです。

伊豆島の大蛇(いずしまのおおへび)は約200年続く当地の伝統行事で、春に藁で2mほどの蛇を作り、破竹に刺して道沿いに立てます。日本各地で行われる道切り(辻切り)の一種で、流行り病を防ぎ五穀豊穣を願う行事です。蓮田市黒浜の元荒川沿いあたりで見られます。


鳩山町(はとやままち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県比企郡鳩山町 環のまち はとやま~花と木と笑顔でつなぐ、安心で魅力的なまち~ 人口13,410人

右側にイメージキャラクターの「はーとん」、左右の上端に羽のイラストが描かれています。2013年から交付されています。

鳩山町は埼玉県中部にある町です。鉄道・国道共に無く、町の東側は東武東上線の坂戸駅・高坂駅、及び西側は東部越生線・JR八王子線の越生駅から路線バスが出て交通網としています。1971年から鳩山ニュータウンが開発されて人口が増加しましたが、居住世代の高齢化・交通の便の悪さなどから空き家問題が出ています。鳩山村が誕生した1955年に、当時の首相鳩山一郎氏に鳩山家の家訓である「友愛」の書を書いてもらったことがあり、現在も町役場に飾られています。東京電機大学鳩山キャンパス・JAXA地球観測センターといった研究機関や日立製作所の基礎研究センターや良品計画鳩山センターなどがあります。

鳩山農村公園は鳩山町のほぼ中央に位置する公園です。沼・親水広場・湿生植物園・芝生広場などがある公園で、遊具はありませんが散歩には十分な広さがあります(犬は入れない)。周辺に赤沼古代瓦窯跡・石田国分寺瓦窯跡があります。

おしゃもじ山公園は県道171号と343号が交わる辺り、商工会とコミュニティセンターの裏手にある公園です。高さ40~60mくらいのちょっとした山になっていて、展望台からの見晴らしが良いこうです。麓に杓子母神(おしゃもじ様)が祀られている祠があることからおしゃもじ山と呼ばれていて、当地の桜・ツツジの名所となっています。

JAXA地球観測センターは鳩山町の北部にある施設で、極軌道を巡る衛星から送られるデータをパラボラで受信し、記録しています。春秋2回の一般公開のほか、事前に申し込めば見学が可能で一部では桜の穴場としても有名です。

竹本の湧水は鳩山町竹本の竹本西通り沿いにある湧水です。田んぼの一角にあり、位置が道路より低く看板なども無いので遠目には見つけづらいです。ミネラルが豊富な湧水で、周辺地域の住民の生活用水にもなっているようです。


羽生市(はにゅうし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県羽生市 活力に満ちた ひと輝く文化都市 人口54,300人

イメージキャラクター「ムジナもんと仲間たち」が描かれています。市制施行60周年記念として、2014年から50cc以下~125cc以下のミニバイクを対象に交付されています。

羽生市は埼玉県北東部にある市です。人口5万超と埼玉県の市では2~4番目に少ない市ですが、東西に国道125号線と秩父鉄道、南北に東北自動車道と国道122号線、東武鉄道伊勢崎線が通り交通の要衝になっています。もともと沖積台地の土を生かした農業が盛んな地域で、市域の44%程度が農地であり稲作・畑作を主として畜産も行われていますが、農業従事者の減少・高齢化が進んでいます。江戸時代末期から青縞の生産が行われ、武州正藍染と呼ばれて織物生産が盛んになりました。最盛期の明治40年代には羽生町の一大産業として200軒ほどの紺屋が軒を連ねていたといいます。

羽生駅(東部鉄道・秩父鉄道)は当地の中心駅で、市域の中央西寄りにあります。東口は駅前大通り沿いに古い商店街になっていますがシャッターが目立ちます。西口はベルク(スーパー)・ケーヨーデイツー(ホームセンター)・コンビニなどが出て商業地になっていますが、当地の商業地としては国道122号・125号行田バイパス沿いのイオンモール羽生(2007年に開業)、岩瀬・小松にある愛藍タウン(カインズ、ベルク、ニトリなどがはいっている、2020年オープン)が主となっています。

羽生水郷公園は市域の東側、羽生IC近くにある面積35haの都市公園です。修景池・菖蒲田など水を中心とした公園で、淡水魚の展示を主とするさいたま水族館がはいっています(コツメカワウソもいる)。園内の宝蔵寺沼は国内唯一のムジナモ(ミジンコなどを捕食する食虫植物)の自生地であり、上記のさいたま水族館に展示があります。また毎年11月にゆるキャラに関するイベント「世界キャラクターさみっとin羽生」が開催されています。

キヤッセ羽生(三田ヶ谷農林公園)は上記の羽生水郷公園の東側に付随する公園、及び施設で、コスモス澗(地ビールやうどんが楽しめるレストラン)、むじなも市場(野菜・メダカ・菓子などの販売)、むじな庵(手打ちうどん・そば店)、親水広場などが入っています。

羽生パーキングエリアは羽生市弥勒にある東北自動車道のパーキングエリアです。上り側は「鬼平犯科帳」の世界観と江戸の街並みを再現した鬼平江戸処、下り側は2009年にパサール羽生としてリニューアルしています(スタバの隣にずんだ餅とシェイクの店が出ている)。一般道から徒歩で入場できます。

道の駅はにゅうは、国道122号沿いの利根川にかかる昭和橋のたもとにある小規模の道の駅です。2007年開駅と道の駅としては古く駐車場も小さいのですが、高速のPA並みに広域の土産物を扱っています。利根川沿いということもあり、季節にもよりますがサワガニや金魚、メダカを販売しています。レストランとして麺堂帆翔というラーメン屋・中華料理店が入っています。


東松山市(ひがしまつやまし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県東松山市 埼(さい)の彩(さい)の臍(さい)は東松山市 人口90,460人

マスコットキャラクターの「まっくん・あゆみん」と市の花ボタンが描かれています。50cc以下のミニバイクを対象に交付されています。

東松山市は埼玉県のほぼ中央にある市です。古くは鎌倉時代から松山城(比企郡吉見町にある)の城下町として栄えた地域で、その後も前橋藩の松山陣屋が置かれて比企地域の中心都市でした。現在の東松山は戦後の高度経済成長期に開発が進み、池袋まで東武東上線・TJライナーで44分と首都圏のベッドタウンとなっています。東松山台地・高坂台地上は住宅団地、岩殿丘陵のあたりは埼玉県こども動物自然公園・岩殿観音正法寺・埼玉ピースミュージアムなどがあり観光地になっています。

東松山市は北海道の室蘭・愛媛の今治に並ぶ日本三大やきとりの街であり、市内に50軒ほどのやきとり屋が所在しています。東松山のやきとりは豚肉のカシラ(こめかみ・ほほ・あごの肉)を用いたものであり(「やきとん」ともいう)、噛みごたえのある肉に味噌だれを漬けて食べます。日本で唯一焼鳥組合を有する自治体となっています。

埼玉県こども動物自然公園は東松山市岩殿にある県立の動物園です。46haの広大な敷地を有し、200種を超える動物が展示されています。ペンギルヒルズ、動物園の展示としては世界初となるクオッカワラビーやカピバラの露天風呂、コアラ舎あたりが人気です。また、園内にはイギリスの絵本作家でピーターラビットの生みの親であるビアトリクス・ポターの資料館があります。

箭弓稲荷神社(やきゅういなりじんじゃ)は東松山市箭弓町にある神社です。1030年に平忠常を討伐に来た源頼信が近くの野久稲荷神社に太刀一振りと馬一頭を奉納したところ、その夜に白羽の矢のような雲が敵陣に向かって飛んでいくのを目撃し、これこそ神のお告げとして奮い立ち敵陣に攻め込んだといわれています。現在でも「やきゅう」の音の類似からプロ野球選手がよく訪れる神社で、1,300株ほどの牡丹園を境内に有することからボタンの名所としても親しまれています。

埼玉県平和資料館(愛称:ピースミュージアム)は、上記の埼玉こども動物自然公園に隣接する施設で、主として第二次世界大戦の戦争資料の展示を行っています。同施設がある物見山公園は物見山(標高135m)の山麓一体を公園として整備したもので、ツツジの名所とされています。また、戦争資料ですと市内の下唐子に原爆の図 丸木美術館があります。

化石と自然の体験館は東松山市坂東山のばんどう山第2公園近くにある体験施設です。2016年4月にオープンした施設で、このあたりにはもともとセメントを運ぶ線路が走っていたため駅舎をイメージした建物になっています。事前予約が必要ですが化石掘り体験ができ、産業団地を造成するときに出土したサメの歯などの展示スペースがあります(公式HPにも書いてあるが近くに飲食店が無い)。

日本スリーデーマーチは毎年11月に東松山市で行われるウォーキング大会で世界第2位、国内最大の規模を誇ります(世界1位はナイメーヘン国際フォーデーマーチで、ナイメーヘンは東松山市と姉妹都市関係にある)。3日間で延べ10万人の参加者が比企丘陵を歩く催しで、5~50kmのコースが6×3日間で18コース、30kmの特別コースを加えて19コースが用意されています。5kmの「まつやまおさんぽ」コースでは仮装してウォーキングをする「コスパレ」が行われています。


富士見市(ふじみし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県富士見市 人と自然 ふれあいと思いやりあふれる生活環境都市 人口108,100人

プレート上部に荒川、新河岸川、柳瀬川をイメージした青いライン、右側にマスコットキャラクター「ふわっぴー」が描かれています。2012年の市制施行40周年を記念したもので、ミニバイク50cc以下~125cc以下の3種が交付されています。

富士見市は埼玉県南部にある市です。もともと江戸と川越を結ぶ新河岸川の舟運で栄えた地域で、緩やかに人口が増加していたようですが、1957年に鶴瀬団地が建設された頃から人口が急増し住宅都市の性格が強くなっています。市域は南西側が武蔵野台地の端で住宅地・商業地、北東側は荒川・新河岸川が流れる低地で稲作を中心とした農業が行われています。上福岡市、入間郡大井町、富士見市、入間郡三芳町の2市2町で合併してふじみ野駅を中心とした「ふじみ野市」とする計画があったため、東武東上線ふじみ野駅は隣接するふじみ野市ではなく同市に存在します。

ららぽーと富士見は富士見市山室の国道254号富士見川越バイパスの西側にあります。2015年に北関東の旗艦店として開業したショッピングセンターで、2005年に建物の耐震性の問題などにより閉館したららぽーと志木に代わるものとみられています。2015年の開業時は293店舗でしたが、2021年3月からリニューアルして約40店舗ほどが新規オープンしています。

難波田城公園(なんばたじょうこうえん)は富士見市下南畑にある公園です。武蔵七党村山党の一流である難波田氏が居城としていた難波田城跡周辺を整備したもので、東側が城跡ゾーン、西側は古民家2軒と長屋門を移築した古民家ゾーンとなっていて難波田城資料館があります。水堀は復元で遺構は残っていないのですが、蓮や菖蒲といった水生植物の名所となっていて、古民家の方では昔の着物を着たり脱穀したりするちょっとした体験をやっていたりします。

びん沼自然公園はさいたま市、川越市、富士見市を流れる荒川水系のびん沼川の屈曲部を整備した公園です。面積は5.7haあり、シラカシ・クヌギ・エゴノキ・ハンノキなど雑木が植栽されています。たいへん人気のある釣りスポットで、ヘラブナやタナゴなどを釣りに来る人が多いようです。

水子貝塚公園は富士見市水子にある歴史公園です。国の史跡である水子貝塚という縄文時代前期の環状集落の遺跡周辺を整備したもので、全長582mの遊歩道や遺跡の調査で出土した植物の種を基に「縄文の森」ができています。当時の竪穴式住居が5棟復元されていて、一部は縄文人の生活の様子として内部が公開されています。「水子」の地名は「水が湧き出る」という意味の「水処」からきたものとされ、周辺の石井緑地公園・性蓮寺境内などに湧水がみられます。

山崎公園(やまざきこうえん、せせらぎ菖蒲園とも呼ぶ)は富士見市水子の富士見江川沿いにある公園です。富士見市の市制施行20周年記念事業として整備されたもので、60種5,000株の花菖蒲がみられます。桜の名所として人気があり、3月上旬から河津桜・オカメザクラが咲き、遅れてソメイヨシノが開花します。


ふじみ野市

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県ふじみ野市 自信と誇り そして愛着のあるまち ふじみ野 人口111,000人

ふじみ野市PR大使「ふじみん」が描かれています。2012年に市のPR活動の一環として50cc以下のミニバイクを対象に1,000枚が交付されています。

ふじみ野市は埼玉県南部にある市です。2005年に旧上福岡市と入間郡大井町が合併して誕生した市で、2004年に行われた住民投票で2市2町での「ふじみ野市」の旧合併案が棄却された後に1市1町での合併が行われたため、隣接の富士見市と名称・市境ともにまぎらわしい状態になっています。旧上福岡は市域北東部を流れる新河岸川の舟運、大井町は川越街道の陸運の要衝として発展した経緯をもち、1914年に東武鉄道東上線の上福岡駅が開業して後は住宅地・商業地が開発されて都市化しました。1993年にふじみ野駅(2017年に東口は「ももいろクローバー駅Z」と改名)が開業し、さらに開発が進んでいます。

イオンタウンふじみ野は上福岡駅から北東に1kmくらいのところにあるショッピングセンターです。2020年に開業していて、マルシェ・レストラン・物販店はもちろん、子供向けアミューズメントパークとしてモーリーファンタジー(イオン系列)、namcoくまのがっこうひろばなど92店舗ほどがはいっています。また、イオン銀行・武蔵野銀行と上福岡郵便局も一体になって利便性を高めています。

ふじみ野市立福岡河岸記念館は、埼玉県の文化財になっている廻船問屋「福田屋」(1831年開業)の建屋を利用したものです。福田屋は実業家・政治家として当地に東武鉄道を誘致した星野仙蔵(十代目)が建てさせた豪華なもので、母屋・文庫蔵・離れの3棟が残り、内部には舟運が盛んだった当時の様子の詳細な解説があります(月曜休館、大人100円・学生50円で見学できる)。

福岡中央公園は上福岡駅東口から300mほど行ったところにある地区公園です。市街地にある公園としては比較的大きく、桜並木・芝生広場・遊具・東入間警察署福岡交番などがはいっています。新幹線200系電車に外観を模した防災倉庫(元はトイレ)があります。当地の桜まつり・七夕祭り・産業まつりといった催しの開催地となっています。

大井弁天の森はふじみ野市大井の砂川堀の南岸にある旧跡です。江戸時代初期に上野不忍池の弁財天を勧請した大井清水弁天があり、豊かな湧水があることから明治時代は舟から景色を楽しむ観光名所となっていたそうです。現在では桜の名所として親しまれており、砂川堀の対岸が東原親水公園となっています。

ふじみ野市にはお菓子の工場直売店が2つあります。一つは東京ドーナツ(業務用ドーナツ製造)の直売所で、福岡神殿の福岡江川と川越バイパスが交わる辺りにあります。菓楽 工場直売所は前述の大井弁天の森近くにあります。

エコパはふじみ野市・三芳町の環境センター(ゴミ焼却施設)の余熱を利用した温水プール・入浴施設です(併設のレストランに500円ランチあり)。また、「環境学習館えこらぼ」という見学施設があり、子供連れに人気があるようです。


本庄市(ほんじょうし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県本庄市 あなたが活かす、みんなで育む、安全と安心のまち 人口77,900人

マスコットキャラクター「はにぽん」が描かれています。2011年から50cc以下のミニバイクを対象に交付されています。

本庄市は埼玉県北西部にある市です。かつては信濃小笠原氏が築いた本庄城の城下町として発展し、近世には中山道最大の宿場町 本庄宿として栄えました。現在の本庄市は北東~南西にかけて細長い市域を有し、JR高崎線本庄駅の周辺が市街地、国道17号から北側の市境となる利根川までが畑など耕地、南西部の旧児玉町あたりは丘陵地~山間部となっています。原始時代から人々が暮らしていたため市域に多数の遺跡が残り、市域にある鷺山古墳(4世紀頃の古墳)は全長60mほどと県下最大(最古級)の古墳となっています。また、多数の神社・仏閣とともに近世の面影の残る建築物が残っています。

こだま千本桜は児玉町内を流れる小山川の両河畔に5kmにわたって植栽された約1,100本の桜で、市内の花見スポットとして人気があります。3月下旬~4月上旬にはライトアップされ、「こだま千本桜まつり」として模擬店やステージイベントなどが行われています。

長泉寺(ちょうせんじ)は本庄市児玉町高柳にある曹洞宗の寺院です。1454年に関東管領上杉顕定に開基したもので、最盛期には多くの修行僧が集まり3万㎡の大伽藍を有していたそうです。骨波田(こっぱだ)の藤と呼ばれる樹齢650年以上の藤(県の天然記念物)が境内にあり、藤棚の広さは2,000㎡にも及びます。

本庄早稲田の杜ミュージアムは、早稲田大学構内にある早稲田リサーチパーク地区内に本庄市と早稲田大学が共同で開設した博物館です(入館無料)。本庄市内の遺跡から出土した埴輪の展示が主な展示で、全国的にも珍しい笑う人物埴輪がみられます。

塙保己一記念館は本庄市児玉町八幡のアスピアこだま内にあります。当地出身の国学者塙 保己一(はなわ ほきいち)に関する資料を展示する施設です。塙 保己一は7歳で失明しながらも、和学講談所(現東京都千代田区にあった国学の研究・教育機関)を創建、「群書類従」(1000巻ほどにもなる国学・国史の一大叢書)を編纂した人物です。生家は児玉町保木野の塙保己一公園あたりにあります。

競進社模範蚕室(けいしんしゃもはんさんしつ)は本庄市児玉町児玉にある木造建築物です。1894年に建造された埼玉県の指定文化財であり、養蚕が盛んだった頃は全国から業者が養蚕業を学びに来たそうです。内部は養蚕に関する資料館となっています。2014年に群馬県の富岡製糸場と絹産業遺産群が世界遺産登録されたことを機に周辺が整備されています。


三郷市(みさとし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県三郷市 訪れるたび新しい。 訪れるほど好きになる。 人口136,500人

マスコットキャラクターの「かいちゃん&つぶちゃん」と田園都市をモチーフにした緑と水色の波線が描かれています。2012年の市制施行40周年記念として50cc以下1,500枚、51~90cc以下100枚、91~125cc以下400枚が交付されました。

三郷市は埼玉県の南東端にある市です。東京都心から20kmくらいのところにあり、市の東を江戸川、西側を中川が流れる低地地域です。市域北側はJR武蔵野線が通り、高度経済成長期に開発が進んだため当地の商業の中心になっています。市域南側は同じく高度経済成長期に住宅地・工業地が形成されています。中央部は2005年のつくばエクスプレス開通に伴い、三郷中央駅が開業し、開発が進んでいます。1956年の三郷村誕生(東和村、彦成村、早稲田村が合併)から16年後の1972年で市制施行するなど周辺地域の中でも顕著な人口増加を見せた当地ですが、2014年に日本創生会議により消滅可能性都市に指定されています(-54.9%)。

ららぽーと新三郷は三郷市新三郷のららシティ内にあるショッピングセンターです。もともと日本鉄道建設公団が所有していた武蔵野操車場の跡地(51ha)を活用したもので、178店舗の商業施設のほかに、屋内型テーマパークのトーマスタウン、体験型デジタルテーマパークのリトルプラネット新三郷と子供が遊べる空間があるのが特徴で、国鉄が1989年に製造した「夢空間」(オリエント急行の設計思想を基にした国産の豪華寝台車両群)の車両のうち、ラウンジカーとダイニングカーが保存されています。

みさと公園は三郷市高州にある県営の都市公園です。江戸時代に作られたため池小合溜(準用河川)の河畔にあり、菖蒲田・こどもの砦・花木園などが整備されています(有料だがトランポリンなどエア遊具もあり)。週末や祝日はキッチンカーや屋台などが出て賑やかになります。対岸は東京23区中最大規模の水元公園になっていて橋でつながっています。

におどり公園は三郷市中央にある公園です。つくばエクスプレスの三郷中央駅の周辺開発として2008年に整備された公園で、みさと春祭りやジャズの生演奏を聴きながら埼玉県内外のグルメを楽しむmisato style、ハロウィーンフェス等々イベントの会場として利用されています。なお「におどり」とは市の鳥であるカイツブリの別称です。

第一屋製パン(第一パン)金町工場は、三郷市高州の葛飾区東金町との市境あたりにあります。「ベーカリーアウトレットif」というアウトレット店舗が工場付近にあり、規格外品などを安く買うことができます。規模は小さいですが、東京下町らぼ三郷工場(三郷市戸ケ崎にある菓子工場)も工場直売をやっているようです。


美里町(みさとまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県児玉郡美里町 美しい里の町 人口11,100人

マスコットキャラクターの「ミムリン」と特産品のブルーベリーが描かれています。2012年から50cc以下のミニバイクを対象に交付されています。

美里町は埼玉県の北西部、児玉郡に属する町です。東西5.5km南北に9kmの町域は北が平野、南部はなだらかに標高があがる丘陵地になります。古くから人が住み着いていた地域らしく、町域内に多くの古墳を有しています。また、室町時代には武蔵七党の一つ猪俣党が猪俣城という城館を築いていました。かつては養蚕が盛んでしたが、現在は特産のブルーベリーやえごま、稲作など農業と畜産が盛んで、町として減農薬・減化学肥料栽培を推進しています。

美里遺跡の森総合公園は美里町のほぼ中央の美里町木部、甘粕にある公園です。多目的グラウンド・テニスコート・体育館など運動公園としての機能を有していますが、遺跡の森館という地域歴史博物館があり、主として当地で出土した埴輪や鏡などを展示しています。また、美里町関にある長坂聖天塚古墳(埼玉県指定史跡・5世紀前半に築造されたものと推定)は、直径34m高さ3.5mと大型の円墳です(付近に駐車場はない)。

水殿瓦窯跡(すえどのかわらがまあと)は鎌倉時代の窯跡で、現在4基が確認されています。数少ない鎌倉時代の窯跡で保存状態も良いとされたため、1931年に国の史跡に指定されています。ここで焼かれた瓦は、寛元・宝治年間(1243~1249)に鎌倉市二階堂の永福寺(源頼朝が建立した寺院で当時鎌倉三代寺社の一つ、現在は国の史跡になっている)の改修に用いられたと考えられています。現在は窯跡は埋め戻されており、説明板も古くなってきています。

猪俣城跡は円良田湖(つぶらたこ)北東側の鐘撞堂山から北側に伸びる尾根づたいにある山城です。標高305m近辺(比高130mほど)にあり、県道349を挟んで位置する虎ヶ岡城址(円良田城址)とともに鉢金城(大里郡寄居町にある)の支城として機能していたと考えられています。

美里オーストリッチファームは美里町白石にあるダチョウの牧場です。ダチョウの肉と卵、皮製品・化粧品を扱っています。珍品を取り扱い、ダチョウが見学できるとあって人気がある牧場です。ダチョウ博物館が2022年10月20日周辺にオープンしたようです。

猪俣の百八燈は400年以上続く盆祭りの行事で、8月15日に堂前山の尾根の百八基の塚に日を灯す行事です。猪俣党の頭領 猪俣小平六範綱およびその一族の霊を慰める行事と伝えられていて、国の重要無形文化財に指定されています。行事の後には美里夏祭り花火大会が行われます。


皆野町(みなのまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県秩父郡皆野町 山あいの町・みんなの町 人口9,497人

プレート右側にイメージキャラクター「みーなちゃん」が描かれています。2012年から50cc以下のミニバイクを対象に交付されています。

皆野町は埼玉県北西部にあり秩父郡に属する町です。四方を山に囲まれた秩父盆地の一角に、東西に長い蝶型の町域を有しています。町域の7割近くを林野が占め、中央の荒川沿いの低地に市街が広がっています。埼玉県の伝統的な民謡 秩父音頭は約200年前に生まれ、昭和の初めに皆野町の医師・俳人 金子伊昔紅(金子元春)氏により「秩父豊年踊り」として発表されたことから「秩父音頭発祥の地」と称します。また、俳句のまちや人形浄瑠璃(出牛浄瑠璃=じゅうしじょうるり)のまちでもあります。日本創生会議により消滅可能性都市に指定されています(-62.3%)。

秩父温泉 満願の湯は皆野町下日野沢、荒川の支流の一つ日野沢川南岸にある入浴施設です(天然温泉を提供)。ph9.3の高アルカリの湯(純硫黄泉・冷鉱泉)であり、露天風呂から日野沢川の渓谷や満願滝を眺められるよう工夫されています。また、長瀞渓谷の岩畳をイメージした日本庭園があります。

水潜寺(すいせんじ)は皆野町下日野沢にある曹洞宗の寺院で、秩父三十四箇所及び日本百観音霊場の「結願」の寺となっています。「水くぐりの岩屋」と呼ばれる鍾乳洞があり、流れ出る水を「長命水」といって飲むと長生きができるとされていますが、現在は崩落の危険があり内部には入れません(湧き水が本堂近くまで手水として引かれている)。周辺は秩父華厳の滝をはじめ上空滝、不動滝など滝が多い景勝地で、旧日野沢小学校の跡地は日野沢川ふれあい広場という親水公園に、同小学校立沢分校は「天空の楽校」というカフェになっています。。

阿左美冷蔵金崎本店は皆野町金崎(秩父鉄道上長瀞駅が近い)にあるかき氷屋です。阿左美冷蔵は1890年に開業した製氷業者で、宝登山(ほどさん)の腐葉土の層を1~2ヶ月かけて濾過された伏流水を使用、全国でも珍しい天然の氷を加工・販売する業者とあって地元の人気店になっています。

美の山公園は皆野町皆野にある県立の公園です。秩父の山々においては珍しく独立峰である蓑山(581.5m)の山頂周辺を整備したもので、約8,000本の桜と3,500本のツツジが植栽されています。山頂には展望台があり、夜景の名所であり、天候が良ければ雲海が見られます。

道の駅 みなのは県道348号線下戦場塩貝戸線沿いにある小規模の道の駅です(国道140号彩甲斐街道の道の駅みなの入り口を南下)。JAちちぶのレストハウスがあり、田舎うどんやわらじカツなどが食べられます。農産物直売所は季節にもよりますが、しいたけなど茸類、山菜、はちみつが特産のようです。


毛呂山町(もろやままち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県入間郡毛呂山町 緑とふれあいの文化都市 人口32,799人

マスコットキャラクターの「もろ丸くん」が描かれています。2012年から限定1,000枚が交付されました。

毛呂山町は埼玉県南西部の入間郡に属する町です。町域西部は外秩父の山地、中央~東側にかけてJR八高線・東武越生線が通り、沿線が住宅地・商業地として開発されています。果樹栽培が盛んで、特にゆずは江戸時代から栽培されて「桂木ゆず」のブランドで知られています。また、養鶏が盛んで鶏卵が特産品となっている(過去に農林大臣賞を二度受賞)一方で、製造品出荷額も伸びてきています。当地はとりたてて中心駅という概念はなく、八高線毛呂駅、東武越生線東毛呂・武州長瀬駅周辺にそれぞれ商業地が形成されています。

鎌北湖(山根溜池)は毛呂山町西部の大谷木にある湖です。もともと1929年にアメリカで起こった世界恐慌の対策として作られた溜池で、周囲2km、水深が20mほどあります。別名を「乙女の湖」といい、当地の桜と紅葉の名所、へらぶな釣りの定番スポットとなっています。2019年10月~2021年7月まで耐震工事のため水が抜かれていましたが、現在は復旧しています。

苺の里strawberry gardenは毛呂山町西大久保の県道114号川越越生線沿いにあります。当地の観光農園「苺の里」の直営店で自家製のいちごピューレや桂木ゆずを使ったバウムクーヘンやゼリー、プリンといった洋菓子を扱っています。カフェを併設していて、パフェや凍った苺を削ったフローズンシェイク、生はちみつフルーツティーなどがいただけます。周辺にらんらんという農産物直売所(とかく卵推し)があります。

滝ノ入ローズガーデンは2000年に滝ノ入地域の活性化を目指した「もろもろ町おこし事業」の一環として地域のボランティアを中心にはじまったバラ園です。現在の面積は2.8ha、350種1,500株のバラを有し、春・秋にバラまつりが行われています(入場料300円、駐車場無料とのこと)。

宿谷の滝(しゅくやのたき)は毛呂山町宿谷にある滝で、別名を「信太の滝」ともいいます。古くから修験者が訪れて水行を行っていたもののようです。落差12mほどで水量もさほど多くはありませんが、周辺に遊歩道・トイレ・小さい駐車場が整備されて夏の水遊びの場となっています。

出雲伊波比神社(いずもいわいじんじゃ)は毛呂山町のほぼ中央の毛呂山町岩井にある神社です。景行53年(西暦だと123年)に創建という大変古い神社で埼玉県内では唯一、流鏑馬が毎年奉納される神社として知られています。境内に数十頭の猫が住み着き、県内有数の猫神社としても知られていましたが、現在はボランティアの方々のお陰で少なくなっているようです。

新しき村(一般財団法人)は、1918年に作家の武者小路実篤らによって創設されたもので、理想郷として農業を主体とした自給自足に近い生活をおこなうものです。現在は宮崎県木城町と毛呂山町にあります。毛呂山町の新しき村は町域南部の葛貫にあり、新しき村美術館(武者小路実篤の記念館)を有しています。


嵐山町(らんざんまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

埼玉県比企郡嵐山町 未来への風を彩る蝶の里 緑園都市らんざん 人口17,760人

嵐山渓谷を背景に国蝶のオオムラサキ(右上)、マスコットキャラクター「むさし嵐丸(らんまる)」(右側)が描かれています。2013年から50cc以下のミニバイクを対象に交付されています。

嵐山町は埼玉県中部の比企郡に属する町です。南北に長い町域の北東部は比企丘陵の西端、南部は岩殿丘陵の北端、西部は外秩父山地の外縁となり、丘陵地の間を都幾川・槻川・市野川などが流れ渓谷を形成しています。町域北~中部に嵐山花見台工業団地、武蔵嵐山駅周辺の川島地区に明星食品の工場を有する一方で農業も盛んであり、のらぼう菜や芋ようかん、地酒などを特産品としています。また、日本の国蝶オオムラサキが生息する地としても有名です。もともと江戸時代に川越児玉往還の菅谷宿として栄えた地域ですが、昭和3年に本田静六(林学者・造園家で「日本の公園の父」とも呼ばれる)が訪れた際に、京都嵐山に景色が似ていることから「武蔵嵐山(むさしらんざん)」と命名されました。

嵐山渓谷(らんざんけいこく)は嵐山町鎌形あたりにある槻川の渓谷で、埼玉県を代表する景勝地の一つです。特に紅葉と結晶片岩という剥がれやすい岩が成す岩畳のコントラストが美しいとされています。バーベキュー場や飛び石の橋、ラベンダー苑などがあり、夏から秋にかけて観光客で賑わいます。周辺の民家の石垣に立派なアンモナイトの化石があり、千手堂のアンモナイトとして話題になっています。

埼玉県立嵐山史跡の博物館は嵐山町菅谷の都幾川北岸にあります。古代~中世を専門に、城館跡・寺院跡・武蔵武士・鎌倉街道上道をテーマとした歴史系の博物館です(入館料:一般100円、高校生・学生50円、中学生以下無料)。この施設は清廉潔白な人柄から「坂東武士の鑑」と呼ばれる鎌倉時代初期の武士・畠山重忠の居館 菅谷館跡に立地していて、周辺にも土塁や畠山重忠像など見どころがあります。

杉山城本郭跡(初雁城)は嵐山町杉山(嵐山小川IC周辺)にあります。築城主や年代などは不明なものの、14haの狭い範囲に高低差を利用して10の郭が築かれていて、その築城技術の高さから「築城の教科書的存在」として認められています。案内板・歩道が整備されているうえ、木が伐採されているため遺構が見やすくなっています。

鬼鎮神社(きぢんじんじゃ)は嵐山町川島にある神社です。畠山重忠が居館を築く際に鬼門除けとして建立されたとされています。小さい神社ですが、鬼を祀る神社は全国でも例が少なく、お守りも金棒型です。同神社の節分祭は「福は内、鬼は内、悪魔外」と言いながら豆を撒くようです。


伊奈町(いなまち)

伊奈町ホームページより

埼玉県北足立郡伊奈町 バラのまち 44,930人

田園風景を背景に町の花 バラと町名の由来である戦国武将・武蔵小室藩初代藩主 伊那忠次が描かれています。2020年の町制50周年事業の一環として50cc以下のミニバイクを対象に交付されています。

伊奈町は埼玉県中東部にある町です。関東平野の中にあるため全域が平地で、おおむね西側を綾瀬川、東側を原市沼川にはさまれた格好です。昭和中期まで米・麦・梨・ぶどうなどを産する典型的な農村でしたが、1983年の埼玉新都市交通伊奈線(ニューシャトル)開通を機に東京都心・さいたま市のベットタウンとして開発が進みました。現在の伊奈町は人口密度3,000人/k㎡を越え、単独での市制施行が間近とみられます。

伊奈町町制記念公園は伊奈町小針内宿にある公園です。マンモス校として知られる伊奈学園の向かいにある公園で、面積は10haあります。野球場やテニスコートを有し運動公園としての機能を有していますが、400種5,000株のバラ園を有していることから当地のバラの名所の一つになっています。また、5月にはバラまつり、8月には当地の夏祭りである伊那まつりが行われています。

伊奈氏屋敷跡は伊奈町小室の原市沼川北岸にあります。武蔵国足立郡小室及び鴻巣において1万石を与えられた伊奈忠次が築いた陣屋の跡地です。県指定史跡ですが、殆どが民有地であるため史跡公園としては整備されていません。2017年に散策路が設置されました。

無線山・KDDIの森は伊奈町小室の埼玉県立がんセンター北側の森です。基金によって環境を保全する埼玉緑のトラスト協会の保全地13号になります。かつてはKDDI株式会社の前身である国際電話株式会社の小室受信所のアンテナが立ち並んでいたことから「無線山」と称します。樹林地は4.8haの広さで約100mほどの桜並木があり、毎年さくらまつりが開催されています。


入間市(いるまし)

入間市ホームページより

埼玉県入間市 自然が好き人が好き入間市大好き 人口148,400人

特産品の茶畑を背景にマスコットキャラクター「いるティー」が描かれています。2020年1月からミニバイク50cc~125ccを対象に交付されています。

入間市は埼玉県南西部にある市です。首都圏からだいたい40kmのところにあり、東部・北部が市街地、西部が丘陵と畑、南部は狭山丘陵となっています。江戸時代には日光脇往還・八王子通り大山道の宿場町や穀物や木綿の市場町として発展、明治時代には繊維工業が栄えました。現在の入間は県下有数の工業のまちとして、非鉄金属、化学、電気機械を得意としていますが、加治丘陵や狭山丘陵の斜面を活かした狭山茶の主産地としても知られています。

三井アウトレットパーク入間は首都圏中央連絡自動車道の入間IC直近の国道16号沿いにあります。もともと光学機器・ガラス製品のHOYA武蔵野の跡地を整備したもので、敷地面積86,000㎡店舗面積32,000㎡と国内最大級のショッピングモールであり200店舗ほどがはいっています。近隣にコストコ入間倉庫もあり、一大商業地となっています。

ジョンソンタウンは入間市東町1丁目の国道463合沿いにあります。米軍のジョンソン基地(現:航空自衛隊入間基地)の米国風の街並みを維持したもので、米軍ハウス23棟などが残っています(全面私有地となっている)。雑貨屋やハンバーガー屋、カフェなどが50店舗ほど出ていて(猫カフェもある)、当地のちょっとした観光名所になっています。

彩の森 入間公園は前述のジョンソンタウンの北側にある県営の都市公園です。1973年に返還されたジョンソン基地の一部をレクリエーション施設・防災拠点として整備したもので、15haの園内は2つの修景池、芝生広場、バーベキュー場などから構成されています。当地のチューリップの名所でもあります。

旧石川製糸西洋館は西武鉄道池袋線入間市駅の北側100mくらいのところにあります。明治~昭和にかけて製糸業を行っていた石川組製糸が外国人のゲストを招くために1921年頃に建造した洋館です(入場料:200円 中学生以下無料)。大理石の暖炉や宮大工の手による天井装飾、床周りの寄木細工が見られます。

中村屋 中華まんミュージアムは入間市狭山台にある工場見学施設です。中華まんやレトルトカレーで知られる同社が2019年にオープンしたもので、映像で中華まんの製造工程などを学べるシアターゾーン、工場見学ゾーン、試食ができるキッチンゾーンなどがあります(要予約、コロナ禍のため見学客を絞っていることもありなかなか予約がとれない様子)。


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群馬県ご当地ナンバープレート紹介・一覧

原付・小型バイクのご当地ナンバー

【群馬県編】

全47都道府県を網羅 掲載市町村区630以上


四輪自動車の地方版図柄入りナンバープレートはコチラ「地方版図柄入りナンバープレート 一覧 (四輪自動車)」または 地方版図柄入りナンバープレート 関東 (四輪自動車)

群馬県ご当地ナンバープレートの紹介です。地域の観光・グルメ・道の駅情報なども少し扱っています。

当サイトの画像は、日本経済研究所さんの承諾を貰って使用しています。コピー・転載は禁止されています。

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東吾妻町(ひがしあがつままち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

群馬県吾妻郡東吾妻町 住民が誇りを持って暮らすまち 人口13,350人

背景に岩櫃山(いわびつやま)、プレート右側にマスコットキャラクターの「水仙ちゃん」が描かれています。2017年から50cc以下~125cc以下のミニバイクと小型特殊自動車を対象に交付されています。

東吾妻町は群馬県中部西側にあり吾妻郡(あがつまぐん)に属する町です。面積253.91k㎡と町としては大きい方ですが、町域の8割近くが森林であり人口密度は47.9人/k㎡に過ぎません。周囲を1,000m級の山々に囲まれ、市街地は吾妻川・温川(ぬるかわ、吾妻川の支流)沿いに広がっています。観光産業と農業が盛んで、りんご・こんにゃく・川魚を特産品としています。また、町域各所に温泉があるため、温泉宿など入浴施設が散見されます。

吾妻渓谷は東吾妻町から長野原町にまたがる吾妻川が形成する渓谷で、「吾妻峡」という名で国の名勝に指定されています。瀬・淵・滝・奇岩など変化に富む渓谷で、とりわけ川幅が最も狭くなる「八丁暗がり」が見どころとなっています。紅葉の名所として有名で元日本一短いトンネルの旧樽沢トンネル(全長7.2m)もあります。

道の駅 あがつま峡は東吾妻町三島の吾妻川南岸(県道375号を外れて北側、町道5284号沿い)にあります。レストランと観光案内所、入浴施設として天狗の湯を有していて、道路を挟んで向かいがフジバカマ畑になっています。ご当地グルメのデビルズタンバーガーは特産のこんにゃく(こんにゃくの英名をdevil’s tongueという)を用いたもので、バンズの間からベーコンが舌のようにペロンと出ているのが特徴です。

https://youtu.be/bW9MRgV6y3E

吾妻峡レールバイクアガッタンは2~4人乗り自転車型トロッコで、廃線になった線路上を走るものです。コースは片道1.6kmのものと2.4kmのものがあります。渓谷のなかのトンネルあり、鉄橋ありのコースを電動アシスト付き自転車で走ることができます(要予約)。前述道の駅 あがつま峡の北200mくらいのところに乗り場があります。

岩櫃城(いわびつじょう)は岩櫃山(標高802.6m)の中腹に築かれた山城です。築城主・築城年代ともに不明の城で、真田信繁(幸村)が幼少の年代を過ごした城とされています。戦国時代には上田城と沼田城をつなぐ要所であったようです。また、岩櫃山には真田昌幸が武田勝頼を迎えるために建てた潜龍院跡(古谷館跡)がありますが、こちらはわずかな石垣を残すのみでただの広場になっています。

箱島湧水は東吾妻町大字箱島(東吾妻町東公民館のあたりで県道35号を南に折れたあたり)にある湧き水で、名水百選に選ばれています。箱島不動尊の大杉の根本から日量約3万tと大量に湧出しており、利根川水系鳴沢川の水源であり水力発電にも用いられています。飲用水としても用いられ、大量に汲んで行く方が多いようです。ホタルの生息地としても有名で地元の方が清掃を行っています。


大泉町(おおいずみまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

群馬県邑楽郡大泉町 ゆとりとうるおいのある 新たなふるさと創造の町 人口41,920人

群馬県のマスコットキャラクター「ぐんまちゃん」(二代目)がサンバ衣装で描かれています。2014年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

大泉町は群馬県南東部にある町で邑楽郡(おうらぐん)に属しています。面積18.03k㎡と北関東3県(茨城・栃木・群馬)で最も小さい町ですが、最も人口密度が高い自治体となっています。製造業が非常に盛んで(町内総生産の80.6%、2017年度)、SUBARU群馬製作所大泉工場、味の素冷凍食品関東工場、パナソニック東京製作所などがあります。戦後の高度経済成長期に工場の働き手を集めるために地元の70社以上が資金を出し合い日系人を求人したため、2人口に対する外国人比率が全国3位(2018年度19%程度)の自治体となりました。「日本のブラジル」や「ブラジルタウン」として知られ、ブラジル・ペルー・ネパールなど46カ国の人々が在住しています。

東武鉄道小泉線の西小泉駅は大泉町の中心駅となっています。同駅は1941年に中島飛行機小泉製作所(零戦や九七式艦攻などが生産されていた)の玄関口として開業したものですが、2017年に新駅舎が完成し、ブラジルの国鳥トゥカーノ(オニオオハシ)と緑・黄色のカラーリングをシンボルとした国際色豊かな駅になっています。駅周辺もブラジル料理・ペルー料理・ネパール料理・トルコ料理など外国の料理が食べられる店舗が多くなっています。

