長崎県ご当地ナンバープレート紹介・一覧

原付・小型バイクのご当地ナンバー

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長崎県ご当地ナンバープレートの紹介です。地域の観光・グルメ・道の駅情報なども少し扱っています。

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波佐見町(はさみちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

長崎県東彼杵郡波佐見町 やきものの里 活力と潤いにみちた陶磁と緑のまち・波佐見 人口14,225人

コンプラ瓶と呼ばれる陶器の容れ物のイラストを中心に、左側に登り窯とPRキャラクターの「はちゃまる」、右側に鬼木の棚田が描かれています。町政60周年記念として、2016年にミニバイク50cc以下を対象に100枚が交付されています。

波佐見町は長崎県の中央東側にある町で、東彼杵郡(ひがしそのぎぐん)に属しています。長崎県内では唯一の内陸の自治体で、周囲を100~500mほどの山々に囲まれた盆地の町です。江戸時代前期から「波佐見焼」と呼ばれる焼き物で知られ、この波佐見焼は丈夫な日用品が多く、手頃でしかも良質な食器を造るという姿勢は今も受け継がれています。主要な産業はやはり製造業で陶器の製造を得意としていますが、近年は製造品出荷額が減少傾向にあります。

波佐見焼は波佐見町付近で作られる陶磁器のことで、1592-1593年の文禄・慶長の役から大村藩主が帰国するときに朝鮮の陶工を連れ帰ったことに始まります。丈夫で大量生産に向くことが特徴で、江戸時代には庶民用の茶碗や(木樽では風味が落ちるため)酒や醤油の輸出用の瓶として利用されていました。一般的、庶民的な焼物であり、現在はシェアが低くなりましたが、いまだに全国の焼き物の15%ほどがこの波佐見焼です。当地の特産品かつ主要な産業であり、波佐見町自体が「焼き物の里」として知られるため、商業や観光面でも中心を占めます。余談ですが、同町は県境をまたいで同じく焼き物で有名な佐賀県有田町と隣接しています。

波佐見やきもの公園は波佐見町井石郷にある公園です。「世界の窯広場」といって、古代から近世にかけての窯の野外博物館(12基)がある公園で、絵付けやろくろ体験ができる波佐見陶芸の館(観光交流施設、歴史的資料なども展示)があります。毎年ゴールデンウィークに波佐見陶器まつりという大規模な陶器市が行われています。

鬼木の棚田は波佐見町鬼木郷(おにぎごう)にある棚田です。棚田百選に選ばれているもので、散策路や展望台があります。22haほどの広さに400枚ほどの田んぼがあります。当地を代表する名所・風景で、9月には鬼木棚田まつりとしてウォークラリーや案山子コンテストなどが行われるほか、彼岸花の名所でもあります。

波佐見温泉は波佐見町長野郷の川棚川沿岸にある温泉地です。弘法大師が錫杖を地に立てて湧出させたという伝説が残る温泉で、1200年ほどの歴史があると考えられています。ホテルが1軒、温泉宿2軒のほか、日帰り入浴施設としてはさみ温泉 湯治楼(ゆうじろう)があります。


島原市(しまばらし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

長崎県島原市 有明海にひらく湧水あふれる火山と歴史の田園都市 人口41,881人

PRキャラクターの「しまばらん」と島原城が描かれています。50cc以下と90cc以下・1255cc以下は意匠が異なり、50cc以下では城にかかる虹が描かれています。2017年から交付されています。

島原市は長崎県南東部の島原半島の東側にある市です。江戸時代初期に島原城が築城され、以来島原半島の政治や商業の中心として機能しています。島原城の城下町や湧水群、雲仙・普賢岳の景観や温泉で知られる観光都市で、卸売・小売業やサービス業など観光業を主要な産業としています。市域の西側の一部が雲仙天草国定公園に含まれ、市街は雲仙岳の東麓に海岸沿いまで拓けています。また、有明海を通じて熊本県熊本市・福岡県大牟田市とフェリーや高速船で連絡しています。豚肉やそうめん、海苔・イイダコ・ふぐなどの水産品、かんざらし(白玉団子)などを特産品としています。

島原城(森岳城、高来城とも)跡は島原市城内にある史跡です。島原鉄道島原駅の西側すぐにあり、同駅舎は島原城の大手門をモチーフにしたものです。1624年に当地に入封した松倉重政が築城した城で高い石垣が特徴、もともと本丸と二の丸が廊下橋という木橋一本で繋がれていたそうです。石垣を巡る水濠にはれんこんが根付いており、秋には地元商店街の主催でれんこん掘り大会が行われています。現在みられる天守は復興されたもので、内部はキリシタンや武具などの資料を展示する資料館になっています。この島原城の北西側には武家屋敷群、南側に商業地区があり、こちらは街路脇に湧水が流れ「鯉の泳ぐまち」として観光名所になっています。

https://youtu.be/ZwiieqZywjg

平成新山は島原市と小浜町の境界にある山(溶岩ドーム)です。平成2年から始まった5年にわたり続いた噴火活動では9432回の火砕流が観測され、被災家屋251棟にも及び、大規模火砕流で死者が出るなどしました。これを記念するために同溶岩ドームを「平成新山」と名付けたといいます。この溶岩ドームは普賢岳の主峰よりも高い1,483mで県内最高峰となっています。

雲仙岳災害記念館(がまだすドーム)は島原市平成町の有明海に面したところにある施設です。火山活動や噴火災害をテーマにした学習施設で、様々な体験学習プログラムを行っています。また、カフェやこどものための遊び場が併設されています。

しまばら火張山公園は島原市上折橋町にある公園です。もともと雲仙普賢岳噴火災害時に市民を守るための防砂指定地を活用したもので、桜・菜の花・ポピーやコスモスなどが植栽されています。2012年につくられたもので、2018年に「しまばら芝桜公園」から現在の名称に変更になっています。また、園内にヤギやポニー、うさぎなどが飼育されています(入園料:維持管理協力金として大人300円、高校生以下無料)。


川棚町(かわたなちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

長崎県東彼杵郡川棚町 自然を愛し くらし輝くまち 人口13,295人

プレート下部に虚空蔵山(こくぞうさん)のシルエット、左上と右下にインドクジャクが描かれています。2014年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。

川棚町は長崎県の本土側中央部にある町で、東彼杵郡(ひがしそのぎぐん)に属しています。概ね町域を北から南に流れる川棚川に沿って市街を成しており、南側で長崎の中央を占める大村湾に接しています。この大村湾に突き出た半島部を大崎半島といい、県立大崎自然公園に指定されています。歴史的には一農村または漁村でしたが、太平洋戦争中には海軍工廠が設置され一時的に人口が急増していました。現在の川棚町は食料品加工や石英製品、コンクリートなどの製造業を主要な産業としていますが、ハウステンボスがある佐世保市と隣接しているため、商業やサービス業なども盛んに行われています。平成12年から人口減少が始まっていますが、将来の推計人口の減少は緩やかです。

大崎半島は川棚町の南側、大村湾に突き出た半島です。全域が県立大崎自然公園にしていされています。入場無料のくじゃく園が有名で、約200羽の孔雀やフラミンゴ、ポニーやうさぎなどが飼育されています。ゴーカート乗り場などこどもの遊び場があり、毎年5月5日にくじゃく祭りというイベントが行われています。また大崎半島北西部には川棚大崎海水浴場や温泉(しおさいの湯、オーシャンビューの天然温泉入浴施設)があります。

魚雷発射試験場跡は川棚町三越郷にある戦時遺構です。片島公園という公園の中に魚雷試験場、組み立て工場、空気圧縮ポンプ室などの跡があり廃墟が残っています。佐世保海軍工廠や川棚海軍工廠で作られた魚雷の性能テストが行われていた場所で、トイレ・自販機・駐車場などが整備されています。2015年に公開された映画「バケモノの子」のロケ地として知られているため、周辺に土産屋や飲食店などが出ています。

特攻殉国の碑は川棚町新谷郷にある記念碑です。特攻艇「震洋」(ベニヤ板製のモーターボート)や人間魚雷「回天」、伏龍隊(潜水士に棒付き機雷を持たせて敵を攻撃するもの)などで亡くなった3,511名の名前が刻まれています。また、小さな展示室を併設しており震洋艇の3~4分の1の模型が展示されています。


長崎市(ながさきし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

長崎県長崎市 活力と潤いにあふれ、歴史がいきづく交流拠点都市・長崎 人口395,591人

出島の形状のプレートです。2013年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

長崎市は長崎県南部にある市です。西彼杵半島の南部と長崎半島及び島嶼部で構成される市で、埋立地などを合わせて面積406k㎡となります。五島灘、天草灘、大村湾と三方を海に囲まれており、長崎港に注ぐ浦上川・中島川沿い及び長崎港周辺に市街をなしています。鎖国体制であった江戸時代に出島があったことから、現在に至るも異国情緒が感じられる街として知られています。産業は第三次産業が主体で卸売・小売業やサービス業などが行われるほか、漁業が盛んです。県庁所在地かつ歴史的にも大変価値のある地域ですが、昭和60年頃から人口減少が始まっていて、最盛期50万余の人口が39万人に減っています。

グラバー園は長崎市南山手町にある観光施設です。イギリス商人グラバー、リンガー、オルトの邸宅があった場所に、さらに旧長崎地方裁判所庁舎や旧三菱第2ドッグハウスなどの建造物を移築し、歴史的建造物の野外博物館となっています。同園に隣接して大浦天主堂(国宝建造物及びユネスコ世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の一つ)があり、当地の代表的な観光ルートになっています。また、グラバー園北側には端島(軍艦島)の紹介を行う軍艦島デジタルミュージアムがあります。