スーペルメルカド・タカラ太田店は西小泉駅から県道142号沿いに西に5~600mくらいのところにあるスーパーです。ブラジル系の食材や日用品が揃っていて、お客さんもほとんどがブラジル人です。日本人向けのスーパーとはかなり品揃えが異なるため異国情緒が味わえます。ポンデケージョ(小さい丸いパン)やソーセージが人気です。周辺にシュラスコが食べられるレストランがあるほか、burger’ya(バーガー屋)というそのまんまな名前のレストランがあります。

城之内公園は大泉町城之内、東武小泉線の南側にある公園です。結城持光(後の富岡主税介直光)が1489年に築いた小泉城(富岡城)の城跡の本丸と二の丸を整備した公園で、300本ほどの桜が植栽されていて濠と桜のコントラストが美しい桜の名所となっています。小動物園というほどではないですが園内ではインコや鶏などが飼育されています。


玉村町(たまむらまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

群馬県佐波郡玉村町 主役はあなた! キラリと輝く笑顔のまち 人口36,370人

マスコットキャラクターの「たまたん」と町の花であるバラが描かれています。2014年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

玉村町は群馬県南部にあり佐波郡に属する町です。おおむね北部を利根川、南部を烏川に挟まれた平野部を町域としています。江戸時代に日光例幣使街道(江戸時代の脇街道、徳川家康没後に日光東照宮に幣帛を奉献する勅使が通った)の宿場町玉村宿・五料宿として発展した地域です。現在の玉村町は稲と麦の二毛作が盛んで田園風景が目立ちますが、産業構造は第二次・第三次が殆どを占めており(95%以上)都市化しています。1990年代に人口が急増したため、今後は高齢化が急速に起きると考えられています。

道の駅 玉村宿は玉村町上新田にある国道354号沿いの中~大型の道の駅です。ETC着用車なら関越自動車道のスマートICから入ることもできます。レストラン・直売所などが入っていますが、(株)群馬県食肉卸売市場の直営店「肉の駅」が入っていることが出色で、コロッケやメンチカツなど上州牛を使った商品が人気のようです。

玉村八幡宮は町役場から西に300mくらいのことろにある神社です。1195年に源頼朝が上野奉行安達藤九郎盛長に命じて、鎌倉の鶴岡八幡宮の分霊を玉村町角淵に勧請したことが始まりとされています。朱塗りの本殿は室町様式と江戸初期様式が融合したもので、国の重要文化財に指定されています。また、随神門の向かいにある井田酒造は群馬で二番目に古い酒蔵で、国の有形文化財に登録されています。

北部公園は玉村町上福島にある公園(面積4.7ha)です。遊具や水遊びができる噴水、約2,000㎡の修景池、50種480株を有するバラ園があります。修景池に鴨と鯉がいて餌やりができるほか(事務所で鴨のエサ・鯉のエサ、ザリガニ釣り用の紐+スルメが100円で買える)、週末にはキッチンカーも出ているようです。

玉村町歴史資料館は玉村町文化センター内にあります。当地は143基と多数の古墳を有しているため埴輪・環頭大刀など古墳期の出土品が充実していて、高さ150cm、長さ120cmほどの日本最大規模の馬型埴輪があります(入館無料、月~水曜と祝日は休館)。ときどき埴輪や勾玉つくりの体験学習会が開かれています。


伊勢崎市(いせさきし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

群馬県伊勢崎市 20万市民が健康で安心して暮らせる県央都市 人口208,800人

桜に囲まれた華蔵寺公園(けぞうじこうえん)と同公園遊園地のシンボルである大観覧車「ひまわり」が描かれています。2013年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

伊勢崎市は群馬県南東部にある市です。2005年に旧伊勢崎市・佐波郡赤堀町・東村・境町が合併して誕生した市で、2007年に特例市となっています。桑の生育に適した土壌条件を背景に古くは養蚕が盛んで、明治~昭和には「伊勢崎銘仙(伊勢崎かすり)」と呼ばれる絹織物が盛んに生産されていました。現在は交通網の優位性を活かして県下2位、北関東3県でも有数の工業都市となっています。市全体で人口は増加傾向にありますが、市域中心というよりは郊外での人口増加が顕著であり、商業地も鉄道駅を離れたロードサイド店舗が目立ちます。

華蔵寺公園は伊勢崎市華蔵寺町・堤西町にまたがる都市公園です。面積は26.6haあり、広場・遊園地・陸上競技場など各種運動施設などで構成されています。園内の遊園地はチケット1枚70円からと全国的にみても割安であり、桜・ツツジ・ハナショウブの名所としても知られています。2022年度から2024度の3年計画「華蔵寺公園共生『はな咲く。』プロジェクト」として園内のツツジの再生、水生植物園の再整備・カフェの設置などが予定されています。

伊勢崎オートレース場は伊勢崎市宮子町の広瀬川南岸にあるオートレース場です。東京都競馬株式会社が所有し、伊勢崎市が施設を賃借して開催を行っている関係で地方競馬・中央競馬の場外勝馬投票券売場が併設されています。周辺は近年開発が著しく、ベイシア・カインズ・いせさきガーデンズといった大型商業施設が出店し一大商業地になっています。

田島弥平旧宅は利根川南岸の伊勢崎市境島村にあります(渋沢栄一記念館がある埼玉県本庄市からが近い)。明治初期に広く行われた蚕の養育法「清涼育」を確立した養蚕業者 田島弥平が改築したもので、2012年に国の史跡、2013年に世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」を構成する要素となっています。現在でも人が住んでいるため見学できる場所は少なく、かわりとして近隣に田島弥平旧宅案内所が設置されています。

伊勢崎神社は伊勢崎市本町にある神社で、「いいふくさま」と呼ばれて親しまれています。小さな神社ですが、保食神(うけもちのかみ=穀物を司る神様)のほか27柱を祀っています。本殿には中島飛行機の木製プロペラが「戦地から無事に帰還できるように」との願いから奉納されていて、渡航・航空安全の神様としても尊崇を受けています。上州焼き饅祭(大きな饅頭を焼き上げる祭事)やだるま市で知られるほか、伊勢崎市名物の神社コロッケ発祥の地でもあります(伊勢崎銘仙のお守りも貰える)。

いせさき明治館(黒羽根内科医院旧館))は上記の伊勢崎神社から北側150mくらいのところにあります。伊勢崎藩の藩医などを努めていた今村家が1912年に建造した木造洋風医院建築で、現存するものとしては県内最古のものとなっています。無料で内部が公開されていて、銘仙などの展示があります。


太田市(おおたし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

令和4年7月頃より 太田市ホームページ

群馬県太田市 人と自然にやさしい、笑顔で暮らせるまち 人口219,800人

㊤新田義貞をモチーフにした「よしさだくん」が描かれたもので、背景は新田家家紋の大中黒。2012年からミニバイク50cc以下~125cc以下とミニカー・小型特殊車両を対象に交付。2018年からは従来型の無地も選択できるようになった㊦プロバスケットボールチーム群馬クレインサンダーズのマスコットキャラクター「サンダくん」が描かれたもの。2022年8月1日からミニバイク50cc以下~125cc以下とミニカー・小型特殊車両を対象に1,000枚を交付。

太田市は群馬県南部にある市です。群馬県3位の人口を誇る市で、隣接する伊勢崎市とともに特例市に指定されています。大光院の門前町や日光例幣使街道の宿場町として発展し、戦前には中島飛行機(=中島飛行機製作所・中島飛行機株式会社、九七式戦闘機や零戦などを製造)の原点となった中島飛行機研究所が置かれていました。現在の太田市は中島飛行機の後身であるSUBARUの企業城下町、日野自動車も新田工場をおく自動車産業が盛んなまちであり、北関東随一の工業都市となっています。中心駅となる大田駅の南側は「南一番街」といって、こちらも飲み屋や風俗店が集まる北関東随一の歓楽街となっています。

ぐんまこどもの国(群馬県立金山総合公園)は太田市長手町にある都市公園です。滑り台やアスレチックなど多数の遊具がある公園で、プラネタリウム・サイエンスワンダーランドなどがある児童会館や陶芸・木工教室を行うふれあい工房を有しています。金山山麓の眺望を生かしたサマーボブスレーとパノラマチェアが人気です。

道の駅 おおたは国道17号上武道路沿いにある大型の道の駅です。大型倉庫のような素朴な外観をした施設で、当地の野菜や土産物、植木などが売られています。当地の特産品ということで大和芋を推していて取り寄せもできます。また、木彫り彫刻やスバル360(愛称:てんとう虫)が展示されています。

ジャパンスネークセンターは太田市藪塚町(旧藪塚本町)にあるヘビ類を専門的に展示する動物園です。日本蛇族学術研究所が運営するもので、シマヘビやアオダイショウ、ヤマカガシといった日本に自生するもののほか、キングコブラ、アナコンダ、マンバなども展示されています。また、採毒室では見学者向けにハブの採毒が行われていたりします。隣接して江戸時代をテーマにした三日月村というテーマパークややぶ塚温泉があります。

大光院(義重山大光院新田寺)は太田市金山町にある浄土宗の寺院です。1613年に徳川家康により始祖新田義重を追善供養するために建立されたもので、開山に伴い四哲と呼ばれた呑龍上人を招へいしたことから「子育て呑龍」「呑龍さま」などと呼ばれて親しまれています。また、中島飛行機で製作された一〇〇式重爆撃機(キ49)の愛称もこちらから来ています。

旧中島家住宅は太田市南部の押切町にあります。中島飛行機の創始者 中島知久平(なかじまちくへい)が両親のために建造した1万㎡を越す豪奢な邸宅です。全体の建築様式は和風ですが、内装はステンドグラスや家紋入りのシャンデリア、暖炉など洋風のものがあります。一部が地域交流センターとして一般開放されています(入館無料)。


甘楽町(かんらまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

群馬県甘楽郡甘楽町 心が通う元気あふれる町 人口12,980人

プレート右側にイメージキャラクター「かんらちゃん」が描かれています。甘楽町発足55周年を記念して2014年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

甘楽町は群馬県南西部にある町です。おおむね雄川を中心とした細長い町域を有し、町域北側は平野部で上信電鉄が走る市街地、中央は寺社など歴史的建造物が残る丘陵地、南側は山地となっています。江戸時代初期に小幡藩として織田氏の所領となり、城下町として発展しました。昭和中期まで養蚕が盛んでしたが、現在は野菜・果樹作や観光業に移行していて、県内有数のキウイフルーツの産地になっています。

小幡藩は1615年に織田信長の次男 織田信雄が当地に入封されてできたものです。1642年に小幡陣屋が置かれて藩庁となり、織田家7代の後は廃藩置県まで奥平松平家が4代続きました。甘楽町小幡には、織田信雄が築いた大名庭園 楽山園(国の名勝)や松浦氏屋敷といった武家屋敷があり城下町の風情が残っています。また、町内を流れる用水路 雄川堰(おがわぜき)は名水百選、世界かんがい施設遺産に選ばれています。

道の駅 甘楽は県道46号富岡神流線沿いにある小規模の道の駅です。甘楽町はイタリアチェルタルド市と姉妹都市提携を行っているため、当地の産物の他にイタリア直輸入のワイン・オリーブオイル・バルサミコ酢なども売られています。裏手に旧松井家住宅(江戸時代中期の農家)が移築復元されています。

https://youtu.be/enEj49uyA38

こんにゃくパークは甘楽町小幡の町役場向かいにあるテーマパークです。隣接する株式会社ヨコオデイリーフーズが運営する施設で、もともと「こんにゃく博物館」としていたものが好評だったため、さらに体験型プログラムを付け加えて2014年にリニューアルしたものです。15種類以上のこんにゃくが無料で食べられるバイキングや工場見学、こんにゃくゼリー作りの体験などを行っています(足湯あり)。

めんたいパーク群馬は甘楽町金井の上州新屋駅から北東400mくらいのところにあります。福岡市に本社を置き、明太子の製造で有名なかねふくが各地で運営する同名の施設の一つで、2022年4月にオープンしています。工場見学や明太子の直売所、キッズランドなどをまとめた施設になっています。

甘楽総合公園は甘楽町小幡の雄川の両岸を町が20年ほどかけて整備した面積18haの公園です。野球場やテニスコートといった運動施設、ローラーすべり台など遊具、遊歩道を有しています。甘楽町最大のイベント 小幡さくらまつり武者行列の開催地の一つですが、2022年度は中止となったようです。

ちぃじがき蕎麦とは甘楽町南東部にある秋畑那須地区の蕎麦のことです。傾斜がきつい地域ですから平坦な農地をもたず、ちぃじがきと呼ばれる石垣と段々畑が農業を守り続けています。このあたりの秋畑那須「ちぃじがき」の里と蕎麦屋 那須庵は、春には鯉のぼり250~400流ほどが出てちょっとした名所になっていましたが、執筆現在(R4.10月)は那須庵がコロナ禍による臨時休業となっています。


富岡市(とみおかし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

群馬県富岡市 人と自然と歴史が織りなす豊かなまち 人口47,910人

プレート下側に富岡製糸工場のレンガと「TOMIOKA近代産業発祥の地」のロゴ、右側に富岡製糸工場の工女をモチーフにしたイメージキャラクター「お富ちゃん」が描かれています。2012年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

https://youtu.be/7rndtSdACbc

富岡市は群馬県南西部にあり関東平野の北西端に位置する市です。江戸時代初期に大規模な新田開発が行われ、中山道の脇往還として下仁田街道が開削されたことにより発展した地域です。1872年にはフランスの技術を取り入れた日本初の器械製糸工場である冨岡製糸場が建設され、官営の模範工場の一つとして操業を開始しました。市域はやや東西に長いハート型で、市域中央を東西に流れる鏑川沿いに国道254号と上信電鉄が通り、市街地となっています。市域中央東よりに富岡製糸場、北西部に妙義山、南東部に群馬サファリパークと観光名所を有しています。

富岡製糸場は富岡市富岡の市街地にある日本初の官営模範製糸場です。5.5haほどの敷地を有し、繰糸所、置繭所、乾燥場、女工寮などが保存されています。保存や修理のための工事がどこで行われているかにもよりますが、繰糸場と東置繭所・西置繭所が一般公開されているようです。当時のレンガ積みとしては珍しくフランス積み(=フランドル積み、レンガの長手と小口を交互に積む方式)が採用されています。

妙義山(みょうぎさん)は群馬県甘楽郡下仁田町・富岡市・安中市の境界にある山(表妙義1103.8m、裏妙義1162.1m)で、いくつかのピークを総合して妙義山と呼びます。岸壁や奇岩が立ち並ぶ山として有名で、日本三大奇景の一つとされる山です。山麓の妙義神社まで道路が整備され、道の駅みょうぎ富岡市立妙義ふるさと美術館ほか入浴施設や飲食店などが出ています。なお、妙義山東麓には日本でのワイン生産の黎明期である1880年代にぶどう園が作られていました。

https://youtu.be/ajNzT29v7Wg

群馬サファリパークは富岡市岡本にある動物園です。ホワイトタイガー・シンリンオオカミ・キリン・シマウマなど約1,000頭ほどが飼育されています。自家用車でも入場できますが、ライオンやトラに餌やりができるバスでのツアーもありこちらも人気です。また、サファリパークですが内部にウォーキングサファリゾーンという歩いて観察できるゾーンがあります。

群馬県立自然史博物館は富岡市上黒岩にあります。群馬県の自然史展示を中心に文化・鉱物・ヒト・動物の進化に関する資料が展示されています(入場料:大人510円 高校~大学生まで学生300円 中学生以下無料)。動くティラノサウルスやトリケラトプスの骨格標本、県内で産出した古生物として、神流町の恐竜やヤベオオツノジカなども展示されています。周辺に富岡市立美術博物館・福沢一郎記念美術館や公園などがあります。

一之宮貫前神社(いちのみやぬきさきじんじゃ)は富岡市一ノ宮の信州街道沿いにあります。1400年ほどの歴史のある神社で、古代には朝廷から中世以降は武家からの尊崇を受け上野国一宮となっています。現在の社殿は徳川家第3代将軍家光・5代将軍綱吉によって整えられたものです。主祭神は経津主命と姫大神ですが、太平洋戦争末期に境内のタブノキに蛙に似たサルノコシカケが出現したことから、「勝ってカエル」「無事カエル」として兵士の家族から信仰を集めました。


沼田市(ぬまたし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

群馬県沼田市 森林文化都市、水と緑の大地・田園空間都市 人口46,910人

沼田城址公園の御殿桜と同公園のシンボルの鐘楼が描かれています。市制60周年を記念して2014年から交付されています。

沼田市は群馬県北部にある市です。特徴的なH型の市域を有し、片品川・利根川が合流するあたりが市街地になっています。古くから木材の集積地であり市場町として発展、また中世には沼田城の城下町であったことから真田氏ゆかりの地となっています。443.46k㎡と広大な市域を有していますが(群馬県の7%を占める)、全体の8割近くが森林であり県内の市としては一番人口が少なくなっています。吹割の滝や玉原高原、河岸段丘上から見られる雲海といった自然景観や沼田城、弥勒寺、温泉といった観光名所があります。

沼田公園は沼田市西倉内にある総合公園です(日本の歴史公園100選、市役所から北に300mほどのところにある)。かつての沼田城や捨曲輪および二の丸・三の丸周辺を整備したもので、真田氏の時代に建造されたものと伝えられる石垣が残っています。園内には御殿桜と名付けられたエドヒガンザクラ(樹齢400年ほど)、旧生方家住宅(沼田藩御用達の薬種商の商家)、復元された鐘楼などの見どころがあります。

吹割の滝(ふきわれのたき)は沼田市利根町の片品渓谷にある滝です(国の天然記念物・名勝)。高さ7m幅30mで河床を割くように流れ、そこから水しぶきを上げる様子からこの名称になったといわれています。周辺には遊歩道が整備され900万年前にできた凝灰岩の上を実際に歩くことができます。鱒飛の滝や般若岩といった景勝地が続き、有名な観光地となっています。

道の駅 白沢は沼田市白沢町平出にある国道120号の大型の道の駅です(交差点「道の駅白沢」を南下)。片品川の河岸段丘上に位置し、晴れた日には展望台から赤城山、子持山、上州武尊山などが見られます。白沢高原温泉を引き湯した入浴施設「望郷の湯」と展望レストラン、りんごや当地の野菜を売る直売所、フィールドアスレチック、ドッグランなどが入っています。

迦葉山(かしょうざん、正式名称は迦葉山龍華院弥勒護国禅寺)は沼田市北部の上発知町にある曹洞宗の寺院です。天狗伝説の残る古刹で、迦葉山参りでは最初の年に中峰堂から天狗面を借りて帰り、次にお参りするときに門前で新しい面を買い求めて元の面と添えて納め、また新しい面を借りて帰るという習わしになっています。

果実の里 原田農園は沼田市横塚町にある観光農園です。いちご・さくらんぼ・もも・りんごなどの収穫やアイス・ジャム作りといった体験施設にりんごバウムやパイなど自家製品を売る直売店、食事処がはいった施設となっていて、大型のドライブインといった風情です。

沼田市には酒蔵が2つあります。大利根酒造は白沢町高平にある1902年創業の酒蔵です。代表銘柄として「左大臣」を醸しています。永井本家は下発知町の上発知材木町線沿いにある1901年創業の酒蔵で、こちらは「利根錦」というブランドを有しています。


前橋市(まえばしし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

群馬県前橋市 水と緑と詩(うた)のまち 生命都市いきいき前橋 人口336,200人

赤城山と利根川を背景にキャッチフレーズ「水と緑と詩のまち」、市の花バラが描かれています。2013年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています(従来型と選択式)。

↑動画冒頭のレストランは伊勢崎市韮塚町の国道354号沿いにあります。

前橋市は群馬県の中南部にある市です。北側が細い涙滴型の市域を有し、北側に赤城山、市域西側を利根川が流れています。人口は高崎市に次いで県下2位であり県庁所在地・中核市です。「前橋」の由来としては、江戸時代に当時存在していた車川に架かった橋を指して「厩橋(まやはし)」が改められ前橋と称するようになったといいます。戦前は製糸業で栄え、戦後は工場誘致を積極的に進めて食品加工・輸送用機械の製造に強い工業都市となっている一方で米麦・野菜・果樹など農業も盛んであり、とりわけ畜産の濃密地帯として大規模な養豚・酪農・養鶏が行われています。

楽歩堂前橋公園は県庁・市役所の北側、利根川沿いにある公園です。中央児童遊園(「にっぽんいちなつかしいゆうえんち」をコンセプトとするるなぱあく)や昭和34年に皇太子殿下のご成婚を祝うため鶴の舞う形に造られた「さちの池」、重要文化財に指定されている迎賓施設の臨江閣などが入っています。北西側はグリーンドーム前橋(多目的アリーナ、主に競輪場として使われている)があり、県庁・市役所側にも前橋城の石垣が残り、昭和庁舎(旧県庁舎、国の登録有形文化財)など見どころがあります。

前橋市の商業地はJR両毛線前橋から北側に500mくらい上毛鉄道中央前橋駅近くにあります。前橋プラザ元気21(公民館・こども図書館・子供用のプレイルームを有する施設)やアーツ前橋(美術館)、萩原朔太郎記念館(大正時代の詩人 萩原朔太郎の生家を移築したもの)、前橋市芸術文化れんが蔵(博物館/美術館、工芸の展示のほかマルシェ・演劇・演奏などが行われている)といった文化施設がありますが、商店街の方は寂れた感じがあります。

赤城山(あかぎさん、あかぎやま)は群馬県のほぼ中央にある火山で黒檜山(1,828m)を主峰とするいくつかのピークからなります。日本百名山・上毛三山などに数えられる山で登山は比較的優しい部類になります。山頂近くのカルデラ湖 大沼や覚満淵の湿原、山麓の牧場や赤城神社など見どころが多く、紅葉の名所でもあります。

ぐんまフラワーパークは赤城山南面の前橋市柏倉町にある県立の公園です。広さ18.4haほどで季節ごとに模様替えをするフラトピア大花壇(6,000㎡)、バラ園、日本庭園、5棟の鑑賞音質などを有しています。とりわけサザンカ園は270種ほどを揃え、全国でも屈指の内容とされています。また冬期の11~1月にはイルミネーションが施されます。

道の駅 ぐりーんふらわー牧場・大胡(おおご)は、国道353号沿いにあるオランダ風車がシンボルの道の駅です。バーベキュー場やキャンプ場、花木農産物直売所や遊具などを併設したかなり大規模な施設となっています。牧場内には牛が放牧されていたりうさぎ舎があったりと動物も飼育されています。当地の桜の名所であり、おしゃべりオウムがいることで有名です(気さくな鳥らしく「キバターン」とか「バイバイ」などと喋るらしい)。


みどり市

出典元「日経研調べ ご当地プレート

群馬県みどり市 みどり市はぼくらの故郷 10周年 人口50,270人

市章と市の鳥キジ市の木サクラ市の花カタクリとキクが描かれています。2012年から50cc以下~125cc以下のミニバイク、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

みどり市は群馬県東部にある市です。2006年の平成の大合併により新田郡笠懸町、山田郡大間々町、勢多郡東村の2町1村が合併して誕生しました。北側は足尾山地で、市域を渡良瀬川が北東~南東に向けて流れ、桐生市に挟まれた中部~南部は細くなっています。歴史的には足尾銅山の銅を運ぶあかがね街道の宿場や生糸の集散地として発展した地域です。大間々・東村地域では人口が減少する一方で、南部の笠懸地域では1970年代からずっと人口増加が続いています。

草木ダム(くさきダム)はみどり市東町座間にある利根川水系・渡良瀬川上流部のダムです(旧名は神戸ダム=ごうどダム)。高さ140mの重力式ダムであり、人造湖として草木湖が形成されています。渡良瀬川の氾濫と足尾銅山の鉱毒を防ぐ目的で1965年から1976にかけて工事を行い竣工したものですが、現在はキャンプやボート遊びで有名な観光地になっています。湖畔にはみどり市立富弘美術館があります(近接するドライブインと共に道の駅として登録)。

高津戸峡(高津戸渓谷)は渡良瀬川中域の渓谷で、「関東の耶馬渓」とも讃えられることがあります。ゴリラの横顔に見えるゴリラ岩といった奇岩や紅葉の名所であり、はねたき橋から高津戸橋まで500mほどの遊歩道が整備されています。

桐生競艇場(ボートレース桐生)はみどり市笠懸町にある競艇場で、全国24競艇場では最も北にある競艇場です。2003年までは桐生市が第一施工者として運営していましたが、平成の大合併期に桐生市と阿左美水園競艇組合所属の笠懸町・大間々町・藪塚町の足並みが揃わなかったため現在はみどり市の運営となっています。2014年に公営競技では初となる全面LED証明を採用、またナイター競争発祥の地となっています。

岩宿遺跡(いわじゅくいせき)はみどり市笠懸町にある遺跡です。1946年に在野の考古学者 相沢忠洋氏によって発見された遺跡で、発掘調査により日本に旧石器時代があったことが証明され、旧来の「日本における人類の歴史は縄文時代から」という定説を覆すことになった遺跡です。近隣にみどり市岩宿博物館があり、出土品の展示や詳細な解説を行っています。

小平鍾乳洞(おだいらしょうにゅうどう)は大間々町にある小平の里鍾乳洞公園内にある奥行き93mの鍾乳洞です(入場料金:大人320円、小中学生150円)。ヘリクタイトやボックスワークといった珍しい二次生成物がみられます。明治時代に鉱石の採掘中に発見されて観光地になるも、その後10年ほどでなんらかの理由から入り口が埋まってしまい1984年に再発見されました。周辺には親水公園や食事処、物産館があります。

大間々町博物館(コノドント館)はみどり市大間々町にあり、旧大間々銀行として1921年に建てられた建物です。コノドント(6億年前から1億8千万年前の歯状の動物化石群)を中心に赤城山南麓の自然や歴史といった郷土資料も含めた資料を展示しています(入館料:大人200円 小中学生50円)。


館林市(たてばやしし)

館林市ホームページより

群馬県館林市 やすらぎと活力に満ちた公園文化都市 人口75,440人

「日本遺産里沼」のロゴ、市の花ヤマツツジ、観光マスコットキャラクター「ぽんちゃん」が描かれています。2021年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

館林市は群馬県南東部にあり、上毛かるたにおいて「鶴舞う形」と喩えられる群馬県の頭の部分に相当します。北関東の要として館林城が築かれ、後に徳川四天王の一人 榊原康成や5代将軍綱吉(犬公方)が藩主を務めることになりました。古くから小麦が多く採れる豊かな穀倉地帯で農産物の集散地、現在でも稲・麦を主とした農業が盛んです。製造業では食品加工を得意としていて、ダノンジャパン館林工場やアサヒ飲料群馬工場を有し、日清製粉(旧館林製粉)の創業の地でもあります。市域には沼が多くあり、「館林の里沼」として日本遺産に登録されています。

つつじが岡公園は館林市花山町にある城沼南岸に広がる総合公園です。(国の名勝、日本の歴史公園100選)。その名の通りツツジの名所として有名で、樹齢800年を超えるヤマツツジの巨樹群やアメリカのスペースシャトル「コロンビア」に搭載された「宇宙ツツジ」などを鑑賞できます。また、第2公園には向井千秋子ども科学館や田山花袋記念文学館、旧秋元別邸(明治末期の旧家)などがあり、このあたりは元来館林城の本丸跡地ということもあって土塁などの遺構が少し残っています(カルピスホール北側に土橋門が復元されている)。

茂林寺(もりんじ)は館林市堀工町にある曹洞宗の寺院です。「分福茶釜」の説話(おとぎ話だと「ぶんぶく茶釜」)で有名な寺院で参道に21体の狸の像があります。寺の北側は県の天然記念物であり日本遺産の「里沼」のひとつ、茂林寺沼湿原が湿生植物の生育地として保護されています。

群馬県立館林美術館は館林日向町の多々良沼のほとりにあります。県内2番めの県立美術館として2001年に開館したもので「自然と人間」をテーマとしています。近代~現代の彫刻作品を主体とした展示が多く、フランスの彫刻家フランソワ・ポンポンの作品を多数収蔵しています。また、付近の多々良沼公園の生活環境保全林に沿って多くの彫刻作品を展示しています。

カルピス未来のミュージアムは、館林市大新田にあるアサヒ飲料群馬工場の工場見学施設です。「カルピス」生誕100周年を記念して2019年にオープンしたもので、カルピスの生みの親である三島海雲氏が内モンゴルで体験したエピソードをシアター形式で上映したり、カルピスの香りが体験できる「発酵のへや」、製造ラインの見学などを行っています(要予約)。また、東武伊勢崎線館林駅の西口に日清製粉グループ 製粉ミュージアムや正田醤油本社(発酵レストランをやっている)があります。


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栃木県ご当地ナンバープレート紹介・一覧

原付・小型バイクのご当地ナンバー

【栃木県編】

全47都道府県を網羅 掲載市町村区630以上


四輪自動車の地方版図柄入りナンバープレートはコチラ「地方版図柄入りナンバープレート 一覧 (四輪自動車)」または 地方版図柄入りナンバープレート 関東 (四輪自動車)

栃木県ご当地ナンバープレートの紹介です。地域の観光・グルメ・道の駅情報なども少し扱っています。

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那珂川町(なかがわまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

栃木県那須郡那珂川町 豊かな自然と文化にはぐくまれ やさしさと活力に満ちたまちづくり    人口15,820人

町域を流れる那珂川と鮎、イメージキャラクター「なかちゃん」が描かれています。町制10周年を記念したもので、2015年から50cc以下のミニバイクを対象に限定100枚が交付されました。

那珂川町は栃木県北東部にある町で、2005年に那須郡馬頭町と小川町が合併して誕生しました。町域を流れる那珂川の名前をそのまま取って「那珂川町」としています(福岡県筑紫郡にも同名の町があったが、そちらは市制施行して那珂川市となっている)。町域の2/3が森林で、古くから楮(こうぞ)の産地として和紙の生産や煙草の栽培が行われている地域です。現在の那珂川町は鮎釣りや温泉、キャンプ場といったアウトドアやレジャーの場として知られています。

馬頭温泉郷は那珂川町小口の那珂川に沿った県道298号沿いのあたりをいいます。「夕焼け温泉郷」と呼ばれていて、土産物屋や飲食店が林立しているようなものではなく田園の間にぽつぽつ温泉宿が混じるような牧歌的な風景です。美玉の湯・ゆりがねの湯、まほろばの湯・なかが和苑といった入浴施設や温泉宿があります。

道の駅 ばとうは栃木県道52号矢板那珂川線沿いにある小規模の道の駅です。イノシシ肉や馬刺し、また当地は内水面養殖が盛んであるため、塩分を含む温泉水で養殖したトラフグやホンモロコなどが売られています(高校に水産科があったりする)。蕎麦やアイスも人気のようです。

馬頭広重美術館は那珂川町馬頭にある町立の美術館です(町役場から北200mくらい)。青木コレクションと呼ばれる歌川広重、小林清親、徳富蘇峰の作品関係資料など4,500点ほどを所蔵していて、なかでも「天童広重」(歌川広重が天童藩の依頼で描いた肉筆画群)の所蔵数が多いことで知られています。

小砂焼(こいさごやき)は那珂川町の山間部にある小砂で作られる焼き物です。江戸時代末期に御用瀬戸の焼成に成功し、以来作り続けられています。表面に金をまぶしたように見えることから「金結晶」と呼ばれる釉薬が特徴で、現在でも7軒の窯が稼働しています。


足利市(あしかがし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

栃木県足利市 歴史と文化を育み ひとが輝く都市(まち) 人口149,500人

日本遺産の足利学校とイメージキャラクターの「たかうじ君」が描かれています。2017年からミニバイク50cc~125cc、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

足利市は栃木県南西端にある市です。古くは絹の産地として知られ、奈良時代の昔から織物業が盛んであったようです。同時に足利氏発祥の地であり、八幡太郎 源義家の孫である義康が足利姓を名乗った地域です。現在の足利市は県内で人口4位程度、機械器具・プラスチック・ゴム製品・繊維工業といった製造業を強みとする一方で、トマト・大根など野菜やいちごの名産地となっています。

あしかがフラワーパークは足利市迫間町のJR両毛線あしかがフラワーパーク駅周辺にある花のテーマパークです。もともと堀込町(現:朝倉町)で「250畳の大藤」として親しまれてきた藤を現在の場所に移植し、テーマパークとしたものです。目玉である大藤の棚は樹齢160年、広さ日本一の2,000㎡(1,200畳)を誇ります。花の少ない冬期~春には大規模なイルミネーションが施されることで知られ、日本夜景遺産や日本3大イルミネーションに選ばれています(開園時間・入園料は時期によって異なるため公式HPを確認のこと)。

足利学校は平安時代初期に創設されたとされる(詳しい創設年・創設者については諸説ある)中世の高等学校です。当地の中心駅のJR両毛線足利駅から北西300~400mくらいの県道293号沿いにあり、日本最古の学校として知られています。1868年まで学校として存続、その後図書館として使われていましたが、1990年に建物と庭園が復元され史跡・観光名所として整備されました。

鑁阿寺(ばんなじ)は前述の足利学校の北西側にある真言宗大日派の寺院です。「足利氏宅跡(鑁阿寺)」として国の史跡に指定されていて、本堂は国宝です。寺の境内の四方に土塁や堀が巡っており、鎌倉時代の武士の館の面影が残るため日本百名城の一つでもあります。周辺は足利市の中心市街となっていて、足利市立美術館や松村記念館(木造古民家で撮影会などに利用されている、一般開放は終了)、足利織物館などがあります。

栗田美術館は足利市駒場町にある工芸の美術館(登録博物館)です。伊万里焼・鍋島焼を専門にしていて、コレクションの数は1万点あまりと世界的にみても有数のものです。3万坪といわれる広大な敷地に大小30あまりの施設が建ち、本館の他に歴史館や資料館、食事処などを有しています。フレディ・マーキュリー(イギリスのロックバンド、クイーンのボーカル)がお忍びで日本を訪れた際に参観した施設です。

ココ・ファーム・ワイナリーは足利市田島町にある酒造・食品製造・輸入販売会社です。1958年に当時市立中学校で精神薄弱児学級の担任と生徒により山林が開墾され、しいたけとぶどうを植え付けたのが始まりとされています。同社のワインは、2000年の九州沖縄サミットの晩餐会や2008年の北海道洞爺湖サミットでの総理婦人主催夕食会などで使用されています。カフェと直売店を併設していて、ワイナリー見学(一人500円ガイドあり)やテイスティングができます。

多聞院最勝寺(たもんいんさいしょうじ、大岩山毘沙門天)は足利市大岩町にある真言宗豊山派の寺院です。745年に行基によって開山されたとされ、奈良の信貴山、京都の鞍馬山と並ぶ日本三大毘沙門天として知られています。毎年大晦日に悪口まつり(あくたいまつりとも、「バカヤロウ」などと大声を掛け合いながら山頂の本堂を目指す行事。同時に悪口大声コンクールも開催)、元旦に滝流しの式が行われています。


小山市(おやまし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

栃木県小山市 小さな自慢が、山ほどあります。 人口166,800人

㊤おやまブランド公認キャラクター「開運☆おやまくん」㊦マスコットキャラクターの「政光くんと寒川尼ちゃん」。どちらも思川の流れと小山市原産の桜「オモイガワ」の花が描かれています。2018年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています(無地を含め3種から選択)。

小山市は栃木県南部にある市です。鎌倉時代に下野国守護 小山氏の主要な居城 小山城(祇園城)の城下町として発展、その後の江戸時代になると日光街道の宿場町または江戸につながる思川の舟運が盛んになり、多くの河岸が設けられていました。現在の小山は栃木県下人口第二位の内陸工業地帯として知られていますが、市西部の思川右岸と市東部の吉田用水・田川・鬼怒川流域は水田地帯であり、ハトムギや結城紬といった産物でも知られています。近年はJR東日本小山駅東口周辺で人口増加が続き、道の駅思川、おやまゆうえんハーヴェストウォーク、イオンモール小山といった商業面でも発展が見られます。

おやまゆうえんハーヴェストウォークは小山市喜沢にあるショッピングセンターです。2005年に閉園した小山ゆうえんちの跡地に2007年に開業したもので、小山ゆうえんちから引き継いだメリーゴーランドや、今はベンチになっているアトラクションで使用されていたコーヒーカップがあります。また、おやまゆうえんちから分離・独立した小山 思川温泉という日帰り入浴・宿泊施設が隣接しています。

道の駅 思川は思川西岸の国道50号沿いにある大型の道の駅です。小山市と姉妹都市であるオーストラリアケアンズの風の外観となっています。物産館の物語館、食堂のさくら館、コミュニティーセンターの小山評定館で構成されていて、ケーキ屋・鯛焼き屋・たこ焼き屋・パン屋など一通り揃っています。

祇園城址(小山城)は、1148年に小山政光によって創建されたとされる城で、中喜久城・鷲城とともに鎌倉時代に下野国守護を務めた小山氏の主要な居城でした。現在は城山公園として整備され、建物は残っていませんが、国の史跡として空堀や馬出しなどがみられます。同城は思川の河岸段丘の上に築かれているため、関東の富士見百景の一つに選ばれています。また、近隣の市役所前に関ケ原合戦前の1600年に行われた「小山評定跡」の碑が建っています。

小山市立車屋美術館は旧日光街道沿いの小山市乙女にある美術館です(自動車の博物館ではない)。国の有形文化財に登録された江戸~明治時代の豪商 小川家の米蔵を改装したもので、主屋・庭園とともに一般公開されています(入館料は企画展ごとに異なる。旧家の小川家住宅の方は大人100円、高校・大学生50円、中学生以下無料)。

間々田紐(間々田組紐)とは小山市間々田で作られる、草木染をした絹糸を手組みした紐のことをいいます。組紐は昔は兜の緒や刀の下げ緒などに用いられたものですが、現在は携帯ストラプやブレスレット、ループタイなども作られています。当地には間々田ひもという工芸店があり、組紐体験を行っています。

間々田八幡宮は小山市間々田にある神社です。今から1,300年ほど前の奈良時代中期に創建されたものとされ、939年には藤原秀郷が平将門討伐のため戦勝祈願に訪れています。また、1189年に源頼朝が奥州藤原氏討伐のおりに参拝し、手ずから松を植えたとされています。広大な境内は約2万坪に及ぶとされていて、一部が間々田八幡公園として開放されています。当地の猫神社や間々田のジャガマイタ(15mを超える蛇=じゃをかついで五穀豊穣・疫病退散を祈祷する行事)の会場として知られています。


鹿沼市(かぬまし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

栃木県鹿沼市 いちごいちえ 人口98,370人

苺とシンボルキャラクターの「ベリーちゃん」が描かれています。2019年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

鹿沼市は栃木県中部にある市です。市域西側は足尾山地、東側が市域を流れる思川・黒川・大芦川などの河川が形成する河岸段丘と低地になっていて、市街は東側にあります。鎌倉時代から日光山など山岳信仰の宿場として発展、1617年に日光東照宮が完成すると日光例幣使街道の宿場町 鹿沼宿として発達しました。現在の鹿沼は宇都宮市のベッドタウン、プラスチック・電子部品・電気機械を主とする製造業といった比較的新しい形態と、江戸時代から行われる木工、サツキや鹿沼土(園芸用土)、そばの生産といった伝統的な産業が混在しています。2016年に市のイメージアップのため「いちご市宣言」を行い、市の果実として苺を採用しています。

まちの駅 新鹿沼宿は国道121号沿い(352号との重複区間)にある複合商業施設です。まちの駅は地域住民や来訪者が自由に利用できる休憩場やトイレスペースを有し、交流を促進する公共的スペースをいいますが、ほとんどのまちの駅は小売店舗であり規模が小さいものです。こちらのまちの駅は観光拠点としてオープンしたもので、そば屋などレストランが入る本館、物産館、屋台村を有し、実質的に道の駅と同等の規模になっています。

千住山公園(せんじゅさんこうえん)は鹿沼市千住町の高台の眺望を利用した公園です。小さな遊園地を有していて観覧車やおとぎ電車、ジェットスター(飛行機の乗り物)などがあります。また、当地の桜やツツジの名所として長らく親しまれています(乗り物一回50円とお安い)。

蝋梅の里は鹿沼市上永野にあるロウバイ園です。ロウバイは1~2月に黄色い花を咲かせる花木で、水仙に似た香りが特徴です。当地には500株4,000本のロウバイが植栽されていて、原種・基本種・満月・素心の4種を楽しむことができます。花期には近くに土産屋が出てロウバイの香水や自然薯などを販売しています。

今宮神社は鹿沼市の市役所の向かいにある神社です。782年に創建されたとされる神社で、第同年間(806年 ~ 810年)に日光三所大権現を勧請したことから日光二荒山神社の分社的なものとされます。例大祭として行われる曳山祭りは近隣34か町から一斉に囃子屋台が巡幸する大掛かりなもので、ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」33件のうち一つとなっています。また、27台ある屋台のうち13が江戸時代の製作です。


真岡市(もおかし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

栃木県真岡市 No.1 ICHIGO CITY 人口78,720人

全国いちごサミット開催と苺の生産全国一に輝いたことから、苺が描かれたものです。2019年の11月から交付されていて、ミニバイク50cc以下1,500枚、50cc~90cc以下250枚、90cc~125cc以下250枚の交付が予定されています。

真岡市は栃木県南東部にある市です。旧芳賀郡の南西部にあたる地域で、2009年に旧二宮町(苺の名産地で町名は二宮尊徳にちなむ)を編入して現在の市域としています。市域東側は八溝山地、西側は鬼怒川が流れる田園地帯、その間の真岡台地あたりが市街地となっています。古くは木綿の名産地でしたが、現在は苺やナス、米、メロンなどの栽培が盛んです。また、昭和30年代ごろから内陸型の工業地帯として開発が進んでいます。市名の「もおか」の由来として「かつては沼沢地であり、鶴が舞う様子から舞岡>真岡」や「アイヌ語で風の通り道を意味するマオカから」といった諸説あり、判然としていません。

SLキューロク館は真岡鐵道真岡駅(駅舎は機関車をモチーフにしたもの)の東口にあるSLミュージアムです。キューロクというのは国鉄9600型蒸気機関車のことで、大正時代に大量生産され長らく一般的だった型式です。他にスハフ4425号(旧型の客車、青函連絡船羊蹄丸船内で展示されていたもの)、D51 146といった展示があり、49761号とD51 146号については実際に展示用の線路を走ることができるようです。

道の駅 にのみやは真岡市久下田にある国道294号二宮バイパス沿いの道の駅です。小規模の道の駅です。当地はいちごの名産地ということがあり、とかくいちご推しでいちご、ケーキ、ジェラートなどが人気です。また、真岡市ご当地グルメとして「赤いか」(スルメイカを煮て赤く色をつけたもの)を焼きそばに乗せたものが販売されています。

井頭公園(いがしらこうえん)は真岡市北側の下籠谷・上鶯谷にある都市公園です。日本の都市公園100選に選定されている公園で、93.3haと広大な園内には花ちょう遊館(オニオオハシや蝶のいる温室)・一万人プール・釣り堀・フィールドアスレチック・バラ園・レンタサイクルなどを備えています。井頭池を中心にコナラやクヌギなどの雑木林が広がり、当地の紅葉の名所となっています。

二宮尊徳資料館は真岡市物井にある施設です。二宮尊徳は江戸時代後期に道徳と経済の両立を唱え、小田原藩や幕府のために荒れた農村の復興を指導した人物です。小田原市にある二宮尊徳記念館や報徳博物館が有名ですが、こちらの資料館には桜町(当時小田原藩主大久保家の分家の所領だった)仕法の資料や遺品の数々、二宮尊徳が36年過ごした桜町陣屋跡が残っています(入館無料)。

真岡木綿は真岡市で作られる木綿を指します。当地で織られる木綿は丈夫で、絹のような肌触りの良さから江戸時代の文化文政年間~天保年間(1804年~1844)に隆盛を極め、当時江戸で仕入れられた木綿の8割を占めたといいます。その後の開国に伴って衰退し、昭和初期には生産されなくなっていましたが、1986年に真岡木綿保存振興会が発足して復刻しています。真岡市荒町に真岡木綿会館があり、機織り・染色の体験や真岡木綿の手ぬぐいの販売などをしています。


佐野市(さのし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

栃木県佐野市 育み支え合うひとびと 水と緑と万葉の地に広がる交流拠点都市 人口118,900人の市

ブランドキャラクターの「さのまる」が描かれています。2014年に市制10周年記念としてミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

佐野市は栃木県南西部にある市です。南北に長い市域を有し、北部~中部にかけて足尾山地の南面、市域南側の秋山川流域と渡良瀬川北岸に田園と工業団地、住宅と商業地などが集中しています。古くは藤姓足利流氏庶流の佐野氏が拠点として唐沢山城を築き、江戸時代からは佐野城が築城されて城下町と日光例幣街道の宿場町 天明宿が発達しました。現在の佐野市は東北自動車道と北関東自動車道が走り、市内に3つのICを有する高速交通の要衝となっています。かつては絹と木綿両方の繊維を産出することで両毛地方の繊維産業を支えていましたが、近年はサービス・観光業への転換が図られています。

佐野プレミアム・アウトレットは佐野市越名町の東北自動車道の佐野藤岡ICと国道50号が交わる辺りにあります。佐野新都市という計画都市の商業地として開発されたあたりとなります。同アウトレットモールは、チェルシージャパン(三菱地所・サイモン株式会社)の御殿場、りんくうに次ぐ3番めのアウトレットモールとして2003年から操業しています。アメリカ東海岸風の施設に180ほどの店舗が入っていて、イオンモール佐野新都市が隣接しています。

惣宗寺(そうしゅうじ)は佐野市金井上町にある天台宗の寺院です。一般には「佐野厄除け大師」として知られ、関東の三大師の一つです。944年に藤原秀郷が創建したものとされる古刹で、1602年に佐野城が築かれたため現在の位置に移転しています。関東では年末のCMでおなじみの寺で、正月には100万人以上の参拝客が訪れるそうです。境内に足尾銅山鉱毒事件で反対運動の中心となった田中正造の墓があります。

出流原弁天池(いずるはらべんてんいけ)は佐野市出流原町(赤見温泉)にある周囲138mの池です。池を構成するのは鍾乳洞から湧出する湧水で、栃木県の天然記念物や名水百選に選定されています。近くにまちの駅 名水「弁天池の駅」(軽食・カフェ)や温泉旅館(日帰り入浴あり)、赤見温泉フィッシングフラワーパークという湧水を使った釣り堀や豆腐店があります。

唐沢山城は佐野市富士町・栃本町にある城跡です(続日本の百名城の一つ)。唐沢山(247m)山頂を本丸として一体に曲輪が配された山城で、上杉謙信から10度の攻城を受けたが度々撃退して謙信を悩ませたとされています。関東の古城としては珍しく高い石垣が組まれているのが特徴です。当地の紅葉の名所、または猫神社(唐沢山神社・足尾神社)として親しまれています。


下野市(しもつけし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

栃木県下野市 思いやりと交流で創る新生文化都市 人口60,720人

市章と道の駅しもつけのイメージキャラクター兼市の観光大使「カンピくん」が描かれています。2013年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

下野市は栃木県中南部にある市です。2006年に南河内町・石橋町・国分寺町が合併してできた自治体で、市北部の石橋は宇都宮都市圏、南部の南河内と国分寺は小山都市圏に属しています。市域はおおむね平坦で東側に鬼怒川と田川、西側に思川と姿川が流れています。市域中央を南北に縦貫するJR東日本東北本線沿いが開発されて市街、東西は概ね田園となっていて郊外を形成しています。一般的には「かんぴょうの生産日本一」で知られていて、スイートコーン・山芋・大根・ほうれん草などの生産も盛んですが、平成2年~22年の20年の間に第一次産業従事者は半減しています。

道の駅 しもつけは国道4号沿いにある大規模の道の駅です。農産品直売所・スイーツの店・ベーカリーや鯛焼き鮎の塩焼きなど軽食など取り揃えてあり、レストラン・キッチンカー・スタバ等々食事も選べる程度には店舗があります。江川五千石土地改良区内で作付けされた酒米(山田錦)が山口県の旭酒造に引き渡され、栃木の酒米でつくられた「獺祭」(だっさい、純米大吟醸の日本酒の銘柄、安倍晋三元首相が人気中にアメリカの大統領バラク・オバマ氏に送ったことで知られる)が販売されています。

グリムの森は下野市下古山にあるグリム童話をテーマにしたコミュニティ・パークです。旧石橋町がドイツヘッセン州のシュタインブリュッケン村(「石の橋」という意味、現在はディーツヘルツタール)と同名のよしみで姉妹都市となったことから整備されたものです。「黄金のがちょう」や「七人のこびと」など童話をイメージした園内になっていて、ドイツ風のグリムの館(多目的ホール、コミュニティホールや図書コーナーを兼ねる)があります。

天平の丘公園は下野市国分寺にある史跡公園です。東西に600mほどの間隔で並ぶ下野国分寺跡と国分尼寺跡の周辺を整備したもので、園内に付近一帯の古墳の出土品を展示するしもつけ風土記の丘資料館を有しています。日本三大桜(神代桜・薄墨桜・三春滝桜)と石割桜の子孫樹など桜がたくさん植栽されていることから当地の花見の名所となっています。

下野星宮神社は下野市下古山にある神社です。近年、境内で珍しい金色のもぐら(調査の結果アルビノ個体と判明した)が発見されたということで金運・開運の神社として親しまれている神社です。当のモグラは剥製になっていて拝見することができます。また、ビニール製のトトロ(高さ5mくらい)が神社入り口脇にあり「トトロ神社」とも呼ばれています(当地のかかし祭りで出品されたものらしい)。


日光市(にっこうし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

栃木県日光市 四季の彩りに風薫るひかりの郷-自然と歴史と産業が響き合う こころ豊かな輝く未来へ- 人口80,240人

観光キャラクターの「日光仮面」が描かれています。2013年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

https://youtu.be/Nx5OmJIr9pI

日光市は栃木県北西部にある市です。2006年に旧日光市・足尾町、藤原町、栗山村が合併して誕生ました。全国3位、関東では最大の面積を誇る市ですが市域の87%は森林で、市街は鬼怒川支流の大谷川(だいやがわ)沿いに発達しています。古くは鎌倉時代以前から修験道の修行場や山岳信仰の聖地、江戸時代に徳川家康・家光ら初期の将軍によって日光東照宮が開かれると日光街道と日光例幣使街道が整備されて発展しました。明治時代には外国の日本駐在大使館・領事館の別荘が集積し、国際観光都市として知られるようになりました。現在の日光は社寺や鬼怒川温泉、自然景観などを活かした観光業と製造業(化学・非鉄金属等)のバランスが取れた市となっています。

日光は歴史的には日光東照宮、日光山輪王寺、日光二荒山神社の二社一寺の門前町として発展してきました。現在二社一寺を含め103棟の建造物群と遺跡が世界遺産「日光の社寺」として登録されています。二社一寺は大谷川北岸の日光市山内に固まってあり、南西側に門前町としてレストラン・カフェ・土産屋などが出ています。

鬼怒川温泉は鬼怒川上流域にある温泉郷です。箱根や熱海と並んで「東京の奥座敷」と呼ばれる温泉で、江戸時代に発見され、当時は日光詣帰りの僧侶や大名のみが入浴を許されたといいます。40軒ほどのホテル・旅館などがあり年間200万ほどの宿泊客を誇る観光地で、周辺に日光江戸村東武ワールドスクエア、おさるランド&アニタウン(日光さる軍団)といった観光客向けの施設があります。また、温泉街の対岸は遊歩道となっていて楯岩大吊橋や展望台、おさるの山(ロープウェイで行くことができる小動物園)などがあります。

道の駅 日光(日光街道 ニコニコ本陣)は国道119号沿いにある小~中規模の道の駅です。農産物直売所・コンビニ・彫刻屋台の展示・塩谷郡塩谷町生まれの船村徹氏(作曲家)の記念館などから構成されています。日光市今市の市街地にあることもあり、周辺にはレストラン、カフェなど商業地となっていて観光拠点として機能しています。また、近くに渡邉佐平商店(当地の地酒を作っている酒蔵、見学は要予約・無料)や当地で没した二宮尊徳の墓と報徳二宮神社があります。

日光彫(にっこうぼり)とは日光市特産の木彫り彫刻で、トチノキ・ホオノキ・カツラなどを乾燥させて使用します。三代将軍家光が日光東照宮の大造替(1634年ごろ)の折に、当地に集めた彫刻師が余暇で彫刻を作って売ったことが起源とされます。日光市所野に日光木彫りの里工芸センターがあり、日光彫の展示・体験を行っています(R4.4月から一時休館していたが再開した)。


茂木町(もてぎまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

栃木県芳賀郡茂木町 人を活かす、地域を活かす、環境を活かす 強いまちづくり 人口11,780人

町の花キキョウ、町木ケヤキ、町の鳥ウグイスが描かれ、「もてぎまち」のルビが振られています。2013年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

茂木町は栃木県南東部にある町で芳賀郡(はがぐん)に属しています。鎌倉幕府の御家人 八田知家(小田城を築いた小田氏の始祖)の三男 知基が茂木城を築き、茂木氏を名乗ったことから城下町として発達した地域です。町域北側は棚田が広がる田園、南側は山地となっており、市街は中部の那珂川水系の逆川(さかがわ)流域に広がっています。一般的にはモビリティリゾートもてぎ(元ツインリンクもてぎ)が有名で、戦前は葉たばこの一大産地でしたが、現在はゆずが特産品となっています。市域の2/3が森林であることから林業が行われていて、町の学校は木造・木質化しています。人口減少が深刻な地域で、2005~2015年では19.6%、2015~2020年で9.7%減少しています。

モビリティリゾートもてぎは1997年に本田技研が「ツインリンクもてぎ」の名称で開業したサーキットで、四輪のSUPER GTや二輪のMotoGPの日本グランプリ(パシフィックグランプリ)といったレースが行われています。ホテルやハローウッズ(木工やアウトドアクッキング、アスレチックなど自然体験の施設)、ホンダコレクションホール(技術博物館)などがあります。

道の駅 もてぎは国道123号沿いの大型の道の駅です。裏手を真岡鐵道が通っているためSLが走るのを見ることができます。農産物直売所・レストラン・商工館(みやげ屋)・菓子屋と防災館(災害時避難所)などで構成されていて、特にゆずやいちごを使った菓子が人気のようです。また、レストランにはご当地グルメのゆず塩ラーメンがあり、当地のゆずで作ったゆず酢をかけて食べられます。

茂木城(桔梗城)は1190~1199年の間に茂木知基によって築城された城です。現在は城山公園として整備され、堀切・出丸など曲輪が良好に残っています。本丸は高く、堀切は水堀になっていたようで現在でもぬかるんでいます。園路には桜・紫陽花などが植栽されていて、当地の彼岸花やロウバイの名所となっています。

大瀬観光やなは茂木町大瀬の県道338号芳賀茂木線の那珂川にかかる大瀬橋の北側に毎年7月~10月に設置されるやな場(アシや竹の繊維等を編んだすだれのようなもので、川を下る魚を捕まえるもの)です。那珂川では最大の規模を誇るやな場で、天然遡上の鮎を手づかみで取ることができます。近くの食堂は年中営業していて、鮎の塩焼き・フライ・唐揚げ・刺し身、鰻重などが食べられます。


栃木市(とちぎし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

栃木県栃木市 “自然”“歴史”“地域”“人” それぞれに生み出す流れが大河を創り 悠久の流れが未来を築く 新生・栃木市 人口159,200人

市内を流れる巴波川(うずまがわ)の流れと蔵造りの建物、マスコットキャラクター「とち介」が描かれています。2014年の新生栃木市誕生を受けて同年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています(125cc以下のピンク、小型特殊の緑ナンバーは在庫切れにつき交付終了)。

栃木市は栃木県南部にある市で、2014年に隣接する下都賀郡岩舟町を編入して現在の市域となっています。江戸時代に巴波川の舟運を生かした物資の集散地、また日光例幣使街道の宿場町として発展した地域です。明治4年の廃藩置県によって栃木県ができるとしばらくの間栃木県庁が置かれていました。現在の栃木市は、電気機械と自動車産業、飲料・たばこ・飼料などを得意とする内陸型工業地域である一方で、市西部の三毳山(みかもやま)と大平山、南部の渡良瀬遊水地といった自然景観、市街地に残る蔵造りの建物を活かした観光地としても知られています。第一次産業も盛んであり、米・麦・各種野菜など農業を主として、林業や畜産も行われています。

嘉右衛門町伝統的建造物保存地区は、栃木市嘉右衛門町及び泉町あたりの東西320m、南北650m、面積9.6haが指定されています。見世蔵や土蔵が並び、巴波川の流れや陣屋跡の緑とよくマッチして歴史的情緒を醸しています。蔵の街遊歩道、塚田歴史伝説館、山車会館や昭和レトロな銭湯などがあり、駅の北側に市役所まで1kmほど商業地が伸びています。また、観光客用に蔵の街遊覧船が出ています。

岩下の新生姜ミュージアムは栃木市本町の小山両毛線沿いにある企業博物館です。「岩下の新生姜」で知られる岩下食品が運営する施設で、イワシカ(ピンクの鹿)やなごみちゃん(同じくピンクのアルパカ)といったキャラクターと一緒に1899年創業の同社の歴史や酢漬けの製造法を学べます。なお、併設のカフェ ニュージンジャーは「新生姜は漬物」という固定観念を捨て、自由な発想で新生姜を使用しているようです。

みかも山公園は、栃木県佐野市と栃木市にまたがる三毳山(標高229m)の南側を整備した県営の広域公園です。面積165.9haと県内最大級の公園で、ハーブ園・カタクリ群生地・日本庭園・湿生植物園のほかアスレチックやローラーすべり台など遊具、物産館とカフェ、フラワートレイン(有料)などを有しています。南口駐車場は道の駅 みかもと隣接していて佐野市の佐野プレミアム・アウトレットやイオンモールにも近く、東口にはとちぎ花センター(温室のある植物園)といわふねフルーツパーク(いちご、梨、ぶどう狩りなどができる観光果樹園、直売所とジェラート屋を併設)があります。

道の駅 にしかたは栃木市西片町元国道293号沿いの中規模の道の駅です。物産館とレストランを兼ねたよくある道の駅ですが、近くにドラッグストアと入浴施設があり、車中泊には便利が良さそうです。また、周辺の思川沿いは「金崎の桜堤」といって200本ほどの桜並木があり、栃木の景勝100選に選ばれています。

出流山満願寺は栃木市出流町にある真言宗智山派の寺院です。弘法大師作の千手観音菩薩を本尊とする寺院で坂東三十三観音霊場の十七番札所であり、765年に創建されたと伝えられています。「子宝祈願」として奥の院の鍾乳洞(拝観料300円)が有名ですが、参道はかなり険しいものとなっています。


野木町(のぎまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

栃木県下都賀郡野木町 水と緑と人の和でうるおいのあるまち 人口25,050人

マスコットキャラクターの「のぎのん」が描かれています。2014年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

野木町は栃木県南部にある町で下都賀郡に属しています。江戸時代に日光街道の野木宿として発展、町域のほぼ全域が関東ローム層からなる平地で昔から農業が盛んな地域です。東京まで60kmという立地から、1970年代頃からベッドタウン化による人口増加がありましたが1995年あたりをピークに減少傾向に転じています。町南西部は渡良瀬遊水地と接し、よしず作りが伝統工芸となっています。

ひまわりフェスティバルは野木第二中学校の南側で毎年7月末に行われています。1992年から行われている行事で、面積4.3haの畑に30万ほどのひまわりが咲く当地の風物詩になっています。ポニーやトラクターでも遊覧でき、出店やステージパフォーマンスがあります。時期が夏であり、畑には日陰が少ないので暑さ対策をしていくのがよいでしょう。近年は南へ600~700mくらいのところに休耕地を活かしたコスモス畑が形成されて、こちらも人気があります。

野木煉瓦窯は旧日光街道西側の野木町野木にあります。ホフマン窯と呼ばれる環形のレンガ窯で、1890年から1971年までの間多くの赤レンガを生産し、近代化産業遺産群の一つ・国の重要文化財となっています。近くに野木ホフマン館という交流センターがあり、窯内の見学を行っていたりカフェがあったりします。

野木神社は旧日光街道の西側、野木小学校の北西にある神社です。仁徳天皇の時代(およそ1,600年前)に奈良別王が下野国国造として当地に赴任した際菟道稚郎子(仁徳天皇の異母弟)の遺骸を奉じたとされる神社です。フクロウの生息地、またはニリンソウの群生地として知られる神社で、境内の大イチョウ(推定樹齢1,200年ほど)には母乳がよく出るようになるご利益があるとされています。


高根沢町(たかねざわまち)

高根沢町HPより

栃木県塩谷郡高根沢町 くらし 高まる たかねざわ 29,530人

米俵の形をしたプレートに町のキャラクター「タンタン・モモタン」が描かれています。2015年からミニバイク50cc以下~125cc、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

高根沢町は栃木県中央東部にある町で塩谷郡に属しています。古くから米作りが盛んで、現在の高根沢も町域が約6割が農地、そのうち6割が水田に利用されています。皇室で用いる農産物を生産している宮内庁御料牧場があり、令和の大嘗祭(=だいじょうさい・おおなめまつり、新天皇が即位した際に行われる宮中祭祀)では当地で収穫された「とちぎの星」というお米が採用されました。

鬼怒グリーンパークは高根沢町の西部を流れる鬼怒川の河川敷にある「水とのふれあい」をテーマにした公園です。宇都宮市白沢と高根沢町にまたがっていて面積は32.3ha、高根沢町川にはゴルフ場・ボート・水上アスレチック(1周の料金:小中学生150円、高校生・一般300円)・コスモスの花畑などがあります。当地の中心市街から近く人気のある公園です。

道の駅 たかねざわ 元気あっぷむらは高根沢町上柏崎にある道の駅です。2020年にオープンした施設で、ホテル・グランピング施設にレストランやジェラート屋、ショップを併設した大型の観光施設となっています。入浴施設として高根沢温泉(ナトリウムー塩化物泉、弱アルカリ)を有しています。2022年9月に沖縄フェアが開かれており、ヤギ肉の串焼きが好評でした。

宝積寺駅(ほうしゃくじえき)はJR宇都宮線の駅で高見沢町の中心駅となっています。同駅は1899年に開業したものですが、2008年に隈 研吾(建築家、国立競技場などを手掛ける)氏の設計事務所が手掛けたものに変わっていて、木材を幾何学状に組んだ天井がシンボルとなっています。また、東口に同設計事務所が手掛けたちょっ蔵広場ができています。

安住神社(やすずみじんじゃ)は高根沢町南部の上高根沢にある神社です。899年に大阪府の住吉大社から分霊されたもので、安産と家を守るご利益があるとされています。バイクに特化したお守りやお祓いをしてくれるバイク神社の認定第一号となっています(なぜかバイクで訪れると缶コーヒーがもらえるらしい)。


壬生町(みぶまち)

壬生町ホームページより

栃木県下都賀郡壬生町 活力と創意が生きる 希望に満ちたまち・みぶ 人口39,160人

「おもちゃのまち」をテーマにしたデザインで、壬生町特別広報官の「壬生むつみ」が右上側に描かれています。2020年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に数量限定で交付されています(50~90cc以下は交付終了)。

壬生町は栃木県南央部にある町で下都賀に属しています。15世紀に築かれた壬生城の城下町、その後は日光西街道の宿場町として発展した地域です。1964年から輸出玩具団地が開発され、1965年にはトミーやバンダイなど11社が入るおもちゃ団地が操業を開始したため、当地は「おもちゃのまち」という広域地名と東武宇都宮線おもちゃのまち駅を有しています。また、約300年前に近江国からかんぴょうの製造が伝えられたことから、栃木県のかんぴょう生産発祥の地として知られています(かんぴょう生産は栃木県単独でほぼ全国の消費を賄っている)。

おもちゃのまちバンダイミュージアムはおもちゃのまち駅から東400mくらいのところにある博物館です。日本のおもちゃ、海外のおもちゃ、エジソンの発明品などからなる3万点以上のコレクションを展示しています。ガンダム、戦隊、仮面ライダーやプリキュアや100年前の炭鉱のジオラマ、イギリス製の蒸気機関車などが展示されています(入館料:大人1000円 4歳から中学生まで600円)。

とちぎわんぱく公園は壬生町の中央、北関東自動車道の北側にある都市公園です。生け垣の迷路や花壇、噴水やカヌースポットなどがある公園で、駄菓子屋さんがあったり縁日が出ていたりヤギが飼育されていたりします。園内に壬生町おもちゃ博物館があり、持ち込みで壊れたおもちゃの復元をしてくれる「おもちゃ病院」を併設しています。

道の駅 みぶ(みぶハイウェーパーク)は県道71号羽生田上蒲生線の道の駅です。北関東自動車道の壬生PAに隣接していてハイウェイオアシスになっています(上下線・一般道共用)。上記のとちぎわんぱく公園とも隣接している日本一広い道の駅です。農産物の直売所・食堂・土産屋・フルーツパーラーなどがはいっています。

壬生町の「お殿様料理・お姫様料理」は下野壬生藩の第4代藩主 鳥居 忠燾(とりい ただてる)の「御献立帳」(大名が食した料理が一ヶ月間記されたもの)からの再現、もしくは現代風にアレンジされた料理で、町内7つの飲食店で提供されています。町の名物として「みぶブランド」となっていて、2022年に歴食(歴食サミットで認定される「歴史的なストーリーを有した、価値ある食事」)に認定されています。


原付のご当地ナンバー都道府県別目次はコチラ

 

茨城県ご当地ナンバープレート紹介・一覧

原付・小型バイクのご当地ナンバー

【茨城県編】

全47都道府県を網羅 掲載市町村区630以上


四輪自動車の地方版図柄入りナンバープレートはコチラ「地方版図柄入りナンバープレート 一覧 (四輪自動車)」または 地方版図柄入りナンバープレート 関東 (四輪自動車)

茨城県ご当地ナンバープレートの紹介です。地域の観光・グルメ・道の駅情報なども少し扱っています。

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古河市(こがし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

茨城県古河市 風格と希望に満ちた“いきいき古河” 人口138,400人

市の花 ハナモモと足利成氏(あしかがしげうじ)の幼少期をモデルとした「万寿王丸」が描かれています。合併10周年記念として、2015年から、50cc以下のミニバイクを対象に2000枚が交付されています。

古河市は茨城県の県西地域にある市です。2005年に旧古河市・総和町・三和町が新設合併して現在の市域としています。関東平野のほぼ中央部にあたり市域はほぼ平坦、南部に利根川、西部には渡良瀬川が流れています。栃木・群馬・埼玉・千葉・茨城の県境に近く、北関東圏の交通の結節点となっています。室町~戦国時代に古河公方(関東足利氏)の本拠、江戸時代には古河藩の城下町や日光街道の宿場町 古河宿として栄えた地域です。1958年に東北本線が電化され、首都圏のベッドタウンとして人口が増加したため、現在の古賀市は東京のベッドタウン、食料品加工・輸送用機械を得意とする工業都市の2つの面を有しています。旧古河宿の辺りは史跡など古い街並みが残り、「関東(または坂東)の小京都」とされています。

古河駅は古河市域の北西部にあるJR東日本東北本線の駅です。1885年開業の日本鉄道大宮ー宇都宮間に設置された駅で、茨城県では最初に開業した駅です(当時は利根川の架橋が済んでいなかったため、鉄道連絡船が運行していた)。古河市内には駅が1つしか無いため(東武日光線新古河駅は埼玉県加須市にある)当地の中心駅となっていて、周辺は商業地になっています。駅西側は元古河城の城下町・宿場町にあたり、古河歴史博物館篆刻美術館(はんこの美術館)、古河文学館、鷹見泉石記念館(旧武家屋敷、無料で見られる)といった美術館・博物館があります。

古河総合公園は古河市鴻巣にある都市公園です。面積は22.4haで約2,000本のハナモモが植栽された桃園や大賀ハスの蓮池、古民家や孔雀小屋などがあります。公園南部(古河公方公園)は古河公方がかつて館を構えた場所で、半島状の台地を囲むように御所沼が広がっています。また、園内に古河公方 足利義氏の墓があります。

サンワ設計 ネーブルパークは古河市駒羽根にある公園です。広さ17.6haあり、アスレチックやポニー牧場・地下迷路・釣り堀・ミニSL・バーベキュー場などを備えています。関東の「へそ(中心)」にあるということで「へそ」を意味する「ネーブル」パークとしています。古民家内で農具の展示や、工芸館で陶芸・木工の体験も行われています。

雀神社は古河市宮前町にある神社です。社伝によると崇神天皇(第10代天皇、古墳時代の人)の時代に創建されたものとされ、「雀」は鎮社(しずめのやしろ)から来たとされます(昔このあたりを「雀が原」といったことからとする説もあり)。現在の社殿は1605年に造営されたもので市の文化財になっています。猫神社、ないしアオバズクが生息する神社として親しまれています。境内の大ケヤキは二本の木が合体していることから「夫婦欅」と呼ばれて親しまれてきたものですが、1995年に火災で一部が焼けて現在は強化繊維プラスチックで腐朽を防いでいる状態です。


つくばみらい市

出典元「日経研調べ ご当地プレート

茨城県つくばみらい市

茨城県南部 活力に満ちた うるおいとやすらぎのまち 人口51,040人

イメージキャラクターの「みらいりんぞう」と稲穂が描かれています。2016年の市制10周年を記念してミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

つくばみらい市は茨城県の県南地域にあり、2006年に伊奈町と谷和原村が合併してできた市です。市域西側に鬼怒川・小貝川、東側に西谷田川が流れるおおむね平坦な地形で、常磐自動車道谷和原ICの辺りとつくばエクスプレスみらい平駅周辺が市街地、市東部は水田やゴルフ場が目立ちます。もともとは江戸時代初期に関東都代 伊那忠次によって開発された地域で、当時は「谷和原三万石」と呼ばれていました。1980年頃まで農村でしたが、常磐自動車道の開通や常総ニュータウンの開発などを受けて人口5万ほどの市となっています。2005年のつくばエクスプレス開業後はみらい平駅を中心に開発が進み、さらに東京のベッドタウンの様相を強めています。

福岡堰さくら公園は市の北端(北山)にある市立の公園です。岡堰・豊田堰と共に関東三大堰に数えられる福岡堰の周辺を整備したもので、面積2.7haほどです。長さ1.8km、550本の桜並木(ソメイヨシノ)があり当地の桜の名所となっているほか、じゃぶじゃぶ池があり夏場は水遊びができます。

間宮林蔵記念館は小貝川北岸のつくばみらい市上平柳にあります。当地出身の江戸時代の探検家・測量家 間宮林蔵を顕彰するための施設で、全国から集めた資料や遺品などを展示しています。また、移築復元された生家が隣接しています。近隣に専称寺という浄土宗の寺院があり、樺太探険に出立する際に間宮林蔵が自ら建てた墓(かなり小さいもので顕彰碑の裏側にある)があります。

不動院は、つくばみらい市板橋にある真言宗豊山派の寺院です。「板橋不動尊」の名で親しまれています。大同年間(806-810年)に弘法大師空海により開山されたとされる古刹で、本尊の不動明王・二童子立像は空海自らが彫刻したものとされています。

「綱火」とは操り人形による人形芝居と花火を結合させ、お囃子に合わせて人形を操る伝統芸能です。当地では小張愛宕神社と高岡愛宕神社の8月の祭礼として行われ、どちらも火難よけ、家内安全、五穀豊穣などを祈るものです。


神栖市(かみすし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

茨城県神栖市 市民とともにつくる“躍進する中核都市”かみす 人口95,400人

イメージキャラクターの「カミスココくん」が描かれています。2016年からミニバイク50cc以下~125cc以下とミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

神栖市は茨城県の鹿行地域にあり、県の東南端にある市です。2005年に鹿島郡波崎町を編入して市となっています。太平洋に突き出た形の市域の東は太平洋の鹿島灘、西は利根川が流れ、南部は利根川河口と銚子大橋があります。1960年に鹿島開発が行われて人工掘込式の港湾 鹿島港(当地の海岸は砂浜なので底を掘って水深を確保してある)ができると鉄鋼・石油化学・電気といった臨海工業地帯として国内屈指の工業地域になりました。農業は作付面積日本一のピーマンを中心に野菜やメロン、ほかにセンリョウ・門松用の若松・輪菊など花卉が生産されています。波崎漁港を中心にサバ・アジ、はまぐりなどが漁獲され、近年では第三次産業従事者が増加しているため、国道124号沿いを中心に商業も伸びています。

神之池緑地公園は神栖の地名の由来でもある神の池(ごうのいけ)を中心に整備された公園です(広さ73ha)。神之池は鹿島開発以前は現在の7倍の広さ(300haほどになる)のおにぎり型の池でした。現在は周囲4.4kmの散策路やランニングコースや遊具が整備され、レジャーパークやバス釣りのスポットとして親しまれています。園内には2,000本の桜が植栽され、4月にはかみす桜まつり、9月には池の船から打ち上げを行う神栖花火大会が行われています。

日川浜(にっかわはま)海水浴場は毎年夏に神栖市日川のビーチに開設されています。洋上風力発電所の風車がシンボルの砂浜で、海水浴・マリンスポーツ、潮干狩り、釣りなどに利用されています。近くに市営のオートキャンプ場や北側600mくらいのところに神栖市運動公園と神栖市ふれあいセンター湯楽々(入浴施設)があります。

息栖神社(いきすじんじゃ)は神栖市息栖にある神社です。鹿嶋市の鹿島神社、千葉県香取市の香取神社と並んで東国三社のうちの一つとされています。第15代応神天皇の代に日川の地に創建され、その後大同年間の807年に現在の位置に移転したとされています。江戸時代には利根川の水運が発達したため遊覧船も出て、庶民の間で東国三社参りが流行になっていたようです。境内には日本三霊泉に数えられる忍潮井(おしおい)という井戸があります。

サーキットの狼ミュージアムは神栖市息栖の千葉県道・茨城県道44号の息栖大橋あたりにあります。池沢早人師(池沢さとし)氏の漫画「サーキットの狼」に登場する自動車を展示した博物館です(入館料:大人800円 小・中・高校生400円)。コロナ禍により一時期閉館していましたが、現在は開館しています。


牛久市(うしくし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

茨城県牛久市 笑顔があふれ やすらぎのあるまち うしく 人口84,680人

日本初の本格的ワイン醸造場「牛久シャトー」とぶどうが描かれています。2013年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

牛久市は茨城県の県南地域にある市です。利根川と霞ヶ浦に挟まれた稲敷台地上にあり、市域全域がほぼ平坦です。南西に牛久沼(龍ケ崎市内にある)の畔、東部は果樹園と工業団地が広がり、西部のJR常磐線と国道6号あたりが市街地になっています。昭和中期の1960年あたりから東京のベッドタウンとして開発が進み、現在は首都圏・つくば研究学園都市のベッドタウンとして住宅地が目立つ地域です。

牛久シャトー(旧シャトーカミヤ)は牛久市中央にあるワイン醸造所です。実業家 神谷傳兵衛が1898年に当地に用地を購入して神谷ぶどう園を開墾、1903年に創業したフランス種のぶどうとボルドーの高級ワイン製造法を取り入れた日本初の本格的なワイン醸造所です。現在でもワインを生産していますが、レジャー施設として転用が図られており、神谷傳兵衛記念館(旧発酵室)、レストラン「キャノン」(旧貯蔵庫)、土産物屋などができて当地の観光名所になっています。

牛久大仏(牛久阿弥陀大仏)は牛久市久野町にある大仏です。1993年に浄土真宗東本願寺によって創建されたもので、高さ120m(像高100m、台座20m)あり、ブロンズ製の人物像としては世界最大のものです。内部にはエレベーターがあり、地上85mまで登ることができます。周辺には日本一の香炉や庭園、ふれあいガーデンテラス(猿や小動物がいる小動物園、カフェ併設)があり観光名所となっています。

牛久沼かっぱの小径は、牛久沼東畔の牛久城跡~牛久市観光アヤメ園の間にある遊歩道です。牛久沼には河童の伝説がよく残っているため、かっぱ像や河童の碑が建っています。途中にある雲魚亭(小川芋銭記念館)は、近世の画家 小川芋銭(おがわうせん、河童をテーマにした絵が多い)の画室兼居宅を残したものです。また、牛久沼東畔の国道6号沿いは鰻丼の発祥地とされているため「うなぎ街道」と呼ばれています。


鹿嶋市(かしまし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

茨城県鹿嶋市 ときめきホームタウン かしま 人口67,120人

鹿島アントラーズのマスコットキャラクター「しかお」が描かれています。2013からミニバイク50cc以下~125cc以下とミニカーを対象に交付されています(小型特殊車両は対象外)。

鹿嶋市は茨城県南東部、鹿行地域にある市です。1995年に大野村を編入した市制施行時に佐賀県鹿島市がすでに存在していたため、市名には「鹿嶋」の方を使用しますが、「鹿島」の方もよく用いられています。東は太平洋、西は霞ヶ浦を構成する北浦に面した南北に細長い市域を有し、ハマナスの自生南限地の一つです(太平洋側:鹿嶋市大小志崎、日本海側:鳥取県鳥取市白兎)。古くは鹿島神宮の門前町として発達、昭和40年頃からは鹿島開発として重要港湾 鹿島港ができて鹿島臨海工業地帯が形成されています。現在の鹿嶋市は市域の4割以上が工業用地で、鉄工業・化学工業を得意としています(新日鉄住金の企業城下町とされる)。また、戦国時代の剣士・兵法家 塚原卜伝の出生地でもあります。

鹿島神宮は鹿嶋市宮中にある神社(常陸国一宮)です。千葉県香取市の香取神社、茨城県神栖市の息栖神社と並んで東国三社の一つ、また宮中の四方拝で遥拝される神社の一つです。『常陸国風土記』に存在が確認される古社であり、武甕槌(建御雷神、タケミカヅチ)を祭神としています。古くから武道の神として朝廷と武家の尊崇を受けてきた神社で、地震を起こす大鯰の頭を抑えているといわれる要石や、水上鳥居としては日本最大の一の鳥居などがあります。また、鹿を神使としているため鹿園(エサ100円)があります。

茨城県立カシマサッカースタジアムは鹿嶋市神向寺後山にあるサッカー専用のスタジアムです。1993年に開設されたもので、鹿島アントラーズがホームスタジアムとして使用するほか、2020年の東京オリンピックでも使用されました。当初15,000人収容の施設でしたが、1998年に大規模改修を受けて現在の41,800人収容、2004年にはバックスタンド側にサイン入りユニフォームやトロフィーを展示するサッカーミュージアムを併設しています。

鹿嶋市は戦国時代の剣士・兵法家 塚原卜伝の生地です。塚原卜伝は少年の頃から剣を好み、『卜伝遺訓抄』によると「真剣の仕合十九度、軍の場を踏むこと三十七度、一度も不覚を取らず」といわれる当時の剣豪の筆頭格で、天真正伝香取神道流を修めて鹿島新當流を開いたとされる人物です。JR鹿島線鹿島神宮駅の南口あたりに生誕の地として看板と像、鹿嶋市須賀に墓(寺は焼失したため、墓だけで非常に分かりづらいところにある)があります。

櫻花公園は鹿嶋市光にある公園です。かつて神之池航空基地があったところを公園としたもので掩体壕が残り、中に桜花(旧字体だと「櫻花」、戦時中に日本海軍が開発した特攻兵器で実戦投入された)のレプリカが展示されています。慰霊碑もあり、どちらかというと公園というより記念碑的な施設です。


常陸大宮市(ひたちおおみやし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

茨城県常陸大宮市 豊かな自然と調和した 安心・快適な活力のまち 人口39,180人

鮎のぼりを手にしたマスコットキャラクター「ひたまる」と市内を流れる久慈川・那珂川の清流が描かれています。2013年にミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

常陸大宮市は茨城県北西部の県北地域にある市です。2004年に旧那珂郡大宮町が山方村・美和村・緒方村・東茨城郡御前山村を編入して常陸大宮市となっています。市名は市域にある甲(かぶと)神社に由来し、埼玉県大宮市(現在のさいたま市大宮)との重複を避けるため「常陸」を冠しています。八溝山地の東麓に位置するため、市域西部から北西部にかけて森林が広がり、市全体の6割程度が森林や原野、市街は市域南東部に存在します。大宮地区には水戸北部工業中核工業団地があり、産業では製造業が盛んな印象ですが、温泉の泉源や2つの道の駅、花立自然公園などを有していて観光・宿泊業も盛んに行われています。

道の駅 常陸大宮(愛称:かわプラザ)は常陸大宮市岩崎にある国道118号沿いの中規模の道の駅です。2016年に開駅したもので直売所・レストラン・フードコートのほか、遊具のある広場やバーベキュー場を備えています。また、加工室ではえごまの搾油をガラス越しに見学することができます(火・水・土午前のみ)。久慈川のほとりにあるため夏は川遊びにも利用されています。

辰ノ口親水公園は前述道の駅 常陸大宮の南東側、久慈川の対岸にある公園です。あじさい園や展望台、BMXコース(自転車の貸出あり)、などがある公園です。管理棟に蕎麦屋や淡水魚の展示があります。芝生広場の一部に無料で利用できるキャンプサイトがあり、キャンプやバーベキューに利用されています。また、久慈川堤防には全長1,300mほどの桜並木があり、当地の桜の名所として親しまれています。

山方淡水魚館(やまがたたんすいぎょかん)は常陸大宮市山方の清流公園の近く)にある水族館です。水族館としては日本で二番目に小さいもので、久慈川水系に生息する淡水魚が飼育されています(オオサンショウウオが飼育されているが、これは久慈川には生息していない)。入館料は大人150円小中学生70円で、土日・祝日にはミニ新幹線に乗れます(入館料に含まれる)。周辺に根本酒造(株)という創業1603年の造り酒屋があります(コロナ禍のため、酒蔵見学は現在停止している)。

道の駅 美和は、常陸大宮市鷲子にある国道293号の小規模の道の駅です。1995年に道の駅に登録されたもので、物産館やレストラン、そば打ちができる体験室、ギャラリーなどがコンパクトにまとまっています。特産のしいたけ、キムチ(種類豊富)、パンなどが人気です。

やまがたすこやかランド 三太の湯は常陸大宮市諸沢にある入浴施設です。泉質はph9.7のアルカリ性単純泉で、入浴設備も打たせ湯・寝湯・気泡風呂・ドライサウナ・露天風呂など一通り揃っています。入浴料中学生以上700円、3歳~小学生350円(平日)と普通ですが、16時以降は安くなります。ほかにも常陸大宮市山方に湯の澤鉱泉という入浴・宿泊施設があります(こちらは檜風呂・岩風呂などあり、里山の自然景観をしみじみと楽しめる施設)。


大子町(だいごまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

茨城県久慈郡大子町 全方位自然基地 人口15,720人

日本三大名瀑の袋田の滝(四度の滝)とイメージキャラクター「たき丸」、紅葉が描かれています。2014年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています(従来様式と選択性)。