長崎市出島は長崎港の南側にある地域です。1634年に築造された日本初の本格的な人工島で、幕府が鎖国を行っていた頃の日本で唯一西洋に開かれた貿易の窓口でした。最初はポルトガル人が、ついでオランダ人が当地を訪れて貿易を行っていました。現在の出島は当初の扇形を失っていますが、現在までに16棟の建物が復興されており、内部には当時の生活をしのばせる資料が展示されています。また、沿岸部は商業地区になっていて出島ワーフという複合商業施設があります。

長崎新地中華街は前述の出島の東側にある中華街です。横浜、南京町の中華街とともに日本三大中華街の一つとされるもので、40軒ほどの中華料理店や中華雑貨店が軒を連ねています。長崎は鎖国時代でも対中貿易港として認められていたため、唐人屋敷という中国人の住居がありました。この人々が開国時に沿岸部に移り住み、中華街として発達したといわれています。旧暦の正月にあたる春節期には隣接する湊公園がランタンフェスティバルの会場となり、清朝をイメージした皇帝のパレードや中国雑技団の公演などが行われます。

稲佐山公園は長崎市街の西側、長崎市稲佐町にある公演です。標高333mの稲佐山山頂に長崎の市街と長崎港を見下ろす展望台や猿舎、鹿の放牧場などがあり、当地のランドマークの一つとして親しまれています。山頂までロープウェイとスロープカーが出ており、当地の夜景の名所とされています。

平和公園は長崎市松山町にある公園です。1955年に世界恒久平和を祈念して開設されたもので、長崎原爆の落下中心地の北側の丘を中心に5つのゾーンで構成されています。祈りのゾーン(爆心地公園)には爆弾落下中心地の碑が建ち、旧浦上天主堂の遺壁(原爆により破壊された同天主堂の壁のうち、残った南側の一部)が展示されています。また、同園内に長崎原爆資料館があり「ファットマン」の模型が展示されています。


大村市(おおむらし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

長崎県大村市 花と歴史につつまれた 未来にはばたく 産業・交流都市 人口96,287人

PRキャラクターの「おむらんちゃん」とオオムラザクラが描かれています。また、自治体名がひらがなの「おおむら」になっています。2012年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。

大村市は長崎県の中央にある大村湾の東岸、県央地域にある市です。県内では人口第4位の規模のまちで、西側は大村湾、東側で標高1,000m級の多良岳山系を挟んで佐賀県と隣接しています。長崎県の陸・空の玄関口であり、人口が密集する長崎・佐世保市とのアクセスも良いことから高度経済成長期からずっと毎年500~1,000人程度人口が増えていましたが、現在は増加数が鈍化しています。卸売・小売業やサービス業など商業を主要な産業とし、また長崎空港や大村駐屯地がある関係で国の出先機関が多く、公務員が多いです。黒田五寸人参やゆでピーナッツ、ナマコやイイダコなど水産品、三彩焼などを特産品としています。また、大村氏12代当主大村純忠が日本初のキリシタン大名であったため、市内にキリシタン関連の史跡が残っています。

長崎空港は大村市の市街西側、大村湾に浮かぶ空港です。1975年に世界初の海上空港として整備されたもので、もとは箕島(みしま)という有人島でした。地方空港としては珍しく上海と香港への国際線があるほか、対馬や壱岐など県内の離島地域とも連絡しています。本土側には長崎空港以前に使用されていた旧大村空港(防衛省に移管)、森園公園、温泉入浴施設などがあります。

大村公園は大村市玖島(くしま)にある市立の都市公園です。市名の由来でもある大村氏が築いた玖島城跡を整備したもので、野球場・テニスコートなど運動施設のほか、大村神社や大村藩時代の船着き場、花菖蒲園などがあります。とりわけ大村神社のオオムラザクラは国の天然記念物であり、二段咲きで花弁・がく片が多いことが特徴で、多いものでは200枚に達するとされる名桜です。

長崎スコーコーヒーパークは大村市寿古町(すこまち)にある観光コーヒー園です。日本初の観光コーヒー園であり、300坪の温室でコーヒーを栽培しています。温室の見学は無料で、レストランやコーヒーの直売コーナー、資料の展示などありコーヒーのテーマパークとなっています。

旧楠本正隆屋敷は大村市玖島にある旧家です。明治3年に建築されたもので、かつては城下町として栄えた当地の武家屋敷の流れを汲む貴重な遺構となっています。楠本正隆(政治家・男爵)という人は幕末に大久保利通の腹心として活躍し、明治維新後には東京都府知事として道路橋梁の改修などに尽力した人で、大久保から「天下随一の県令」と称されています。屋敷・庭園ともによく整備されて座敷が一般公開されています。


佐世保市(させぼし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

長崎県佐世保市 ひと・まち・育む“キラっ都”佐世保 ~自然とともに 市民の元気で輝くまち~ 人口235,956人

当地を代表する景観 九十九島とカモメが描かれています。自治体名が左上側、右上側に「kujyukushima」の文字が入っています。2013年にミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

佐世保市は長崎県北部にある市です。県内2位の規模を誇る長崎県北部の中心都市で、九十九島やハウステンボスがあることなどで知られています。江戸時代まではひなびた郊外地域でしたが、天然の良港として佐世保湾に目をつけた明治政府が軍港と鎮守府を開いたため、海軍のまちとして大きく発展しました。現在に至るもアメリカ海軍ならびに海上自衛隊の基地が置かれ、日本の海上防衛の要また海上交通の要衝となっています。昭和20年6月の佐世保大空襲により市街が一度失われていますが、現在は造船業や商業、観光業などが盛んに行われています。ただ、全体に人口減少が大きい長崎県において佐世保市も例外ではなく、2040年には21万人程度と推計されています。

ハウステンボスは佐世保市ハウステンボス町にあるテーマパークです。オランダの街並みを再現したもので東京ディズニーランドの1.5倍の敷地を有し、単独のテーマパークとしては日本最大の施設です。アムステルダムの街並みを再現したアムステルダムシティやパレスハウステンボス、アドベンチャーパークといった区画に分かれており、ゴンドラやカナルクルーザー、海上アスレチックなど多数のアトラクションと四季折々の花々で親しまれています。

九十九島(くじゅうくしま)は佐世保市から平戸市にかけて広がるリアス式海岸に点在する島々で、実際には200以上の島が有るとされています(有人島は4つ)。リアス式海岸と大小さまざまの島が織りなす美しい自然景観は観光客・カメラマンに人気があります。西海国立公園内に九十九島パールシーリゾート(遊覧船、九十九島水族館海きらら、商業施設がある市営の複合施設)があります。

九十九島動植物園(愛称:森きらら)は佐世保市船越町にある市営の動物・植物園です。1961年に旧海軍の工員の宿舎跡に開設されたもので、当時は石岳動植物園と呼ばれていました(その後佐世保市亜熱帯動植物園を経て現在にいたる)。動物251点、植物21,000点を有し、ペンギンの足裏や歩く様子を下から観察する極浅水槽やツシマヤマネコの展示があります。また、同園のある地域は九十九島のビューポイントが多く、周辺に石岳展望台園地や船越展望所などがあります。

海上自衛隊佐世保史料館(愛称:セイルタワー)は佐世保市上町にある海上自衛隊及び大日本帝国海軍に関する史料館です。7階建ての施設で、7階から順番に降りていくと長崎海軍伝習所から現在の海上自衛隊の活動までを順番に見ていくことができます(入館無料)。

無窮洞(むきゅうどう)は佐世保市城間町にある第二次世界大戦期の防空壕です。当時の宮村国民学校の教師と小学生が2年にわたり掘ったもので、奥行き20m幅5mほどあります。内部には避難中でも授業ができるように教室やトイレ、炊事場などが設けてあります。


対馬市(つしまし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

長崎県対馬市 アジアに発信する歴史海道都市 対馬 !(おっ)な島です。対馬 人口27,854人

対馬海峡に浮かぶ対馬の全景と対馬海流をイメージした水色のライン、海の幸とツシマヤマネコのキャラクター「コージー」が描かれています。2013年に対馬のPRと交通安全の啓発のために、ミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

対馬市は長崎県北部にある市です。2004年に対馬島内の厳原町・美津島町・豊玉町・峰町・上県町・上対馬町が合併(新設合併)し市制施行たもので、九州と朝鮮半島のちょうど中間あたりにある対馬島全域と有人・無人含めて100以上の島を市域としています。古代から本土と大陸を結ぶ国境の島で軍事的な価値が高く、白村江の戦い・元寇・豊臣秀吉の朝鮮出兵など歴史的事実に関連するほか、明治時代から昭和の前期にかけて対馬要塞という一群の砲台・堡塁群が建造されています。産業面では第一次産業の比率が高く、特に漁業が盛んでアナゴの水揚げで全国一を誇ります。そのほかイカ・ブリ・海藻類などの海産物やはちみつ、しいたけなどを特産品としています。観光地としても知られる地域で、土地柄韓国人が主体でしたが、近年は離島や歴史に魅力を見出す日本人観光客が増えています。

厳原港(いずはらこう)は対馬島の南東側にある港で、福岡市博多港・壱岐市とフェリーやジェットフォイルが連絡しています。こちらは対馬市の市街に近い島の表玄関になります。島の北側に比田勝港という港湾があり、厳原港と同じく福岡市博多港や釜山と連絡していますが、こちらはどちらかというと釜山から/釜山行きの利用が多いようです。また、対馬中央部の上島・下島の間には対馬空港(対馬やまねこ空港)という地方管理空港があり、長崎空港や福岡空港と連絡しています。なお厳原港の近くに対馬藩お船江跡という対馬藩時代の船渠が残っており、原型をよく保っています。