大子町は茨城県の北西部、久慈郡に属する町です。325.76k㎡の町域を有しますが、その8割が西側の八溝山系、東側の阿武隈山系の山地で、市街や耕地は町域中央の久慈川に沿った低地・河岸段丘上に集中しています。自然景観を活かした観光や農業を基幹産業としていて、米・茶・りんご・こんにゃくなどが生産され、林業や肉用牛を主とする畜産も盛んです(庁舎は純木造)。年間観光客入込数100万を超える町ですが、1955年に町が誕生した頃から人口は1/3程度に減少していて、今後も1万人以下まで減少すると予想されています。

袋田の滝は大子町袋田にある滝です。久慈川支流の滝川上流にあたり、長さ120m、幅73mあります。岸壁を4度に渡って滑り落ちることから「四度の滝」と呼ばれ、一説には西行法師が「この滝は四季に一度ずつ来てみなければ、本当の風趣は味わえない」と絶賛したそうです。冬には氷結することもある滝です。2つの観瀑台(有料)があり、袋田の滝トンネルを通って滝正面に出ることできます。10月~11月頃には滝のライトアップが行われて夜間営業を行っています。

奥久慈温泉郷は大子町内の月居・大子・袋田の3つの泉源を総称するもので、久慈川沿いに温泉宿・ホテルなどが出ているため、実質的に大子町の市街全域を指します。また、国道118号ぞいにある道の駅 奥久慈だいごにも入浴施設があります(泉源は大子温泉)。

永源寺(臥雲山永源寺)は大子町の市街の西側にある曹洞宗の寺院です(JR東日本水郡線常陸大子駅の西側、押川を渡ったところにある)。1446年に創建されたものですが、1864年の天狗党の乱により寺の大半を焼失したため本堂は1953年に再建されたものです。「もみじ寺」という名称で親しまれている紅葉の名所で、境内には地蔵や動物などの石像がありかわいいと評判です(くまもんの石像もある)。

大子広域公園は大子町浅川にある公園です。広さ61haにも及ぶ大規模な公園で、多目的運動場やテニスコートといった運動施設、アスレチックや遊具、散策路、多目的温泉プール「フォレスパ大子」、温泉入浴施設を備えたオートキャンプ場「グリンヴィラ」などがはいっています。

旧上岡小学校(きゅううわおかしょうがっこう)は大子町上岡の国道461号沿いにある廃校です。1879年に創立されたもので、県内の小学校としては旧水海道小学校についで古く、木造校舎となっています。2001年に廃校になってからも地元有志によって保存されていて、地元の絵画・陶芸教室やドラマ・映画・MVなどのロケ地として利用されています。土・日・祝日には校内を見学することができます。


土浦市(つちうらし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

茨城県土浦市 水・みどり・人がきらめく 安心のまち 活力のまち  140,800人

霞ヶ浦の帆引船と土浦全国花火競技大会の花火、イメージキャラクターの「つちまる」が描かれています。2013年から50cc以下のミニバイクを対象に交付されています。

土屋市は茨城県南部の県南地域にある市です。北部に新治台地、南部に稲敷台地が広がり、その間を境川・桜川・花室川が流れて低地を形成し東部の霞ヶ浦に注いでいます。室町時代に築かれた土浦城の城下町として発達し、江戸時代に入ると土浦藩が成立、水戸街道(現在の国道6号)の宿場町として荒川沖宿・中村宿・土浦宿・中貫宿が置かれていた地域です。戦前には隣接する阿見町に海軍飛行場が開設されたため、海軍の街として栄えたため、現在でも土浦市桜町(JR常磐線土浦駅西側)一帯は北関東最大の風俗街として知られています。現在の土浦市は市東部や北部に大規模な工業団地を有し製造業を強みとしていますが、2000年頃から人口が減少していることもあり伸び悩んでいます。商業では1990年代に駅前から大型商業施設が相次いで撤退し、ロードサイド店舗・郊外型店舗が主となっています。

霞ヶ浦総合公園は霞ヶ浦の西岸、土浦市大岩田にある総合公園です。風車・水生植物園・ジョギングコース・運動場に霞浦の湯(入浴施設)、ネイチャーセンター(自然史博物館)などがはいっています。すべり台とジャングルジムが合体した遊具「ツェッペリン号」がありますが、これは1929年にLZ127 Graf Zeppelin(ツェッペリン伯号、当時最大の飛行船)が霞ヶ浦航空基地に寄航したためです(現在もドイツのフリードリヒスハーフェン市が友好都市)。 

土浦全国花火競技大会は土浦市の桜川河畔で行われる花火大会で、日本三大競技花火大会の一つです。日本狼煙協会が後援する大会で、スターマインの部、10号玉(尺玉)の部、創造花火の部の3つの部で構成されています。1925年に当地にある神龍寺の住職が私財を投じて、航空戦死者を慰めるために行ったことが始まりとされています。毎年80万ほどの観覧者を集めるイベントです。

土浦城跡(亀城)は土浦市中央(常磐線土浦駅の北西側400mくらいのところにある)にある城跡です。室町時代に宇都宮流八田氏族の小田氏が築いたもので、その後江戸時代に段階的に改修を加えられていったものと推定されています。太鼓櫓門や霞門が現存しているほか、二の丸にある亀城公園は当地の桜の名所の一つです(当地は市の花が桜ということで、前述の霞ヶ浦総合公園と桜川河畔、真鍋の桜、乙戸沼公園など名所が多数ある)。

茨城県霞ヶ浦環境科学センターは土浦市沖宿町にある博物館・研究施設です。2005年に霞ヶ浦の水質浄化を行う総合的な施設として設置されたものです。展示室や研修室、図書室を備えていて当地の科学博物館として機能を有するほか、野外講座や自然観察会などを行っています。


龍ヶ崎市(りゅうがさきし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

茨城県龍ヶ崎市 共によろこび 共に育てる 健康・教育都市 人口76,220人

龍ヶ崎市の街並みを背景にマスコットキャラクター「まいりゅう」が描かれています。市制60周年にあたる2014年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

龍ケ崎市は茨城県の県南地域にある市です。北部は利根川を挟んで広がる常総台地の稲敷台地、西部は牛久沼と小貝川が流れ、西部から南部にかけて低地となっています。市名は「龍ケ崎」ですが、駅名や県施設などは「竜」の方の字を用います。首都圏から45km圏内にあるため昭和50年代あたりから開発され、人口増加とベッドタウン化が進みました。市の中心は市役所と関東鉄道竜ケ崎駅がある辺りとなりますが、市北部の竜ヶ崎ニュータウン、市北東の藤が丘・中里の辺りにも住宅地・商業地が分散しています。近年は第三次産業従事者が増加しつつ、製造品出荷額も増加傾向にあります。

牛久沼は龍ケ崎市の西部にある小貝川支流の沼です。「牛を食った沼」の伝説(金龍寺に残る)や様々な河童伝説が残る沼で、東畔の国道6号沿いあたりは鰻丼の発祥地とされています。周囲長25.5kmの沼の南側、国道6号沿いに牛久沼水辺公園があり、カワウや白鳥といった水鳥が訪れるということでパンを持って訪れる人が多いようです。

女化神社(おなばけじんじゃ、女化稲荷神社)は隣接する牛久市に囲まれた龍ケ崎市の飛び地にある神社です。主祭神は保食神(=うけもちのかみ、穀物の神)ですが、「昔命を救われた狐が女に化け、恩人の妻となり子を産んだが正体が判明したことを恥じて姿を消した」という狐の伝説が残るため、稲荷神社としても知られています。またm境内に桜があり、お花見スポットとしても親しまれています。

撞舞(つくまい)は高い柱を建てて綱を渡し、様々な動物に扮した演じ手が柱や綱の上で軽業を披露するものです。古代中国の民間芸能が五穀豊穣や雨乞いの神事に結びついたものとされ、利根川下流域に多く伝わっています。当地では八坂神社祇園祭の最終日に行われています。

金龍寺は龍ケ崎市若柴町にある曹洞宗の寺院です。鎌倉~南北朝時代の御家人・武将 新田義貞の子孫である新田義氏が新田荘金山(現在の群馬県太田市)に開いたもので、その末裔 由良国繁が当地に転封されたおりに現在の位置に移転したものとされています。新田義貞というと福井県福井市の藤島神社(新田義貞を祀る)・称念寺(墓所がある)が有名ですが、こちらにも墓所があります。

竹内農場西洋館は龍ケ崎市若柴町にある史跡です。明治~昭和初期に栄華を極めた竹内家のもので、竹内明太郎(日産自動車の前身の快新社、小松製作所の前身小松鉄工所などを設立した実業家・政治家、吉田茂の兄)の別荘として使用されていたものです。以前は笹などが生い茂り心霊スポットとして知られていましたが、現在は藪が払われてすっきりしています。


石岡市(いしおかし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

茨城県石岡市 古都1300年の歴史と郷の文化に出会える街 人口72,350人

右側に常陸國総社宮大祭の獅子頭が描かれています。2012年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

石岡市は茨城県のほぼ中央、県南地域にある市です。2005年に旧石岡市と新治郡八郷町が合併して現在の市域としています。関東平野に位置するため市域の大半が平坦で、市域北西側に筑波山系の東端 龍神山(162.8m)と丘陵地、市域西部から南東部に向かって恋瀬川が流れて霞ヶ浦に注いでいます。このあたりは7世紀に大化改新により成立した常陸国の国府が置かれ、長らく常陸府中や常府(じょうふ)と呼ばれていました。同時に茨城県の県名の由来(茨木郡、常陸国成立以前にあったクニ)の辺りも含んでいます。昭和初期頃にはすでに4万人ほどが暮らし、開発が進んでいる地域ですが林野や耕地も多く残ります。

いばらきフラワーパークは石岡市下青柳にある花と緑のテーマパークです(正式名称は茨城県フラワーパークで広さ約30ha)。バラ園、牡丹園、あじさい園、ダリア・芍薬園やフィールドアスレチック、レールバイクなどを有する施設です。特にバラは茨城県の県花として力を注いでいるためm800品種3万株とバラ園としては東日本最大の規模を誇っています。2021年4月に改修工事を終えてリニューアルオープンしています。また、同園の北側400mくらいのところに木内酒造の八郷蒸溜所があり、見学ツアーを行っています(ウイスキーの試飲あり、有料)。

常陸風土記の丘は石岡市街の西側石岡市染谷にあるレクリエーション施設です(無料だが一部有料エリアあり)。シンボルとなっている日本一大きい獅子頭や福島県会津の古民家、大賀ハスの蓮池、古代家屋の復元などがあり当地の桜の名所としても親しまれています。

ダチョウ王国石岡ファームは石岡市半ノ木にある観光牧場です。石岡市に本社をおく城南グリーンシステム株式会社が運営する日本最大級のダチョウの牧場ですが、他にもロバ、アルパカ、インコ、カピバラ、蛇など多数の動物が飼育されています(入園料:中学生以上1000円、3歳以上600円)。動物の餌やりの他バーベキュー場でダチョウの肉や卵を食べることができ、オーストリッチバッグの販売もしています(遊具もある)。

常陸國總社宮(ひたちのくにそうじゃぐう)は石岡市総社にある神社です。今から1300年ほど前の奈良時代天平年間(729-749年)に創建されたものとされています(総社は平安時代に確立されたシステムで、『石岡市史 下巻』では疑問が呈されている)。9月の敬老の日と前後に行われる例大祭は「石岡のおまつり」と呼ばれている大規模なもので、山車12台獅子32代が町中を練り歩き、50万人ほどの観光客を集めます。

石岡府中杉細工とは石岡市で作られる杉細工を指すもので、当地はかつて杉の産地として「府中杉」と呼ばれる杉を産出していました。江戸時代に酒造や味噌づくりが盛んになると酒樽や仕込み樽が盛んに作られていたようです。現在でも小規模ながら行灯や箸立て、おかもちなどが生産されています。また、木工芸として桐工芸も残っています。


下妻市(しもつまし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

茨城県下妻市 輝く自然・あふれるやさしさ・活力みなぎるまち しもつま ~ひとがいきいきかがやくまち~ 人口41,640人

イメージキャラクターの「シモンちゃん」が描かれています。2015年からミニバイク50cc~125cc以下を対象に交付されています。

下妻市は茨城県西部にある市です。東に小貝川、西に鬼怒川が流れる概ね平坦な土地で、森林は少なく耕地が多くなっています。室町時代~戦国時代に多賀谷氏(武蔵七党野与党)が下妻城(多賀谷城)を築いたことで城下町として発達、その後の1606年に同城に徳川頼房が入って下妻藩が成立、一旦廃藩されるものの1712年に改めて下妻藩となっています。江戸時代には鬼怒川と小貝川に多くの河岸が設けられ、舟運の拠点となっていたようです。市域の半分程度が耕地で米・梨・豚肉などを特産とする農業が盛んな地域ですが、農業従事者は減少を続けています。

道の駅 しもつまは国道294号沿いにある小~中規模の道の駅です(施設は広く駐車場は小さめ)。城のような外観の施設に直売所・レストラン・トイレといったギャラリーがはいっています。納豆工場を併設していて、製造直売・工場見学(ガラス越しの見学で無料)を行っています。開駅は1999年と古い部類に入りますが、2015年にリニューアルしたため設備は一新されています。

https://youtu.be/_Gih4cLhg5U

大宝八幡宮(だいほうはちまんぐう、年号は「たいほう」だが神社は「だいほう」と訛って読む)は下妻市大宝にある神社です。大宝元年(701年)に藤原時忠が創建したものとされ、関東では最古の八幡宮です。主に金運・厄除けで知られる神社で、多数の狛犬や土俵、重軽石、裏手に紫陽花の参道などがあり、茨城百景に選定されるなど見どころの多い神社です。

筑波サーキットは下妻市の南西側、村岡にあるサーキットです。1970年にオープンした施設で、2輪の全日本ロードレース選手権やF4、FJ1600、一般の走行会などが行われ、オープン当初から首都圏近郊におけるモータースポーツの重要拠点として親しまれています。

小貝川ふれあい公園は、下妻市堀篭にある小貝川の河川敷を整備した南北に細長い公園です。サッカー場やソフトボール場といった運動施設やバーベキュー施設などを備えた公園で、北側はオオムラサキ(国蝶)が生息する雑木林、南側にポピーやコスモスが咲くフラワーゾーン、中央部にはオオムラサキの資料やミニミニ水族館を展示するネイチャーセンターがあります。


高萩市(たかはぎし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

茨城県高萩市 感性はぐくむ「こころの里City」 人口27,520人

市のキャラクター「はぎまろ」が描かれています。2011年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています(従来様式と選択制)。

高萩市は茨城県北東側の県北地域にある市です。市域西側は多賀山地で市域の85%ほどが山林や原野、東側は太平洋に接し沿岸部が市街となっています。福島県富岡町から茨城県日立市まで広がる常磐炭田の一角を成し、江戸時代末期から石炭の採掘が行われて1960年代の石油エネルギーへの転換まで石炭の町として栄えました。現在の高萩市では、化学工業・金属加工・木材加工といった製造業や駅周辺、花貫渓谷(はなぬきけいこく)や海岸部に商店やキャンプ場が出て観光業が行われています。耕地面積は市域全体の5%程度で米・野菜・いちごなどが生産され、林業や畜産も行われています。

花貫渓谷は花園花貫県立自然公園(25,000ha、茨城県北地域の自然公園で、自然公園・国定公園のなかで最も広い)の一角を成すもので、市域を流れる花貫川が形成する渓谷です。様々な滝が連なる渓谷で、名馬里ヶ淵(なめりがふち)や汐見滝吊り橋などの見どころを有しています。紅葉の名所とされ、11月には紅葉まつりとしてライトアップやスカイランタンなどが行われています。

高戸小浜海岸は海食崖に囲まれた2つの入江をもつ白砂青松の海岸です。日本の渚百選に選ばれている砂浜で、文化年間に松岡八景(当時の領主 中山信敬が儒学者 亀里亀章に8つの場所を選ばせ、詩句をつけさせたもの)の一つ「高戸の帰帆」となっています(帰帆遥臨高戸浜ー高帰帆遥かに臨む高戸の浜)。

松岡城(龍子山城・手綱城)は高萩市下手綱にある史跡です(築城年不明、室町時代に大塚氏が築いたとされている)。築城当初は山城で、安土桃山時代の慶長7年に戸沢政盛が入封し、龍子山城の麓に城郭を整備し、平城としました。もとより陣屋程度の規模で天守や櫓を備えたものではなかったため、土塁と堀、井戸などしか残っていませんが、周辺には石畳や土蔵など城下町の風情が残っています。

バンクシーの壁画(おそらく偽物)は高萩市高浜町の砂浜堤防にあります。2019年ごろに突然現れた落書きで、これは前年落札された直後に額縁に仕掛けられたシュレッダーで切断された「赤い風船に手を伸ばす少女」(改め「愛はゴミ箱の中に」)をモチーフにしたもののようです。バンクシー(路上芸術家、政治活動家、映画監督)自身が覆面アーティストであるため、本人によるものかどうか判別がついていません。

穂積家住宅は高萩市上手綱にある茅葺き旧家で、1773年に建てられたものです(県指定有形文化財)。当地の豪農によって建てられたものとされ、広い座敷や百坪ほどの庭園を有しています。近年は夏季限定で「高萩茶寮」としてフルーツほおずきや常陸大黒(ベニバナインゲンの茨城県オリジナル品種)を使用したかき氷などを提供していましたが、R5年3月まで屋根の葺き替え工事のため臨時休業となっています。


筑西市(ちくせいし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

茨城県筑西市 人と自然 安心して暮らせる 共生文化都市 -市民との協働で進める筑西市の創造- 人口99,418人

マスコットキャラクターの「ちっくん」が描かれています。2013年から50cc以下のミニバイクを対象に交付されています。

筑西市は茨城県西部の県西地域北部にある市です。2005年に下館市・真壁郡関城町・明野町・共和町の1市3町が合併して筑西市としています。東西約15km、南北に20kmほどの市域の北東側に阿武隈山系に連なる丘陵地を有するものの、全域がほぼ平坦ないし緩やかな丘陵地帯となっています。鬼怒川・大谷川・小貝川と五行川が流れる肥沃な地域で、市域の半分ほどが耕地、そのうち45%程度が田んぼです。また、県内の梨の主要な産地でもあります。もともと旧下館市のあたりは下館城の城下町・商業都市として発展、また、市域に7つの工業団地を有する県西地域の工業の中心地ですが、人口減少と第二次・第三次産業従事者の流出が共に続き、都市の活力が失われつつあります。

道の駅 グランテラス筑西は筑西市川澄の国道50号沿いにある大規模な道の駅です。北関東最大級の道の駅であり、大きな芝生広場を中心にスタバ、ラーメン屋、蕎麦屋、デザート屋など様々な店舗が出ているほか、コンビニやコインランドリー、マッサージチェアなど地元密着型の施設も充実しています。全国初の本格的なスラックライン(細いベルトベルト状のラインの上でバランスを保つ遊び)の設備を有する道の駅です。

ザ・ヒロサワ・シティは筑西市茂田にあるテーマパークです。金属プレス加工や精密金型の製作会社 広沢製作所(現:廣澤精機製作所)を母体とした総合企業グループが運営するもので、鉄道車両・航空機の保存と展示、博物館と美術館、ゴルフ場、宿泊施設などがまとまっています。

板谷波山記念館は、当地出身の陶芸家 板屋波山(いたやはざん、文化勲章受章者)を記念する施設として1980年に開館したものです。本人の遺志を次いだ財団法人が運営しているもので、1995年に市が周辺を記念公園として整備し、市立の博物館としてリニュアールオープンしています。東京の田端の工房で使用されていたろくろや丸窯、作品の一部が公開されています。

下館羽黒神社は筑西市甲にある神社で、旧下館市の氏神です。当地に下館城を築いた水谷勝氏が1481年に出羽三山から勧請したものです。水谷勝氏は付近の4村に羽黒神社を築き、その後6代城主 正村が久下田城を築いた際にさらに2つの羽黒神社が創建されたことから、「下館七羽黒」と称します(7つのうち稲野辺のものは竹島神社に合祀されている)。


つくば市

出典元「日経研調べ ご当地プレート

茨城県つくば市 わたしのつくばを見つけよう 人口227,000人

㊤2007年から交付されたローマ字入りのもので、ミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両が対象。㊦2011年に「つくばモビリティロボット実験特区」の施行に伴って交付が始まったロボットナンバー。原付用の黒地と小型特殊用の白地の2種。小型特殊用はロボット特区内を走行するセグウェイ・搭乗型移動支援ロボット・次世代車いすなどモビリティロボットに交付される専用ナンバー。

つくば市は茨城県の県南地域にある市です。1987年に筑波郡谷田部町・大穂町・豊郷町・桜町の3町1村が合併してできた市で、県内初のひらがな表記の市となっています。その後、筑波郡筑波町と稲敷郡茎崎町を編入して現在の市域としています。2005年には人口20万を突破し、翌年の2006年に特例市に移行しています。1969年から学園研究都市の建設が進んだ地域です。日本を代表する研究学園都市として日本有数の大企業の本社、研究センター、筑波大学などを有しますが、2015年には県内2位の都市となっているため小売業など第三次産業が発達、市北部に茨城県を代表する筑波山や温泉を有し観光業も盛んに行われています。

つくば市の市街はつくばセンタービルとバスターミナル、つくばエクスプレスのつくば駅を中心として碁盤の目状に整備されています。つくば駅南側にトナリエつくばスクエア(ショッピングモール)、カピオつくば(イベントホール・催事場)、つくば国際会議場などがあり、遊歩道やカスケードでつながっています。駅北側はつくば市中央公園があり、文化会館と図書館、茨城県立つくば美術館(貸しギャラリー・企画展を行う施設)が隣接しています。

つくばエキスポセンターはつくば市中央公園の北側にある科学館です。1985年に当地で国際科学技術博覧会が行われた際に恒久の施設として建設されたもので、科学技術の展示を幅広く行っています。館外に設置されたH-Ⅱロケットが印象的な施設で、深海6500の模型に乗って深海を体感できる設備やプラネタリウム(設置時日本最大、2020年に3度めの改修工事を受けた)などがあります。

筑波山はつくば市域の北端にある山(標高877m)です。「西の富士、東の筑波山」と言われる美しい山で、男体山と女体山からなり、朝夕に山肌の色を変えることから雅称を「紫峰」ともいいます。宮脇駅ー男体山山頂、つつじヶ丘駅ー女体山山頂の日本のケーブルカーが出ていて、弁慶七戻り、ガマ岩、コマ展望台などの名所・奇岩があります。山麓のケーブルカー宮脇駅に隣接して筑波山を神体とする筑波山神社があり、レストラン・宿泊施設・入浴施設などからなる門前町が形成されています。

つくばわんわんランドはつくば市沼田にある犬と猫のテーマパークです。つくばグランドホテル、料亭「山水亭」、つくば国際ペット専門学校などを経営するサンスイコーポレーションが運営する施設で、犬79種490頭ほどが飼育され、ふれあいやレンタル散歩ができるほか、猫とのふれあいができるねこハウスも設置されています。

洞峰公園(どうほうこうえん)はつくば市二の宮にある都市公園(総合公園)です。洞峰沼を中心に整備された20haの公園で、テニスコート・野球場・プールといった運動施設にゴムチップ・ウレタン舗装された遊歩道、フィールドアスレチック、カフェ・休憩所・展示ホールを兼ねた新都市記念館を有します。※2021年に県がパークPFIとしてグランピング施設等の導入を公表したが、市側が反発しているため同公園が市営になる可能性がある。

サイエンス・スクエアつくばはつくば市東にある科学技術館です。産業総合研究所(=AIST、略称:産総研、経済産業省所管の公的研究機関)が運営する展示施設で、産総研の歴史、ロボット・グリーンテクノロジー・最先端素材などが展示されています(10名以上の場合要予約)。また、向いに地質標本館があり、鉱物・化石・日本列島の地質的構造などをテーマにした展示があります。


那珂市(なかし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

茨城県那珂市 人にやさしく文化の香り高いまち 人口53,140人

マスコットキャラクターの「ひまわり大使ナカマロちゃん」が描かれています。2016年から50cc以下のミニバイクを対象に交付されています。

那珂市は茨城県の県央地域にある市です。旧那珂町が2005年に那珂郡瓜連町(うりづらまち)を編入して市制施行しています。市域中央部の那珂台地上が市街地、市域北側に久慈川、西側に那珂川が流れ、流域沿いには広大な水田が広がっています。県庁所在地の水戸市とひたちなか市に隣接することから両市のベッドタウンとして人口が増加していましたが、2005年以降は減少傾向に転じています。おおむね国道349号沿いにロードサイド店舗が出ているものの、小規模の店舗が市域に散在する形となっており、現時点では大規模な商業地は見当たりません。

静峰ふるさと公園は那珂市静(しず)にある公園です(広さ12ha)。1965年に当時の瓜連町が町の西側の丘陵を造成したもので、1988年からは遊具や水上ステージ、水鳥の池などが整備されています。八重桜を主として2,000本程度の桜が植栽されているため、日本さくら名所100選に選ばれている桜の名所です。

法満山一乗院(飯田の一乗院)は那珂市飯田にある真言宗智山派の寺院です。14世紀後半に現所在地・那珂市よりやや北方の常陸大宮市石沢に建立されたもので、現在の位置には1700年頃に移っています。佐竹氏の祈願寺や水戸城の鬼門除けとして水戸徳川家や武家の尊崇を受けています。高さ16mの毘沙門天像(日本一の毘沙門天)で有名な寺院です。テーマパーク然としたお寺で賽銭箱も多く、骨董市やだるま市など開かれて賑わっています。

茨城県植物園は那珂市戸(と)にあります。1981年に県内初の植物園として開園したもので、バラ園、沈床花壇、水生植物園、熱帯植物の温室などがあります(入園料320円、70歳以上は160円)。園内に森のカルチャーセンター(木造施設、展示や遊具などあり)、きのこ博士館(きのこ、山菜、うるし、竹の形態と暮らしとの関わりが学べる)を有しています。また、隣接する鳥獣センターは傷ついた野鳥・獣を保護している施設です。

木内酒造は那珂市鴻巣にある酒蔵です。当地の地酒として日本酒「菊盛(きくさかり)」を醸造しています。また、ウイスキーやジン、クラフトビールなども醸造・蒸留も手広く行われていて、酒蔵に店舗と蕎麦屋が併設されています。

古徳沼(ことくぬま)は那珂市古徳にある広さ5haほどの農業用溜池です。古くから白鳥の飛来地として知られていたようで、毎年160羽ほどの白鳥が越冬のため飛来してきます。南東200mくらいのところにある中里ため池でも白鳥が見られます。


水戸市(みとし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

茨城県水戸市 県都にふさわしい風格と安らぎのある 元気都市 人口270,800人

水戸芸術館など水戸市の街並みのシルエットを背景に、マスコットキャラクター「みとちゃん」が描かれています。プレートの形状もわらつと納豆をモチーフにしたものです。2013年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

水戸市は茨城県県央地域にある市です。茨城県の県庁所在地・最大の都市で、市域は概ね関東平野の常陸台地(常総台地の茨城側)上にあり、市域北側を那珂川が流れ、おおむね市域のほぼ中心に千波湖(せんばこ)があります。水戸は「水の戸口」の意味であり、室町時代の頃から那珂川の舟運で栄えた地域です。江戸時代初期の1609年に徳川頼房が転封されて水戸藩が成立すると、水戸徳川家のお膝元・水戸城の城下町として発展しました。水戸市は商業・サービス業を中心産業とする商業都市ですが、県庁所在地としては耕地面積(28%ほど)が多く、郊外は田んぼが目立ちます。また、製造業は食料品加工を得意としています。

偕楽園公園(千波湖周辺大規模地域公園)は、日本三名園の一つ 偕楽園と千波湖湖畔の千波公園を中心に周辺の緑地・運動公園などを合わせた総称で、総合300haにも及ぶ広さの公園エリアです。偕楽園本園の周辺に茨城県立歴史館(歴史博物館、旧水海道小学校や旧水戸農業高校も展示されている)、水戸市植物公園(大温室を有する植物園)、茨城県護国神社、徳川ミュージアムなどがあり、千波公園側には茨城県近代美術館があります。偕楽園は100種3,000本(本園のみ)の梅が有名で、毎年3月に梅まつりが開催されているため、付近にJR常磐線偕楽園駅という臨時駅が設営されています。

水戸城跡(馬場城・水府城)はJR常磐線水戸駅の北口にある史跡です。御三家の一つ、水戸徳川家の居城となった城で、築城は古く平安時代と鎌倉時代の間の建久年間(1190-1199年)に築かれたものとされています。平成に入ってから二の丸角櫓や大手門の復元をするための寄付が始まり、2021年に復元された大手門と二の丸角櫓が公開されています。弘道館(弘道館公園)は水戸城の三の丸にあり、以前は藩校として使用されていたものです。現在は博物館として利用されていて、偕楽園梅まつりのもう一つの会場となっています(入館料:大人400円、小中学生200円、シルバー70歳以上200円)。

https://youtu.be/0oa8m951NpQ

水戸芸術館は水戸市五軒町にある美術館・コンサートホール・劇場からなる複合施設です。1990年に市制100周年記念として開館したものです。専属の劇団や楽団をもつ施設で、自主企画で展示や演奏、広場ではフリーマーケットなどが行われています。高さ100mのシンボルタワー(アートタワー)があり、高さ86.4mの展望室までエレベーターで上がることができます(大人200円、小中学生100円)。

保和苑は水戸市松本町にある庭園です。元禄時代(1688-1704年)に水戸光圀が寺の庭園を好んで「保和園」と名付けたのが始まりとされます。昭和初期に地元有志が拡張整備し、1.5haの日本庭園となっています。約100種6,000株のアジサイが植栽されていて、当地のあじさいまつりの会場となっています。

七ツ洞公園は水戸市下国井町にある市立の風致公園です。清流と5つの池を活かし、資材も英国から運んだ本格的な英国式の自然風景式庭園です(ロタンダ、カスケード、フォリー、壁泉などあり)。コテージ風の庭園やローズガーデンを有し、映画「テルマエ・ロマエ」のロケ地としても知られています。当地のコスプレのメッカとなっています。


鉾田市(ほこたし)

鉾田市ホームページより

茨城県鉾田市 「いのち」と「くらし」の先進都市 ~自然を尊び、農を誇り、喜びを生みだす 21世紀のまち 鉾田~ 人口45,890人

特産のメロンやさつまいもなどの野菜と、サーフィンをするマスコットキャラクターの「ほこまる」が描かれています。2020年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

鉾田市は茨城県南東部の鹿行(ろっこう)地域にある市です。2005年に鉾田町・旭村・太洋村が合併してできた市で、東側は太平洋の海岸線、北側で涸沼、南側で北浦の2つの湖に接し、内陸部はほとんどが平坦な地形です。江戸時代に江戸と東北・常陸地方の水陸交通の要衝として物資集散地、ないし野菜の産地として発達した地域です。関東ローム層の土壌と温暖な気候を活かした農業が基幹産業であり、全国の自治体で第2位の規模を誇ります(野菜は2014~2020年7年連続第2位、メロンは全国1位、畜産も盛んで養豚が主体)。合併時の2005年をピークに人口減少が続いており、とくに全体の3割を占める農業従事者の高齢化が顕著です。

鹿島灘海浜公園は国道51号沿いにある県立の海浜公園です。鹿島灘の眺望を活かした公園で、子供用遊具、展望台やボードウォーク、芝のすべり台(ダンボールに乗って滑る)、ドッグランなどがはいっています。国道近くに駐車場があり、レストラン・直売所・公衆トイレがあるので道の駅的な休憩所としても利用されるようです。

大竹海岸鉾田海水浴場は、前述の鹿島灘海浜公園の丘を降りた大竹海岸に毎年設置されています。同海岸は遠浅の海で、海水浴や潮干狩り、初日の出スポットとして親しまれています。一般的にライフセービングというと一般には水難事故の防止や救助活動のことを指しますが、同名のスポーツとして世界大会や日本大会が行われているため、当地には大竹サーフライフセービングクラブ(SLSC)という団体があります。

深作農園(ふかさくのうえん)は鉾田市台濁沢にある農園です。いちご狩りやメロン狩りができる農園にメロンの直売所・ファームクーヘン フカサク(洋菓子店)・パティスリー ル・フカサク(カフェ)が併設されています。大型駐車場に障害者用トイレやベビーベッド等施設が充実していて、当地の観光名所となっています。

フォレストパーク メロンの森は鉾田市安房にある農園です。こちらもメロン狩りなど収穫体験や様々なメロンのスイーツを販売しています。バーベキュー設備があり、常陸牛のバーベキューができます。

とっぷ・さんて大洋は鉾田市上幡木にある健康施設です。プールや温泉入浴施設、レストラン、陶芸工房などが入った複合施設になっています。こちらの温泉はナトリウムー塩化物強塩泉でミネラルを多く含み、水色は黒褐色でほぼ光を透過しません。


取手市(とりでし)

取手市ホームページより

茨城県取手市 50周年 あなたの手 わたしの手 共に作ろう未来の取手 人口10,660人

市の花のフジとツツジ、市の鳥のフクロウとカワセミが描かれています。2020年の市制50周年記念事業の一環としてミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています(ミニカーは交付終了)。

取手市は茨城県の南部、県南地域にある市です。2005年に北相馬郡藤代町を編入し、市の花・市の木・市の鳥を引き継いだことから、それぞれ2つずつ市を象徴する花・木・鳥をもちます(市の木はモクセイと月桂樹)。江戸時代に水戸街道の宿場町 取手宿、また利根川を利用した舟運の物資集散地として発展した地域です。関東平野にあるため市域はほぼ平坦で、北側に小貝川、南側を利根川が流れていて水田が目立ちます。1970年代から東京のベッドタウンとして住宅団地が設営され、人口が増加していましたが1995年をピークに減少に転じています。2025年に桑原地区に「イオンモール取手(仮称)」が開業予定で、国内最大級の開発面積になるとされています(67haほどを開発予定)。

キリンビール取手工場は、取手市桑原の一般国道6号取手バイパスとJR東日本常磐線の間にあります。一般向けに有料の工場見学ツアーを行っていて、ホップの香りを嗅いだり一番麦汁と二番麦汁の味を飲み比べ、VRを使って自分がビール缶になった目線で出荷されるまでを体験することができます(20歳以上一人500円)。

取手緑地運動公園は利根川の河川敷を公園として整備したもので広さは約26haあり、少年野球場4面・青年野球場3面・テニスコート11面・サッカー場2面とパークゴルフ場やバーベキュー場などを有する運動公園です。利根川の下流側は「くるみの森」と呼ばれる森林(11haほど)があり園路が設けられています。また、当地の花火大会のとりで利根川大花火大会が行われる会場となっています。

小堀の渡し(おおほりのわたし)は、取手市の小堀地区と取手緑地運動公園駐車場、取手ふれあい桟橋を結ぶ渡し船です。1914年に利根川の改修工事で取手町(当時)に対岸飛び地ができたため、同年に小堀地区の住民が自主的に渡し船を始め、1967年に公営の渡し船になりました。現在の「とりで号」は三代目で、市の鳥カワセミをイメージしたカラフルな船になっています。

旧取手宿本陣染野家住宅は、取手市取手にある茅葺きの保存家屋です。代々当地の名主を勤めていた染野家の住宅が1687年に水戸徳川家から本陣に指定され、水戸街道を行き来する藩主、藩士のための宿泊・休憩所となりました。こちらの家は1795年に建築されたもので、1987年に史跡に指定され1996年まで改修・復元工事を受けて現在の姿になっています。復元工事の様子や家屋内部、庭園など無料で見られます(裏手に無料の駐車場あり)。


守谷市(もりやし)

守谷市ホームページより

茨城県守谷市 豊かな大地に明日の生活と文化を築くまち 人口68,780人

シンプルな単色で市の木の松、市の花のヤマユリ、市の鳥のコジュケイが描かれています。市制20周年を記念したもの、で2022年から50cc以下のミニバイクを対象に300枚が交付されています。

守谷市は茨城県の県南地域にある市です。人口の増加により2002年に単独市制施行し、守谷市となっています。利根川に沿って東西に伸びる沖積台地の猿島台地(高さ15mほど)の先端にあり、利根川と鬼怒川の合流地点があります。下総相馬氏の居城 守谷城(創建年・築城主ともに不明)に、江戸時代に土岐(菅沼)定正がはいって守谷藩一万石となり、城下町として発達した地域です。東京都内から35km~40kmほどのところにあるため、1966年には首都圏近郊整備地帯の指定を受けて東京のベッドタウンとして開発が進みました。2005年にはつくばエクスプレスの開業を受け、労働可能人口の増加により製造業、小売・卸売業、サービス業など農林業を除く各産業が伸びています。

スーパードライミュージアムは守谷市緑にあるアサヒビール 茨城工場の工場見学施設です(2021年4月にオープン)。ビールの原材料から仕込みや発酵、充填にいたるまでの製造工程を見学できるツアーを行っていましたが、現在コロナ禍により要予約となっています(なお、試飲は一人二杯までの模様)。

常総運動公園は守谷市野木崎の鬼怒川沿いにある運動公園です。守谷市は林野が少なく公園が多いのですが、市内最大の公園になっています。陸上競技場・テニスコートなど運動施設とドッグラン、屋内・屋外のプール(犬用あり)などを有する公園で、園内にホテル・入浴施設・レストランや交流施設を兼ねるいこいの郷常総があります。

明治なるほどファクトリー守谷は守谷市野木崎にある明治(旧・明治乳業)の工場見学施設です。当地の工場は主にヨーグルトを生産しているためヨーグルトの製造工程を学べます。2022年6月まで工場見学を休止していましたが、現在は人数など制限のうえで一般見学が受け入れられています。

小さな鳥の資料館は守谷市本町にある猛禽類をテーマにした資料館です。館長の池田 昇氏が私費で解説したもので、猛禽類の写真・剥製などを展示するほか、猛禽類の保護・リハビリ活動やエデュケーションバードとしての訓練を行っています。


大洗町(おおあらいまち)

大洗町ホームページより

茨城県東茨城郡大洗町 人が輝き・海が育む・ふれあいのまち大洗 人口15,790人

海をイメージした青いラインと波、カモメとイメージキャラクター「アライッペ」が描かれています。2015年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

大洗町は茨城県の県央地域東側にあります。西側は那珂川水系の汽水湖 涸沼(ひぬま)、北側は那珂川河口で、南部はゆるやかな丘陵地帯、町域北寄りの鹿島臨海鉄道大洗駅周辺が市街になっています。古くから漁業が盛んな地域で、明治~大正時代にはバスや水浜線(路面電車、1966年に廃線)が通り、県内屈指の海水浴場を有する観光地として知られるようになりました。2011年の東日本大震災で観光客が減少し、当地の商業は大打撃を受けましたが、現在は回復しています。2012年のアニメ「ガールズ&パンツァー」の舞台となり、現在も聖地として観光客が訪れています。

アクアワールド・大洗は大洗町の北西端県営大洗公園内にある水族館です。太平洋と那珂川河口に面した水族館で、延床面積約19,800平方メートル5階建ての関東最大級の施設です。特にサメとマンボウの展示(剥製、生体共に)に力を注いでいます。日本の水族館では最大規模のキッズコーナーやテーマ別のマーケットプレース・フードコートなどを有しています。また、研究機関としてサメとクラゲの定点調査を行っていたりします。

大洗港区(茨城港)は大洗町中部の太平洋側にある港湾です。もともとの日立港、常陸那珂港、大洗港が一つになったもので、港一帯がみなとオアシスの認定を受けています。港に沿って西側には大洗マリンタワー(展望台・土産屋・カフェなどを兼ねる)、シーサイドステーション(直売所、ガルパンギャラリーなどの商業施設、茨城県初のアウトレットモールの名残)、大洗わくわく科学館などがあり、東側にはめんたいパーク大洗や海鮮市場・食堂と牡蠣小屋などが出ています。

大洗磯前神社(おおあらいいそさきじんじゃ)は大洗町磯浜町にある神社です。本殿は茅葺きで9世紀に創建されたものとされ、那珂川対岸のひたちなか市にある酒列磯前神社(さかつらいそさきじんじゃ)と二社で一つの信仰を形成しています。磯に立つ神磯の鳥居や初日の出スポットとして有名な神社で、境内には捕鯨など関する資料が展示されている大洗海洋博物館があります。

大洗あんこう祭は地元の商工会や商店街が主催するイベントで、毎年11月に大洗マリンタワー前芝生広場で行われています。冬の味覚あんこうを堪能するする企画で、あんこう汁が振る舞われ、あんこうの吊るし切りがあります。2012年からアニメ「ガールズ&パンツァー」とコラボしていて、2013年からは痛車コンテストも行われるようになりました。2019~2020年はコロナ禍のため中止となりましたが、2022年は開催が決定しています。


小美玉市(おみたまし)

小美玉市ホームページより

茨城県小美玉市 人と輝く水と緑の交流都市 人口48,750人

茨城空港の飛行機とマスコットキャラクター「おみたん」が描かれています。2020年から50cc以下のミニバイクを対象に交付されています。

小美玉市は茨城県の県央地域にある市です。2006年に東茨城郡小川町・美野里町、新治郡玉里村が合併してできたもので、旧自治体の頭文字を一つずつとって「小美玉」としています。南部で霞ヶ浦に接し地形はほぼ平坦、市域北西側にJR常磐線の羽鳥駅、南東側には茨城空港と航空自衛隊百里基地があります。昔から農業が盛んな土地柄で水田よりは畑が目立ちます。小川地区はニラ・いちごなどの農業、美野里地区は酪農をはじめ畜産、玉里地区は霞ヶ浦の内水面漁業とそれぞれ異なる産業の強みをもちます。製造業はプラスチック製品や金属製品も作られますが、食料品製造が第一位となっています。