対馬博物館は対馬市厳原町にある博物館です。2022年に開館したもので、対馬藩主宗家の関連資料を主として島内の遺跡の出土品や朝鮮通信使の資料、自然に関する資料など対馬全域を網羅する資料11万余を収蔵しています。また、同博物館周辺には宗家の居城であった金石城(厳原城)の庭園や対馬朝鮮通信使歴史館、宗家の菩提である万松院などがあります。

韓国展望所は対馬島北側の上対馬町にある展望台です。韓国まで50kmほどのところにあり、晴れた日には対岸の釜山市が望める人気の観光スポットで、周辺にはヒトツバタゴの自生地(国の天然記念物、ナンジャモンジャの木ともいう)や、1934年に造られた豊砲台跡(対馬要塞の一角を成す。当時世界最大の戦艦主砲40.6cm砲が据えられたという)があります。

和多都美神社(わだづみじんじゃ)は対馬市豊玉町にある神社です。神代の昔、海神であるワタツミ・ワダツミが当地に宮殿を築いたとされる場所で、本殿正面の5つの鳥居のうち2つは海中に立っています。海の満ち引きにより様相を変える幻想的な神社で、当地の観光名所になっています。また、全国的にも珍しい三柱鳥居が2基あります。

ツシマヤマネコは対馬にのみ生息する野生の猫でベンガルヤマネコの亜種とされています。約10万年前に当時は陸続きだった大陸から渡ってきたものとされ、戦前には当地の山に入れば必ず見つかるもので、1971年に国の天然記念物にしていされています。現在は100頭ほどに減少し、絶滅危惧種になっています。数が少ないため、島内でみられることはほとんどありませんが、佐世保市の九十九島動植物園森きららで飼育されているものを見ることができます。


長与町(ながよちょう)

長与町ホームページより

長崎県西彼杵郡長与町 緑・やすらぎ・活力あふれる ながよ 人口39,763人

中尾城公園の「エアロブリッジ」と街並み、PRキャラクターの「ながよミックン」が描かれています。2023年1月から50cc以下のミニバイクを対象に交付されています。

長与町は長崎県長崎市の北側に隣接する町で、西彼杵郡(にしそのぎぐん)に属しています。町域東側は琴ノ尾岳(451.4m)を中心に300~400m級の丘陵地、町域北側で長崎県の中央に位置する大村湾に接し、町域に清水島と二島という島を含みますがこれらは無人島です。1960年代の高度経済成長期から長崎市のベッドタウンとして継続して開発され、町としては県内で最も人口が多い地域となっています。2010年頃まで人口が継続して増加し、一時期4万を超えていましたが現在は減少局面に転じています。主要な産業は卸売・小売業や各種サービス業など第三次産業で、長らく住宅地として開発が進んだため、業種別では不動産業と教育の従事率が高くなっています。みかん・いちじく・ブルーベリーやオリーブオイルなどを特産品としているほか、比率としてはわずかですが漁業も行われています。

中尾城公園は、JR九州長崎本線の長与駅から町内を流れる長与川を渡ったところにある公園です。広さ9.4haの傾斜地にあり、中世~戦国期に渡って築城された山城 中尾城の跡地を利用しています(比高60m)。文化ホールや展望台などがある公園で、エアロブリッジという赤い橋の上をモノレール(往復110円)が走っています。*エアロブリッジ下のスパイラルスライダーは小学生が骨折するなどしたため現在休止中、再運転の見込みは無いようだ。

堂崎ノ鼻(どうざきのはな)は長与町北端の大村湾に突き出た岬です。青い海とゴツゴツした岩肌のコントラストが美しい景勝地で、県立堂崎ノ鼻自然公園として整備されています(駐車場・トイレなど有り)。また、旧石器時代のナイフ・台形石器などが出土した堂崎遺跡があります。堂崎ノ鼻~長与港までは海岸線沿いに国道207号が走り、カフェや公園、長崎温泉 喜道庵(オーシャンビューの温泉)などがあります。

長与港は長与町の北西側、斎藤郷と岡郷にまたがる港です。観光漁港ではありませんが、周辺は長与総合公園や長与シーサイドーパークなど緑地があるほか、大村市のボートレース場までフェリーが出ています。以前は長崎空港まで行く定期船がありました。港近くに岩崎本舗の本社(グラバー園や長崎空港、ハウステンボスなどに店舗を有する食品会社。同社の角煮まんじゅうが長崎名物となっている)があり、工場直売店を出しています。また、同港ではペーロン保存会がペーロンの漕艇の体験(漕手20名~30名ほどのドラゴンボートの一種、長崎ではペーロンと呼ぶ)を行っています。


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唐津市(からつし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

佐賀県唐津市 自然と歴史と文化が織りなす 心の散歩道 唐津 人口116,323人

唐津くんちの曳山が描かれたもので、2017年にミニバイク50cc以下を対象に2,000枚が交付されています。また、2021年には佐賀市・伊万里市・鳥栖市などとともにTVアニメ「ゾンビランドサガ」のオリジナルプレートが交付されています(画像。市公式HPより)。このプレートはミニバイク50cc以下が対象で、500枚の交付となりました。市の歴史民俗資料館の屋根で同アニメのキャラクターがまったりしている様子が描かれています。

唐津市は佐賀県の北西部にある市です。北部と西部で玄界灘に接し、市北部に唐津湾がひらけています。2005年に旧唐津市と東松浦郡浜玉町・厳木町・相知町・北波多村・肥前町・鎮西町・呼子町が合併し、新唐津市となり更に2006年には七山村を編入しています。当地は江戸時代には唐津藩の中心地であり、廃藩置県後には短期的に唐津県が置かれていました。現在の唐津市は就業者や販売額ともに商業が中心となっていて、ついで食料品や化学工業など製造業が盛んです。また、虹の松原(特別名勝)や呼子朝市、唐津くんちなどが有名で、観光資源も豊富です。牛肉・豚肉など畜産物とハウスみかん、イカ・牡蠣・車海老などの海産物、唐津焼などを特産品としています。

唐津城は唐津市東城内にある史跡です。1608年に当地に入封した豊臣秀吉の家臣 寺沢広高が築いたもので、唐津湾に面した砂州が東西に広がる様子が鶴が羽根を広げたようにみえるということから舞鶴城という異名をもちます。現存する遺構は石垣や堀ですが、天守や櫓、門などが復興されています(ただし、築城当初に天守があったかどうかは不明)。城の東側に幅500m、長さ4.5kmに渡って広がる虹の松原は、もともと唐津藩の初代藩主となった寺沢広高が新田開発のため、防砂林/防風林として植樹を行ったものです。また、松原の東側浜玉町のあたりに当地の土産物「けえらん(けいらん)」の発祥地 諏訪神社があります。

屋形石の七ツ釜(国の天然記念物)は唐津市の北西側、唐津市屋形石にあります。東松浦半島を構成する上場大地が玄界灘に落ち込む場所で、7つの海蝕洞があることから「七ツ釜」といいますが、実際にはもっとたくさんありなかには遊覧船がまるごと入れる広さのものがあります。また、岬全体が七ツ釜園地として遊歩道などが整備されており、展望台からは天気の良い日には壱岐や対馬が見えることがあるようです。

唐津くんちは毎年11月2日から11月4日までの3日間、唐津神社で行われる秋季例大祭です。くんちは「おくんち」「宮日」「供日」とも書き、収穫を祝う行事です。当地の祭りは日本三大くんちの一つで、独特の漆の技法で飾られた14台の豪華な曳山が街を巡ります。昭和55年「国の重要無形民俗文化財」に指定され、平成27年には「ユネスコ無形文化遺産」に登録されました。

名護屋城は唐津市鎮西町(ちんぜいちょう)にある史跡です。1591年に豊臣秀吉が朝鮮出兵に際し拠点として築城させたもので、当時8ヶ月の突貫工事で5重7階の天守が築かれたものとされ、近隣からは金箔を施した瓦が出土しています。史跡の近くにある佐賀県立名護屋城博物館では黄金の茶室が復元・公開されているほか、道の駅 桃山天下市があります。

唐津市の産物で全国的に有名なものが唐津焼です。市内に約70ほどの窯元があり、土の素朴さ、力強さから「用の美」を湛え茶器として好まれました。現在では釉薬や技法による種類も豊富で、普段使いのマグカップや茶碗などにも人気があります。


嬉野市(うれしのし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

佐賀県嬉野市 歓声が聞こえる嬉野市 -お茶と温泉のまち、佐賀のほっとスポットうれしの  人口24,912人

嬉野温泉をイメージしたもので、ひらがな表記「ゆ」のナンバープレートです。2013年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。また、2021年にはアニメ作品「ゾンビランドサガ」のオリジナルナンバーも交付されており、同作品の主要キャラが足湯でまったりしている様子が描かれています。こちらのナンバーも50cc以下のミニバイクが対象で、200枚が交付されています。

嬉野市は佐賀県の南西部にある市です。2006年に嬉野町と塩田町が合併してできた市で、県内9番目の市となっています。市域全体を300~800mほどの山に囲まれた盆地のまちで、嬉野温泉や塩田津(しおたつ)の古い町並み、嬉野茶の生産などで知られています。産業は商工業のバランスが取れており、農林業や宿泊・サービス業などが比率としては大きいです。3世紀頃とされる三韓征伐の帰途に神功皇后(天皇14代。各地の八幡宮で祀られる誉田別命の母)が立ち寄り、鶴が湯浴みをして傷を癒やした様子を見て「あなうれしや」と言ったことから「嬉野」になったと言われています(人物の部分は諸説あり)。緑茶、紅茶、温泉豆腐やきゅうりなどを特産品としています。

嬉野温泉は嬉野市嬉野町にある温泉地です。県内では武雄温泉と並ぶ二大温泉地で、塩田川沿いに50軒ほどのホテルや温泉宿が出ています。泉質はナトリウムを含む重曹泉(弱アルカリ性)であり、入浴後にツルツル感があることから「日本三大美肌の湯」のうちの一つとなっています。また、この温泉水を使った湯豆腐を「嬉野温泉湯どうふ」といい、温泉水に含まれる重曹によって豆腐がとろとろになります。また、嬉野温泉南側に九州忍者保存協会の本拠施設で「肥前夢街道」というテーマパークがあり、忍者服のレンタルやアスレチック、手裏剣打ちの体験や忍者ショーなどを行っています。

塩田津は嬉野市塩田町にある街区で、重伝建に指定されています。もともと江戸時代初期に長崎街道の塩田宿として整備されたもので、当時の地割りや水路が残っています。「居蔵屋」と呼ばれる大型の白漆喰の大型町家が特徴で、国の重要文化財 西岡家住宅のほかいくつかの旧家が残ります。また町の各所に当地の石で造られた石像が見られ、どれも重厚な雰囲気があります。

轟の滝は嬉野市嬉野町にある塩田川の滝です。嬉野温泉の温泉街から1kmほどのところにあり、山間ではなく平坦部にある珍しい滝です。平坦部の滝ということで高さは11mくらいと低く、水墨画の滝のような様とはかけ離れていますが、滝壺は2,500㎡ほどあり流量は立派です。周辺が轟の滝公園として整備されており桜の名所とされるほか、近くに嬉野茶交流館「チャオシル」という嬉野茶の広報施設(入館無料で茶の歴史や製造工程など資料を展示、喫茶コーナーや体験コーナーもあり)があります。


白石町(しろいしちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

佐賀県杵島郡白石町 人と大地が うるおい 輝く 豊穣のまち 人口21,138人

白石平野、有明海、杵島山とPRキャラクター「しろいしみのりちゃん」が描かれています。2012年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています(ミニバイクとミニカーは従来様式と選択可、小型特殊はご当地ナンバーのみ)。

白石町は佐賀県の中南部にある町で、杵島郡に属しています。2005年に旧白石町、福富町、有明町が合併して新白石町としています。町域東部から南部にかけて広く有明海に面し、干潟や干拓地で知られています。概ね土壌は粘土質で農業好適地となっており、農業や海苔養殖が盛んに行われています。「ゆといもち」と呼ばれる餅を噛まずに飲み込む風習が残っている(保存会の会員のみ、危険なので一般の参加は不可)ほか、県内のレンコン生産のほとんどを占める名産地でもあります。

肥前犬山城展望台は白石町堤にある展望台です。白石平野の西部に連なる杵島山の犬山岳(標高342m)にあり、城の天守を模した展望台になっています(史跡ではない)。この杵島山は「歌垣」という古代歌を掛け合う集会(老若男女の娯楽や求愛の場であった)が催されていたことで知られているため、周辺は歌垣公園という公園になっており、八重桜やツツジの名所とされています。

道の駅 しろいしは、白石町福富下分にある県道36号の中規模の道の駅です。地場産品を売る「もんごもんご市場」、レストラン、レンタル自転車、加工場などで構成されています。また、隣に「いちごの駅(岸川農園)」という観光農園があり、シーズンにはいちご狩りを行っています。

縫ノ池(ぬいのいけ)は白石町湯崎にある池です。湧水による池で、「金妙水」と呼ばれる湧き水が汲めるようになっています。この池は800年以上当地にあり、住民に親しまれてきた池ですが、1958年に干上がってしまい無くなってしまいました。その後40年以上経た2001年に再び湧出し、水をたたえるようになったといいます。この池の北側に須古城跡、杵島城跡が残っています。


基山町(きやまちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

佐賀県三養基郡基山町 ~集い ふれあい 助け合い~「みんなで創る 人と自然が輝くまち きやま」 人口17,363人

隣接する鳥栖市のものと同じデザインです。基山町イメージキャラクター「きやまん」と鳥栖市イメージキャラクター「とっとちゃん」、「なかよく まちづくり」の文字が描かれています。2012年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています(従来様式と選択性)。

基山町は佐賀県の東端にある町で、三養基郡(みやきぐん)に属しています。同町は佐賀県にありますが、福岡都市圏の一角であり福岡市や久留米市のベッドタウンにもなっています。また、九州自動車道と長崎自動車道が通り隣接する鳥栖市とともに九州の自動車交通の要でもあります。おおむね町域の西側は脊振山地(せふりさんち)及び丘陵地帯で、東側の平地に市街を成しています。宝満川の支流がいくつか流れるため水利に恵まれており、戦前までは農業のまちでしたが、戦後には交通の便を活かして工場の誘致をすすめました。現在では第三次産業及び製造業が主要な産業となっています。2014年の日本創成会議において、2010-2040年の若年女性の変化率が-62.1%と推計されたため消滅可能性都市の指摘をされていますが、現在はやや持ち直しているようです。茶・みかん・ぶどう・ハム・エミューの肉や羽根(縁起物とされる)・酒などを特産品としています・

大興善寺は基山町大字園部にある天台宗の寺院です。寺伝によれば、聖武天皇の勅願により717年に行基によって創建されたものとされています。ヒラドツツジを主としてツツジ5万株が植栽されており、春には「つつじ寺」として親しまれる寺院で、木造の広目天・多聞天立像2躯が重要文化財(旧国宝)に指定されています。また、モミジも多いため秋には紅葉の名所となります。

基肄城(きいじょう/きいのき)は福岡県筑紫野市と基山町にまたがる古代山城です。665年、白村江の戦いで敗れた大和朝廷が太宰府の南の守りとして築いたものとされています。当時は長さ4kmにもわたる土塁や石積みがあったようですが、現在は多くが流失しています。このほか水門や通水溝などの遺構が残っており、学術的な価値が高い史跡です。また、史跡の中部は史跡巡りができるよう歩道が整備されています。

基山ラジウム温泉は基山町小倉にある入浴施設です。一般の銭湯にかなり近いレトロかつ小さな施設で、お湯は単純放射能泉で無色透明無臭、温度はぬるめです。関節痛や筋肉痛に効能が高いといわれています。

本福寺(基山町)は基山町宮浦にある真言宗系(光明念佛身語聖宗)の寺院です。前述の基肄城は894年の遣唐使の廃止の後、軍事的な意味合いが薄れ仏教の修行場となっていきました。同寺院はいわゆる観光寺として知られていて、写経や座禅(阿字観)、茶道や生花、滝行といった豊富なお寺体験とお寺カフェがあります。また、同寺院に向かう道路の脇に当地の特産品の一つであるエミューが飼育されている飼育園があります。これは観光施設ではないですが、国内での飼育は珍しいエミューが見られます。


鳥栖市(とすし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

佐賀県鳥栖市 住みたくなるまち 鳥栖 -“鳥栖スタイルの確立”- 人口74,229人

隣接する基山町と同じデザインです。基山町イメージキャラクター「きやまん」と鳥栖市イメージキャラクター「とっとちゃん」、「なかよく まちづくり」の文字が描かれています。2012年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています(従来様式と選択性)。また、2021年からはアニメ「ゾンビランドサガ」のオリジナルプレートも交付されており、こちらは同アニメの主要キャラクターが駅前不動産スタジアムで観戦している様子が描かれています(ミニバイク50cc以下が対象で400枚の交付)。

鳥栖市は佐賀県の東端にある市です。県内3位の規模を誇る自治体で、九州縦貫自動車道、国道3号など南北の交通軸と九州横断自動車道、国道34号など東西の交通軸が交わる交通の要衝にあります。歴史は古く、ヤマト王権時代(2~3世紀頃)には「鳥巣」と呼ばれており、これが現在の地名「鳥栖」になったとされています。現在の鳥栖市は製造業を主な産業としていて、化学工業や食品の加工を得意としています。福岡都市圏との近さや企業立地などを背景に人口が増加していますが現在は鈍化しており、令和12年くらいから減少傾向に転じると推計されています。

駅前不動産スタジアム(略称:駅スタ)は鳥栖市京町にある球技場です。もともとJR鳥栖駅構内にあった機関区や操車場跡に1996年に造られたもので、サッカー・ラグビー・グランドゴルフ等に利用されています。特にサッカーが有名で、当地のサッカークラブ サガン鳥栖のホームグラウンドとなっています。

中冨記念くすり博物館は鳥栖市神辺町にある歴史民俗博物館です。「田代売薬」といって、18世紀中頃には薬売りが当地の産業となっていたようです。当地に本拠をおく製薬会社 久光製薬もこの田代売薬の係累であり、同博物館は久光製薬の創業145周年を記念して建造されたものです。現代の薬と昔の薬に関する展示を行っているほか、年間を通じ350種の薬草がみられる薬草園が併設されています(大人300円、高・大生200円、小・中生100円)。

御手水の滝(おちょうずのたき)は鳥栖市立石町の九千部山南麓にある滝です。高さ22m、幅6mあり、名称は室町時代から霊場として知られ、修験者がこの滝で手を洗い身を清めたという伝説によります。周辺に遊歩道やキャンプ場、無料の河川プールなどが整備されていて、夏場は涼を求めて多くのファミリーが利用しています。

朝日山公園はJR九州新鳥栖駅の南西側にある公園です。高さ133mほどの朝日山城跡(肥前国、14世紀頃の山城)の城郭一帯が公園として整備されたもので、芝生広場や遊具、あずまやなどがあります。当地の桜の名所として知られるほか、サガン鳥栖が階段トレーニングで利用している290段の階段があります。