茨城空港(百里飛行場)は小美玉市百里・与沢にある飛行場で、2010年から民間共用化されて茨城空港として営業しています。同空港の周辺には商業施設がなかったため、地域振興を目的としてそらのえき そ・ら・ら(空の駅、ヤギのいる公園とレストランなど商業施設)が開設されて、霞ヶ浦の鯉の加工品やヨーグルト当地の野菜などを販売しています。そ・ら・らは現在5カ年程度の拡張整備の構想があり、観光農園・チーズやソーセージの工房など体験施設やBBQ広場、サイクルステーションなどの拡張案が検討されているようです。航空自衛隊百里基地は航空観閲式(陸自の中央観閲式、海自の観艦式と並ぶ自衛隊最大のイベント)が3年おきに行われる航空自衛隊の基地で、関東の防空の要となっています。

素鵞神社(そがじんじゃ)小美玉市小川古城の公民館の裏手にある神社です。社伝によると1529年に当地の漁民橋本源左衛門、孫左衛門の兄弟が河口で魚を取っていたところ鯉に守護された御神体を発見し、小川城主 薗部宮内少輔の庇護を受けて創建したとされています。こじんまりとした神社ですが、百里基地の戦闘機が描かれたオリジナルの御朱印帳を扱っていることで知られています。

タカノフーズ納豆博物館は小美玉市野田にある企業の資料館です。タカノフーズは小美玉市に本社を置く、「おかめ納豆」のブランドで知られる業界最大手の食品メーカーです。同資料館は水戸工場に隣接し、工場見学や各種納豆の試食などがあり、好評を博していましたがコロナ禍のため当面の間は臨時休業となっています。

ひょうたん美術館は小美玉市小岩戸にある美術館です。ひょうたん約2万点のほか刀剣・火縄銃・兜など武具、掛け軸などの古美術、火鉢・徳利などの古道具が土蔵の中に展示されています。


八千代町(やちよまち)

八千代町ホームページより

茨城県結城郡八千代町 共生大地に 人が輝き 躍動するまち 人口20,880人

八千代町特産の梨・メロン・白菜が大きく描かれています。町制50周年記念として2022年2月から50cc以下のミニバイクを対象に交付されています。

八千代町は茨城県県西地域にある町で結城郡に属しています。関東平野の中央付近に位置するため全域がほぼ平坦、町域の東には鬼怒川が流れておおむね下妻市との境になっています。鬼怒川の沖積平野を利用した農業が盛んな土地柄で、日本一の生産量を誇る白菜と県の銘柄産地に指定されている梨のほか、メロン・さしま茶などが生産されています。また、近年は工業団地が整備されて製造品出荷額も伸びつつあります。

八千代グリーンビレッジは八千代町松本にあるキャンプ場・温泉・バーベキュー・コテージの複合施設です。八千代憩遊館(けいゆうかん)という施設があり、レストランや直売所、入浴施設を兼ねています。北側は八千代町町民公園となっています(運動公園なので遊具はないが、蓮池や桜並木はある)。

東蕗田天満社(ひがしふきたてんまんしゃ)は八千代町東蕗田にある神社です。学問の神様とされる菅原道真を祀ったもので、1288年に北野天満宮から勧請を受けて創建されたと伝えられています。裏参道の桜並木が有名で、当地の桜の名所として親しまれています。

筑波流源湖(つくばりゅうげんこ)は八千代町小屋にある県下最大の管理釣り場です。奈良時代の河川改修で鬼怒川の流れが変わったときにできた湖で、現在はへら鮒釣りの人気スポットになっています(温水洗浄機付きトイレ・食堂を兼ねる施設あり)。


原付のご当地ナンバー都道府県別目次はコチラ

福島県ご当地ナンバープレート紹介・一覧

原付・小型バイクのご当地ナンバー

【福島県編】

全47都道府県を網羅 掲載市町村区630以上


四輪自動車の地方版図柄入りナンバープレートはコチラ「地方版図柄入りナンバープレート 一覧 (四輪自動車)」または 地方版図柄入りナンバープレート 東北 (四輪自動車)

福島県ご当地ナンバープレートの紹介です。地域の観光・グルメ・道の駅情報なども少し扱っています。

当サイトの画像は、日本経済研究所さんの承諾を貰って使用しています。コピー・転載は禁止されています。

原付のご当地ナンバー都道府県別目次はコチラ

原付のご当地ナンバー市町村区別目次はコチラ


小野町(おのまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福島県田村郡小野町 笑顔とがんばりの町 人口96,360人

桜とイメージキャラクター「小桜ちゃん」が描かれています。町制60周年記念として、2015年からミニバイク50cc以下~125cc以下、小型特殊車両を対象に交付されています。

小野町は福島県の中通り東部にある町です。四方を700mを超える山々に囲まれ、町域の中央を流れる夏井川、JR磐越東線沿いに市街(標高400mほど)が発達しています。小野小町の生誕伝説がある地で、平安時代の始めの頃に小野篁(=おののたかむら、小野小町の父で文人)が当地の小野庄を発展させるため、赴任してきたと伝わっています。昭和35年以降人口減少により、とくに農林業・畜産業など第一次産業従事者が減少しています。一方で昭和50年代ごろから製造業が主要な産業となり、現在でも安定した製造品出荷額を誇ります。有名な観光地ではありませんが、高柴山のヤマツツジや矢大臣山(共にうつくしま百名山)のアズマギクなど自然景観に恵まれ、多くのハイカーが訪れる地域です。

リカちゃんキャッスルは、小野町小野新町中通にある着せ替え人形の「リカちゃん」のテーマパークです。1993年にオープンした施設(名誉館長は小野町町長)で、旧タカラ(現タカラトミー)の福島工場で、国内初の人形のオープンファクトリーです。「キャッスル」の名の通り、ヨーロッパのお城のような外観で、当地のシンボル兼観光名所となっています。展示や工場見学のほかドレスをレンタルできたり、オリジナルのリカちゃんを作れたりします。

高柴山は小野町の北部、田村市との境界にある山(標高884.1m)です。阿武隈高地の中部に位置し、約3万株のヤマツツジが自生していることで知られる山です。明治から昭和にかけて農耕馬が放牧され、放牧に邪魔な樹木が伐採され、花や葉に毒性があるヤマツツジが大群落となったようです。標高はそこそこながら、登山道はなだらかで初心者向けの山です。

夏井川千本桜は当地の夏井川の河川敷両岸に長さ5kmに渡る桜並木で、ソメイヨシノ約1,000本が植栽されています。河川の改修工事が行われたことをきっかけに、地元有志によって昭和50年に植栽されたもので、花期には当地の行政区・商工会・神社が共同で夏井川千本桜まつりとして露店などを出しています。

諏訪神社は小野町夏井にある神社です。奈良時代に宝亀の乱を起こした伊治 呰麻呂(これはる/これはり のあざまろ)を討伐に来た藤原継縄がこの地に陣を敷き、社壇を築いて杉を手ずから植え、戦勝を祈願したのが始まりとされています。参道にそびえる件の杉は夫婦杉で爺杉・媼杉(じじすぎ・ばばすぎ)と呼ばれ、国の天然記念物に指定されています。


喜多方市(きたかたし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福島県喜多方市 蔵とラーメンの町 人口46,270人

蔵造りの白壁を背景に喜多方ラーメンが描かれています。合併による新生喜多方市誕生10周年を記念し、2016年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカーを対象に交付されています。

喜多方市は福島県会津地方の北部にある市です。会津盆地の北部に位置し、北西側に福島県・新潟県・山形県にまたがる飯豊連峰の山々、東側は雄国山麓となり市域の67.7%が林野で、おおむね市域を南北に流れる濁川の左岸を市街としています。昭和40年頃まで稲作中心の農業が基幹産業でしたが、近年は非鉄金属・繊維・弱電(電気を信号として扱う分野)といった製造業が伸び、食料品加工や生産用機械、金属製品製造を強みとしています。また、当地発祥の喜多方ラーメンと山都そば、温泉、市街に散在する蔵造りの建物、伝統的な産業として酒造や漆器・桐細工といった市外から人を引き付ける魅力を有しています。市名の由来は江戸時代に会津藩の北側をなしていたことから「北方」、これが佳字として「喜多方」に転じたものとされています。

喜多方ラーメンは札幌、博多に並んで日本3大ラーメンに数えられるご当地ラーメンです。1927年頃に中国は浙江省出身の藩欣星という人が、当地で支那そばの屋台を引いたのが始まりとされています。スープは醤油味が基本形ですが店舗によって塩や味噌を提供するところもあります。当地の市街の飲食店で数多く提供されているほか、会津喜多方ラーメン館(土産物屋)やラーメン神社(ミュージアム&コミュニティースペース)といった観光施設があります。

道の駅 喜多の郷(ふれあいパーク喜多の里)は、喜多方市松山町にある国道121号の中規模の道の駅です。売店・直売所・レストランのほか、当地の特産品を紹介する四季彩館、入浴施設の「蔵の湯」を有しています。当地はラーメンの町ということでラーメンバーガーやラーメン大福といったラーメンコラボ商品が販売されています。また、当地は酒造業者が多く残るため地酒も人気があります。

山都そばは喜多方市山都町あたりで生産されるそばで、宮古そばともいいます。山芋などのつなぎを用いない十割そばで、他の地域より白っぽく見えます。宮古地区は標高が高いため、稲作には向かずそばを常食としており、江戸時代には越後裏街道の行商人にそばを振る舞っていたそうです。山都そば伝承館(そば打ち体験可)ほか、山都町内の飲食店及び国道459合沿いの山都町蓬莱あたりにそば屋が出ています。

日中線しだれ桜並木は、喜多方市押切の押切川公園の近くにある遊歩道です。旧日中線の線路跡の一部に3kmにわたって約1,000本の枝垂れ桜が植栽されている当地の桜の名所で、道のりの中間にSLの展示があります。

新宮熊野神社(しんぐうくまのじんじゃ)は喜多方市慶徳町新宮にある神社です。1055年に源頼義が戦勝祈願のために、当地に熊野神社を勧請したことが始まりとされています。最盛期には300を越す末社と100人以上の神職を有し、奥州の熊野と呼ばれていたそうです。「長床」と呼ばれる拝殿は、平安時代の寝殿造りを汲んだもので直径1尺5寸の円柱44本が等間隔に5列並んでおり、全体が吹き抜けになっています。大銀杏(市の天然記念物)や周辺の紅葉が有名で、紅葉のシーズンには夜間のライトアップが行われています。

ほまれ酒造は喜多方市松山町に本社を置く酒類製造・販売業者です。1918年に創業し、「会津ほまれ」のブランドで知られています。直売所と1,300坪ともいわれる日本庭園「雲嶺庵」を有し、試飲や見学も行っています。ほかにも当地には大和川酒造(市内に北方風土館を有す)、笹政宗酒造など多くの酒造メーカーがあり、それぞれ見学や直売を行っています。


いわき市

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福島県いわき市 創りたい ゆたかな明日、伝えたい 誇れるいわき 350,200人

カラフルなデザインで、いわき市を代表するリゾート施設「スパリゾートハワイアンズ」をイメージしたハイビスカスとフラガールが描かれています。2016年の市制施行50周年記念としてミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。また、2023年に公布予定の自動車用の図柄入りナンバー(いわきナンバー)と親和性のあるテーマとなっています。

いわき市は福島県浜通りの南部にある市です。西は阿武隈高地(標高500~700m)、東に向かって丘陵地、河岸段丘、扇状地、砂州と太平洋に向かって徐々に標高が下がります。日本最大の常磐炭田を有し、明治初期ごろから石炭の採掘が行われて日本の産業の近代化を支えた地域です。高度経済成長期の1966年に、石炭から石油へのエネルギー転換にともなって新産業都市の指定を受けるべく、14町村が大合併をして誕生した市であるため、県内最大の面積と東北地方では2位の人口を有しています。現在のいわき市はスパリゾートハワイアンズ、アクアマリンふくしま、いわき湯本温泉など多様な観光資源を有し、観光都市として知られています。市域の7割程度が山林ですが、市街部は人口・市域面積に見合った巨大なものとなっています。東北地方の最南端かつ太平洋に面するため温暖で日照も長く、降雪は稀です。

スパリゾートハワイアンズはいわき市常磐にあるレジャー施設です。大型温水プール・温泉・ホテル・ゴルフ場を中核とした大型複合施設で、総床面積 330,000㎡(東京ドーム6個ぶん)の広さを有します。また、同施設内にある「江戸情話 与市(露天風呂)」は世界最大の露天風呂としてギネスに登録されています。施設所有者は常磐興産という会社ですが、前身は常磐炭礦株式会社であり、その転身の様子は映画「フラガール(2006年)」に描かれています。

ふくしま海洋科学館(愛称:アクアマリンふくしま)はいわき市小名浜にある水族館です。東北地方最大の水族館であり、「海洋科学館」「環境水族館」といった名目を有し、観光・レクリエーション施設のみにとどまらず教育施設としての側面があります。水生生物保全センターを有するなど環境事業も行っています。子供用の体験エリア「アクアマリンえっぐ」(鰹節を削ったり缶詰を造ることができる)や、伝馬船(櫓漕ぎの小型和船)を製造する工房を有しています。

https://youtu.be/SchatKae1uU

いわき湯本温泉はいわき市湯本町あたりの温泉をいいます。奈良時代に開湯されたもので、1300年以上の歴史を誇り、日本三古湯(延喜式神名帳の方)の一つとなっています。JR常磐線の湯本駅周辺に多数の温泉宿・ホテル・和菓子・土産物屋からなる温泉街が広がっていて、共同入浴施設として「さはこの湯」「みゆきの湯」(銭湯)、「鶴のあし湯」などがあります。また、前述のスパリゾート・ハワイアンズでもこちらの温泉が利用されています。

白水阿弥陀堂(しらみずあみだどう)はいわき市内郷白水町にある仏堂です。同地に所在する願成寺(真言宗智山派)が所有するもので、福島県内唯一の国宝建造物であり、周辺の浄土式庭園を含む境内は国の史跡となっています。1160年に岩城則道(平則道)の妻 徳姫が、夫の菩提を弔うために建立したもので、後鳥羽上皇により勅願寺とされたり、徳川将軍家から寺領10石を与えられるなど当時の為政者から庇護を受けてきました。周辺の浄土式庭園には、亀や鯉、水鳥がみられます。

いわき市石炭・化石館 ほるるはいわき市湯本町にある博物館です。いわき市出土のフタバスズキリュウの骨格を含む化石・標本の展示室や模擬炭鉱があり、炭鉱町の暮らしが体験できる施設でしたが、2022年3月の地震により竪坑櫓が被害を受け、執筆現在(2022.12.9)は2024年春先まで臨時休業の予定となっています。


鏡石町(かがみいしまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福島県岩瀬郡鏡石町 共に生き 共につくる 牧場の朝のまち  人口12,270人

『唱歌「牧場の朝のまち」かがみいし』の文字と楽譜、町花アヤメと町木のしだれ桜、公式キャラクター「牧場のあーさー♪」が描かれています。2017年の町制55周年記念としてミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

鏡石町は福島県中通りの中央部南寄りにあり、岩瀬郡に属する町です。標高280mほどの台地上にあり、西の釈迦堂川と東の阿武隈川に挟まれた肥沃な地域です。主要な産業は農業で、稲作を中心に果物や野菜などが生産され、コシヒカリ・きゅうり・苺・りんごや梨などを特産としています。また、日本最古級の西洋式牧場である岩瀬牧場があり、文部省唱歌「牧場の朝」のモデルとなっています。2010年あたりまで人口は増加傾向にありましたが、現在では減少局面となっており、とくに農業従事者高齢化・後継者不足が顕著に表れてきています。

岩瀬牧場は鏡石町桜町にある観光牧場です。100万坪の広さと140年ほどの歴史を有し、明治天皇の指示で開墾された日本最古の国営牧場(旧宮内庁直営の御料牧場)です。売店や歴史資料館、大庭園、動物とのふれあいができる広場などがある広大な牧場で、バター作り体験や農作物の収穫体験、馬やヤギなどに対する餌やりの体験などを行っています。

まちの駅 かんかんてらすは、JR東北本線鏡石駅に併設されているまちの駅です。直売スペース、日替わりカフェ・キッチンやトイレ、情報発信スペースなどが一体となったもので、2018年にオープンしています。直売所としては小規模ですが、当地は農業に強い土地柄ですから作物や加工品など商品は豊富に揃っています。田んぼアートの田んぼで取れた米粉を使ったシフォンケーキが人気です。

鳥見山公園は鏡石町緑町にある公園です。およそ18haの広さで東側に野球場、陸上競技場、テニスコート、町民プールや体育館といった運動施設がはいっています。公園西側には約4万株のあやめ園があり、当地のあやめ祭りの会場となっています。また、修景池周辺に桜400本ほどが植栽されていて、当地の桜の名所でもあります。

弘法不動の湯は鏡石町岡ノ内にある入浴施設です。PH9.24のかけ流しの弱アルカリ泉で、うっすら茶色がかったモール泉です(飲泉も可でお湯はややぬるめ、炭酸泉でもあるのでじっくり温まってくるタイプ)。サウナや露天風呂などは無く、内風呂一つの昔ながらの銭湯です。


楢葉町(ならはまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福島県双葉郡楢葉町 未来へのキックオフ!光と風のまち 人口4,277人

マスコットキャラクター「ゆず太郎」と楢葉町の自然をイメージした山・川が描かれています。2017年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

楢葉町は福島県の浜通り(東部)にある町で双葉郡に属しています。町域西部と中央部が阿武隈高地の山地で、太平洋沿岸の町域の2割ほどの平地を市街としています。町中央部を鮭の遡上で知られる木戸川と井出川が流れ、北端には福島第二原子力発電所の1-4号機(執筆現在R4.12月では廃炉作業が行われている)があります。町域の3/4を山林が占め、耕地面積も7%程度と大規模なものではありません。2011年の東日本大震災以前は電気・ガスが基幹産業となっていましたが、現在では建設業・政府サービスが主な産業となっています。同地震が起きる前の人口は7,700人ほどで、2015年に避難指示が解除されたため、人口は増加傾向にありますが、元の人口より減少しています。

天神岬スポーツ公園は楢葉町の北田天神原(木戸川河口北側の太平洋沿岸部)にある公園です。「スポーツ公園」と称していますがテニスコートや野球場などはありません。キャンプ施設(高規格)やバーベキュー場、遊具にアイスショップや天神岬温泉しおかぜ荘が付随したものです。太平洋を一望できる高台にあり、展望台を有しています。

道の駅 ならはは、楢葉町山田岡の国道6号沿いにある中規模の道の駅です。2001年に開駅した施設で震災の影響で休業後、しばらくは双葉警察署の臨時庁舎として使用されていました。2019年からレストラン・売店・入浴施設などが再開しています(半分ほど白湯・半分温泉、サウナあり、浴槽多し 中学生以上700円 小学生まで300円)。

Jヴィレッジは楢葉町と隣接する広野町にまたがる、サッカー等を対象としたスポーツトレーニング施設です。東京電力が総工費130億円をかけて福島県に寄付した施設で、1997年に開設されています。サッカーコートを主としてラグビーやラクロス、卓球など様々な球技の施設と宿泊施設がはいっています。2011年から2013年までは全面閉鎖され、国が管理する原発事故の対応拠点として使用されていました。2018年から再開され、2020年の東京オリンピックの聖火ランナー(2021年3月25日から行われた)の出発地点となりました。

オールドカーセンタークダンは楢葉町山田岡にある自動車博物館です。東京都千代田区に事務所を置く九段建築研究所が運営する施設で、日本・ヨーロッパ・アメリカなど世界のオールドカー・クラシックカーを主として展示しています。また、セスナやヘリコプターなどなど航空機も展示されています。


浪江町(なみえまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福島県双葉郡浪江町 つづく、つながる、なみえ 人口15,750人(住民登録数、在住は約1,900名)

町の鳥カモメと波、町のイメージアップキャラクター「うけどん」が描かれています。震災からの復興をPRするため、2019年からミニバイク50cc以下~125cc以下(50枚、5枚、5枚)、ミニカー5枚・小型特殊車両135枚で計200枚が交付されています。

浪江町は福島県浜通りの中部にある町で、双葉郡に属しています。阿武隈高地に水源を持つ請戸川(うけどがわ)に沿って町域が広がっており、北西~南東に向かって瓢箪のようなくびれた町域を有しています。西側は山林、東側は請戸川河口に請戸港を有し、太平洋に接しています。同町に原子力発電所はありませんが、東日本大震災で福島第一原発の事故の影響を大きく受けた地域です。町域の北東部では、次世代エネルギーの研究を行う福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)が開設され、太陽光発電を利用して水素を大量に製造する実証プロジェクトが進められています。

道の駅 なみえは、浪江町幾世橋にある国道6号および114号の中規模の道の駅です。直売所、パン屋、無印良品、レストランなどが入った本館となみえの技・なりわい館(酒造と大堀相馬焼、物販と体験や見学)があります。2020年8月にオープンした施設です。当地は請戸漁港の水産業が盛んだったこともありしらすや海鮮丼、また酒蔵を併設していることから甘酒などが人気です。施設に隣接して「ラッキー公園inなみえまち」というポケットモンスターを題材にした公園があります。

請戸漁港は請戸川の河口にある第3種漁港です。浪江町の沿岸部は震災直後の津波によって被害を受けていますが、2020年には新しく荷捌き施設が完成し、競りが開始されています。また、「請戸夕市」として親しまれてきた魚市が、2022年12月に「請戸魚市」として12年ぶりに開かれています。、また、漁港の南側は請戸浜という砂浜になっています。

震災遺構・浪江町立請戸小学校は浪江町請戸にある廃校です。震災や津波の恐ろしさをなどを考えるためのきっかけとして残されており、2021年から一般公開されています(入館料:大人300円 高校生200円 小中学生100円 未就学児無料)。内部は津波の威力を物語る破壊の跡が残されており、ところどころに当時の写真など展示があります。


北塩原村(きたしおばらむら)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福島県耶麻郡北塩原村 高原・湖 四季の彩り 北塩原 人口2,535人

檜原湖から臨む磐梯山と村の花ミズバショウ、大塩川の流れが描かれています。2014年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

北塩原村は福島県会津地方の北部にある村で、耶麻郡に属しています。1954年に発足した村で、合併前の北山村・大塩村・檜原村から一文字ずつとって「北塩原」としています。おおよそ磐梯山の北麓に位置するため村域の86%ほどが林野であり、人口密度は10人/k㎡程度です。役場や住居は村域の西側、喜多方市側に固まって存在しています。15世紀末頃から旧会津米沢街道の宿場町として発達した地域で、現在は野菜づくりを中心とした農業と五色沼湖沼群、温泉、スキー場といった裏磐梯の自然やレジャー施設を活かした観光・レジャー産業を基幹産業としています。

道の駅 裏磐梯(愛称:裏磐梯ビューパーク)は国道459号(桧原ビューライン)沿いにある小規模の道の駅です。レストラン・フードコートなどがはいる本棟と直売所、団子屋とジェラート店で構成されています。コンパクトな作りですが、会津漆器の販売や会津山塩、山ぶどうなどを使った菓子などが販売されていてご当地感が強めです。また、近くにラビスパ裏磐梯(プール・温泉・フィットネスジム・オートキャンプサイトなどの複合施設)があります。

五色沼湖沼群(ごしきぬまこしょうぐん)は磐梯山の北側、裏磐梯と呼ばれる地域にある大小30あまりの湖沼群のことで、藻や火山性物質の影響で、緑・赤・青など様々な色合いに見えることからこのあたりの湖沼を五色沼といいます。1888年に磐梯山が噴火した際に、当時存在していた小磐梯(こばんだい)という山が崩壊し、岩屑のなだれが河川を堰き止めてできたものです。2016年にミシュラン・グリーンガイド・ジャポン一つ星に認定され、多くの観光客を魅了しています。

中津川渓谷は秋元湖に注ぐ中津川の上流にある渓谷で、約10kmにわたり原生林と大絶壁滝や急流などが続きます。紅葉の名所とされ、猪苗代町側の中津川渓谷レストハウスから遊歩道が出ています。また、春には両岸にヤマザクラが咲いています。

諸橋近代美術館(もろはしきんだいびじゅつかん)は北塩原村檜原の五色沼周辺にある美術館です。近代シュールレアリスムの巨匠サルバドール・ダリのコレクションで有名な美術館で(約340点)、アジアでは唯一ダリの常設展がある施設となっています。庭園は小川や睡蓮が咲く池などを配した風景式です。


国見町(くにみまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福島県伊達郡国見町 くだものと歴史のまち くにみ 人口8,219人

阿津賀志山(あつかしやま)と特産の桃、マスコットキャラクター「くにももたん」が描かれています。阿津賀志山防塁(地面のデコボコ)が描かれています。誕生60周年記念として2016年からミニカー50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

国見町は福島県中通り北端にある町で、伊達郡に属しています。町の南部に阿武隈川が流れ、北側は馬頭山から続く山地が宮城県との境になっています。おおむね阿武隈川北岸とJR東北本線に挟まれた台地~丘陵地に市街を成し、市街地の標高は50m~300mくらいです。古くから東山道(近江国~陸奥国を結ぶ、五畿七道の一つ)の関門地として栄え、現在でも東北自動車道、JR東北本線、一般国道4号などを町内に有し交通の要衝となっています。稲作と桃・柿・さくらんぼなど果樹作が基幹産業ですが、人口が減少しているため第一次産業・第二次産業共に就業者が落ち込んでいます。「国見石」と呼ばれる凝灰岩が露出し、古来から採石が行われていたため、石蔵や石像建築物がかなりの数残っています。

道の駅 国見あつかしの郷は国見町の市街にある国道4号の中~大規模の道の駅です。2017年にオープンした施設で、直売所・レストラン・カフェ・ファーストフード店・コンビニ・宿泊施設などで構成されています。当地は桃の名産地であるため、桃・すもも・梨・ぶどうなど果物が人気のようです。また、国見町のご当地バーガー(さばの味噌煮をバンズで挟んだもの)やチキンソースカツのバーガーが食べられます。

観月台公園(かんげつだいこうえん)は、国町の市街中心にある観月台溜池を中心に整備された公園です。ソメイヨシノやしだれ桜など100本が植栽されているため当地のお花見スポットとなっています。、あた、ため池には鯉がいて冬場には水鳥が飛来するようです。園内に旧佐藤家住宅(県の重要文化財)があります。

義経まつりは毎年9月23日(くにみの日)に行われる武者行列をメインとしたまつりです。平成元年から行われている当地を代表するまつりですが、2011~2012年は東日本大震災のため、また2020~2021年は新型コロナウイルスの感染防止のため中止されています。2022年度は規模を縮小し、再開されています。

中尊寺ハス(ちゅうそんじはす)とは、1950年に岩手県平泉町にある中尊寺の学術調査が行われた際に、四代藤原泰衡の首級が納められていた首桶から出た蓮の種子から発芽・成長した蓮です。国見町西大枝にある中尊寺蓮は、2009年に中尊寺から株分けされたものを水田に植えています。現在は中尊寺蓮園をリニューアルして、トイレやガイダンス施設、駐車場などを整備し「あつかし千年公園」としています。

深山神社(しんざんじんじゃ)の大カヤ・大藤は、国見町鳥取にある深山神社(旧鳥取村の村社)の境内にあります。推定樹齢500年以上とされるカヤの木は根周り約4m、枝の張り出しが15mほどあり、このカヤに藤が絡みついて成長しているため、花期には無数の花穂が垂れて藤の花でできた山のような姿になります。


桑折町(こおりまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福島県伊達郡桑折町 献上桃の郷 自然と歴史と文化のふるさと桑折町 人口11,680人

桃の花とホタル、街のシンボルである旧伊達郡役所、観光大使の「ホタピー」が描かれています。2015年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。従来のナンバープレートより幅が30mm大きくなっています。

桑折町は福島県中通り北部にある町で、伊達郡に属しています。江戸時代以前に奥州街道と羽州街道の交点 桑折宿として発達し、江戸時代~明治期には佐渡金山・生野銀山と並ぶ半田銀山が隆盛を極め、同時に養蚕も盛んに行われていました。現在の桑折町は伊達市・福島市のベッドタウンの様相が強くなっています。当地は桃の一大産地である福島県のなかでも特に質の高い桃を産することで知られ、20年以上連続で皇室に献上されたことから「献上桃の郷」と称しています。果樹作が盛んで桃以外にも柿、りんご、ぶどうなどが栽培されていますが、ここ20年ほどで第一次産業従事者が半減するなど後継者不足に喘いでいます。

旧伊達郡役所は桑折町陣屋にあります。1883年に建造された擬洋風建築の建物で、1879年に保原町(現伊達市保原町)に設置されたものですが、当地の有志が誘致活動を行い、1883年に現在の位置に移されました。1974年にその役割を終えるまで群の行政の中心、県の出先機関となっていた施設です。2021年2月の地震で被害を受け、復旧作業を行う予定の2022年3月にまた地震で壁が剥がれ落ちるなどの被害を受けています。隣接の種徳美術館も同様に被害を受け、執筆現在(R4.12月)では臨時休館となっています。

半田山自然公園は桑折町南半田にある自然の景観を活かした公園です。半田沼(農閑期の満水時に半田山頂上あたりから見るとハート型に見えることから「ハートレイク」ともいう)の周辺に桜、つつじ、あじさいなどが植栽され、遊歩道や多目的広場が整備されています。

うぶかの郷(桑折町民研修センター)は、桑折町南半田の産ヶ沢川(うぶかさわがわ)の北岸にある施設です。温泉入浴施設とレストラン、ちょっとした土産物屋を併設しています。かなり辺鄙なところにありますが、日帰り入浴料金が大人385円(税込み)と安く、泉質もPH9.8とほぼほぼ強アルカリ泉の域であるため人気があるようです。初夏には周辺の産ヶ沢川のホタルを見ることができます。

凍天(しみてん)というのは「凍み餅の天ぷら」を縮めたもので、保存食として食される凍み餅を水で戻し、ドーナツ生地をつけて揚げたものです。有限会社コワタ食品(現株式会社木乃幡)が1898年から販売し、福島県のソウルフードとして定着しました。2011年の東日本大震災で被災し生産不可能になり、その後再起を図るも赤字倒産となっていましたが、2020年に復活して、当地に「凍天処木乃幡」という店舗を出しています。

半田銀山ブルワリーは桑折町上町にある醸造所です。2020年に開設されており、当地発祥のりんご「王林」、クランベリー&さくらんぼ、グレープフルーツなどフルーツを使用したペールエールやスタウトなどを醸しています。


本宮市(もとみやし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福島県本宮市 『笑顔』あふれる『人』と『地域』が輝くまち 人口30,024人

「福島のへそのまち」の文字とイメージキャラクター「まゆみちゃん」が描かれています。2013年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

本宮市は福島県の中通り中部北よりにある市です。2007年に本宮町と白沢村が合併してできた市で、県内で最も人口の少ない市ですが、面積も市としては最小なので人口密度は341/k㎡ほどとそれなりです。東西を山地に挟まれ、おおむね市域中心部を北流する阿武隈川沿いに市街を成しています。県内では比較的林野が少なく、田んぼや畑が多く見られる地域です。元は農業が基幹産業でしたが、1972年にアサヒビール福島工場が開かれ、この頃から飲料や電子部品、食料加工など製造業が主な産業となっています。烏骨鶏、とろろ芋、しいたけ、ゆべし饅頭などを特産品としています。

花と歴史の郷 蛇の鼻(はなとれきしのさと じゃのはな=蛇の鼻遊楽園)は本宮市蛇の鼻にある日本庭園です。春はチューリップや芝桜>藤とボタン>バラ、初夏には睡蓮と芍薬、秋にはバラ>菊>紅葉と真夏・真冬以外は何かと見どころのある庭園です。同園は当地の豪農・政治家 伊藤禰氏が蛇の鼻地区を開墾した際に造られたもので、別邸として建築された蛇の鼻御殿が建ち、蛇の鼻遊園の入園券で見学ができます。

アサヒビール福島工場は本宮市荒井にあります。1979年に竣工した工場で、同年から2020年まで内部の見学が可能でした。同工場に併設されたアサヒビール園福島本宮点(マトン焼肉店)は現在でも営業していて、当地の人気店の一つになっています。

みずいろ公園は本宮市本宮字馬場にある公園です。市内を流れる阿武隈川と安達太良川の水を利用した滝や水路、遊具と広場がある公園で、周辺は商業施設が多く保育園や児童館もあるためいつでも人気のある公園です。同園は水遊びのできる公園がまだ目新しかった1993年にオープンしたもので、市のシンボル的存在として根強い人気があります。

安達太良SA(上り下り)は東北自動車道のサービスエリアで、東北地方最大の駐車場(上り・下り共に260台程度)を有する施設です。安達太良山(あだたらやま、標高1,728m)が近くにそびえ、眺めの良いサービスエリアです。施設はかなり規模が大きく、特に下り側は通路が立体的に交差しているため、ちょっとした迷路感があります。一般道からの入り口があるため高速利用者でなくても利用できます。

プリンス・ウィリアムズ・パークは本宮市糠沢にある公園です。2019年に当地をイギリス王室のウィリアム王子が訪れたことから命名された公園で、屋外遊び場と英国式庭園、屋内遊び場を揃え、遊具やアスレチック、トランポリンなどがあります。入園無料の公園としては施設が充実し、カフェや休憩所も備えています。当地のバラの名所でもあります。


会津若松市(あいづわかまつし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福島県会津若松市 きりりいにしえ・今輝いて未来発信 人口114,687人

「SAMURAI CITY」の文字と「お城ボくん」が描かれています。2012年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカーを対象に交付されています。

会津若松市は福岡県西部の会津地方の東部にある市で、同地方の中心都市です。2004年に北会津郡北会津村、2005年に河沼郡河東町を編入して現在の市域としています。市域の北部、中部、西部は会津盆地の南東部にあたり、南部は山地、東部で猪苗代湖と接しています。江戸時代に会津藩の城下町として栄えた地域で、鶴ヶ城をはじめ多くの史跡や白虎隊など歴史的事物を観光資源としています。肥沃な土地と豊富な水、寒暖の差が激しい盆地の気候を活かした稲作中心の農業が行われているため水田が目立ちますが、基幹産業は業務用機械器具・非鉄金属・電子部品など製造業です。また、近年はロードサイド型の大型店舗、小店舗など商業施設が増えています。

鶴ヶ城(会津若松城・黒川城)は会津若松市追手町にある城跡です。1384年に芦名氏によって築かれた東黒川館がはじまりとされる城で、1592年に蒲生氏郷が入り、近世城郭として改築を行いました。このため「鶴ヶ城」という呼び名は蒲生家の家紋 舞鶴にちなんでいます。戊辰戦争(日本で最大の内戦、1868-1869年)時には奥羽越列藩同盟軍が籠城し、新政府軍と激戦を繰り広げた場所でもあります。遺構は石垣・土塁・堀ですが天守をはじめ、門や櫓、長屋などが復興されています。

(承前)鶴ヶ城周辺は鶴ヶ城市民公園(およそ23haほどの広さ)として整備されています。野球場・陸上競技場・体育館など運動施設のほかカフェや福島県立博物館、高松宮殿下お手上の梅などがあり、地元民の憩いの場・他の地域の方には観光名所となっています。また、同公園から北東側に200mくらいのところに御薬園(おやくえん、国の名勝「会津松平氏庭園」)があり、茅葺きの御茶屋御殿や重陽閣といった古い建物を見ながら庭園を散策できます。

会津武家屋敷は会津若松市東山町にある歴史をテーマとする野外博物館です。会津藩家老 西郷頼母の邸宅を中心に復元・移築された歴史的建造物が並んでいます。こちらは会津武士道精神を後世に伝えるべく1975年に開館したもので、食事処、赤べこや起き上がり小法師の絵付け・弓道などの体験館・土産物屋を併設し、当地を代表する観光名所となっています。また、1987年には河東町に会津藩校日新館(体験型博物館)が開設されています。

会津さざえ堂(円通三匝堂)は会津若松市一箕町の飯盛山にあるお堂です。さざえ堂(三匝堂=さんそうどう)は簡便な観音巡礼を行うための施設で、三層構造のお堂を右に三回回って拝観します。江戸時代後期に関東以北で盛んに造られたようですが現存するものは少なく、また当地の三匝堂は二重のらせん構造を有する特異なものとなっているため、国の重要文化財として保護されています。飯盛山は白虎隊士19名が自刃した地であり、周囲に白虎隊記念館や隊士の墓が存在しています。

会津若松市は芦ノ牧温泉東山温泉・神指温泉(大江戸温泉物語 あいづ)の3つの温泉を有しています。芦ノ牧温泉は同市南部の大戸町の阿賀川の湾曲部に存在し、温泉旅館・ホテルなど8軒程度が出ています。東山温泉は鶴ヶ城から南東の東山町の湯川沿いに約3kmほどの長さに渡って20軒ほどの温泉旅館・ホテルなどが出ています。同温泉には現在でも芸妓20名ほどが残っています。


郡山市(こおりやまし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福島県郡山市 東北のウィーン  人と環境のハーモニー 魅力あるまち 人口323,947人

イメージキャラクター「がくとくん」と五線譜や音符が描かれています。2014年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。

郡山市は福島県中通りの中部にある市です。いわき市に次いで県内2番めの規模を誇る市で、中核市に制定されています。757.20k㎡と広大な市域を有し、北は安達太良山、西は猪苗代湖、東は阿武隈山地に接しています。江戸時代末期には奥州街道の宿場町、明治時代に安積開拓(あさかかいたく、明治政府の国営事業第一号)によって安積疏水が開削され、水利が得られるようになり大いに発展しました。現在の郡山市は東北自動車道・一般国道4号と東北横断自動車道の交点であり、東北地方有数の製造品出荷額と同地方2位の商品販売額を誇る商工業都市となっています。また、耕地面積も9,000haほどと広大で、日本有数の米どころとなっています。1949年に郡山音楽協会が発足、1954年の「NHK交響楽団郡山公演」を皮切りに十万人のコーラス運動が盛んとなり、2008年には音楽都市宣言を行うなど「音楽のまち」として知られています。

開成山公園(かいせいざんこうえん)は郡山市開成にある都市公園(総合公園)です。当地のシンボル的公園(総面積30ha)で、開拓時代に植えられた桜が数多くあり、当地の桜の名所の一つでもあります。野球場・陸上競技場など運動施設と五十鈴湖、開成山野外音楽堂、バラ園などがあります。また、浪江町に続き県内2番めのラッキー公園(ポケットモンスターをテーマにした公園)があります。同公園西側は開成山大神宮(安積開拓民の精神的支柱とするため、伊勢神宮より分霊された神社)があり、こちらにも桜が植栽されています。

https://youtu.be/lqIfWSjNOo8

郡山カルチャーパークは郡山市安積町にある市営のレジャー施設です。遊園地「ドリームランド」、プール、屋内子供の遊び場、カルチャーセンターなどがはいっています。当地の花火大会 あさか野夏祭り花火大会の会場でもあります。また、南側の笹原川沿いになりた温泉、ホテルバーデンとバーデン温泉、あさかの杜温泉(クリニックがやっている入浴施設)など温泉の入浴施設があります。

磐梯熱海温泉(ばんだいあたみおんせん)は郡山市熱海町にある温泉街です。JR磐越西線磐梯熱海駅周辺から五百川沿いに20軒ほどのホテル・旅館が並んでいます。共同浴場として錦星湯、霊泉元湯があり、駅前と渓谷沿いのケヤキの森源泉神社入り口辺りに足湯もあります。また、同地には着物を専門とするきもの美術館があります。

石筵ふれあい牧場(いしむしろふれあいぼくじょう)は郡山市熱海町の温泉街から北側4kmほどのところにあります。市が設置し財団法人が運営するもので、畜産振興の拠点及び動物とふれあえる憩いの場として機能しています。標高660m~990mの丘陵地100haほどの広大な牧場にポニー・羊・牛・ロバやウサギなどが飼育され、乗馬や餌やり体験、バーベキューなどができます。


須賀川市(すかがわし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福島県須賀川市 人・自然・地域が輝く臨空都市 人口73,786人

ウルトラマンと「M78★SISTER CITES」の文字が描かれています。2014年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています(従来型と選択性)。

須賀川市は福島県中通りの中央やや南側にある市です。2005年に岩瀬郡長沼町・岩瀬村を編入しています。市域は東西に細長く、西は奥羽山系の山々、東は阿武隈山地、その間の阿武隈川・釈迦堂川流域を市街としています。室町時代に築かれた須賀川城の城下町として発達し、江戸時代には奥州街道を代表する宿場町 須賀川宿として栄えました。現在の須賀川市は第一次産業従事者の構成比率が全国・県の平均よりも顕著に高く、米・きゅうり・いんげんなどを特産とする農業・林業・製造業を基幹産業としていますが、市の人口は減少傾向にあり、将来の働き手不足が懸念されています。また、近年は郡山市のベッドタウンの様相が強まってきています。

福島空港は石川郡玉川村と須賀川市にまたがって存在する空港です。阿武隈山系の丘陵地を開削して1993年に開港した県管理の空港で、「ウルトラマン」の生みの親、円谷英二氏の出生地が須賀川市であることからウルトラシリーズの立像が展示されています。周辺の山林など広さ328.6haを人と自然、地球科学にテーマを置いた福島空港公園(広域公園)として整備する予定で、現在はエアフロントエリア・野外活動エリア・緑のスポーツエリアの計52.1haが整備されています。

須賀川牡丹園は須賀川市牡丹園にある牡丹園です。1766年に当地で薬種商を営む伊藤祐倫という人が、牡丹の根皮を薬用にするために当地で栽培を初めたのが同園の始まりで、その後明治初期ごろに株数を増やし、現在では10haほどの土地に290種7,000株の牡丹が咲き誇ります。ぼたん園としては唯一国の名勝に指定されています(入園料:高校生以上500円、小中学生200円 花期のみ入園料が発生する)。