神埼市(かんざきし)

神埼市ホームページより

佐賀県神埼市 自然と歴史と人が輝く未来都市 人口30,884人

日の隈山と川、七色の虹を背景に吉野ケ里遺跡のやぐらやハンギー(木製のたらい)にのったPRキャラクター「くねんワン・くねんニャン」が描かれています。合併10周年記念の2016年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

神埼市は佐賀県東部にある市です。2006年に神崎町・千代田町・脊振村が合併して発足したもので、佐賀県10番目の市となっています。市域は南北に長く、北部は脊振山(標高1055m)を中心とした山地、南部が佐賀平野で南に行くほど標高が下がります。神埼市と東側で隣接する吉野ヶ里町にまたがる特別史跡 吉野ヶ里遺跡が有名です。小売・卸売業など第三次産業を主要な産業としています。また市域の1/4程度が耕地で、米・菱の実と菱焼酎・そうめん・アスパラガスなどを特産品としています。

吉野ヶ里遺跡は、神埼市と吉野ヶ里町にまたがって存在する弥生時代の大規模な環濠集落(周囲に堀を巡らせた集落)です。およそ117haの広さにわたる遺跡であり、ガラス製の管玉や銅剣、銅鏡、鉄器などが多数出土している遺跡で、1970年代に一部が破壊されましたが(当時はもっと小さい遺跡だと考えられていた)、現在は田手川東岸と西岸に吉野ヶ里歴史公園が整備され環濠・高床倉庫・竪穴建物・物見櫓などが復元されています。

九年庵(国の名勝)は神埼市神崎町にある邸宅及び日本庭園です。1892年に佐賀県佐賀市出身の実業家 伊丹弥太郎が別邸として築いたもので、9年の歳月をかけて完成したことから「九年庵」と称します。現在は佐賀県が管理運営しており、春と秋に期日を設けて公開されています。佐賀県を代表する紅葉の名所とされています。

水車の里遊学館は神埼市神崎町にある水車に関する資料館・観光施設です。明治30年代の同地区にはおよそ60台の水車があったそうで、現在水車5基と水車小屋2棟が復元されています(実際に製粉・精米が可能)。また、近場の観光スポットを紹介する観光案内所の役割があります。

佐賀のエッフェル塔は神崎市神崎町の県道48号沿いにあります。近くの板金塗装会社の社長が20代の頃に訪れたパリのエッフェル塔の景観に惚れ込んで、5年の歳月をかけて建造したものです(ただし高さは22m)。テレビなどで紹介されたため、当地のB級観光スポットになっています。


江北町(こうほくまち)

江北町ホームページより

佐賀県杵島郡江北町 子や孫に誇れる郷土 江北 人口9,575人

PRキャラクターのビッキーファミリーと稲穂が描かれています。2019年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されていましたが、2022年に追加でミニカー用の水色ナンバーが交付されています(画像はミニカー用)。

江北町は佐賀県の中央部にある町です。かつては長崎街道の宿場町、戦後は石炭の町として栄えた歴史を有する地域で、現在は国道34号と207号、JR九州の佐世保線と長崎本線が分岐するあたりで交通の要衝として栄えています。町域の40%が耕地であり全般に田んぼが目立ちますが、町の北部に工業団地を有し、食品加工(切り餅)や電子部品・デバイスなどの製造業を得意としています。全国的に人口減少が続いているなか人口に大きな増減はなく近年はほぼ横ばいとなっています。米・餅・レンコン・佐賀牛・いちごなどを特産品としています。2022年に当地の中心駅の名称が「肥前山口駅」から「江北駅」に変わっています。

白木パノラマ孔園は江北町山口にある公園です。白石平野と有明海を見渡す高台にあり、アスレチックやターザンロープなどの遊具のほか、キャンプ場が併設されています。無料駐車場があり、有料キャンプ場としては料金が安め(デイ300円、宿泊600円、町内は半額)ということもあり、町内・町外問わず憩いの場として利用されています。近くに白木聖廟という孔子廟があり、1700年頃に日本に渡ったとされる孔子像が祀られています(年に一回、4月に行われる祭りで公開されている)。

花祭いちごの谷は江北町山口にある観光農園です。おおむね1月から5月にかけていちご狩りを行っていて、「いちごさん」(果肉が赤いまだ新しい品種)、「さがほのか」「よつぼし」といった品種のいちごが食べられます。このあたりは田園風景が広がるのどかな地域で、近くに約20万本の彼岸花が群生している場所があり、9月下旬に彼岸花祭りが行われています。

カンカン石は江北町惣領分の国道207号沿いにある石です。讃岐岩(サヌカイト)という岩石で、名称通り香川県坂出市周辺や、大阪~奈良間にある二上山あたりで採れる安山岩です。非常に固く、叩くとカンカンと音がするのでこのように呼ばれます。当地のものは江北町がかつて長崎街道の宿場であった頃、旅人が訪れる名所であったそうです。


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福岡県ご当地ナンバープレート紹介・一覧

原付・小型バイクのご当地ナンバー

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新宮町(しんぐうまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福岡県糟屋郡新宮町 人が輝き 快適に暮らせる 元気なまち 新宮 人口33,317人

合併60周年記念のロゴマークと立花山・みかん・町営渡船「しんぐう」(右側)、めがね岩(左側)が描かれています。新宮町・立花村の合併60週年記念事業の一環として制作されたもので、2015年に50cc以下200枚が交付されています。

新宮町は福岡県北西部にある町で、糟屋郡(かすやぐん)に属しています。福岡市の北東側に隣接し、東部は立花山(標高367.1m)をはじめとする山地で、西に行くほど標高が下がります。また、西部で玄界灘に面し、相島という面積1.25k㎡ほどの有人島を有しています。現在は福岡市のベッドタウンとして発達していますが、1990年代までは人口増加は緩やかでした。2010年代に駅周辺やNTT社宅跡地など大規模な開発を受け、2010年-2015年で人口増加率22.9%を記録しています。小売業・卸売業や運輸といった第三次産業を主要な産業としていて、国道3号沿いや駅周辺にカインズ、IKEA、ニトリなど大型の郊外型店舗が多く立地しているほか、うどん店の激戦区でもあります。

立花山は福岡市東区・久山町・新宮町にまたがる山です。「筑前名山」と呼ばれる山々の一つで、市街地に近くそれほど険しくないことから、南にある三日月山と同様にハイキングコースとして親しまれています。山頂には1330年に立花氏(大友氏6代大友貞宗の3男、大友貞載を祖とする)が築いた立花山城の石垣が残っています。クスノキの原生林があることで知られる山で、国の特別天然記念物に指定されており巨木が多く見られます。

https://youtu.be/3c2kg9JqJcA

横大路家住宅(国の重要文化財)は新宮町上府にある旧家です。17世紀半ばに建造されたという茅ぶき屋根の曲家で、九州では最も古い民家とされています。805年に唐での留学を終えた最澄(天台宗の開祖)が当地に上陸し、法火と毘沙門天像を授けたとされており、これらを長い間守り続けたことから通称を「千年家」といいます。

相島(あいのしま/あいしま)は新宮海岸から約8kmほど沖合にある有人島です。周囲8kmほどの島で、海岸の一部には海食崖が見られます。新宮漁港から町営の渡船「しんぐう」が出ており、約20分ほどで渡ることができます。この途中で鼻栗瀬(通称:めがね岩)と呼ばれる真ん中にポッカリ穴が空いた高さ20mほどの玄武岩が海上に立つ様子が見えます。また、同島は同じく福岡県にある藍島(こちらも「あいのしま」と読む)と同様「猫の島」(海外テレビで「世界6大猫スポット」として紹介された)として知られていて、猫好きが訪れる観光スポットでもあります。


嘉麻市(かまし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福岡県嘉麻市 -母なる遠賀川源流の恵みに満ちたふれあいと安心のまちー遠賀川ハートフル嘉麻の里の創造 人口33,722人

プレート上部に嘉穂三山(馬見山、屏山、古処山をいう。嘉穂アルプスとも)、右側にPRキャラクターの「かまししちゃん」と特産のりんごが描かれています。2016年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

嘉麻市は福岡県中部、筑豊地方の南部にある市で、2006年に旧山田市、稲築町、碓井町、嘉穂町の1市3町が合併してできたものです。歴史的には戦国時代後期までは秋月氏の支配を受け、その後秋月藩(福岡藩の支藩)ができると黒田氏の所領となっています。他の地区法地域と同じく明治から昭和前期まで石炭産業で大いに栄えたため、いくつかの炭鉱の遺構が残っています。現在は製造業を主要な産業としていますが、市域の72%程度が山林や耕作地で、比較的に農林業と畜産が盛んな土地柄です。牛肉・牛乳・いちご・ぶどう・りんご・梨などを特産品としています。

道の駅 うすいは嘉麻市上臼井の福岡県道90号穂波嘉穂線沿いにある中型の道の駅です。国道に面しているわけでもなく、登録日も2005年と道の駅としては古い部類ですが、レストラン・菓子屋・パン屋・たこ焼き屋など一通りそろった施設になっています。当地は内陸部なのですが、鮮魚の品揃えが良いようです。周辺に当地出身の画家 織田廣喜(おだ ひろき)の作品を展示する織田廣喜美術館があります。

嘉麻市梅林公園は嘉麻市下山田の安国寺の裏山にある公園です。400本ほどの梅が植栽されていて、鹿児島紅梅・豊後梅・南高梅・林州梅・信濃小梅・信濃大梅・鶯宿梅といった多様な梅が見られます。花期の早春には接待所が出てお茶がふるまわれたり、甘酒や梅もち、梅干しなどが販売されています。

九州りんご村は嘉麻市の南部の馬見山中腹あたりをいいます。当地の農家が減農薬栽培で果樹(梨・りんご)を育てている地域で、りんご狩りを行っている果樹園もあります。カフェや菓子屋も出ていて、当地のちょっとした名所といったところです。


赤村(あかむら)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福岡県田川郡赤村 英彦山の清流と緑豊かな山々に囲まれた村 DO YOU 農? 緑と清流とほたるの里 人口2,627人

夕日を背景に森の主「源じいさん」が運転するトロッコ列車が描かれています。2016年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。

赤村は福岡県東部筑豊地域にある村で、田川郡に属しています。福岡市から東40km、北九州市から南30kmほどのところにある村で、英彦山(1,199m)付近を源流とする今川(2級河川)流域や山間部を村域としています。1960年まで筑豊炭田からの石炭積み出しを行った田川線(現:平成筑豊鉄道田川線)が走り、この鉄道は九州最古の鉄道トンネルなど貴重な構造物を有しています。産業は農業が主体ですが、観光鉄道のトロッコ列車や岩石山(=がんじゃくやま、古来からの修験者の修行場で奇岩が多いことで知られる)への登山口であるため、第三次産業も主要な産業となっています。また、春と秋に「DO YOU 農?」という農村体験が行われているほか、ホタルの生息地としても知られています。

源じいの森は赤村赤の平成筑豊鉄道田川線源じいの森駅周辺をいいます。宿泊・研修施設・レストランが入る「ほたる館」にキャンプ場と温泉入浴施設が併設されています(泉質はアルカリ性単純泉)。

赤村のトロッコ列車「赤村トロッコ油須原線」は、炭坑用に建設が開始されたものの、石炭需要の低下により開業することの無かった幻の鉄路を復元したものです。現在は観光鉄道として冬季を除く日曜日に月1回程度運行しています。炭坑時代の面影や赤村に残る大自然を満喫できます


広川町(ひろかわまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福岡県八女郡広川町 古から受け継がれる文化と 豊かな環境が心を癒すまち いまこそ集い 未来へつなごう 人と笑顔とふれあいのまち 広川 人口19,339人

広川町商工会青年部のまちおこしキャラクター「広川まち子ちゃん」が描かれています。また、下側藍色のラインの内側に60周年記念を祝う文言が英語で入っています。2017年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。

広川町は福岡県南部にある町で、八女郡(やめぐん)に属しています。同じ書き文字で「広川町」は和歌山県有田郡にも存在しますが、そちらは「ひろがわちょう」と読みます。福岡県と佐賀県にまたがる広大な筑後平野の東端部にあたり、町の東部は山地、西部に国道3号と九州自動車道が南北に走るため西側に市街が集中しています。主要な産業は製造業で、広川中核工業団地や広川IC近くに久留米・広川新産業団地を有しています。また、交通の要衝ということもあり運輸業も多いです。そのほか、町域のおおむね2割弱が耕地でいちご・梨・ぶどう・八女茶やガーベラや電照菊など花卉が生産されています。

太原のイチョウ(たいばるのいちょう)は広川町久泉にあるイチョウ林(いわゆる「イチョウ並木」ではない)です。ぶどう園の周辺に100本ほどのイチョウがあり、県内では非常に有名な紅葉スポットとなっています。当該地区は私有地ということですが、所有者が好意で開放しています。紅葉というとモミジの赤い色合いが思い浮かぶと思いますが、あたりを黄金色に染めるイチョウの紅葉もなかなかのものです。

広川町古墳公園資料館(こふんピア広川)は広川町一條の広川町古墳公園内にある石人山古墳と弘化谷古墳についての資料・遺物を展示、解説する資料館です。この石人山古墳には石人(武装した凝灰岩製の石像)や石棺があります。古くから知られていたようで「石人を撫でると体の痛みがとれる」とされ、長らく撫でたり打ったりされてきたために石人の表情や上半身の装飾などが不鮮明になっています。

逆瀬ゴットン館は広川町水原にある施設です。1995年に「水車と青石垣の里」としてオープンしたもので、直径7mの水車がゆったりと回っています。現在はつき臼4基、挽き臼1基が稼働しておりそばや米をついています。また、この水車で挽いたそばが食べられるそば屋が併設されています。


北九州市(きたきゅうしゅうし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福岡県北九州市 みらい つなぐ 北九州 人口922,762人

市の花のひまわりと環境マスコットキャラクターの「ていたん&ブラックていたん」が描かれています。2018年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。

北九州市は福岡県北部にある市です。本州の下関まで約650mまで迫る九州の入り口であり、約93万人が住む九州第2位の規模を誇る市です。歴史的には九州の玄関口として栄えた背景があり、かつては「四大工業地帯」と呼ばれた北九州工業地帯の中核地域です(現在はシェア・出荷額の低下により外れている)。1901年に設置された官営八幡製鉄所を皮切りに製鉄・造船・重化学工業など重厚長大の工業が発達しましたが、同時に公害と長らく戦ってきた歴史をもちます。現在の北九州市は第3次産業が主体の商業都市ですが、いまもなお製造業が比率としては大きな割合を占めます。また、藍島・馬島・白島(男島・女島の両島をいう)などの有人島を有しています。

小倉城(勝山城、続・日本百名城181番)は北九州市小倉北区にある城跡です。1569年に毛利氏によって築かれたもので、その後の江戸時代前期に初代小倉藩主になった細川忠興によって大規模な改修を受けています。現在は復興された天守や庭園に松本清張記念館などがあり、隣接する勝山公園(桜の名所とされるほか図書館がある)ともども市のシンボルとして親しまれています。

旦過市場(たんがいちば)は前述小倉城の東側にある市場です。「北九州の台所」とも呼ばれるほどの大規模な市場で、青果・鮮魚・惣菜・精肉店など200店舗以上が集積しています。もともと大正期に神嶽川(かんたけがわ)の魚の荷揚げ場として成立したもので、昭和30年ごろの木造建築が多く見られます。

門司港レトロは北九州市門司区にある観光スポットです。1995年にオープンしたもので、かつて横浜・神戸と並び国際貿易港として栄えた門司港の周辺を大正時代調に整備したものです。また、実際にJR門司港駅(1914年築、国の重要文化財)や北九州市旧大阪商船(国の登録有形文化財)などが残っています。また、九州鉄道記念館や関門海峡ミュージアムといった文化施設があります。

河内藤園(かわちふじえん)は北九州市八幡東区にある私営の植物園です。春の藤の時期と秋の紅葉期にのみ営業している植物園で、3,000坪の敷地を有し110mの藤のトンネル、藤のドームなどがあります。以前は「多くの観光客が来ると藤を痛める」ということでCMなどは行っておらず知る人ぞ知る名所でしたが、2012年に海外インターネットサイトで「実在する世界の美しい場所10」「世界の絶景10」として紹介され、一躍有名になりました。全22種の藤を有し樹齢100年を越えるものもあるなど、大変貴重な場所です。

藍島(あいのしま)は北九州市小倉北区の北西12kmほどのところに浮かぶ有人島です。小倉北区3丁目にある小倉渡場から小倉航路という市営の渡船(こくら丸、小倉-藍島-馬島)が出ています。主に漁業を中心産業とする島で、ウニやアワビ、サザエなどが水揚げされているほか、多くの地域猫が暮らす「猫の島」としても有名で猫好きや釣り客が訪れる島です。


福津市(ふくつし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福岡県福津市 人を、明日を、誇るまち。福津。 人口68,473人

2017年にユネスコ世界遺産登録された「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産のPRのためのもので、構成遺産である新原・奴山(しんばる・ぬやま)古墳群とPRキャラクターの「ふんちゃん」、「オーロ君」という馬が引く馬車が描かれています。2018年からミニバイク50ccを対象に交付されています。

福津市は福岡県北部の宗像地域にある市です。およそ北九州市と福岡市の中間に位置し、東に山地、西側を玄界灘に挟まれた恰好になっています。もともと1961年に八幡製鐵(現:日本製鉄)の社員団地が建造されて以来、高度経済成長期にベッドタウンとして規模を拡大してきました。2000年あたりに人口減少に一度転じていますが、2012年頃から再び人口が増加傾向を示しています。海岸線に福間海岸や海水浴場を有し、「九州の湘南」といわれるほどの風光明媚な土地柄です。卸売・小売業や運輸、宿泊・飲食サービスなど第三次産業を主要な産業とする一方で、農林業や漁業も行われています。あんずやミニトマトを特産品としています。

宮地嶽神社(みやじだけじんじゃ)は福津市宮司元町にある神社です。およそ1700年前に神功皇后が朝鮮半島に渡る際に当地に祭壇を設け、船旅の安全を祈願したことが始まりとされる神社です。一年に2回、参道の男坂と夕日がまっすぐに並ぶ様子を「光の道」といい、2016年に放送された日本航空のCMで大変有名になりました。現在も光の道が現れる2月下旬・10月下旬に「夕日のまつり」が開催され、年間200万以上の参拝客が訪れています。また、境内に移築した古民家群や菖蒲園を有しています。

新原・奴山古墳群(国の史跡)は福津市奴山にある5世紀後半~6世紀後半の古墳群です。東西800mほどの丘陵地に前方後円墳5基、方墳1基、円墳41基が現存しています(田圃開発によって18基が失われたことが確認されている)。古代の海洋豪族 宗像氏の関係者が埋葬されていると考えられています。観光地としては開発されておらず、だだっ広い丘という様相ですが、菜の花・ひまわり・コスモスなどが植栽されており、当地の花の名所として親しまれています。