円谷英二ミュージアムは須賀川市民交流センター(須賀川市中町 松明通り沿い)内にあります。当地の麹屋に生まれ、「特撮の神様」と呼ばれるようになった円谷英二氏の生涯、初代ゴジラのスーツ、東宝撮影所のミニチュアでの再現などの展示があります。また、同じ通りにSHOT M78という看板の店舗があり、氏の甥が運営しているため資料館を併設しています。また、かなり離れますが、須賀川市柱田の学校給食センターあたりに特撮アーカイブセンターもあります(館長は庵野秀明氏、入館無料)。

ムシテックワールドは須賀川市虹の台にある昆虫をテーマにした科学館です(正式名は福島森の科学体験センターという)。うつくしま未来博で使用されていた「なぜだろうのミュージアム」を引き継いだもので、昆虫の視点から飛行・捕食・行動・擬態などの生態を観察することができる「なぜだろうランド」やフライトシュミレーター、化学実験室や工作室を備えています。

乙字ヶ滝(おつじがたき)は、須賀川市と玉川村の間を流れる阿武隈川の滝で、読んで字のごとく「乙」の字の形に流れる滝です。落差6m、幅100ほどの非常に幅の広い滝で、日本の滝百選に選ばれています。江戸時代には白河藩によりこのあたりで鱒・鮭・鮎を取って良いとされ、初漁の魚は殿様に献上されることになっていました。


棚倉町(たなぐらまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福島県東白川郡棚倉町 緯37度 自然・歴史 人が輝く 棚倉町 人口13,830人

棚倉城跡の写真(左側)とシンボルキャタクター「たなちゃん」(プレート右側)が描かれています。2015年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

棚倉町は福島県の中通り南部にある町で、東白川郡に属しています。東部は阿武隈山地、西部は県境を成す八溝山地に挟まれ、町域中央やや東寄りの久慈川の曲折部周辺を市街としています。江戸時代に陸奥国白河郡・菊田郡・磐前郡、磐城郡などを支配した棚倉藩の城下町として発達した地域です。農林業を基幹産業として発達し、コシヒカリ・いちご・ブルーベリーなどを特産品としていますが、現在の産業構造は製造業寄りで電子部品・汎用機械器具・生産用機械器具などの製造を得意としています。なお、正式な読み方は「たなぐら」ですが、JR水郡線の駅名「磐城棚倉」は「いわきたなくら」です。

棚倉城跡(亀ヶ城)は1,625年に丹羽長重によって築城されたもので、ながらく棚倉藩の藩庁として利用されていました。1868年の戊辰戦争により板垣退助率いる800名の攻撃を受け、落城・焼失していますが、石垣や堀、土塁はきれいに残っています。また、門も一部現存しており、北側1kmほどのところにある長久寺の山門となっています。本丸は亀ヶ城公園として整備されていて、桜や紅葉の名所として親しまれています。

都々古別神社(つつこわけじんじゃ)は味耜高彦根命(アヂスキタカヒコネノミコト)・大和武尊を祭神とする神社で、当地には棚倉町馬場、棚倉町八槻の二箇所に同名の神社があります。茨城県久慈郡太子町の下宮近津神社と3社で「近津三社」を成していたようです。上宮の馬場都々古別神社は、太刀や奥州に残るものとしては最古の甲冑など様々な文化財を有しています。また、中宮の八槻都々古別神社は、旧暦1月6日に行われる御田植祭(国指定重要無形文化財)が有名です。

赤館公園(あかだてこうえん)は棚倉町棚倉風呂ヶ沢にある公園です。中世に築かれ、棚倉城が築かれるまでこの地を治めた赤館城跡の周辺を整備した公園で、公園の展望台(標高345m)からの町内を一望することができます。展望台以外にこれといった施設はないのですが、桜300本ほどが植栽されているため、春には当地の花見スポットになります。

叶や豆富 大椙食品(かのうやとうふ おおすぎしょくひん)は棚倉町棚倉鉄炮町にある豆腐店です。普通の豆腐のほか、枝豆やバジルを使った寄せ豆腐、自然乾燥の凍み豆腐、おからドーナツや豆乳を使ったパンナコッタなどを販売しています。月一回程度「夜明け豆腐」という早朝からの豆腐作り体験を行っています。

八槻家住宅は棚倉町八槻大宮にある旧家です。八槻家は代々八槻都々古別神社の宮司を務める家柄で、かつては現在の白河市~茨城県太子町にわたる広い範囲の修験を統括していました。木造平屋建寄棟造茅葺きの主屋、書院、土蔵(県指定重要文化財)などが残っています。


西会津町(にしあいづまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福島県耶麻郡西会津町 みんなの声が響くまち にしあいづ 人口5712人

町の花オトメユリ(右上)と阿賀川の流れ(左下)、イメージキャラクターの「こゆりちゃん」が描かれています。2,011年にミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に限定500枚が交付されています。

西会津町は福島県会津地方の北西部にある町で、耶麻郡に属しています。西に福島ー新潟の県境を成す越後山脈が走り、町の中央部を東西に阿賀川が流れています。298.18k㎡の町域のうち85%ほどが山林であり、概ね町域中央部からやや南東に寄った阿賀川の南岸を居住地としています。古くは陸奥国会津若松と越後国新発田を結ぶ会津(越後)街道の中心であり、野沢宿・野尻宿といった宿場町として発展しました。平均最新積雪量が142cmと雪深い地域です。1950年から人口が減少しているため、高齢化と後継者不足による働き手不足が進展し、現在は基幹産業であった農業や製造業だけではなく、第三次産業に町内総生産が依存する形となっています。

道の駅 にしあいづ(愛称:よりっせ)は西会津町野沢にある国道49号の小~中規模の道の駅です。物産館・レストラン(和食)、フードコートなどが入っていますが、レストランとフードコートは15:30まで営業と閉まるのが早いです。物産館の売り場面積は広く、友好都市宮古島の沖縄物産コーナーがあり人気を博しています。会津のシンボル 赤べことシーサーが並ぶ道の駅です。

如法寺は西会津町野沢字如法寺にある真言宗室生寺派の寺院です。807年に徳一によって建立されたと伝えられる寺で、「鳥追観音」の名で親しまれ、会津ころり三観音の一つとなっています。観音堂などの彫刻は左甚五郎作であり、隠れ三猿(難より隠れ猿、難をのがれ猿、安楽に暮らし猿)を見つけると「福まさる」といわれています。また、東北地方最大のコウヤマキが境内にあり、県の天然記念物になっています。

ふるさと自慢館は、前述の道の駅にしあいづから東200mほどのところにある小さな資料館です。歴史・文化・偉人に関するパネル展示やこの辺りで出土した縄文式土器などが展示されています。1866年に当地に開設され、多くの偉人を輩出した私塾 研幾堂(けんきどう)に関する資料も展示されています。

西会津国際芸術村は西会津町新郷笹川にある文化交流施設・インキュベーションセンターです。2004年に旧新郷中学校の木造校舎を再利用して開設された施設で、国内外のアーティストの滞在施設として旧教職員宿舎が活用されるほか、校舎内のスペースを用いて様々な展示を行ったり、木工のワークショップを行っています。

銚子の口は、西会津町群岡にある阿賀川が形成する長さ3kmほどの峡谷です。阿賀川の峡谷のなかでは特に有名な景勝地であり、酒を入れる銚子のようにくびれた形から「銚子の口」と呼びます。紅葉の名所として知られています。


福島市(ふくしまし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福島県福島市 実・湧・満・彩(みわくまんさい) 人口277,757人

「くだもの王国」をイメージしたもので、桃・梨・りんご・ぶどうのイラストが描かれています。2013年から50cc以下のミニバイクを対象に交付されています。

福島市は福島県中通りの北部にある市です。県庁所在地・中核市・保健所政令市・中枢中核都市に指定されています。市域西側を一切経山・吾妻小富士などの吾妻連峰、東側を阿武隈高地に挟まれた福島盆地の南西部を市街としています。江戸時代以前から福島城の城下町として発達し、江戸時代中期ごろには福島藩として会津藩に次ぐ石高を誇りました。明治時代以降は蚕種、生糸、織物の集散地として栄えた地域です。現在の福島市の農業産出額は県内1位ですが、その殆どが果樹作によるもので、桃・ぶどう・ワイン・梅・柿などを特産としています。また、市内に複数の温泉郷があり観光業や小売業なども盛んです。一方で毎年2,000人ほどの人口減少局面になっており、特に第一次産業従事者の高齢化・後継者不足が顕著にあらわれてきています。

花見山公園は福島市渡利字原にある花卉園芸農家の私有地です。渡利地区は花卉園芸が盛んでな土地柄で、春にはレンギョウやハナモモ、ボケ、モクレン、桜と菜の花といった花々で丘陵が覆われます。1950年代後半から観光客が集まり始めたため、所有者が公園として私有地を無料開放していてトイレや散策路などが整備されています。「吾妻山の雪うさぎ」(春ごろに吾妻小富士山麓の残雪がうさぎに見えること、「種まきウサギとも」)と並んで福島市の風物詩・景観となっています。

福島市は飯坂温泉・高湯温泉・土湯温泉の3つの温泉地を有しています。飯坂温泉はヤマトタケル伝説にも登場し、2世紀頃から知られる古湯で福島市飯坂町・飯坂町湯野の摺上川周辺に60軒ほどの以上の旅館が出ています。高湯温泉は福島市庭坂の磐梯吾妻スカイラインの入り口周辺にある温泉郷で、標高750mほどの高さからの眺望と高濃度硫黄泉かけ流し湯を楽しめる温泉郷です。土湯温泉は福島市南西部の土湯温泉町一帯にある温泉郷で、約1,400ほどの歴史を有し、「東北三大こけし発祥の地」として知られています。

アンナガーデンは福島市荒井にある観光地です。聖アンナ教会を中心に欧風の佇まいをした店舗が連なったもので、こけし記念館やビオラ押し花&昆虫館があり、その周囲に地ビール・ジェラート店やピザ屋・カフェ・家具や・陶器屋など店舗が出ています。全体としてはヨーロッパ風なのですが、茶屋や益子焼を売る店などもあり和洋折衷の不思議ゾーンになっています。

道の駅 つちゆロードパークは、土湯温泉郷の入り口あたり(福島市松川町水原南沢)にある国道115号の小規模の道の駅です。土湯峠の周辺標高800mの高所にあり、見晴らしの良い道の駅で、早朝には雲海が見られることがあります。舞茸・たもぎ茸・温泉卵・手作りこんにゃく・イワナの塩焼きなどが人気のようです。

道の駅 ふくしまは福島県道5号上名倉飯坂伊達線(フルーツライン)沿い、及び東北中央自動車道福島大笹生ICあたりにある大型の道の駅です。2022年4月にオープンした施設で、直売所、レストランや休憩所のほか、観光案内所・ドッグラン・室内の子供の遊び場を備えています。内部は柱や天井、調度にいたるまで木造にこだわった施設となっています。

へたれガンダムは、福島市平石地区にある高さ2.5mほどの鉄像です。2009~2010年頃に当地のアマチュア鉄作家により設置されたもので、アニメ「機動戦士ガンダム」のRX-78-2 ガンダムをモデルにしていますが、がに股・猫背・モデルとは異なる頭身などから「へたれ」を冠しています。2020年のビームライフル盗難が全国報道されたおりに、全国からプラスチック製モデルガンやペットボトル製ハイパーバズーカなど武器が続々と届き、観光バスも停車する有名な珍スポットとなりました。現在は武器が持ちきれなくなったため、像の脇に武器架が設置されています。


伊達市(だてし)

伊達市ホームページより

福島県伊達市 #幸せがじゅずつなぎになるまち  人口59,620人

㊤伊達市の市の花・名産品である桃と市の鳥セキレイ㊥伊達市のシンボル 霊山(りょうぜん)と桃の花㊦背景に霊山、右側に福島県のご当地アニメ「正宗ダテニクル」から伊達家初代当主 朝宗。3種から選択、2020年1月に、ミニバイク50cc以下を対象に150枚ずつが限定交付された。

伊達市は福島県中通りの北側にある市です。2006年に伊達町・梁川町・保原町・霊山町・月舘町の5町が合併して生まれた市であり、北海道の伊達市と同市名を採用しています(北海道伊達市も伊達氏に由来)。市域は北部が福島盆地に属する低地、南部が阿武隈高地からなる丘陵地や山地、市街は市域北西部の阿武隈川沿いに発達しています。伊達氏発祥の地であり、1603年に伊達政宗が仙台に居を移すまで奥州(陸奥国)の政治の中心地でした。現在の伊達市は桃や当地が発祥地のあんぽ柿、りんごなど果樹の栽培が盛んに行われ、富士通ブランドのデスクトップPCの生産拠点でもあります。余談ですが、江戸時代には「いだち」「いだて」と伊の字の方も読んだようです。*2024年冬に堂ノ内地区にてイオンモール北福島(仮称)が開業予定。

道の駅 伊達の郷りょうぜんは、東北中央自動車道霊山ICの近くにある国道115号(相馬福島道路)沿いの小~中規模の道の駅です。「山間と農村に浮かぶ宿場ビストロ」というテーマの施設で、パン屋・つきたての餅屋・人気のジェラート店「まきばのジャージー」などがはいった食に特化した施設です。また、当地では果樹作が盛んということから桃をはじめ、年間を通して果物が販売されています。

霊山は伊達市の南東部、隣接する相馬市との市境にそびえる山(標高825m)です。慈覚大師円仁によって山上に霊仙寺が開かれてから東北地方の山岳仏教の聖地となった山で、山の名も釈迦が修行をしたといわれる霊鷲山(りょうじゅせん)に由来します。また、南北朝時代の城跡遺構が残っているため国の史跡となっています。切り立った崖が印象的な山で、奇岩や紅葉の名所として知られ、南麓に県立自然公園のりょうぜんこどもの村(遊具・アスレチック・キャンプ場などを有する)があります。

保原町総合公園は伊達市保原町大泉宮脇にある公園です。テニスコートや野球場、相撲場など運動施設が主体の公園ですが大型遊具もあり、教養設備として古民家、歴史文化資料館などがコンパクトにまとまっています。毎年冬になると、県道沿いに地元有志によるイルミネーションが行われています。

まちの駅 やながわは、伊達市梁川町大町にある直売所・レストラン、トイレ・駐車場など公共スペース、観光案内所、イベントスペースを兼ねた休憩施設です。道の駅と比較すると小さい施設ですが、個人店舗が多いまちの駅としては充実した設備を備えています。同施設で販売される「肉ごろっとおにぎり」は2019年に「お弁当・お惣菜大賞」(全国スーパーマーケット協会が選定する賞)のおにぎり部門で最優秀賞を受賞しています。


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山形県ご当地ナンバープレート紹介・一覧

原付・小型バイクのご当地ナンバー

【山形県編】

全47都道府県を網羅 掲載市町村区630以上


四輪自動車の地方版図柄入りナンバープレートはコチラ「地方版図柄入りナンバープレート 一覧 (四輪自動車)」または 地方版図柄入りナンバープレート 東北 (四輪自動車)

山形県ご当地ナンバープレートの紹介です。地域の観光・グルメ・道の駅情報なども少し扱っています。

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高畠町(たかはたまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

山形県東置賜郡高畠町 まほろばの里 人口22,4345人

山並みを背景に、(右から)まほろば古の里歴史公園の竪穴式住居と安久津八幡神社の三重塔、マスコットキャラクターの「はたっき・たかっき」が描かれています。2015年の町制120周年、および合併60周年を記念としてミニバイク50cc以下を対象に120枚が交付されています。

高畠町は山形県南東にある町で、東置賜郡(ひがしおきたまぐん)に属しています。町域の東側には奥羽山脈が連なり、福島県との境となる地点に鳩峰峠と二井宿峠があります。町域西側には最上川・矢代川・和田川といった川が流れ、高畠町の市街と耕地がひろがっています。平安時代末期に築かれた高畠城の城下町として発達した地域です。現在の高畠町は果樹作が盛んで、特にデラウエアの出荷量が日本一であり、さくらんぼ、舞茸、ラ・フランスやワイン・ジャムといった果物の加工品を特産としています。主要な産業は製造業であり、金属加工・食品加工を得意としています。また、JR奥羽本線高畠駅の駅舎内に「太陽館」という温泉入浴施設を有しています。

よねおりかんこうセンターは高畠町福沢にある国道13号沿いのドライブインです。米沢牛を提供する「よう山亭」、手打ち十割そばの「蕎せい庵」、ラーメン屋・軽食、直売所などを有する道の駅的な施設です。現在のような道の駅が主流になる前から存在し、施設は古いものですが根強い人気があります。

高畠ワイナリーは高畠町糠野目の砂川南岸にあるワイナリーです。山形県産のぶどうを使った地場ワインを製造するため、南九州コカ・コーラボトリングが100%出資の関連企業として1990年に開設した施設で、無料の工場見学や有料の試飲を行っています。ワインだけでなく、軽食やジェラートも提供する観光農園です。

まほろば古の里歴史公園は、高畠町安久津にある歴史や水田をテーマにした公園です。安久津八幡神社の三重塔やうきたむ風土記の丘考古資料館(県立の考古資料館)を中心に整備されています。高畠町は日向洞窟や火箱岩洞窟(共に国の史跡)など旧石器時代~縄文時代の遺物が残る洞窟がたくさんあるため、古代の竪穴式住居を模したものが建っています。園内の「創造の館」では不定期に陶芸教室など各種体験教室が開かれていたようですが、現在は臨時休業となっています(R4.12月現在)。

道の駅 たかはた(愛称:まほろばステーション)は、前述のまほろば古の里歴史公園の向かいにある道の駅です(国道113号沿い、規模は小~中規模)。レストランと直売所、RVパーク(車中泊用の設備、執筆現在はシャワー室は利用不可となっている)を備え、ウォーキングセンターとして周辺の散策路の中心施設となっています。

犬の宮・猫の宮は高畠町高安にある神社です。犬の宮は8世紀のはじめごろ、猫宮は8世紀末~9世紀のはじめごろに建立されたもののようで、当地の住人を助けた犬・猫を祀るものです。ともに小さな神社ですが、全国から愛犬家・愛猫家が訪れ(犬派猫派のそこはかとない対抗心などあり)首輪や写真を置いて行くようです。毎年7月の第4土曜日には全国のペットの供養祭が行われています。


河北町(かほくちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

山形県西村山郡河北町 雛とべに花の里 人口187641人

雛人形と紅花のイラストが描かれています。町制60周年の2014年から50cc以下のミニバイクを対象に交付されています。

河北町は山形県中央やや東寄りにある町で、村山郡に属しています。山形県東部に広がる山形盆地(村山盆地)に位置し、東部には最上川、南部に寒河江川が流れています。平安時代の初期ごろに寒河江庄の一部として開発がはじまり、米や紅花が盛んに生産されるようになると、最上川の舟運を活かした紅花や苧麻(からむし)の集散地として発達しました。現在でも耕地面積が町域の約1/3を占め、さくらんぼや大豆、スリッパ(採算量国内一位、全国の生産量の4割程度を占める)などを特産としています。一方で人口減少と高齢化により平成4~27年の間に農家人口は1/3以下に減少しています。また、全体的に人口と産業従事者が減っているため、第三次産業も小売・卸売業が減少傾向にあります。

河北町児童動物園は河北町谷地の町役場敷地内の西側にある小動物園です。町が運営するもので、もともと同地に保育所があり、地域のこどもの情操教育のため、怪我をした動物を保護していたことから動物園として開園しています。現在は飼育頭数を30種150頭ほどまで増やし、年間約4万人が訪れる当地の観光名所になっています(入園無料)。山形県内では唯一の動物園となります。

谷地八幡宮(やちはちまんぐう)は、前述の町役場(ないし児童動物園)の南西側50mくらいのところにある神社です。寛治5年(1091年)に源義家によって現在の村山市白鳥近辺に創建されたもので、天正年間(1573-1592年)に谷地城主 白鳥長久が鎮守として現在の位置に移したとされています。9月の例祭で行われる「谷地の舞楽」(林家舞楽、重要無形民俗文化財)は1200年ほどの歴史を有し、当地の神職が一子相伝で伝承しているもので、日本四大舞楽の一つとされます。

河北町紅花資料館は、河北町谷地の県道285号沿いにある資料館です。近郷きっての豪農 堀米四郎兵衛の屋敷内に武器・古文書・生活道具などが保存されていたものを、町が紅花や亨保雛の資料館として改修したものです(入館料:大人400円 高校生150円 小中学生70円 鯉の餌100円)。日本庭園や蓮池などもあり、土産物屋やレストランも併設するなど町が運営する資料館としては設備が整っています。

河北町はスリッパの国内生産のうち4割程度のシェアを占めるため、「かほくスリッパ」としてブランド・特産品化しています。元来このあたりでは稲作が盛んであったため、稲わらを編んだ草履表作りが盛んでした。明治時代に村役人の田宮五郎という人が「ぞうり表圧搾機」を発明し、専売特許を取得したことから当地の履物産業が盛んになったと伝わっています。

冷たい肉そばは河北町谷地発祥の郷土料理・ご当地グルメです(由来や発生年とも不詳、なぜか河北町発祥とされる)。キンキンに冷やしたものもありますが、おおむね常温の汁そばで、汁は醤油味の鶏ダシ、具はコリコリした親鳥の肉とねぎというのが一般的です。近年ではご当地グルメとして脚光を浴び、村山地方の飲食店で盛んに提供されるようになりました。河北町には冷たい肉そばを提供する店が13軒程度あります。夏はとても暑く、冬は寒い盆地気候の村山地域の「冷やし文化」の一例となっています。


寒河江市(さがえし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

山形県寒河江市 夢追い 人・緑輝く さくらんぼの都市(まち) 人口40,189人

慈恩寺の三重塔と特産のさくらんぼがシルエットで描かれています、2013年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

寒河江市は山形県の中央やや東寄りにある市です。山形盆地(村山盆地)の南西部に位置し、南北に細長い市域の北側は寒河江市・村山市・大蔵村の境を成す葉山(標高1,462m)の南麓、市域南部の寒河江川と最上川に挟まれた辺りに市街を成しています。南北朝時代~室町時代初期に築かれた寒河江城の城下町として発達し、江戸時代には商用作物として紅花や苧麻(からむし)が栽培され、寒河江川の砂金が採取されていました。現在の寒河江市は県内随一のさくらんぼの産地として、または寒河江八幡宮の例大祭 寒河江まつりの流鏑馬で知られています。、また、市役所は若き日の黒川紀章が設計したもので、中に岡本太郎作のオブジェがあります。

道の駅 寒河江 チェリーランドは、国道112号沿いにある大規模の道の駅です。施設は寒河江川南岸の河川敷公園の向かいにあり、近隣のチェリーランド河川敷公園と二の堰親水公園、トルコ館、茶室臨川亭、さくらんぼ会館(当地のくだもの狩りの案内施設、内部にJAのジェラート屋があり人気)などを含めて「チェリーランド」と呼びます。2024年にグランピング施設、オートキャンプ場、さくらんぼ種飛ばしコースなどが新設される予定です。

慈恩寺(瑞宝山本山慈恩寺)は寒河江川北岸、寒河江市慈恩寺にある仏教寺院で、現在は慈恩宗の本山です。行基によって見出され、聖武天皇の勅によって746年にインドの婆羅門僧正 菩提僊那(ぼだいせんな)によって創建されたものとされています。かつては国家の鎮護、除災招福を願うため、3院46坊からなる一山寺院を形成し、出羽国の一大宗教拠点でした(現在は3院17坊)。本堂を含め、釈迦如来像、不動明王像、十二神将像、聖徳太子立像など多くの重要文化財を有しています。周囲の中世城郭や行場とともに国の史跡であるため、南側に慈恩寺テラスというガイダンス施設があります。

とうふ工房・清流庵は寒河江市下河原にある株式会社 住吉屋食品(隣に工場がある)のアンテナショップです。豆腐をはじめ豆食品・豆乳やおからを使ったスイーツ、コロッケやがんもなど揚げ物、玉こんにゃくなどを試食しながら購入できる店舗とカフェが併設されています(県道から外れるため分かりづらい場所にある)。

最上川ふるさと総合公園は、山形自動車道の寒河江SAと一体化したハイウェイオアシスとして整備された公園です。「山形の自然と文化交流」をテーマに2000年に開設されたもので、センターハウスを中心にドッグラン、フラワーガーデン、フルーツガーデン、寒河江スケートパークなどがあり、周辺には入浴施設  ゆ~チェリー(公園東側に市民浴場もあり、源泉かけ流しで市民でも市外民でも大人200円 小人100円)、JAさがえの産直センターといった商業施設が出ています。


新庄市(しんじょうし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

山形県新庄市 緑輝く いきいき 新庄 自然と共生 暮らしに活力 心豊かに笑顔輝くまち 人口33,027人

背景に山、市の木のモミと市の花アジサイ、公式キャラクター「かむてん」が描かれています。2012年から50cc以下のミニバイクを対象に交付されています。

新庄市は山形県の北東部、最上地方にある市です。最上地方は最上川中流にある新庄盆地にほぼ相当し、新庄市は同地域(最上郡)の1市4町3村の中心都市として位置づけられています。江戸時代に戸沢政盛が築いた新庄城を本拠とする新庄藩の城下町として発達し、最上川の舟運の主要積出港を有して栄えた地域です。県内を南北に縦貫する国道13号と東西に走る47号が交差する地点であり、交通の要衝となっています。基幹産業は農業で市域の1/4弱が耕地、そのうち水田が9割を占めるため、郊外には田んぼが広がっています。また、雪深い地域でもあり、年間の日照時間が1,323時間と日本一日照時間が短いまちです。

JR東日本新庄駅は奥羽本線に所属する駅で、当駅を起点とする陸羽西線、当駅を終点とする陸羽東線の3路線が乗り入れています。西口に最上地方の各市町村が出資する交流拠点として、「ゆめりあ」という名称の施設が併設されていて、mini漫画ミュージアム鉄道ギャラリーがあります。

新庄城(別名:沼田城、鵜沼城)は新庄市堀端町にある史跡です。かつては新庄藩の本拠として三層天守を有した城で、本丸の東側に二の丸・三の丸があり、侍町を形成していたようです。1868年の戊辰戦争で戦闘の舞台となり大半を焼失し、廃城となりました。現在は最上公園として整備され、本丸跡には戸澤神社が建っています。最上地方随一の桜の名所として知られ、当地の春祭り「カド焼きまつり(注:カドとは魚のニシンのこと。春告魚として知られる)」の会場でもあります。

新庄まつりは8月24~26日の3日間にかけて行われる祭りで、幅3m、長さ8m、高さ4.7mに及ぶ山車(当地では「やたい」と呼ぶ)20台ほどが笛・鉦・太鼓・三味線の囃子に乗って市内を巡航します。1756年から行われていて、その前年の宝暦の飢饉によって多数の餓死者が出たことから新庄5代藩主 戸沢正諶(まさのぶ)が領民に活気をもたせ、豊作を祈願するために始めたとされています(ユネスコ無形文化遺産登録、国指定重要無形民俗文化財)。

東山公園は新庄市金沢にある総合公園です。新庄市街東側の丘陵地にあり、テニスコート、陸上競技場、市民球場、プールなど運動施設のほか、あじさいの杜として34種45,000株のあじさいが植栽されています。

東山焼は米沢成鳥焼、山方の平清水焼、尾花沢の上の畑焼と並び山形の4古窯として知られる焼き物です。「出羽の雪のかげり」と言われる鮮やかな青い色彩が特徴です。当地には(有)新庄東山焼という窯・店舗がありますが、こちらは天保12年に藩の御用窯として開かれたものです(コロナ禍のため、当面の間陶芸体験は休止している)。


天童市(てんどうし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

山形県天童市 湯のまち天童 あなたの旅に、王手 人口61,092人

将棋の駒の形をイメージしたプレートに縁起物・福を招き入れるとされる「左馬」が描かれています。2009年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

天童市は山形県東部の村山地方にある市です。山形盆地(村山盆地)の中央付近に位置し、市域の東側半分が奥羽山脈の山地、西側は最上川水系の乱川・押切川(福島県のものとは別、天童市内を流れる20kmほどの川)・立谷川(たちやがわ)・倉津川などが形成する扇状地となっています。江戸時代の1828年に織田氏の織田信美(のぶかず)が入り天童藩として成立、藩では当時流行していた将棋の駒作りを武士たちに奨励し、現在の「将棋の町・天童市」の基礎を作りました。かつては果樹作を中心とした農業や温泉地の観光業を主要な産業としていましたが、耕地は年々減少し、現在では山形市のベッドタウンないし県内観光の拠点として機能しています。2005年の国勢調査をピークに人口は減少局面を迎えています。

天童公園は天童市のほぼ中央にある舞鶴山(標高242.1m)や天童城(舞鶴城、ないし天堂古城)跡周辺を公園として整備したものです。およそ2,000本の桜の名所として知られるほか、毎年4月の桜まつりで行われる「人間将棋」の開催地としても知られています。広さ56haを誇る公園で、2021年にはもみじ園(愛宕沼親水空間~舞鶴山山頂までをデッキとスロープでつないだもの、全長250mの散策路)が開園しています。

道の駅 天童温泉(愛称:わくわくランド)は、天童市鍬ノ町にある国道13号沿いの中規模の道の駅です(駐車場はかなり大きい)。メインとなる駅舎・森林情報館「もり~な天童」、直売所「サンピュア」のほか、本屋やこんにゃく店、足湯などがあります(レストラン無し、フードコート有り、入浴施設無し)。天童市はラ・フランスの生産量が日本一ということもあり、ラ・フランスとその加工品が人気のようです。

天童温泉は、市のほぼ中央にある舞鶴山の北側(前述の道の駅天童温泉近く)にある温泉街です。1911年に灌漑用の井戸を掘るために水田を掘削中に掘り当てた温泉で、JR奥羽本線天童駅の東側に12軒ほどのホテル・旅館が出ています。周辺は温泉通り沿いに商業地になっていて、天の湯(あづま荘脇)、童の湯(ホテル王将脇)に足湯が二つあり、「湯坊いちらく」館内に天童ブルワリー(クラフトビール・クリークなどが飲める)があります。

天童市将棋資料館はJR奥羽本線天童駅に併設されています。天童市は全国の将棋の駒の9割以上を生産することから1992年にオープンした資料館で、チェスやチャトランガ、シャンチーなど類型のゲームを含む将棋のルーツ、駒製作の過程、江戸時代の工人の92セットの駒などが展示されています(入館料:大人320円、高校・学生210円、小中学生100円)。また、当地は将棋のまちということで、道の駅天童温泉内(15作)や歩道の19箇所に詰将棋があります。

御苦楽園(ごくらくえん)は天童市奈良沢乙にある庭園です。昭和初期の不況による失業対策として当地の水戸部酒造の創業者 水戸部弥作によって造園されたもので、「人生の苦しみと楽しみを盛った庭園」という意味合いで御苦楽園といいます(入園料:大人400円 子ども200円)。山形県内外の銘木・銘石があり、柱石には人生の苦楽を教えてくれる名言や格言が刻まれています。

出羽桜美術館は天童市一日町にある美術館です。当地の酒造メーカー出羽桜酒造の3代目仲野清次郎氏が木造瓦葺きの日本家屋を改装して始めたもので、朝鮮半島の陶磁器や工芸品、洋画家 斎藤真一の絵画などが展示されています。


東根市(ひがしねし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

山形県東根市 果樹王国ひがしね 人口47,953人

東根市発祥のさくらんぼ「佐藤錦」のイラストが描かれています。2009年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

東根市は山形県中央東部の村山地域にある市です。市域東側は黒伏山や甑岳(こしきだけ)など奥羽山脈の山地、市域西側の日塔川、白水川、村山野川、乱川の扇状地に市街を成しています。市街南部に山形空港と陸上自衛隊神町駐屯地、中央部東側が商業地として発達しています。県内3位の農業産出高を誇り、その3/4が果物と全国でも屈指の果物の産地で、さくらんぼ、ラ・フランス、梨、ぶどうなどを特産としています。近年では山形空港、山形新幹線と仙台まで直通の国道48号など有利な交通インフラ環境をもとに、県内で唯一人口が増加傾向にありましたが、平成27年頃からほぼ横ばいとなっています。

関山大滝は東根市関山にある乱川上流部の滝です。高さ10m、幅15mの幅広の滝で国道48号沿いにあり、近くに大滝ドライブイン 泉や(土産屋・食堂)、大滝ドライブイン せいの(定食屋)など商業施設が出ています。夏は水遊び、秋は紅葉の名所とされ、周辺には県指定天然記念物のカツラの巨木があります。

東根温泉はJR奥羽本線東根駅(さくらんぼ東根駅ではない)の北側にある温泉街です。観光宣伝では名産のさくらんぼと山形新幹線の駅名にちなんで、「さくらんぼ東根温泉」とするようです。1910年に農業用水の井戸を掘ったところ掘り当てた温泉で、現在ではホテル・旅館が20軒、共同浴場5軒程度が出ています。足湯(ペット専用もあり)や足湯利用者のための駐車場も整備されています。

山形空港は東根市羽入と神町にまたがって存在する空港です。もともと大日本帝国海軍の神山練習飛行場であったものを戦後の占領期にはアメリカ軍が使用、その後空自が使用するようになり、1964年に民間空港となっています。大きな空港ではなくローカル空港然としていますが、レストランや土産屋などはそれなりに揃っています。隣接する神町駐屯地の第6飛行隊の飛行場としても利用されていて、オスプレイなどが来ると写真を撮りに航空ファンが訪れます。

ひがしねあそびあランド(正式名称:東根市こどもの遊び場)は東根市東根乙にある屋外遊戯施設です。広さ4haの敷地に大型アスレチックや噴水・ざりがに池などの親水設備、トランポリン、工作や泥遊びができるプレイパークなどがはいっています(入園無料)。コロナ禍のため、一時期は県民のみの利用となっていましたが、2022年10月に規制が緩和され、執筆現在(2022.12月)は名前や住所などを記入して入園するようになっています。

東根の大ケヤキは東根市本丸南、市立東根小学校敷地内にあるケヤキの巨木(国指定特別天然記念物)です。樹高28m、根回り24mで樹齢1,000年とも1,500年ともいわれ、日本三大ケヤキの一つとされています。隣接する龍興寺沼公園に無料駐車場があります。


舟形町(ふながたまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

山形県最上郡舟形町 人口5,101人

小国川の流れと鮎、右側に国宝指定の土偶、通称「縄文の女神」をモチーフにしたキャラクター「めがみちゃん」が描かれています。2015年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。

舟形町は山形県北部の最上地域にある町で、最上郡に属しています。南北6.5km、東西27.4kmの細長い町域を有し、天然鮎(松原鮎という)の遡上で知られる最上小国川が最上川と合流する地点にあります。江戸時代には羽州街道の宿場町 舟形宿として発展し、同街道と庄内地方~山形県の内陸部を結ぶ舟形街道への交通の交差点でした。町域の7割程度が山林や原野、耕地は15%程度でそのうち9割が水田であり、山と田んぼが目立ちます。基幹産業は農業で、林業も行われ、米・鮎・マッシュルーム・山菜・木工品などを特産としています。

舟形若あゆ温泉は舟形町長沢の県民ゴルフ場のあたりにあります。1993年にオープンした日帰り温泉施設で、町内唯一の温泉施設です。お湯は循環式で、かけ流しではないですが入浴料は大人400円・小学生200円と手頃で、町の入浴施設としては浴槽やサウナ等も揃っています。周辺にはあゆっこ村キャンプ場やレストラン、陶芸教室などがあります。併設のレストラン・軽食堂では鮎の塩焼きや、鮎の炊き込みご飯、ラズベリーを使ったスイーツなどが食べられます。

マッシュルームスタンド舟形は、舟形町舟形向山にある若鮎ファームに併設されたレストランです。ピザやパスタ、マッシュバーガーといった洋食を提供する店舗ですが、当地の農園で作ったジャンボマッシュルームが売りで、生スライスが何度でも無料でおかわりできます(マッシュルーム料理店といっても過言ではない)。前述の若あゆ温泉からも近く、当地の人気店になっています。

アユパーク舟形は県道56号新庄舟形線と小国川に挟まれた河川公園です。噴水や水路、ゲートボール場や輓馬会場(人間ばん馬の競技会が行われている)、芋煮会広場などを有する公園です。例年9月に行われるふながた若鮎まつりの会場であり、また6月にはヒストリックカー&ノスタルジックカーミーティングin舟形というレトロカーの催しを行っています(2020~2022年コロナ禍により中止)。

アトリエoneは舟形町掘内の県道56号新庄次年子村山線沿いにある手芸雑貨・木工品の店舗です。地域資源の木を使った自分用の箸づくり体験を行うことができます(要予約)。


小国町

小国町ホームページより

山形県西置賜郡小国町


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秋田県ご当地ナンバープレート紹介・一覧

原付・小型バイクのご当地ナンバー

【秋田県編】

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大仙市(だいせんし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

秋田県大仙市 人が活き 人が集う 夢のある田園交流都市 人口81,130人

青い縁取りのプレートに「花火のまち」の文字と大曲の花火のイラスト、マスコットキャラクターの「まるびちゃん」が描かれています。2017年から50cc以下のミニバイクを対象に交付されています。

大仙市は秋田県の中央からやや南東側にある市です。2005年に大曲市、神岡町、西仙北町、中仙町、協和町、南外村、仙北町、太田町の1市6町1村が合併して誕生した市で、866.79k㎡の広大な市域を有しています(県内6位)。東を奥羽山脈の真昼山地、西を秋田県中央部に広がる出羽山地に挟まれ、おおむね雄物川右岸の横手盆地北部(仙北平野)を市街としています。江戸時代には羽州街道・角館街道の宿駅が発達し、雄物川と玉川に水港が設置されていました。現在の大仙市は2万haほどの広大な耕地を有し、そのうち9割が水田であり日本有数の穀倉地帯となっています。また、林業や木製品の製造、電子部品・デバイス・電子回路といった製造業も盛んに行われています。地場産業としては、江戸時代に伝わったとされる狼煙産業(花火製造)が特徴的な産業となっています。

全国花火競技大会は雄物川河川敷運動公園において、8月の最終土曜日に行われる花火大会です。一般には「大曲の花火」として知られるもので、日本狼煙協会・文部科学省・経済産業省などが後援する日本三大競技花火大会のうちの一つです。1910年に当地の諏訪神社の祭典の余興として開催された「奥羽六県狼煙共進会」に始まり、その後よりレベルの高いものを目指して競技大会となりました。なお、当地は狼煙産業が定着していることもあり毎月市内のどこかしらで花火が打ち上がっています。

花火伝統文化景勝資料館「はなび・アム」は大仙市大曲大町にある花火に関する資料館です。2018年にオープンした施設で花火の歴史、製造方法と道具といった資料の展示のほか、高精細のはなびシアターや、花火工場を疑似体験で見学できたり、自分でデザインした花火をスクリーンで打ち上げることができる設備があります(大曲駅から徒歩5分の施設で入館無料)。

大仙市は3つの道の駅を有します。道の駅 協和(四季の森)は国道46号沿い(中規模、兎や猪肉などジビエ料理有り、暑い時期にはババヘラアイスもやっている)、道の駅 かみおか一里塚は国道13号沿い(小規模、味道楽の里味のソフトクリームあり)、道の駅 なかせんは(ドンパン節の里)は国道105号沿いにあります(小~中規模、野菜やトマトをジュースにする工場が併設されている)。

旧池田氏庭園(国の名勝)は、大仙市高梨にある明治時代後期~大正時代作の庭園です。当地の旧家で大地主であった池田家のもので、広さ4.2haほどあります。白亜の洋館(私設図書館)と高さ4mほどの雪見灯篭がシンボリックな庭園で、仙北平野の屋敷林を伴う散居のなかでも傑出した景観を有しています(入園料:大人300円、高校生以下無料)。

秋田県立農業科学館(愛称:サン・アグリン)は大仙市内小友にある博物館です。農業県秋田で培われた農業の環境、栽培技術、農村の姿などをテーマに科学的な視点で紹介する施設です。また、生涯学習の拠点として鉢植えや苔玉づくりなど園芸、収穫体験やジャム作りなどの体験教室を行っています(入館無料の施設でレストラン・カフェは無し、農産物や加工品の直売所有り、周辺に果樹園やバラ園を有する)。


大館市(おおだてし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

秋田県大館市 21世紀に飛翔する環境先端都市 人口71,560人

背景に鳳凰山の大文字焼き、「忠犬ハチ公のふるさと」の文字、右側に秋田犬のイラストが描かれています。市名の「大」は大文字焼きに合わせ赤字になっています。2013年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

大館市は秋田県北部にある市です。田代岳や竜ヶ森など四方を山に囲まれた大館盆地に位置し、市域の8割程度が山林で、おおむね秋田県の北部を流れる米代川とその支流の流域に市街を成しています。甲斐源氏庶流の浅利勝頼が築城した大館城(その後秋田氏>佐竹氏の支配を受ける)の城下町として栄えた地域です。地下資源が豊富で、江戸時代中期ごろから鉱山が開かれいたようで、近代には花岡鉱山が隆盛を極め、鉱石の運搬のために県内ではいち早く鉄道網が整備されるなど、1994年に主要な鉱山がすべて閉山するまでは鉱業の町として栄えました。県内上位の農業産出高を誇り、米(あきたこまち)・比内地鶏・とんぶり、曲げわっぱなど木工品を特産としています。

秋田犬の里(あきたいぬのさと、正式名称は大館市観光交流施設)は、JR奥羽本線・花輪線 大館駅の南口にある秋田犬の紹介や展示を行う施設です。2019年にオープンしたもので、建物は忠犬ハチ公が飼い主を待ち続けた大正時代の二代目渋谷駅がモデルになっています。また、かつては渋谷駅前のシンボルだった青ガエル(東急5000系電車、名前の通りの外観)があり、中に入ることもできます。