大峰山自然公園(東郷公園ともいう)は福津市渡(わたり)にある展望公園です。玄界灘にせり出した渡半島にあり、晴れた日には沖ノ島・小呂島・壱岐の島などの島々を見渡すことができます。また、対馬沖で行われた日本海海戦(1905年、大日本帝国海軍連合軍-ロシア帝国海軍)の記念碑と、戦艦三笠(大日本帝国海軍連合軍の旗艦であった)の砲弾、主砲先端がある東郷神社があります。自然公園北側には恋の浦海岸(県の天然記念物)という海岸があり、動植物の化石が多く埋まっていることで知られています。


糸島市(いとしまし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福岡県糸島市 古代都市「伊都国」 人も元気 まちも元気 新鮮都市いとしま 人口98,877人

(左から)市花のハマボウ、桜井二見ケ浦の夫婦岩、国宝の内行花文鏡とPRキャラクター「いとゴン」が描かれています。2015年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

糸島市は福岡県西部にある市です。2006年に前原市、二丈町、志摩町が合併して発足した市で、福岡市の西側、佐賀市の北側に隣接します。北部は玄界灘に突き出た糸島半島、南部は佐賀県との県境となる脊振山地の山塊となっています。2つの県庁所在地に隣接することから住宅地や商業地が開発されており、緩やかに人口増加を続けています。「魏志倭人伝」に登場する「伊都国(いとのくに)」があった場所と考えられており、「万葉集」や「和名抄」に怡土郡(いとぐん)として登場するなど古墳が多い地域です。現在の主要な産業は第三次産業になっていますが、比較的に漁業が盛んで、志摩テクノパークという工業団地も有しています。牡蠣、牛肉・豚肉・鶏肉・卵や生乳といった畜産物、あまおうなどを特産品としています。また、有人島の姫島(人口147人)を有し、市営渡船で連絡しています。

桜井二見ヶ浦の夫婦岩(筑前二見ヶ浦とも)は糸島市志摩の福岡市との境あたりにあるもので、海岸から150mほど離れた位置に高さ11~12mほどの夫婦岩が立っています。これらは当地の櫻井神社の社地であり、イザナギとイザナミを祀るものとされています。三重県伊勢の二見ヶ浦が「朝日の二見ヶ浦」と呼ばれるのに対し、こちらは「夕日の二見ヶ浦」として知られおり、夏至頃になると夫婦岩の間に夕日が沈む光景がみられ、絶景と評されています。

白糸の滝(糸島市)は羽金山の中腹にある滝です。全国にある同名の滝と同じく岩肌を白い糸のように流れる繊細な滝で幅12m、高さ24mあります。周辺には約10万株のあじさいが植栽されており、駐車場・レストラン・トイレなどが整備されているほか、5月~9月にはヤマメ釣りやそうめん流しが行われています。

雷山千如寺大悲王院(せんにょじだいひおういん)は糸島市雷山にある真言宗大覚寺派の寺院です。この寺が建つ雷山(らいざん、標高954.5m)は古来より雷神が鎮座する山と考えられ、最盛期には300もの僧坊が建っていたそうです。同寺は樹齢400年の大楓(県の天然記念物)で知られ、木造千手観音立像と木造清賀上人坐像(ともに国の重要文化財)を有しています。

芥屋海水浴場は糸島市芥屋(けや)にある砂浜です。水の透明度が高く「快水浴場100選」に選ばれているほか、近くに芥屋の大門(けやのおおと、国の天然記念物)と呼ばれる日本最大の玄武岩洞があり、遊覧船も出ています。また、近年では芥屋の大門公園内の遊覧船乗り場北側にある小道の続く樹林地が「糸島トトロの森」と呼ばれて人気が出ています。

伊都国歴史博物館は糸島市井原にある博物館です。市内の平原遺跡をはじめとする8つの遺跡から発掘された出土品を展示しています。平原遺跡の出土品のうち銅鏡40、内行花文鏡2、玉や鉄鍬などは国宝に指定されており、とりわけ直径46.5cmの大型の内行花文鏡が有名で、三種の神器の一つ、八咫鏡(伊勢神宮内宮に奉安されている)との関連性が指摘されています。


岡垣町(おかがきまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福岡県遠賀郡岡垣町 住みたい・住み続けたい みんなが輝く 元気なまち 岡垣 人口30,865人

プレート右側に三里松原の海岸と特産品のびわをモチーフにしたイメージキャラクター「びわりんとびわすけ」やフルーツ、ウミガメが描かれています。2014年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

岡垣町は福岡県北部にある町で、遠賀郡(おんがぐん)に属しています。北九州地域を構成する自治体の一つで、北九州市小倉地区に30km、福岡市に40kmと比較的近い位置にあるため両市のベッドタウンとして開発が進み、昭和初期から平成にかけて人口増加を続けて発展してきましたが、現在は減少傾向に転じています。卸売・小売業など第三次産業を主要な産業としているほか果樹の栽培が盛んで、とくにびわ(「高倉びわ」という)の生産量では県下1位を誇ります。町内の水道の85%ほどを天然の地下水で補っていることが自慢です。

三里松原は岡垣町と隣接する芦屋町にまたがる海岸線にある松原で、玄海国定公園内にあります。全長6km、幅は最大で1.3km(430ha)に及ぶ広大な松原で、江戸時代前期から砂や塩から農作物を守るために植樹が続けられてきたと考えられています。砂浜にはアカウミガメが産卵に訪れることがあるほか、ハマグリの生息地(現在ハマグリが住む海岸は減少しつつあり、流通する3/4ほどがチョウセンハマグリ)でもあります。

ゆうれい坂は岡垣町内浦にある成田山不動寺の桜並木の間にある坂です。全国各地にある同名ないし「お化け坂」などといわれるものの一つで、実際は上り坂ですが奥に急勾配の上り坂があるため、目の錯覚により下り坂のように見えるという現象が起きます。

波津港は岡垣市波津にある漁港です。いわゆる「観光漁港」というものではないのですが、キス、チヌ、メバルなど豊富な魚種が釣れ、足場も良いため宗像地域では人気の釣りスポットとなっています。波津海水浴場に隣接しており、フェミリー向けの釣りスポットとして利用されることが多いです。


みやこ町(みやこまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福岡県京都郡みやこ町 交流と連携により ともに夢を描く 共生・協働のまち 京都地域の明るい未来を目指して 人口17,869人

桃色の丘を背景にPRキャラクターの「みやっこ君」と町花のサクラ(右側)が描かれています。2013年からミニバイク50cc以下を対象に2,000枚が交付されています。

みやこ町は福岡県北東部にある町で、京都郡(みやこぐん)に属しています。2006年に豊津町・犀川町・勝山町が合併したもので、北は北九州市小倉南区、南は大分県と接する南北に細長い町域を有しています。およそ京都平野と呼ばれる平野部と山地で構成されており、筑豊地域(福岡県の中央部)と京都地域を結ぶ峠が2つあるため、交通の要衝となっています。製造業を主要な産業とするほか、平野部では農業が盛んに行われており、勝山米やたけのこを特産品としています。律令時代の豊前国の国府ならびに国分寺・国分尼寺があった地域とされています。

豊前国分寺三重塔はみやこ町国分にある三重塔です。律令時代に全国の国府に建設された国立寺院のシンボルであり、このような三重塔は現在日本に13塔が残ります。当地のものは戦国時代に戦火によって失われ、現在建っているのは明治29年に再建されたものです。高さ23.5mと三重塔としては奈良法起寺に次ぐ高さを誇る大きな塔で、外壁面には12星座が彫刻されています。

みやこ町国府跡公園はみやこ町国作(こくさく)にある公園です。奈良時代に置かれた国の役所跡を歴史公園としたもので、遊具のほかに復元した講堂基壇跡(僧侶が行事を行ったり、経典を講義するための場所の基となる部分)があります。また、周辺にみやこ町国分の郷という農産物直売所があり、地場産品を販売しています。

よってこ四季犀館はみやこ町犀川生立(さいがわおいたつ)にある農産物直売所です。四季折々の果実、野菜(赤村と旧犀川町柳瀬でとれる柳瀬ごぼうが有名)、高冷地米のほかイノシシ肉や鹿肉といったジビエの加工品(レトルトカレーなど)を販売しています。


宗像市(むなかたし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福岡県宗像市 海・山・川に育まれ、教育・文化と歴史がいきるコミュニティのまち宗像 人口97,079人

プレート上部に水平線と沖ノ島、右下側に宗像大社の屋根が描かれています。2013年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

宗像市は福岡県北部宗像地域にある市です。おおむね福岡市と北九州市の中間に位置し、交通アクセスが良いため両市のベッドタウンとして発展してきた地域です。古代には宗像氏という海洋豪族が統治した地域で、朝鮮半島や中国との貿易で栄えたといいます。また、九州本土から60kmほど離れた沖ノ島(ユネスコ世界文化遺産「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産の構成要素の一つ)、2005年に編入した大島といった島嶼部を有します。おおむね卸売・小売業など第三次産業を主要な産業としていますが、釣川(二級河川、藁人形が河童に変じたという伝説があり、「まんが日本昔ばなし」で紹介された)周辺では農業が盛んに行われています。

宗像大社は宗像市にある宗像三女神(『古事記』や『日本書紀』に登場する航海の安全や交通安全などを祈願する神様)を祀る神社です。沖ノ島の沖津宮、大島の中津宮、宗像市田島の辺津宮で構成されています(沖津宮と辺津宮は直線で49km離れている)。主に本土側にある辺津宮が知られており、周辺にレストランや海の道むなかた館(世界遺産「沖ノ島」宗像と関連遺産群のガイダンス施設)などがあります。