桂城公園(けいじょうこうえん)は大館市役所に隣接した場所にあります(国道7号沿い)。1868年の戊辰戦争で焼け落ちるまでこの地には大館城があったため、石積み・土塁・堀などが残されています。樹齢200年ほどのシロヤナギの巨木がある公園で、毎年春の桜まつりや5月3日の秋田犬の品評会が行われる公園です。

秋田犬会館は大館市字三の丸(上記桂城公園に隣接)にある博物館/資料館です。当地には秋田犬保存会という団体(公益社団法人)があり、設立50周年を記念して1977年に設立された本部事務所兼博物館です。犬種団体が保有するものとしては国内唯一の博物館となっています(料金:大人200円、小人100円)。また、日中には犬舎で会員の犬が展示されています。

大滝温泉(秋田県)はJR花輪線の大滝温泉駅周辺にある温泉郷です。旅館など宿泊施設が7軒ほど、「鶴癒の足湯」と共同浴場「湯夢湯夢の湯(とむとむのゆ)」があります。1500年ほど前に開湯したものとされ、温泉の多い秋田県内でも最古級の温泉です。

道の駅 ひない(愛称:比内鶏の里)は、大館市比内町にある国道285号の小規模の道の駅です。比内地鶏やとんぶり、きりたんぽ鍋など地元の特産品を素材にしたレストランや、直売所がはいっています。比内地鶏を使った親子丼が人気のようですが、お値段ちとお高め。モツ味噌煮が好評のようです。

忠犬ハチ公生家は大館市大子内(おおしない)にあります。忠犬ハチ公は大正12年、当地の斉藤義一宅で父:大市内(オオシナイ)、母:胡麻(ゴマ)の間に8頭の兄弟として生まれました。その後東京帝国大学農学部の上野英三郎教授の元へ送られました。こちらは民家であり人が住んでいるため見学などはできませんが、アプローチにハチ公像と家の向いに犬をモチーフにした公衆トイレがあります。


横手市(よこてし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

秋田県横手市 豊かな自然 豊かな心 夢あふれる田園都市 人口84,432人

冬の風物詩かまくらと市の鳥ハクチョウが描かれています。2013年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。

横手市は秋田県南東部にある市です。奥羽山脈と出羽山地に挟まれた横手盆地に位置し、秋田市に次ぐ県内第2位の人口を有する市で、県南地域の中心都市となっています。戦国時代に築城された(正確な築城年は不明)横手城の城下町として発達した地域です。17,000haほどの広大な耕地を有し、米・アスパラガス・洋梨とりんご、フルーツの加工品といった特産品を有しています。主要な産業は第三次産業で、小売・卸売業、サービス業、不動産業などです。また、酒造業も盛んであり市内には日本酒の醸造所が多く見受けられます。

横手の雪まつりは横手市の中心市街で毎年2月に行われる祭りです。当地の2月15-16日のかまくら(水神様を祀る行事)と16-17日のぼんでん(梵天、頭飾りという纏のような大きな飾りを旭岡山神社に奉納する祭り)をあわせて観光行事としたものです。かまくらは人が入れるサイズのものや小さなバケツサイズのものがあり、ミニ鎌倉にはろうそくを灯し、人が入れるものでは子どもたちが餅や甘酒を振る舞います。

秋田ふるさと村(愛称:かまくらんど)は横手市赤坂にある県立のテーマパークです。トリックアートや大型アスレチックがあるワンダーキャッスルやプラネタリウム、野外広場や県立近代美術館、工芸展時間、県内最大級のお土産売り場など様々なアミューズメントや施設が一体となっていて、買う・遊ぶ・体験する・食べるといったいろいろな楽しみ方ができるパークです。

横手市増田まんが美術館は、横手市増田町にある漫画をテーマにした博物館です。当地出身の漫画家・エッセイスト 矢口高雄氏(「釣りキチ三平」で釣りブーム、「幻の怪蛇バチヘビ」でツチノコブームを起こした)を記念するために1995年にオープンした施設で、国内外の著名な漫画家の協力を受けて原画の展示などを行っています。図書室や漫画カフェ、ミュージアムショップも併設されています(入場無料、特別企画展は有料)。

道の駅 十文字(愛称:まめでらが~、秋田弁で「お元気ですか」を意味する)は国道13号沿いの小規模の道の駅です。レストラン、ファストフード店、直売所、コンビニがまとまっています。また、施設裏手にヤギや羊が飼われていたりします。春は山菜、6~7月にかけてさくらんぼを買いに来る方が多いようです。

道の駅 さんない(愛称:ウッディらんど)は、国道107号沿いの小規模の道の駅です。道の駅を「ウッディゾーン」として木目を活かした建物で統一されています。うどん・蕎麦屋や直売所(いぶりがっこの種類が豊富)、木工体験や木製品の展示販売を行う「木の香」といった施設で構成されています(裏手にカフェ有り)。


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宮城県ご当地ナンバープレート紹介・一覧

原付・小型バイクのご当地ナンバー

【宮城県編】

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大崎市(おおさきし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

宮城県大崎市

宮城県北西部 みやぎ大崎ふつふつ共和国 人口133,400人

山を背景にイメージキャラクターの「パタ崎さん」が描かれています。市制施行10周年記念として、2017年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

大崎市は宮城県北西部にある市です。2006年に古河市、遠田郡田尻町志田郡三本木町・松山町・鹿島台町、玉造郡岩出山町・鳴子町が合併して誕生した市で、「広域大崎圏(大崎圏)」あるいは「古川都市圏」と一致します。県の10.9%を占める広い市域は東西に70kmと細長く、西部は奥羽山脈の山地、市内を江合川・鳴瀬川が貫流しています。岩出山城や鳴子温泉郷と鳴子峡の紅葉、三本木のひまわりや松山御本丸公園(コスモス園ともいう)などの観光資源で知られる地域です。18,000haほどの広大な耕地を有する日本有数の穀倉地帯であり、世界農業遺産「大崎耕土」として登録されています。地場産業として日本酒の酒蔵が市内に7つあり、日本酒や味噌を特産品としています。

鳴子温泉郷は大崎市の北西側江合川(荒雄川)上流にある温泉郷です。鳴子温泉、東鳴子温泉、川渡温泉(かわたびおんせん)、中山平温泉、鬼首温泉(おにこうべおんせん、間欠泉が有名)を総称して鳴子温泉郷といいます。開湯から1000年以上の歴史を有し、源泉数370を誇る一大温泉地です。また、鳴子温泉~中山平温泉の間に日本こけし館や岩下こけし資料館、鳴子峡(大谷川の渓谷で紅葉の名所)があります。

岩出山城(臥牛城、岩出沢城)跡は大崎市岩出山にある城跡です。古くは奥州探題大崎氏の家臣 氏家氏の居城で、伊達政宗が仙台城築上までの12年間を過ごしたことで知られています。現在は伊達政宗の像がある公園となっていて土塁や石垣が残っています。また、仙台藩の藩校であった有備館と庭園があり、国の史跡・名勝に指定されています。「山城」とはつきますが標高は108mほどで、なだらかです。近隣に大崎市竹工芸館森民酒造店(造り酒屋、昭和レトロ館を併設)などがあります。

感覚ミュージアムは大崎市岩出山にある五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)をテーマにした博物館です。触覚で鑑賞する闇の森や万華鏡ゾーン、香りの森などがあります。光と影を演出に用いているため内部は薄暗いゾーンが多いです(入館料:大人600円、中高生300円、小学生250円)。木や竹など身近な素材で作った創作楽器のコーナーが有り、木工品が好きな人は楽しめると思います。

大崎市の道の駅は3つあります。①道の駅 おおさきは大崎市古川千手寺町の国道108号から少し入ったところにあります(小~中規模、産直・食堂・情報スペースなど構造はシンプル、防災センターとしての役割がある)。②道の駅 あ・ら・伊達な道の駅(あらだて)は大崎市岩出山にある国道47号の道の駅です(小~中規模、年間300万人が訪れる東北屈指の道の駅、札幌に本社を置く製菓メーカー「Royce’(ロイズ)」の店舗有り)。③道の駅 三本木やまなみは大崎市三本木にある国道4号の道の駅です(中規模、併設されている三本木町亜炭記念館は無料で見学できる)。


富谷市(とみやし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

宮城県富谷市 「住みたくなるまち 日本一」をめざして 人口51,659人

上部背景にマーチングエコーズのシルエットとシンフォニータワー(右上部)、左側に公式キャラクターの「ブルベリッ娘とブルピヨ」が描かれています。2017年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。(※当地のランドマーク、シンフォニータワーは高さ130mの給水塔・配水池で、音楽関係の施設ではない。ときおり展望台が一般開放されている)

富谷市は宮城県中部の仙台都市圏にある市です。仙台市の北側に隣接し、1970年代ごろから同市のベッドタウンとして発展(それまで人口は4,000-5,000人ほどだった)、2016年に単独で市制施行しています。東部に大亀山、中央南部の明石地内に鍋山を有しますがどちらも標高100m台の山で、市域の殆どが宮城県中央部の低地帯に属します。市街は市域南西部の仙台市側にあり、市域北部にかけて農業地帯が広がっています。歴史的には奥州街道二番目の宿場町 富谷宿として発展した地域です。現在でも耕地のうち水田が8割程を占めますが、1983年からは水田の転作としてブルーベリー栽培が始まり、ブルーベリーとはちみつ(それと富谷もやし)を特産品としています。鉄道はありませんが、国道4号沿いにロードサイド店舗など商業地、工場や流通企業が集積しています。

大亀山森林公園(おおがめやましんりんこうえん)は、富谷市東部の大亀山頂上周辺を整備した公園です。大亀山の自然景観や地形を生かした公園で総面積32.7ha、展望台・フィールドアスレチック・人口芝のゲレンデ(ソリは持参のこと)、自然遊歩道やキャンプ場などがあります。木製のアスレチックは難度が高いものも含め、17基が用意されています(小学生以上が対象)。山頂には西暦800年代から当地に鎮座する鹿島天足別神社(かしまあまたりわけじんじゃ)や地名の由来になった亀石があります。

富谷宿観光交流ステーション とみやどは、富谷市新町にある観光案内・交流施設です。ギャラリーや直売所、はちみつ専門店やレストランも入る複合施設で、陶芸体験ができる工房と当地の偉人 内ヶ崎作三郎記念館を併設しています。

内ヶ崎酒造店(代表銘柄:鳳陽)は前述のとみやどの向かいにあります。前述の内ヶ崎作三郎はこちらの二代目で、1661年に仙台藩主から酒の醸造を許されて酒造業を開業しました(初代は内ヶ崎筑後という人で、伊達政宗の命を受けて富谷宿を開いた人物)。現役の酒蔵としては県内最古のものです(酒蔵見学は無し、外観が素晴らしくふらっと蔵の方に入ってしまう人もいる様子)。


村田町(むらたまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

宮城県柴田郡村田町 一生 住みたくなる町「むらた」 人口10,257人

蔵をイメージした背景イラストに、「歴史と蔵のまち」の文字と町花のモクセイが描かれています。2017年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

村田町は宮城県南部の仙南地域にある町で、柴田郡に属しています。蔵王山系の東側に位置し、周囲を200m前後のの丘陵に囲まれた地域で、おおむね町内を南流する白石川の支流 荒川の右岸を市街としています。中世に村田城(村田舘)が築かれ、江戸時代には水運を活かした紅花の集散地として栄えたようです。村田町村田には古い蔵造りの町並みが残り、2014年に重伝建に選定されています。また、Y字の町域の北東部、菅生(すごう)にはスポーツランドSUGOがあります。そら豆とその加工品、コーンを特産品としています。毎年10月には県内外から70窯ほどの企業・陶芸家を集める「蔵の陶器市」が行われています(コロナ禍のため、2020~2022年は3年連続の中止となった)。

道の駅 村田(愛称:歴史と蔵とふれあいの里)は、宮城県道14号亘理大河原川関線(わたりおおがわらかわせきせん)沿い、及び村田IC近くの小規模の道の駅です。直売所、レストラン(当地はそら豆が特産ということで、蕎麦もうどんも緑色)のほか、隣に村田歴史みらい館(郷土資料館、鬼のミイラや手打ちパチンコなどがある、入館無料)があります。道路を渡った向かい側に森の芽ぶき たまご舎のファームファクトリーがあります。

スポーツランドSUGOは村田町菅生にある総合モータースポーツ施設です。ヤマハ発動機の関連会社が運営するもので、国際自動車連盟公認のレーシングコースを含む4つの専用コースを有しています。ホテルやキャンプ場、ちょっとした公園などを備えた施設です。スーパーフォーミュラ、F3、superGTシリーズなどビッグタイトルのレースが行われ、二輪のメジャーイベントも数多く行われています。

村田町民話の里 ふるさとおとぎ苑は村田町小泉にある施設で、茅葺きの民話伝承館や水車、産直館(直売所とレストランを兼ねる)があります。もともとお婆さんのロボットが当地に残る「渡辺綱の鬼退治」の物語を語るといった趣向の施設のようですが、当のロボットが壊れたため、現在では民話伝承館ではボランティアの方が語り部として様々な伝説・伝承を語ってくれています(要予約)。近くに「鬼の手かけ石」という鬼がつまづいた際に手形がついたとされる石があります。


大河原町(おおがわらまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

宮城県柴田郡大河原町

宮城県南部 開かれた先進のまち、おおがわら 人口23,578人

一目千本桜の風景写真と大河原観光PRイメージキャラクター「さくらっきー」のデザインです。2017年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています(従来型と選択性、従来型の在庫がなくなり次第ご当地ナンバーに移行)。

大河原町は宮城県南部の仙南地域にある町で、柴田郡に属しています。町域面積は24.99k㎡で周囲を丘陵に囲まれた典型的な盆地であり、町域中部をおおむね西から東に白石川(阿武隈川水系)が流れています。古くは奥州街道の宿場町 大河原宿として紅花や米の集散地として発達しました。元来は稲作中心の農業を基幹産業としていたようですが、昭和60年代ごろから人口が増加傾向にあり、仙台市のベッドタウン化が進んだため、第三次産業が主要な産業となっています。とりわけ国道4号沿いのロードサイド店舗群が特徴的で、仙南地域随一の集客数を誇ります。特産品は梅、柚子、もち豚、「萩の月」といった菓子あたりです。

白石川堤一目千本桜は、柴田町~大河原町にかけて8kmほど続く白石川堤の桜並木です。大河原町出身の高山開治郎氏が大正12年と昭和2年に寄贈した桜1,200本を、地元の有志や柴田農林学校の生徒らにの手によって植樹したものです。柴田町の船岡城址公園とともに日本さくら名所100選に選ばれていて、宮城県の桜の名所とされています。開花期には大河原町では大河原桜まつり、柴田町では柴田桜まつりが催されています。

(株)菓匠三全 ファクトリーショップは大河原町大谷の県道50号沿いにある工場直売店です。(株)菓匠三全は仙台市青葉区に本社をおく企業で(かつては大河原町にあった)、「仙台銘菓『萩の月』」が全国的に著名です(ずんだスイーツ専門店の「ずんだ茶寮」も運営する)。2022年に南側にちょっと移動して、クスリのアオキの敷地内にリニューアルオープンしています。

大河原公園は大河原町緑町の白石川左岸にある公園です。野球場やスケーとボードの練習場などがある公園で、遊具も少しあります。冬期の白石川は白鳥や雁・鴨などが飛来することで知られているため、パンを持っていく方が多いようです。また、前述の一目千本桜が同公園まで続いています。

とんとんの丘「もちぶた館」本店は、大河原町新寺にある農産物・加工品その他工芸品など地場産品の店舗/レストランです。名称通り豚の精肉やハム・ソーセージなど加工品を主として扱っています。また、敷地内にカピバラ・ポニーなどがいるミニ動物園や温泉の日帰り入浴施設を併設し、バーベキュー施設や遊具・アスレチックも有するなど観光施設として充実しています。


柴田町(しばたまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

宮城県柴田郡柴田町 美しい自然の中で文化と山号が融合したコンパクトな創造都市 人口37,632人

上部は青空をイメージした青色を背景に桜と舞う花びらと「花のまち」の文字、右側にイメージキャラクターの「はなみちゃん」が描かれています。2018年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています(従来様式と選択性、従来型がなくなり次第ご当地ナンバーに移行)。

柴田町は宮城県南部の仙南地域にある町で、柴田郡に属しています。仙南地域で最も人口の多い市町村です(経済的都市圏としては仙台地域に含まれる)。北側は愛宕山、猪倉山など200~300m級の山地、南部に白石川が東流し、南東部で阿武隈川と合流し、おおむね町域南側の白石川・阿武隈川が成す盆地に市街を成しています。白石川と阿武隈川が合流、街道も集中していたため経済・軍事的に重要な地として船岡城(築城年不明、1200年以前と考えられる)が築かれ、城下町として発達した地域です。「花のまち」というように花とのつながりが深く、船岡城址公園と白石川一目千本桜の桜の景観や、同公園内で行われる秋のみやぎ大菊花展柴田大会(菊人形まつり)で知られています。

白石川一目千本桜は柴田町~大河原町にかけて8kmほど続く白石川堤の桜並木です。船岡城址公園は白石川の南岸の船岡館山にあり、柴田氏(陸奥国柴田郡の豪族、安倍氏から派生)が築いた船岡城(四保館)の周囲を公園として整備したものです。同公園は前述の一目千本桜とともに県内で唯一日本さくら名所100選に選ばれています。高さ24mの平和観音像(柴田町出身の個人が建造したもの)やスロープカーがある公園で、桜まつりや菊人形まつり、冬期にはイルミネーションが行われるため年間20万人ほどの観光客を集めています。

太陽の村は本船迫(ほんふなばさま)にある自然休養村(広さ4ha)です。蔵王の山々と太平洋を臨む施設として1976年に開設したもので、レストランや研修・宿泊施設と公園が併設されています。現在の大洋の村はキッズバイクパークやふわふわドーム、未就学児用の木育遊びの部屋などが加わったことで、ファミリーを対象にしたレクリエーション施設となっています。

しばたの郷土館は柴田町船岡西(前述の船岡城址公園の東側)にある郷土資料館です。町の郷土資料館としてはかなり立派な施設で、本館に資料展示館「思源閣」と産業展示館が併設されています。常設展示では旧石器時代~近代までの歴史、農耕具などの道具といったものが展示されていて、当地が舞台となった伊達騒動についての解説があります。

麹やコレクションは柴田町船岡西(前述の)しばたの郷土館から東にある蔵です。安政年間の1856年に建造された伊達藩御用達商人の店蔵で、山本周五郎が伊達騒動を描いた「樅ノ木は残った」に登場する糀屋又左衛門の屋敷とされています。現在内部は江戸時代の工芸品・美術品や資料展示が行われる美術館となっています。


名取市(なとりし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

宮城県名取市 元気な都市(まち)・名取 人口79,610人

「咲き誇るカーネーション」と題したデザインで砂浜とカーネーションの花、青空と飛行機、マスコットキャラクターの「カーナくん」が描かれています。2018年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

名取市は宮城県南部にある市で仙台地域に含まれます。西部は丘陵地、東部で太平洋と接し、阿武隈川・名取川に挟まれた名取耕土に位置しています。宮城県内では比較的早くから拓けていた地域で、東山道(古代の街道で京都~多賀城を結ぶ、五畿七道の一つ)が通り、江戸時代からは奥州街道が引かれて増田宿が存在していました。耕地面積が市域の1/4強を占め、そのうち8割程度が水田と田んぼが目立ちますが、主要な産業は小売・卸売業やサービス業など第三次産業で、製造業の方も仙台ニコンやサッポロビール仙台工場を有しています。閖上(ゆりあげ)の赤貝、ミョウガタケ、北釜のメロン、高柳のカーネーション(東北一の生産量を誇る)などを特産品としています。また、市域南東側に仙台空港を有しています。

閖上漁港は宮城県が管理する第二種漁港で、名取川の干潟である広浦にあります。江戸時代には仙台藩の直轄港であったもので、昭和57年から新航路の開削や南防波堤、護岸など工事が進められて現在の姿になっています。閖上は2011年の東日本大震災で大きな被害を受けた地域ですが、現在は復興が進められて漁港側にゆりあげ港朝市/メイプル館閖上の記憶(震災の被害や復興の様子を伝える記念館・資料館)といった施設ができています。

仙台空港は名取市と岩沼市にまたがって存在する空港で、おおむねターミナルビルが名取市、滑走路が岩沼市に存在しています。種別は国管理空港(東北唯一)、運営は2016年に民営化されて仙台国際空港株式会社に移管されています。国外線もありますが、国内線の乗降客が10倍ほど多く、仙台市の空の玄関口となっています。ターミナルビル内にエアポートミュージアム「とぶっちゃ」を併設しています(フライトシュミレーター有り、一回100円)。

かわまちテラス閖上は名取市閖上中央の名取川南岸にある複合商業施設です。2019年にオープンしたもので、ラーメン屋・定食屋・カレー屋・カフェ・スイーツ屋など飲食店25店舗ほどとマルシェがはいっています。当地の名産である赤貝やしらすを楽しめる場所として人気が出ています。

洞口家住宅は名取市大曲にある古民家です。江戸時代の宝暦年間(1751-1764年)に建造されたと考えられているもので、主屋と米蔵・味噌蔵・座敷蔵などの建屋と防風林で構成されています。柱や梁は木材の自然の曲がりを活かして釘を使わずに組まれ、座敷と土間の区切りがない「名取型」と呼ばれるもので、国の重要文化財に指定されています。


川崎町(かわさきまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

宮城県柴田郡川崎町 人と自然が息づく美しいまち 森をつくるまち 人口8,287人

川崎町の観光PRキャラクター「チョコえもん」のアップが描かれています。2014年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

川崎町は宮城県南西部の仙南地域にある町で、柴田郡に属しています。西側に蔵王連邦の山々が連なり、おおむね西高東低の町域になっています。釜房湖(かまふさこ、釜房ダムの人造湖)や蔵王連峰の自然景観や温泉で知られる地域で、古くは多賀城と秋田城(秋田県秋田市)を最短で結ぶ街道が通っていたため、交通の要衝として重要視されていました。そば・こんにゃく・銀杏といった産物を特産品としています。また、比較的畜産が盛んです。昭和30年代から一貫して人口は減少傾向にありますが、特に2014年あたりから急激に減少幅が増えています。

国営みちのく杜の湖畔公園は川崎町の釜房湖(人造湖)周辺に整備された公園です。全国初のダム周辺事業として当時の建設省が着手したもので、1980年に開園しています。総面積287.5haと広大な公園で、中央に自然保護公園を挟んで北側にキャンプ場と多目的コート、南側に遊具や広場、ボート乗り場、東北地方の古民家8軒が集うふるさと村などがあります。

イーレ!はせくら王国は川崎町支倉にある複合商業施設です。2018年にオープンしたもので、旧支倉小学校を食と体験の観光施設としてリノベーションしています。カフェレストラン、直売所とセレクトショップの他に食品工房や図書室、ワイナリー(体育館)などがはいっています。当地出身の武士 「支倉常長(仙台藩伊達氏家臣)は、遣欧使節としてスペインに渡りチョコレートを初めて食した日本人である」という説にちなみ、チョコレートやカカオを使った料理が食べられます。

川崎町内には3つの温泉があります。①青根温泉は川崎町青根温泉にある温泉郷で、6つの宿と共同浴場が一つあります。江戸時代に伊達氏の御殿湯が置かれていた温泉で、カフェや観光案内所を兼ねる青根洋館(明治末期の建造物で、宣教師宅として使われていた)があります。②峩々温泉(ががおんせん)は川崎町前川にある温泉宿(一軒宿)です。青根温泉の西側にあります。③笹谷温泉 一乃湯(ささやおんせん いちのゆ)は川崎町今宿の笹谷峠付近にある一軒宿です(日帰り入浴あり)。効能が多く、医学専門家も認める薬湯です。

キッズファームかわさきは川崎町今宿の国道286号沿いにある観光牧場です。2021年にオープンした施設で、うさぎやモルモットなど小動物やミニチュアホース、ヤギなどが飼育されています。遊具のある広場、レストラン、BBQスペースが併設されています(ふれあい広場は入園料:大人200円、小学生以下100円)。


栗原市(くりはらし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

宮城県栗原市 市民が創(つく)る くらしたい栗原 人口63,386人

上部に栗駒山、プレート右側にマスコットキャラクター「ねじり ほんにょ」が描かれています。2014年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

栗原市は宮城県北西部にある市です。2005年に旧栗原郡の10町村が合併して誕生した市で、県内最大の面積を有しています。秋田県と岩手県に接する田園都市で、北西部は栗駒山(標高1,626m)がそびえる山地で、栗駒高原温泉、温湯温泉(ぬるゆおんせん)、湯浜温泉があります。一方の南東部は山間部より比較的暖かい平野部となっていて、渡り鳥の飛来地として知られる伊豆沼・内沼があります。市域は林野が53.6%を占めますが、耕地面積が約17,400haほどと広大で、うち86%ほどが水田と大規模な穀倉地帯となっています。また、畜産が盛んで国内屈指の肉用牛の産出拠点でもあります(仙台牛として出荷される)。少子高齢化に伴い、農家数・農家人口ともに減少傾向にありますが、平成20年代と比較すると現在は専業農家数や農業産出額は持ち直しています。また、市内の耕英地区はイワナの養殖発祥の地とされているためイワナの丼が名物料理です。

栗駒山は宮城県、秋田県、岩手県にまたがる山で、奥羽山脈の山の一つです(二百名山、花の百名山)。馬蹄型のカルデラ湖を有するため、「栗駒山」と称します。同山の紅葉は「神の絨毯」とも呼ばれる壮大なもので、9月中旬に山頂から始まり、10月中旬までに山麓まで降りてきます。9つの登頂コースがあり、いわかがみ平の展望や須川、温湯、湯野浜、栗駒高原温泉など温泉で知られています。

細倉マインパークは栗原市鶯沢にあるテーマパークです。日本を代表する鉛・亜鉛鉱山であった細倉鉱山の跡地にあり、坑道を巡る体験ができます。坑道内部に当時の坑内事務所や作業場が復元されている「鉱山の歴史ゾーン」と地球創生にタイムスリップする「アドベンチャーゾーン」(恐竜の巣や溶岩の噴出などがレーザーやライトアップで演出される)、坑道外にはスライダーパークがあります。水に入って砂金採りもできるようです。

くりはら田園鉄道公園は栗原市若柳にある公園です。2007年に廃止されたくりはら田園鉄道の路線や駅が残る公園で、旧若柳駅や「くりでんミュージアム」、農産物直売所などがはいっています。ミュージアムにはくりでんの歴史をドラマ仕立てで伝えるシアターや運転シュミレーター、基幹車庫・修繕庫で使用されていた工作機械の展示などがあります。

伊豆沼内沼サンクチュアリセンターは栗原市若柳の伊豆沼の北岸にあります。伊豆沼(ラムサール条約に登録)は面積369ha(水面面積289ha、最大水深1.6m)の沼で、マガン・ヒシクイ・マガモ・カルガモ・オオハクチョウといった渡り鳥が飛来するため、野鳥の愛好家には有名な沼です。同センターは鳥館・昆虫館・淡水魚館に分かれていて、それぞれのテーマの展示を見ることができます。

道の駅 路田里はなやま(ろーたりーはなやま、愛称は自然薯の里)は栗原市花山にある国道398号の道の駅です(小~中規模)。物産コーナー/レストラン「自然薯の館」、コミュニティセンター、釣り堀の簡素な道の駅で自然薯・蕎麦、春は山菜、夏にはイワナ、秋は銀杏などが売られています。


気仙沼市(けせんぬまし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

宮城県気仙沼市 「海と生きる」 59,141人

㊤当地はサメの水揚げ量が日本一であることからサメのイラスト。2010年から交付されている。㊦観光PRキャラクター「ほやぼーや」のイラストで2014年から交付されている。両者ともミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両が対象。

気仙沼市は宮城県の北東部にある市です。北側から西側を北上山系の支脈に囲まれ、東側は太平洋の三陸沖、太平洋沿岸に沿って国道45号や気仙沼・大船渡線BRT(JR東日本が運営するバス高速輸送システム)が走り、周辺に市街を成しています。海岸部には複雑なリアス式海岸が広がり、気仙沼湾内に大島が浮かんでいます。気仙沼漁港(特定第三種漁港)をはじめ7つの漁港があり、古くから水産業や水産加工が盛んな地域です。名物料理として気仙沼ホルモン(ボイルしない、生の豚のホルモン焼き)が有名で、フカヒレ・ホヤ・マンボウ・カツオ・牡蠣などを特産品としています。

気仙沼漁港は気仙沼湾の奥、気仙沼市大浦にある漁港です。全国で13港ある特定第三種漁港(水産業のため、特に重要とされるもの)の一つで、日本有数の水揚げ量を誇り、特にカツオ・サメ・カジキの水揚げで知られ、ほぼ毎日旬の魚が水揚げされています。漁港に併設されている気仙沼魚市場は見学が可能です。また、近くに鶴亀の湯・鶴亀食堂という漁師向けの店舗があります。

道の駅 大谷海岸(愛称:はまなすステーション)は、気仙沼市本吉町にある国道45号の小~中規模の道の駅です。1996年に県内5番目の道の駅として開駅したものですが、2011年に被災し、その後防潮堤の建設に伴い、2021年に現在地に移転・リニューアルオープンとしています。レストランや直売所のほかアクアリウムトンネルがあり、プロジェクションマッピングで震災以前にあったマンボウ水槽を再現しています。正面が大谷海岸(震災時に砂浜の多くが流出したが、2021年に海水浴場として復活した)になっています。

シャークミュージアムは、気仙沼市魚市場前の観光物産施設「気仙沼海の市」の2階にある博物館です。サメを専門とする国内唯一の博物館で、ホオジロザメの復元模型やサメの歯、東日本大震災被害などの資料展示があります(入場料:中学生以上500円、小学生200円)。また、同施設は1階が飲食店や物販コーナーになっているほかに氷の水族館(-20度の氷漬けの水族館、防寒着の貸出あり)があります。

気仙沼大島は気仙沼市の市街の対岸正面にある広さ8.5k㎡の島です。離島ではありますが車や路線バスでアクセスできるため、観光地として整備が進んでいます。小田の浜海水浴場や亀山の展望台、龍舞崎(たつまいざき)、十八鳴浜といった名所があり旅館や飲食店が出ています。

気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館は、気仙沼市波路上瀬向にある震災の記憶と教訓を伝える施設です。被災した気仙沼向洋高等学校の校舎が被災時のままに保存されています。震災時の映像を見るほか校舎内を見学することができます(入館料:一般600円、高校生400円、小中学生300円)。

リアス・アーク美術館は気仙沼市赤岩牧沢にある美術館です。1994年に建設されたもので2004年に県から気仙沼・本吉地域広域行政事務組合に譲渡されています。美術館なので絵画など美術品の展示や特別展などを行っていますが、三陸の歴史民俗資料と東日本大震災の資料を常設展示していることが特徴的です。


蔵王町(ざおうまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

宮城県刈田郡蔵王町 いきいき優タウン・ざおう 憧れの町、蔵王をめざして。 11,265人

蔵王連峰のハイライト、「御釜」を背景に観光PRキャラクター「ざおうさま」が描かれています。町制60周年記念として2015年4月から2016年3月まで、ミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されていました。

蔵王町は宮城県南部の仙南地域にある町で、刈田郡に属しています。蔵王連峰の東麓に位置し、西部が高原・山岳地帯、東部は松川流域を中心に田園地帯となっています。古くから山岳信仰の場として知られる蔵王連峰の入り口として、江戸時代には奥州街道と笹谷街道が分岐する宿場町として発展した地域です。水田面積率は県平均に比べて高くなく、丘陵地を活かした畜産や果樹作が盛んに行われています。また、蔵王連峰を訪れるハイカーのために国道457号、県道12号周辺には温泉宿やホテルなど宿泊施設が多く見られます。

蔵王連峰は東北地方の中央を南北に連なる奥羽山脈の中にあり、山形県と宮城県の県境を成す山々です。活火山であり、火口湖である御釜や噴気口などが見られます。古くは「刈田峰」や「不忘山(わすれずのやま)」と呼ばれる歌枕の山で、現在では一般に「蔵王山」と呼ばれています(山形蔵王・宮城蔵王と呼ぶ場合もある)。古くから蔵王権現が祀られ、かつては修験の修行場でした。現在では多数の温泉やスキーゲレンデ、樹氷や滝といった自然景観やレジャー施設で知られる観光地になっています。

遠刈田温泉(とおがったおんせん)は蔵王町遠刈田温泉周辺の温泉を指します。松川沿いにいくつかの温泉宿と「神の湯」と「壽の湯(ことぶきのゆ)」「まほろばの湯」といった浴場が出ています。古くは湯治場であり、特に足腰に効能があるとされています。また、土湯温泉・鳴子温泉とともにこけしで名を知られた温泉で、こけしの製造所とみやぎ蔵王こけし館(工芸博物館)があります。

蔵王ハートランドは蔵王町遠刈田温泉にある観光牧場です。飼育されている羊や山羊、牛とふれあえる広場(R5.1月執筆現在、コロナ禍のためふれあいは無し)、乳製品の手作り体験ができる体験工房(要予約)、チーズ料理の喫茶店などがあります。

鎌倉温泉は蔵王町平沢にある温泉宿です。1051年-1062年の前九年の役で矢傷を鎌倉権五郎景政という武士が発見したとされる温泉で、前述の遠刈田温泉からは離れたところにあり、皮膚病やアトピーに効能があるとされています。山間の一軒宿でアクセスは悪くお風呂も広くはないのですが、湯治場の雰囲気がそのまま残り、人気のある温泉宿になっています(日帰り入浴中学生以上400円、一歳~小学生300円)。

ざおうハーブは、蔵王町矢附(やづき)にある主にハーブティーの原料を生産するハーブ農場です(HPにもあるが「ハーブ園」ではない)。観光農園ではないのですが、時期にあった各種ハーブ摘みを行うことができ(要問い合わせ)、見学や撮影もできます。また、ハーブ苗も販売しています。


白石市(しろいしし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

宮城県白石市 市民と行政のパートナーシップによるくらし日本一のまちづくり 人口31,577人

市のシンボル白石城とPRキャラクター「ポチ武者こじゅーろう」が描かれています。2013年からミニバイク50cc以下800枚、50~90cc以下100枚(交付終了)、90~125cc以下100枚(交付終了)の3種で計1,000枚が交付されています。

白石市は宮城県南部の仙南地域にある市です。宮城県仙台市と福島県福島市のちょうど中間あたりにあります。鎌倉時代に築かれた白石城の城下町として発展し、戦後の高度経済成長期まで仙南地域の政治的中心、または商業の拠点でした。明治時代以降は広域行政機関の多くが隣接する大河原町に設置され、近年は商業的にも大河原町・柴田町の国道4号線沿いのロードサイド店舗を中心とする商圏に移行するなど、地域の中核を担う市ではなくなっています。白石市の特産は「白石三白」(白石和紙・温麺(うーめん)・葛」といわれ、江戸時代から続く古くからの特産品ですが、現在は和紙と葛の生産はわずかに行われるのみです。

白石城は白石市市の市街地の中央、JR東北本線白石駅から西側500mくらいのところにある城跡です(築上年・築城主ともに不詳)。江戸幕府の一国一城制の対象外とされて明治維新まで存続しました。現在ある3階建ての大櫓は1995年に木造で復元されたもので、ほかに塀や門なども復元されています。本丸周辺は益岡公園として整備され、資料展示と土産屋など売店を兼ねる白石城歴史探訪ミュージアムがあります。※1987年のNHK大河ドラマ「独眼竜政宗」の放送を機に伊達家家臣の片倉小十郎景綱も注目され、当時復興基金として個人・法人から寄付金一億円が集まったという。

宮城蔵王キツネ村は、白石市福岡八宮にある動物園・テーマパークです。蔵王連峰の東麓、標高590mくらいのところにある施設で、6種250頭ほどの狐を主としてウサギ、ポニー、ヤギなどが飼育されています。野生のキツネはエキノコックスという寄生虫に感染している可能性が高いのですが(人間にも感染する)、こちらは人工繁殖した個体に駆虫剤を投与しているので安心です(入場料大人1,000円、小学生まで無料。餌200円、抱っこ体験600円。放し飼いエリアの狐は手を出すと噛まれる模様)。

鎌先温泉は白石市街の西側、福岡蔵本にある温泉です。開湯は1428年、「傷に鎌先」と言われ、古くから傷に効能があるとされる薬湯で、現在は5件の旅館が点在しています(日帰り入浴が可能な旅館も有り)。

材木岩公園は白石市小原にある自然保護公園です。七ヶ宿町の七ヶ宿ダムの水と小原の材木岩(国の天然記念物)をテーマにした公園です。材木岩は高さ65m、幅100mほどの岸壁の柱状節理で、5角形や6角形など多角形の柱を立てかけたように見えます。また、公園内に検断屋敷(県指定有形文化財の旧家)があり、見学ができます。

弥治郎こけし村は白石市福岡八宮にある工芸博物館です。こけしの展示、製造方法の解説などとこけしの絵付け体験ができる工房を備えています。なお、こちらの施設から南蔵王白石線を北上していくと不忘の湯という一軒温泉があります(入浴料500円、源泉かけ流しで茶褐色の湯)。


登米市(とめし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

宮城県登米市 うまし、たくまし、登米市 人口74,795人

米の形をしたプレートに「水の里・登米市」の文字が入っています。2008年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

登米市は宮城県北部にある市です。2005年に誕生した市で、登米郡の8町と本吉郡津山町が合併したものです。市の中央部を北上川が流れ北上川の東側は北上山地、西側には天然湖の長沼を有し、広大な水田が広がっています。古くから米の名産地として知られる地域で県内屈指の産出量を誇りますが、畜産も盛んで仙台牛が生産されています。また、市域東部では林業も行われています。気仙沼市とともに、2021年のNHK連続テレビ小説「おかえりモネ」の舞台となりました。長沼や三滝堂(大関川中流)の自然や登米町(とよままち)の歴史的景観で知られるほか、「仮面ライダー」や「サイボーグ009」で知られる石ノ森章太郎の生地でもあります。

長沼フートピア公園は、登米市迫町の長沼湖畔にある公園です。長さ110mのすべり台や高さ21mのオランダ風車がある公園で、直売所とレストランを兼ねる長沼ふるさと物産館やキャンプ場が併設されています。春には風車に合わせてチューリップが開花し、夏にははす祭りや花火大会が行われています。

登米市登米町の歴史的景観は「みやぎの明治村」と呼ばれています。教育資料館(旧登米高等尋常小学校)、警察資料館(旧登米警察署庁舎)、水沢県庁記念館や蔵造りの商家などが残っています。また、登米伊達氏ゆかりの品を展示する登米懐古館や登米伊達氏初代の伊達宗直が移住した春蘭亭(武家屋敷、カフェコーナー有り)などがあります。

石ノ森章太郎ふるさと記念館は、登米市中田町にある記念館(漫画の博物館)です。2000年に石ノ森章太郎生家の側に開設されたもので、蔵造り風の外観の施設で様々なアニメ・漫画の展示が行われています。常設展示として石ノ森章太郎作品のライブラリーやトキワ荘の再現があります。また、生家の方(4軒隣にある)も内部を見学できるようになっています。

チャチャワールドいしこしは登米市石越町にある遊園地です。元は高森公園という里山・町民の森を開発したもので、1995年に開園しています。トランポリン・バッテリーカー・恐竜の乗り物・キッズボートといった各種アトラクションを備えています(入園料は無料で各種乗り物にチケットを支払う方式)。また、アジサイ70種3万株が植栽されています。

登米市の道の駅は5つあります。①道の駅 三滝堂(みたきどう)は国道45号沿い・三陸沿岸道路三滝堂IC付近の小~中規模の道の駅です(国道398号からも利用可。小規模ながらドッグラン・RVパーク・24時間営業のコンビニを備える。大迫力のクワガタパンやにくきゅうパン、メイプルメロンパンなど)。②道の駅 津山(もくもくランド)は同じく国道45号沿いの小規模の道の駅です(津山杉がテーマの道の駅で、クラフトショップ「もくもくハウス」を備える)。③道の駅 林林館は国道346号の小~中規模の道の駅です(ひらたけや舞茸などキノコが売りで、饅頭にも舞茸)。④道の駅 米山(あぐりパーク)は登米市米山町にある国道346号の中規模の道の駅です(周辺ではGWに東北最大級のチューリップ祭りが行われている。スープカレーやとうもろこし・パッションフルーツのソフトクリームなど)。⑤道の駅 みなみかた(もっこりの里)は宮城県道1号沿いにある小規模の道の駅です(つきたての餅・ごぼうチップス・牛串が人気)。


松島町(まつしままち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

宮城県宮城郡松島町 歴史・文化の継承と創造 人口13,321人

「日本三景」の文字と日本三景の一つ、陸前松島と五大堂が描かれています。2013年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています(従来型と選択性)。

松島町は宮城県中部の太平洋沿岸にある町で、宮城郡に属しています。大小260ほどの島が浮かぶ多島海 松島湾に面し、おおむね町域を南北に縦貫する高城川(たかぎがわ)河口周辺に住宅地を形成しています。古くから風光明媚の観光地として知られる地域で文化財も多く残りますが、2011年の東日本大震災以降は観光客数が減少傾向にあります。また、少子高齢化も顕著で昭和60年から人口減少が続いています。牡蠣・穴子・海苔、セッコク(東洋蘭の一種で着生植物、町花でもある)などを特産品としています。

松島湾は宮城県と山形県との境界、船形山から続く松島丘陵の東端が海に沈降したもので、山頂が島となることで多島海を形成しています(そのため中央部はかなり浅い)。その景観は「四大観(壮観・麗観・偉観・幽観)」として知られ、そのうち「麗観・富山」と「幽観・扇谷」が松島町内にあります。また、歩行者専用の橋が架かっているため、海岸から福浦島という松島群島の一つに渡ることができ、松島湾に面した県立自然公園から島巡り観光船も出ています。松島は日本三景の「雪月花」のうち「月」であり、アインシュタインが訪日した際に月見をしたとされています。

瑞巌寺(ずいがんじ=松島青龍山瑞巌寺、または国宝瑞巌寺)は松島町松島町内にある臨済宗妙心寺派の禅寺です。もともとは828年に慈覚大師円仁が開いた天台宗延福寺として建立されたものとされています。鎌倉時代に禅に傾倒した北条時頼(鎌倉幕府執権)により、天台宗が武力により追われて禅宗に転換されたものです。本堂と庫裏及び廊下が国宝に指定され、境内には障壁画・墨跡・木像などを有する宝物殿(博物館)があります。毎年11月の芭蕉祭りや伊達政宗お手植えとされる臥龍梅で有名な寺院です。

松島さかな市場は松島町松島普賢堂にある観光市場です。気仙沼市の船元が運営する施設で、水産加工品・海鮮料理・寿司・牡蠣小屋・オリジナルの牡蠣バーガーなどを扱う店舗が入る市場・食事処です。駐車場も普通車60台、大型5台と店舗としては広く、大型の観光施設となっています。道の向かい側に、みちのく伊達政宗記念館という200体あまりの蝋人形で伊達政宗の生涯を紹介する施設があり、こちらも観光名所となっています。

松島温泉は2008年の仙台・松島デスティネーションキャンペーンに合わせて開削されたもので、松島温泉組合に加盟する施設の総称です。温泉は町内のホテルや旅館などで利用され、日帰り入浴も行う施設もあり、ホテル海風土(うぶど)前に無料の足湯があります。なお、山の手側の湯の原温泉(元湯 雲泉亭)は古くから同地にあり、慈覚大師円仁が独鈷で岩を叩いて湧出させた薬湯とされています。

円通院は松島町松島町内にある臨済宗妙心寺派の寺院です。瑞巌寺の南に隣接していて、仙台藩二代藩主伊達忠宗(伊達政宗の次男)の子・伊達光宗が19歳で早世したために菩提として建立されたものです。遣欧使節を率いた支倉常長(伊達氏家臣)が西洋から薔薇を持ち帰ったことにちなんで、バラ園を有することから「薔薇寺」などと呼ばれて親しまれています。また、近年では紅葉のライトアップや数珠作り体験などを行っています。庭の枯山水と苔が印象的な寺院です。


塩竈市(しおがまし)

塩竈市ホームページより

宮城県塩竈市 おいしさと笑顔がつどう みなとまち 人口52,660人

かもめと鹽竃桜(シオガマザクラ、新字体:塩竃桜)を背景に、当地の塩竈みなと祭で松島湾を巡る御座船「鳳凰丸」が描かれています。2011年の市制施行80周年を記念し、同年に限定300枚がミニバイク50cc以下を対象に交付されています。

塩竈市は宮城県中央部の太平洋沿岸にある市です。市の北部、西部、南部は起伏に富んだ丘陵地、中央部~東部にかけての平地に市街を成しています。この平地のほとんどは埋立地であり、市街の約6割に相当します。また、東部は塩釜湾(千賀ノ浦)に面し、寒風沢島(さぶさわじま)、野々島、桂島など松島湾口にある浦戸諸島の島嶼部を有します。千賀ノ浦には塩釜漁港(特定第三種漁港)と仙台塩釜港塩釜港区(国際拠点湾港。貨物の輸送拠点で松島遊覧船や浦戸諸島への汽船の発着場)があります。当地は水産業および水産加工業が伝統的な産業であり、まぐろやかまぼこなど練り物を特産品としていますが、現在では農業・漁業はほとんど働き手がおらず、主要な産業は小売・卸売業や製造業です。また、市名は鹽竈神社(しおがまじんじゃ)に由来し、「鹽」を常用漢字の「塩」に置き換えたものですが、「塩釜」の表記がよく使われています。

塩釜市水産物仲卸市場は塩竈市新浜町にある市場です。おもに海鮮を扱う市場で、売り場面積4,950㎡、店舗数100を誇ります。一般客も利用できる市場で、駐車場も無料のものがあります。場内で買った魚を焼いて食べる自由焼炉があり、購入した食材で自分の好きな海鮮丼を作ることができます。水産物以外にもカフェや軽食、ラーメン屋などの店舗もあります。

志波彦神社・鹽竈神社(しわひこじんじゃ・しおがまじんじゃ)は塩竈市一森山にある神社です。塩土老翁神(シオツチノオジ、海や塩の神格化、また人々に漁法や製塩法を教えたとされる神)を主祭神とし、当地に1,200年以上鎮座する鹽竈神社(陸奥国一宮、創建年不詳で初出は820年)に、明治時代に志波彦神社が境内に遷座したものです。東北有数の参拝客を集める初詣スポットであり、境内にある塩竈桜(大輪の八重桜)27本は国の天然記念物となっています。また、境内に刀・武具・製塩に関する資料などを展示する博物館を有しています。

みなとオアシス・マリンゲート塩釜は塩竈市港町にある旅客ターミナルです(正式名称は塩釜港旅客ターミナル)。浦戸諸島を結ぶ塩竈市営汽船や、松島湾の遊覧船の発着場となっていて、レストランや展望台を有する施設です。浦戸諸島(桂島・野々島・寒風沢島・朴島、すべて有人島で民宿や商店も有る)へは一日6~7往復しています。近年は離島地域の猫が脚光を浴びていることもあって、猫好きの観光客が訪れているようです。

(株)佐浦は塩竈市本町にある1724年創業の酒蔵です。代表銘柄は「浦霞(うらかすみ)」で、協会系酵母のK12号酵母(低温長期型、特有の吟醸香があるが極度に水と造りを選ぶ)の発祥の地です。酒、酒器などのショップのほかに蔵ガイドや利き酒コーナーを併設していますが、コロナ禍のため執筆現在(R5.1月)は休止中です。ほかにも塩竈市西町の鹽竈神社の参道入口あたりに阿部勘酒造(株)(代表銘柄「阿部勘」、利き酒や販売は無し、近隣の酒店で売っている)や萩原味噌醤油醸造元(醤油・味噌・ポン酢・たまこんにゃくなどを販売)といった醸造元が近くにあります。

塩釜まちかど博物館(旧ゑびや旅館)は塩竈市本町にある建物で、御釜神社(日本三奇の一つ。鹽竈神社の境内外の末社で、御神体は「神釜」や「御釜」と呼ばれる)向いにあります。1876年の明治天皇の東北巡行の際に大隈重信が泊まった旅館で、1階はカフェ、2・3階は塩竈市の歴が学べる施設として当時の客室が残っています。余談ですが、金華山道本町通りを西に向かって進むと榮太楼本舗本店(生どら焼が有名な当地の和菓子屋)>上記の(株)佐浦>ジェラート屋>チョコレート屋>まちかど博物館(カフェはれま)>梅果堂(いちご大福)>おさんこ茶屋(団子)と進めます。


仙台市(せんだいし)

仙台市ホームページより

宮城県仙台市 杜の都・仙台 人口1,096,704人

仙台市を本拠とするベガルタ仙台、東北楽天ゴールデンイーグルス、仙台89ERS(仙台エイティナイナーズ)、マイナビ仙台レディースのマスコットキャラクターがそれぞれ描かれています。中央背景の楕円の背景部が各種車両を表す色となります(画像は50cc以下の白ナンバー)。2022年から2,000円以上の寄付者に対し交付されています。対象となる車種はミニバイク50cc以下~125cc以下の3種です。

仙台市は宮城県中部にある市です。東北地方で最も人口が多い市で、同地方では唯一の政令指定都市です。青葉区・宮城野区・若林区・太白区(たいはくく)・泉区の5つの行政区からなり、おおむね西側が山地・丘陵地、中央部から東寄りの七北田川・広瀬川流域の河岸段丘上に市街をなしています。また、人口や産業の中心地区は青葉区です。伊達政宗によって築かれた仙台城の城下町として発達し、明治維新までは仙台藩62万石(これは表高、実高は百万石を超える時期もあった)の中心地域でした。現在の仙台市は県内総生産の55.5%を占める(規模でいうと東京都江東区くらい)の支店経済都市(全国規模の企業の支店が集中する都市)で、第三次産業が主要な産業となっています。秋保温泉(あきうおんせん)、仙台七夕まつり、SENDAI光のページェント、定禅寺ストリートフェスティバルといった観光資源を有し、年間2,000万人ほどが観光客として訪れています。

仙台城(青葉城)は1601年に伊達政宗によって築かれ、二代目の忠宗の時期に完成した城で約270年間伊達氏の居城でした。一度も戦火を見ることがなかった城ですが、陸軍用地に転用された際に多くの地表の構造は解体され、その後の仙台空襲で旧国宝の巽門など遺構は焼失しています。石垣や堀などは良好な状態で残っています(天守は無し、脇櫓は再建)。本丸跡に青葉城本丸会館(資料館やレストラン・軽食・売店などが入る)、宮城縣護國神社と英霊顕彰館(戦争記念館、1/100スケールの大和など戦艦の模型多数)があります。周辺は青葉山公園として整備されていて、仙台市博物館があります。

秋保温泉は仙台市太白区にある温泉です(奥州三名湯の一つ)。鳴子温泉郷や松島に並ぶ宮城県の代表的な観光地で、欽明天皇(第29代、在位539~571年)の時期に歴史に登場したとされますから、およそ1,400年以上の歴史がある温泉です。周辺に磊々峡(らいらいきょう、奇岩と紅葉の渓谷)、秋保大滝(近くに植物園有り)といった景勝地を有し、仙台万華鏡資料館や秋保の杜佐々木美術館&人形館、ガラクタオブジェ館(廃材を使ったアート展示)、主婦の店さいち(おはぎで有名なスーパーマーケット)、秋保ワイナリーといった施設があります。

瑞鳳殿(ずいほうでん)は、仙台市青葉区霊屋下にある伊達政宗の霊廟をいいます。仙台城の東側の経ヶ峯に位置し、「経ヶ峯伊達家墓所(仙台市指定史跡)」として伊達忠宗の感仙殿、綱宗(3代藩主)の善応殿など伊達氏代々の霊廟が集まっています。瑞鳳殿はもともと旧国宝でしたが、戦災で焼失したため現在のものは1979年に再建されたものです。1987年のNHK大河ドラマ「独眼竜正宗」が放送され、伊達氏が周知されるようになった後は当地の観光名所となっています。

仙台うみの杜水族館は仙台市宮城野区にある民間の水族館です。松島町のマリンピア水族館の後継として2015年にオープンした施設で、展示する生物も同水族館から引き継いだものです。東北地方では最大級となるうみの杜スタジアム(イルカ・アシカのショープール、観覧者1,000人を収容)や大水槽、クラゲプールなどを備え、ペンギンやヨシキリザメの飼育に力を入れています(スナメリやマンボウもいる、穴子の恵方巻展示は毎年行っているようだ)。

仙台アンパンマンこどもミュージアム&モールは、仙台市宮城野区にあるアンパンマンの屋内型テーマパークです。飲食店や売店、遊戯店舗やヘアサロンなどが入る1階のショッピングモール(入場無料エリア)と体験型アトラクション、シアターなどがある1~2階のミュジアムエリア(有料)で構成されています(執筆時点での入場料は2,000円)。

八木山動物公園フジサキの杜は仙台市太白区にある動物園です。1965年に三居沢動物園(こども動物園)の後継として新築移転したものです。哺乳類と鳥類を主として138種程度の動物が飼育されていて、カバに餌やりができます。規模はそれほど大きくありませんが、仙台市街から地下鉄で10分ほどとアクセスが良く、夏には夜間の営業も行っています。※元来仙台市には1936年開園の仙台市動物園があったが、戦中の1944年には動物たちは銃殺されて豚舎と圃場に変わった。


南三陸町(みなみさんりくちょう)

南三陸町ホームページより

宮城県南三陸町 自然・ひと・なりわいが紡ぐ 安らぎと賑わいのあるまち・南三陸町 人口11,956人

町名左側に志津川地区のモアイ像、プレート左側に田束山のツツジと太平洋、右側に神割崎の朝日が描かれています。2022年10月からミニバイク50cc以下を対象に、300枚が交付されています。

南三陸町は宮城県北東部の沿岸部にある町で、本吉郡に属しています(1郡1町)。2005年に志津川町と歌津町が合併し誕生した町です。町域は逆「コ」の字型で、北・西・南の三方を北上山地の丘陵に囲まれ、東側は太平洋に向かって開けた志津川湾と伊里川湾となります。域内の3/4程度が森林で可住地は少なく、おおむね沿岸部に市街を成しています。江戸時代以降養蚕が盛んで、入谷地区を中心に仙台藩の生糸生産の発祥地・中心地でありましたが、現在の主要な産業は漁業です。アワビ・ウニ・マダコ・ホヤといった海産物や仙台牛などを特産品としています。2011年の東日本大震災で甚大な被害を受けた地域の一つで、当時は住宅の7割がほぼ全壊しました。現在は土地をかさ上げするなどして、新たな町が再興されつつあります。

神割崎(かみわりざき)は南三陸町戸倉寺浜にある海食により2つに割れた岬です。細い入り口を通って、太平洋の波がしぶきをあげながら押し寄せる様子は大変迫力あるもので、周辺地域では有名な景勝地になっています。また、2月と10月の数週間のあいだ、朝日が割れた岬の間を通って登ってきます。「昔このあたりにあった村で争いがあり、村境の論争のさなかに大岩が一夜にして割れた」というような伝説が残っています。周辺は神割崎自然公園(石巻市北上町)になっていてキャンプ場があります。

南三陸さんさん商店街は南三陸町志津川にある商業地です。2017年に現在の場所で営業を開始したもので、鮮魚・菓子・海苔・蒲鉾などを扱う店が28店舗ほど集まっています。チリから友好の証として寄贈されたモアイ像がシンボルです。また、2022年には国道398号の道の駅として道の駅さんさん南三陸(東日本大震災の伝承施設・観光案内所・公共交通ターミナル)がオープンし、前述の商店街とJR志津川駅(高速バスの停留所)ともども道の駅に選定されています。八幡川を渡った西側に南三陸震災復興記念公園と防災対策庁舎跡など震災遺構があります。

サンオーレそではま海水浴場は南三陸町志津川にある人工の海水浴場です。1999年にオープンしたもので全長300mあることから「サンオーレ」と称します(「サン・オー・レ」とのこと)。内湾にあるため波が穏やかな海岸で、海にはモアイ岩と呼ばれる岩や荒島(橋がつながっていて渡ることができる)が浮かんでいます。

みなみさんりく発掘ミュージアムは南三陸町歌津管の浜にある直売所「みなさん館」内にあります(国道45号沿い)。2019年にオープンしたもので、発掘した化石の展示や魚竜グッズの販売、化石発掘体験などを行っています。旧歌津町は海岸の露頭に魚竜の化石が発掘された状態で展示されていて、ミクソサウルス類(通称:管の浜竜)やウタツサウルスの発掘といった魚竜の化石の発掘で知られています。

南三陸海のビジターセンターは南三陸町戸倉にある施設です。ラムサール条約湿地の志津川湾南岸にあるもので三陸復興国立公園や周辺の海鳥・魚・貝など生き物の情報の発信、自然体験プログラムとしてシーカヤックやスタンドアップパドルボードなどの体験を行っています。


利府町(りふちょう)

利府町ホームページより

宮城県宮城郡利府町 ひと・こころ・まち きらめく躍動のステージ 人口35,130人

「十符の里」の文字と特産品の利府梨が並んで描かれています(カラー版)。2018年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

利府町は宮城県中部の仙台地域(仙塩地区)にある町で、宮城郡に属しています。仙台市の北東部に隣接し、三陸自動車道(三陸沿岸道路)から仙台北部道路が分岐するあたりにあります。古来から多賀城・仙台城・沿岸の塩竈地域を結ぶ交通の要衝で、宿場町として発達したようです。現在の利府町は、仙台都市圏の新興ベッドタウンとして人口が増加しつつあり、商業の集積によって周辺地域の商業の核となっています。東部の沿岸部は「表松島」と呼ばれる景勝地となっています。米・梨・東部の浜田漁港と須賀漁港の水産品などを特産品とし、酪農も行われています。

宮城県総合運動公園(愛称:グランディ21)は利府町菅谷舘にある運動公園です(宮城県民の森に隣接)。2001年に開催された第56階国民体育大会(新世紀・みやぎ国体)の主会場として整備されたもので、キューアンドエースタジアムみやぎ(宮城スタジアム)やセキスイハイムスーパーアリーナ(総合体育館)を核にテニスコートやプール、遊具などを備え、年間100万人近い観光客入込数と施設利用者数となっています。

春日PA(上り線/下り線はリンク先の当該文字をクリックすると切り替え)は利府町春日にある三陸沿岸道路沿いのパーキングエリアです。同道路の有料区間・無料区間では唯一の休憩施設です。周辺に硯沢窯跡という史跡があるため、下り施設には文化財展示室が併設されています。

沢乙温泉(さわおとおんせん)は利府町菅谷の前述の宮城県総合運動公園北側にある温泉です。平安時代初期にアテルイ率いる蝦夷軍と戦った坂上田村麻呂が負傷した足を洗うと、傷がたちまち癒えたといわれる名水(冷鉱泉)です。一軒宿のうちみ旅館が出ていて日帰り入浴もできます。江戸時代には仙台藩お墨付きの湯治場として賑わったといいます。

馬の背は利府町赤沼にある天然の桟橋です。約250mほど海に向かって突き出た形の地盤で、長年波に侵食されることでなだらかな形状になっています。当地を代表する景観であり、見学用の駐車場が周辺にありますが、手すりはなく地盤表面が丸みを帯びているので、先端まで渡る際には注意が必要です。対岸に似たような天然の桟橋があり「子馬」と呼ばれています。


原付のご当地ナンバー都道府県別目次はコチラ

 

岩手県ご当地ナンバープレート紹介・一覧

原付・小型バイクのご当地ナンバー

【岩手県編】

全47都道府県を網羅 掲載市町村区630以上


四輪自動車の地方版図柄入りナンバープレートはコチラ「地方版図柄入りナンバープレート 一覧 (四輪自動車)」または 地方版図柄入りナンバープレート 東北 (四輪自動車)

岩手県ご当地ナンバープレートの紹介です。地域の観光・グルメ・道の駅情報なども少し扱っています。

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原付のご当地ナンバー市町村区別目次はコチラ


九戸村(くのへむら)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

岩手県九戸郡九戸村 花と緑が織りなす、安らぎの里 人口5,650人

山を背景に、戦国時代~安土桃山時代の武将 九戸政実(くのへ まさざね)の兜、九戸の家紋、九戸神社が描かれています。2016年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

九戸村は岩手県北部内陸部の二戸地域(にのへちいき)にある村で、九戸郡に属しています。北上山地の丘陵に囲まれた村で平野部は少なく、村域をおおむね南北方向に流れる瀬月内川(せつきないがわ)沿いに集落を形成しています。稲作やピーマンの生産など農業、林業を主要な産業とする村で、甘茶・鶏肉・切炭・南部箪笥などを特産品としています。観光地として有名な地域ではありませんが、二戸村・軽米町・九戸村に跨がる折爪岳(標高852m)はヒメボタルの生息地として知られていて、夏季には多くのカメラマンが訪れています。また、村営のくのへスキー場(3コース、斜度20~30度)があります。

道の駅 おりつめは岩手県道22号(軽米九戸線)沿いにある小規模の道の駅です。産直オドデ館、レストラン、ジェラート屋などが入る施設で、木工芸品、南部箒、蕎麦の枕など工芸品を売るコーナーがあります。なお、「オドデ様」とは折爪岳に住んでいたといわれる上半身が梟下半身が人間の怪鳥で、人の言葉を話したり未来を予知したと言われています。2021年10月にリニューアルオープンしています。

ふるさとの館は九戸村伊保内にある宿泊施設で、村営スキー場の北側に隣接しています(日帰り入浴が可能、入浴料:大人500円、小人300円、浴槽7つサウナ・露天風呂有り)。大正時代の豪農の家を移築・改修したふるさと創造館(140坪と立派、研修などのレンタル施設として利用されている)やジャーマンアイリス園が併設されています。

まちの駅 まさざね館は九戸村伊保内の国道340号沿いにあります。ハンドメイドの雑貨や山葡萄ジュース、ケーキなどを販売する店舗で、九戸氏に関する歴史資料館ではありませんが、当地の観光案内などはあります。7のつく日は市日として隣接する駐車場で直売が行われています。

戸井良沢水芭蕉公園は九戸村戸田にあるミズバショウの群生地です(国道340から戸田荷軽部線に入り、東に2kmほどのところにある)。5月頃にミズバショウとカタクリが咲き、水芭蕉祭りとして串餅や田楽豆腐など郷土料理の店が出ています。

高倉工芸はホウキモロコシという植物の繊維で作る南部箒のメーカーです(九戸村戸田第9地割115)。外箒や和洋服用、ペット用の手箒などを生産・販売し、各地の百貨店の展示販売会に出品したり、小学校でミニ箒の手作り体験を行ったりしています。


金ケ崎町(かねがさきちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

岩手県胆沢郡金ケ崎町 自立への道ガーデンシティー(田園都市)金ケ崎 ~共生、調和、そして成長~ 人口15,580人

世界遺産「平泉」を表したもので、金色のすやり霞と菱形を4つ重ねた有職菱紋(上部)、金色堂と古代蓮(下部)が描かれています。金ヶ崎町、一関市、奥州市、平泉町の4地区で同じものが採用されています。2013年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています(従来型と選択性)。

金ケ崎町は岩手県南西部の胆沢郡(いさわぐん)にある町です。西側は焼石連峰の東端 駒ヶ岳(標高1,130m)の東麓が成す丘陵地、東側は北上川に接し田園地帯が広がっています。おおむね町域南東部の北上川流域に市街を形成しています。主要な産業は農業と製造業で、4,840haの耕地とトヨタ自動車東日本(株)岩手工場やデンソー、塩野義製薬が入る金ケ崎工業団地を有しています。また、国道4号並びにロードサイド店舗、県道137号沿いに個人店舗が出て商業地を形成しています。1980年に富士通の半導体工場や塩野義製薬の工場が操業となり、雇用ができたことで人口は増加傾向にありましたが、2005年から減少傾向になっています。特産品は奥州牛、アスパラガス、アイスクリームなど酪農の産物などです。

重伝建 金ケ崎町城内諏訪小路は金ケ崎町西根の一部、東西690m、南北980mの地域が指定されています。伊達氏が領内に置いた21の要害の一つ、金ケ崎要害と武家町のほぼ全域が含まれます(保存地区内の住宅は全て非公開)。主な建造物・施設として10の住宅と白糸まちなみ資料館(こちらも古民家の旧高橋家)、金ケ崎要害歴史館があります。また、周辺に金ヶ崎城跡や武家屋敷を改装したレストランがあります。

鳥海柵(とのみのさく、国の史跡)は金ケ崎町西根にある、11世紀に陸奥国の奥六郡を支配した豪族安倍氏の拠点です。同様に軍事拠点として築かれた12の城柵(7-11世紀頃に築かれた拠点施設)のうちで唯一現存するもので、前九年の役で半独立勢力の安倍氏が朝廷・出羽清原氏と争った戦場の一つです。現在は石碑が立つのみで土塁と堀くらいしか見えませんが、以前の発掘調査によって50棟を超える竪穴式住居が発見されています。

千貫石森林公園(せんがんいししんりんこうえん)は金ケ崎町西根にある自然保護公園です。千貫石ため池や公園内湿地の自然をそのままに、散策路を整備したものでキャンプ場や千貫石神社などがあります。周辺に千貫石温泉 湯本東館(日帰り入浴は大人500円、子供200円、幼児100円)とカウベルというアイスクリームの店があります。

金ケ崎薬草酒造は金ケ崎町西根下桑ノ木田にある醸造所です。2021年にオープンしたもので町内唯一の酒造所となっています。柚子やしそ、梅、りんごといった国産素材を利用したハーブリキュールやビターリキュール、お茶やコーヒーを使った酒を扱っています。


滝沢市(たきざわし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

岩手県滝沢市 住民自治日本一の市 人口55,273人

岩手山を背景に「チャグチャグ馬コ」の様子が描かれています。華やかな馬具を纏った馬を連れて、滝沢市の鬼越蒼前神社から盛岡市の盛岡八幡宮まで行進する、馬の無病息災を祈願する祭りです(毎年6月の第2土曜日に行われる)。2014年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

滝沢市は岩手県中部にある市です。盛岡市の北西に隣接し、2014年に単独で市制施行し、市となっています。それまでは滝沢村(町ではない)で、人口5万を超える日本一人口の多い村でした。元来は純農村でしたが、1970年頃から盛岡市のベッドタウンとして開発が進んだ地域です。市域北西側に岩手山の東麓を擁し、東部は北上川、南部では雫石川が境となっています。市内に岩手県立大学滝沢キャンパスと盛岡大学、県立森林公園(滝沢森林公園)、陸上自衛隊の岩手駐屯地などがあります(みちのくプロレスの本社・道場もある)。スイカ・イワナ・りんごなどを特産品としています。

岩手山(いわてさん、標高2,038m、日本百名山)は、青森から福島県まで続く奥羽山脈に位置する成層火山で、滝沢市の北西側にあります。県内最高峰であり、岩手県のシンボルでもあります。古来信仰の対象とされる山で、カルデラや焼走り溶岩流(やけはしりようがんりゅう、国の特別天然記念物)、コマクサの群生地などがあります。滝沢市からの登山ルート(柳沢ルート)馬返し登山口(633m)から比高1400mほど、大体4時間くらいの登山(下りは3時間)のコースとなります。古くから信仰登山の道として使われていたもので、登山口に駐車場、洗い場(湧水で飲用可)、トイレなどが整備されています。

ビッグルーフ滝沢は滝沢市下鵜飼にある交流拠点複合施設です。2014年に村立図書館を建て替える際に観光や地域交流の複合施設として整備され、2017年にオープンしたものです。図書館・コンベンションセンター・観光の3つのゾーンに分かれています。レストランや惣菜・特産品を売るコーナもあり、イベントのほか観光の拠点としても利用されています。

馬っこパークいわては滝沢市砂込にある牧場・乗馬教室です。当地のポニースクールの運営をNPO法人が継いだ施設で、馬の餌やりやポニーの引き馬から本格的な乗馬体験まで色々とできる施設です。また、一日一組限定ですがチャグチャグ馬コの体験も行っています(入園無料)。

ペットの里は滝沢市鵜飼臨安にある一般財団法人の施設です。ペットの殺処分0を目指すペット保護の施設ですが、敷地面積12万坪と広大です。農園や遊具、キャンプ場、ドッグラン、保護猫カフェとピザ工房などを備えています。※余談だが、現在年間の殺処分数は24,000頭ほどだが昭和中~後期には年間100万頭以上が殺処分となっていた。また、犬は4,000頭、猫2万頭ほどと猫の比率が高い。


一関市(いちのせきし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

岩手県一関市 人と人、地域と地域が結び合い 未来輝く いちのせき 人口110,679人

世界遺産「平泉」を表したもので、金色のすやり霞と菱形を4つ重ねた有職菱紋(上部)、金色堂と古代蓮(下部)が描かれています。金ヶ崎町、一関市、奥州市、平泉町の4地区で同じものが採用されています。2013年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています(従来型と選択性)。

一関市は岩手県の南端にある市です。2005年に旧一関市を含む7市町村が対等合併してできた三代目の一関市で、さらに2011年に東磐井郡を編入し、2012年には平泉町と境界変更、2017年に宮城県栗原市との境界変更を行って現在の市域としています。面積1,256.42k㎡は国内12番目と広大な市で、県内では宮古市に次ぐ2番めの広さです。一関城(一国一城令後は「一関要害」)は、天喜年間(1053~1058年)に安倍貞任の弟 磐井五郎家任が砦を築いたとされ、中世にはすでに城下町として発達していたようです。18,000haほどの広大な耕地を有し、肉牛・鶏・米などが生産されていますが、近年は主要な産業は製造業と小売・卸売業に転換されつつあります。また、厳美渓と猊鼻渓、一関温泉郷、全国地ビールフェスティバルin一関といった観光資源を有しています。

厳美渓(げんびけい)は、一関市厳美町の磐井川中流の全長2kmの渓谷をいいます。奇岩・怪岩に富む渓谷で国の天然記念物及び名勝に指定されています。また、伊達政宗も松島に並ぶと賛美したと伝えられています。対岸のお茶屋で買う「かっこうだんご(空飛ぶ団子、漢字で書くと郭公団子)」で有名です。また、周辺に道の駅 厳美渓(国道342号沿い、餅が推し)やサハラガラスパーク(ガラス製品のテーマパークでレストラン・カフェ・ショップと体験工房を併設)、一関市博物館などがあります。

猊鼻渓(げいびけい)は一関市東山町にある砂鉄川の渓谷です(国の名勝)。「東の耶馬渓」ともいわれる約2kmに渡って高さ100mの断崖が続く渓谷で、舟下り(日本で唯一の竿一本での操船、冬期にはこたつ船も出る、バリアフリー船有り)で有名です。紅葉の名所、また藤の名所でもあります。断崖が切り立っているので、厳美渓とは異なり多くの名所は船から見るしかありません(舟下り料金 大人1,800円、小学生900円、幼児200円)。猊鼻渓から砂鉄川に流れ込む猿沢川に沿って北に向かって行くと、幽玄洞という日本最古といわれる鍾乳洞があります。

一関温泉郷(いちのせきおんせんきょう)は市内西部の温泉の総称で市内各地に点在します。須川高原温泉、真湯温泉、厳美渓温泉、祭畤温泉(まつるべおんせん)、三王山温泉(さんおうざんおんせん)、宝竜温泉(ほうりゅうおんせん)の総称で、それぞれ泉質も異なります。とりわけph2.2の強酸性の須川高原温泉は、栗駒山の登山基地としても利用されるため人気があります。

岩手サファリパークは一関市藤沢町にある動物園です。2008年にオープンした施設で、当時藤沢町内で進められた国営農地開発事業により造成されたものの未利用地となっていた場所を「放牧地」として利用した施設です。70種700頭ほどの動物が飼育されています。象の餌やりやゾウに乗る体験が人気です(カピバラ・ペンギン館やウサギ・モルモットなどの小動物もいる)。

千厩酒のくら交流施設(国指定有形文化財 旧横屋酒造・佐藤家住宅)は一関市千厩町(せんまやちょう)にある酒蔵を改装した商業施設です。木造家屋と麹室・造り蔵などが保存されていて、中にはカフェや土産屋などがはいっています(資料展示も有り)。周辺は千厩町の商業地で、せんまや街角資料館や熊谷美術館などがあります。


奥州市(おうしゅうし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

岩手県奥州市 歴史息づく健康文化都市 産業の力みなぎる副県都 人口111,632人

世界遺産「平泉」を表したもので、金色のすやり霞と菱形を4つ重ねた有職菱紋(上部)、金色堂と古代蓮(下部)が描かれています。金ヶ崎町、一関市、奥州市、平泉町の4地区で同じものが採用されています。2013年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています(従来型と選択性)。

奥州市は岩手県南部内陸側にある市です。県内では盛岡に次ぐ人口を誇る市で、2006年に水沢市・江刺市・胆沢郡前沢町・胆沢町・衣川村が新設合併して生まれたものです。市域は東西に長く、西側を焼石岳(標高1,548m、日本二百名山)を主峰とする焼石連峰、東側を北上山地に挟まれた格好になっています。古くは続日本紀(789年)に「水陸万頃」(すいりくばんけい=水や土地が豊かであるさま)と書かれ、蝦夷と朝廷軍が争った地域です。また、水沢区には仙台藩の要害の一つ、水沢城(水沢要害)が残り城下町の風情があります。主要な産業は農業と製造業で、基幹産業の農業産出額で県内3位(畜産を除く耕種農業では1位)ですが、人口減少により農業・製造業・建設業・卸売業・小売業いずれも従事者が減りつつあります。なお、プロ野球選手 大谷翔平の出生地です。

えさし藤原の郷は奥州市江刺岩谷堂にある平安時代のテーマパークです。1993年の大河ドラマ「炎立つ」のオープンセットとして設営されたもので、現在でも様々なドラマ・映画のロケ地として利用されています。また周辺にえさし郷土文化館があり、共通で利用すると割引になります(仏像が好きな人は是非に)。

道の駅 みずさわは国道343号の小規模の道の駅です(ちょっとしたファミリーレストランくらいの規模)。レストラン・交流館「フロール」と地場産品の展示販売コーナーがあります。名物はゴマのソフトクリームです。周辺にこれといった観光地はないですが、343号を東に行くと黒石寺というはだか祭りで有名な寺があります。

水沢公園は奥州市水沢中上野町にある都市公園です。明治時代の放浪の画家・造園家・考古学者 蓑虫山人によって造園されたもので、樹齢300年以上の桜の古木群(県の天然記念物)があり、県内屈指の桜の名所として知られています。花期の4月中旬~5月上旬には桜まつりとして露天が出ています。また、園内に駒形神社本社があります。

国立天文台水沢VLBI観測所は、前述の水沢公園から西に150mくらいのところにある施設で、口径20mの電波望遠鏡で、天の川銀河の天体位置を計測しています(無料で見学が可能)。また、観測所に隣接して奥州宇宙遊学館という科学館があります(入館料:大人・学生300円、生徒・児童150円)。

アテルイ(=阿弖流為、アテリイとも)は胆沢の蝦夷の族長だったとされる人物で、巣伏の戦い(789年)において歴史に登場し、その後の802年に坂上田村麻呂に降伏して捕虜となりました。同年に都に進上され、坂上田村麻呂は故郷に返して現地を治めさせるよう主張しましたが、公卿たちの反対にあい河内国のどこかの山で斬られたとされています。当地のヒーロー的存在であり、田んぼアート会場やスーパー、直売所、はては銀行まで様々な施設や商店などに名前が使われています。奥州市水沢東大通りにアテルイ広場があり、火炎型土器風の像が建っています。


平泉町(ひらいずみちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

岩手県西磐井郡平泉町 やすらぎと文化をおりなす千年のまちづくり 人口7,252人

世界遺産「平泉」を表したもので、金色のすやり霞と菱形を4つ重ねた有職菱紋(上部)、金色堂と古代蓮(下部)が描かれています。金ヶ崎町、一関市、奥州市、平泉町の4地区で同じものが採用されています。2013年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています(従来型と選択性)。

平泉町は岩手県南西部にある町で、西磐井郡に属しています(平泉町のみが残るため、実質平泉町そのもの)。県内では最も小さな自治体であり東側は束稲山(標高594.9m、経塚山・音羽山・束稲山の総称)の連山、西側を奥羽山脈から張り出す平泉丘陵(標高200mほど)に挟まれた北上川の流域に市街を成しています。平安時代末期に奥州藤原氏の本拠があった地域として知られ、町内では中尊寺と毛越寺(もうつうじ)、観自在王院跡、無量光院跡、金鶏山の5箇所が「平泉ー仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」としてユネスコ世界遺産に登録されています。秀衡塗(ひでひらぬり)・米・りんご・牛肉(いわて南牛)などを特産としています。農業は働き手不足で近年は主要な産業は製造業・不動産業・建設業にシフトしています。観光業も行われますが、近年のコロナ禍によって2020年には年間観光客入込数が90万人となるなど打撃を受けています(もとは200万人くらい)。

中尊寺は平泉町平泉にある天台宗東北大本山の寺院です(同宗派の4つある大本山の一つ)。1124年に建立されたもので。奥州藤原氏四代(清衡・基衡・秀衡の棺と四代泰衡の首級)の墓所となった金色堂が有名です。金色堂の内陣は金箔はもちろん螺鈿細工や象牙、宝石によって装飾されていて、マルコ・ポーロの「東方見聞録」に於いて日本が「黄金の国ジパング」として紹介される一因になったといわれています。ほかにも讃衡堂(さんこうどう、中尊寺の宝物館)や弁慶の墓碑(参道入口前広場にある、特別史跡)などがあります。観光地として周辺に蕎麦屋やカフェなど出て、門前町を構成しています。

毛越寺は前述中尊寺の南側1kmほどのところにある天台宗の寺院です(別格本山)。850年、中尊寺と同年に開かれた寺院で、その後の大火により荒廃しましたが、奥州藤原氏二代 基衡及び三代 秀衡の時代に再興されたようです。作庭当時の意匠が残る浄土式庭園が有名で、毛越寺庭園として国の特別名勝になっています。また、大泉ヶ池東側に観自在王院跡があります。「門前直売所あやめ」という店舗があり、絶滅寸前だった国産品種「こゆきこむぎ」を使ったパンを売っています。

達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわやびしゃもんどう、国の史跡)は平泉町の市街から南西6kmくらいのところにある毘沙門天を祀った岩窟です。801年に坂上田村麻呂がここを拠点としていた悪路王を討伐したことを記念して建てたものとされています。長さ150m、最大標高差35mの崖に大日如来または阿弥陀如来といわれる磨崖仏が彫られています。懸造の毘沙門堂は1946年に火災で焼けてしまったため、現在みられるものは1961年に再建されたものです。

道の駅 平泉は国道4号平泉バイパス沿いの中規模の道の駅です。2017年に北上川の畔にオープンした施設で、当地の餅料理やずんだやどぶろくを使ったアイス、南部鉄器、ワインやどぶろくなどを販売しています。道路の向かいに世界遺産平泉の魅力をガイダンスする平泉文化センターがあります(入館無料)。

秀衡塗(ひでひらぬり)は岩手県で作られる漆器で、奥州藤原氏三代の秀衡が京から職人を招き、この地方特産の漆と金をふんだんに使って器を作らせたことが発祥とされています。当地には翁知屋という工芸店(上記のリンク先)があり、漆塗りの体験を行っています。なお、ご当地ナンバーの金の雲と4つの菱形を重ねた文様は、秀衡塗によく使われる意匠です。


北上市(きたかみし)

北上市ホームページより

岩手県北上市 きらめく北上 水と緑豊かな文化・技術の交流都市きたかみ 私たちがつくる笑顔あふれるまち人口92,069人

桜と展勝地付近の珊瑚橋、マスコットキャラクターの「おに丸くん」が描かれています。市制施行30周年、展勝地開園100周年、北上・みちのく芸能祭り60回を記念し、2021年からミニバイク50cc以下~125cc以下(50cc以下320枚、90cc以下60枚、125cc以下120枚)を対象に交付されています。

北上市は岩手県南西部の花北地域にある市です。東部の北上高地と西の奥羽山脈に挟まれた北上盆地に位置し、和賀川と北上川の合流地点となっています。古くから交通の要衝として栄えた地域で、東北自動車道・秋田自動車道の北上ジャンクションがあり、国道4号と国道107号が通っています。交通アクセスの強みを活かした工業都市として知られますが、近年は第一次・第二次産業従事者が減少し、第三次産業従事者が50%を超えています。全国平均や県平均よりも高い人口増加率で推移してきましたが、2005年の94,321人をピークに人口が減少傾向となっています。アスパラガス・里芋・きたかみ牛・展勝地の桜を使用したさくら染めなどを特産品としています。

北上市立公園展勝地は北上市立花にある都市公園です。1920年に行われた桜の植栽事業で植えられた桜約1万本、ツツジが約10万株あります。青森県弘前公園、秋田県の角館武家屋敷と並んで「みちのく三代桜名所」とされています。園内に蒸気機関車(C58 342)や貨車が展示されています(中に入れる)。周辺には北上市博物館、みちのく民俗村(20棟以上の移築した古民家、旧岩手県立黒沢尻高等女学校校舎などの野外博物館)、サトウハチロー記念館(詩人・童謡詩作詞家・作家のサトウハチローを記念する施設。代表作「うれしいひなまつり」、「リンゴの歌」「ちいさい秋みつけた」等)などがあります。

夏油高原スキー場(げとうこうげんすきーじょう)は北上市和賀町岩崎新田にあるスキー場です。標高1070mー640mにあり国内3位、世界でも上位の積雪量を誇るスキー場で、時には5mを超えることもあります。ゴンドラ2本と14コースを有し、夏油高原温泉 兎森の湯という温泉入浴施設やレストラン・売店・宿泊施設などが入る施設があります。

夏油温泉(げとうおんせん)は前述の夏油高原スキー場から県道122号をさらに進んだところにある温泉です(標高700mほど、ブナの原生林に囲まれた渓谷沿いにある)。夏季の半年だけやっている温泉で、秘湯感が満喫できる人気の温泉です。「元湯夏油」「夏油温泉観光ホテル」の二軒の旅館があります。渓谷沿いに「元湯夏湯」が管理する混浴露天風呂が並んでいて、食堂や売店などが出ています(RVパーク有り、受付は夏油温泉観光ホテル)。夏油温泉の石灰華はいわゆる湯の花の一種で、温泉水に含まれる炭酸石灰が沈殿、付着したものです。当地の天狗の岩と呼ばれる石灰華は国内最大のもので、水面からの高さ17.6m基部の直径が25mあります。

北上市鬼の館は、北上市和賀町岩崎にある鬼をテーマとした博物館です。主として国内・国外の鬼面を展示したり鬼に関する資料の収集・保存を行う施設です。当地の郷土芸能「鬼剣舞」(=おにけんばい。念仏踊りの一種で威嚇的な面をつけて踊る。北上・みちのく芸能祭りほか夏祭りなどで披露される)が頻繁に公演されています(入館料:一般500円、高校生240円、小中学生170円)。

あぐり夢くちない(あぐりむくちない)は北上市口内町(くちないちょう)の国道107号沿いにある産直です。農産物と漬物・菓子など加工品、手芸品・木工品、野菜や花苗などを販売し、食堂も併設しています。自家焙煎のコーヒーが人気です。


原付のご当地ナンバー都道府県別目次はコチラ

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