沖ノ島は九州本土から北北西60kmほど離れた場所に浮かぶ周囲4kmほどの島です。島全体が神領とされており女人禁制、男性でも一般人は5月27日の大祭以外は基本的に上陸が認められていません。古墳時代前期の4世紀頃からヤマト国の国家的な祭祀が行われてきたとされており、古代の祭祀跡22箇所から約8万点と大量の出土品があったため、「海の正倉院」とも呼ばれています。

道の駅 むなかたは宗像氏江口にある国道495号の道の駅です。2008年に開業したもので、駐車場500台と超大規模の施設になっており、九州の道の駅では最大の売上を誇ります(2017年時点)。物産館・レストラン・ソフトクリームやからあげなどを提供するテイクアウトの店・パン屋・観光案内所・展望デッキなどで構成されていて、「ここしかない」という施設は有していません。玄界灘の海産物や野菜など純粋に地場産品の良さで業績をあげていると考えられます。

大島(「筑前大島」とも)は宗像氏神湊港から北西6.5kmに浮かぶ有人島です。神湊港からフェリーが出ています。宗像大社中津宮や展望所、牧場、御嶽山展望台、沖津宮遥拝所、海洋体験施設うみんぐ大島(釣り用の防波堤やヨット・クルーザーなどの停泊所、釣り堀を有する)などがあります。


芦屋町(あしやまち)

芦屋町

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福岡県遠賀郡芦屋町 魅力を活かし みんなでつくる 元気なあしや 人口12,987人

背景に洞山、右部に芦屋釜をモチーフにしたPRキャラクター「アッシー」が描かれています。2015年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています。

芦屋町は福岡県北部にある町で、遠賀郡(おんがぐん)に属しています。一級河川 遠賀川の河口に位置し、町域の真ん中をこの川が通るため、町の東部と西部がなみかけ大橋や芦屋橋によって繋がれています。また、航空自衛隊の芦屋基地が町域の大部分を占めます。卸売・小売業など第3次産業を主要な産業とする町で、比率としては低いものの農業や漁業も行われています。2002年に過疎地域に指定されていますが、近年は北九州市若松区と隣接する遠賀川東岸で宅地開発が行われつつ、商業地区や公園なども整備されてベッドタウンの様相を強めています。一方で、交通の便が悪い西岸地区では人口減少が続いています。

芦屋海浜公園は遠賀川西岸の芦屋海水浴場に隣接する総合公園です。遊具や水泳用のプール、バーベキュー場などがある公園で、毎年砂像展が行われています。また、観光協会の建物が園内にあり、自転車のレンタルを行っています。

洞山(どうやま)は芦屋町山鹿の海岸にある島です。芦屋町山鹿の沿岸部から堂山(どうやま)>洞山と2つの島が陸続きになっていて(満潮時以外は歩いて渡れる)、全体に半島のようになっています。この洞山には高さ10m、幅12m、奥行き30mの穴がポッカリとあいており、神功皇后(14代天皇)が戦の折に必勝を祈願して矢を射ると島を貫通し、これが長年のうちに大きな穴となったとされています。また、手前の堂山に平家一門の追悼のため造られたとされる石塔群が残っています。

芦屋釜は、14世紀頃から16世紀にかけて遠賀川河口付近で造られた鋳鉄製の茶の湯の釜です。端整な形と優美な文様が特徴で、現在国の重要文化財指定されている茶の湯釜9点のうち8点が芦屋釜です。江戸時代初期に一度製作が途絶えましたが、当地に芦屋釜の復興に取り組む施設「芦屋釜の里」があり、芦屋釜復興工房、芦屋釜の資料館のほか、日本庭園や大小の茶室が設けられています(入園料大人200円、呈茶300円)


大任町(おおとうまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福岡県田川郡大任町 花としじみの里 人口4,911人

町の中心部を流れる彦山川と桜、町花の椿と菜の花、しじみをモチーフにしたPRキャラクター「しじみの大ちゃん」が描かれています。2016年からミニバイク50cc以下と90cc以下を対象に交付されています。

大任町は福岡県中央部にある町で、田川郡に属しています。筑豊地域を構成する自治体の一つでかつては石炭の産出地として栄えていましたが、現在では過疎化が進行しています。彦山川で採れるしじみや町おこしの一環として整備されている桜並木で知られています。国道や鉄道からは離れた全体に田んぼが目立つ田園地域で、おおむね商業が主要な産業になっています。また近年、町政の場において不祥事がたびたび発生しています。

道の駅 おおとう桜街道は大任町今任原(いまとうばる)にある県道52号沿いの道の駅です。37,000㎡の敷地面積を有する大型の道の駅で、物産館、温泉入浴施設(薬石湯や直径3ミクロンの気泡の浴槽が自慢、含弱放射能-ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物泉)、レストランで構成されています。また、「一億円トイレ」と呼ばれる豪奢なトイレがあります。

https://youtu.be/1pGj1KmHsVE

サボテンハウスは大任町今任原にある温室・植物園です。規模は大きなものではないですが、サボテンなど多肉植物が約100種・500点ほどが展示されており、希少種を含みます(入館無料)。また、同施設の向かいが公園になっており「レインボーの滝」という人工の滝があります。

彦山川にはシジミが自生しており、同町では「しじみ育成保護条例」が制定されています。毎年10月の最終日曜日に彦山川河川敷の水辺公園で「しじみ祭り」が開催され、この日のみシジミを採ることが出来ます。


大野城市(おおのじょうし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福岡県大野城市 歴史を受け継ぎ 未来へつなげる まどかな市 人口102,796人

市名の由来でもある大野城の石垣とPRキャラクターの「大野ジョー」、「古代の歴史息づく町」の文字、市花のキキョウが描かれています。2012年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

大野城市は福岡県中西部にある市です。福岡市の南側に隣接し、同市のベッドタウンとして人口増加が続いています。市域は市としてはあまり大きなものではなく、南北に細長いひょうたん型で東西の幅1kmほどしかありません。近代においては県の養蚕産業の指導の中核であり、第2次世界大戦中に博多から疎開する人が増えて、博多の下町や米軍の町として大きく発展しました。現在でも第3次産業、とりわけ卸売・小売業の比率が高く商業都市の様相が強いです。

大野城(おおのじょう/おおのき、日本100名城86番)は大野城市・宇美町・太宰府市にまたがる全長約8kmに及ぶ広大な古代山城で、665年に白村江の戦いで大敗した大和朝廷が、唐・新羅連合軍の日本侵攻に備えて築いたものです。現在でも土塁や石垣、城門跡などが残り、国指定の特別史跡に指定されています。この史跡は現在残っているものとしては日本最古の山城といわれています。

大野城市心のふるさと館は大野城市曙町にある地域歴史博物館です。「歴史・こども・にぎわい」をテーマに、大野城跡の百間石垣の高さを体感できる7mのウォールクライミングや滑り台、ボールプール、昭和の暮らしコーナーといった設備があります。また、体験工房では折り紙や昔の遊びのワークショップを行っています。「ミュージアム」という括りになりますが、こどもの遊び場としての機能が充実しています(入館無料、企画展は有料)。

牛頸ダム(うしくびだむ)は市内を流れる牛頸川(2級河川)に設置された県営のダム(ロックフィルダム)です。ダム周辺に豊かな自然が残されおり、ダムを囲むように「大野城いこいの森 」(キャンプ場併設の公園)があり、夏季にはゲンジボタルの名所とされています。周辺の福岡都市圏は水資源に恵まれておらず、同ダムが水源の一つとして大きな役割を果たしています。


遠賀町(おんがちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福岡県遠賀郡遠賀町 水と緑の町 おんが の~んびり遠賀 ~豊かな故郷をめざして~ 人口18,587人

豊かな水と緑をイメージした背景に、虹とPRキャラクターの「おんがっぴー」が描かれています。2014年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。

遠賀町は福岡県北部にある町で、遠賀郡に属しています。九州北部を流れる一級河川 遠賀川の河口に近いところにあり、北九州市と福岡市の中間辺りになります。かつては「古遠賀潟」と呼ばれる内海が川の沖積により干潟となり、さらには江戸時代に盛んに埋め立てが行われたたことで、町域は肥沃な田園地帯となっています。現在でも比較的に農業が盛んではありますが、主要な産業は製造業と商業に移っています。夢れんげ(米)・ふき・いちじく・赤しそといった農産物を特産品とし、おおむね国道3号沿い沿いにあるゆめタウン遠賀(ショッピングモール)を中心に発展していますが、近年は人口増加はなくほぼ横ばいとなっています。

遠賀川温泉は遠賀町浅木にある温泉です(塩化物泉)。九州八十八湯めぐりのひとつで、遠賀川にほど近い田んぼの中に入浴施設があります。湯は赤茶色でやや鉄の臭いがするもので、鉄分・ナトリウム・マンガンなどを豊富に含んでいます。

九州北部は弥生時代に本格的な水田による稲作が始まった場所です。このとき貯蔵道具として使われていた「遠賀川式土器」も全国へと伝播します。この土器の出土した場所や年代を調べることにより水田稲作の広がりの様子がわかります。当地には古墳も多く残されていて、島津・丸山古墳群という5基の古墳群があり、史跡公園「島津・丸山歴史自然公園」として整備されています。


添田町(そえだまち)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福岡県田川郡添田町 豊かな自然と歴史のこころがつくる活力のあるまち 自然と文化の融合 悠久の時の流れる中で 人口8,121人

PRキャラクターの「ひこちゃん・ゆずちゃん」と町花のシャクナゲ、「歴史と文化の町」の文字が描かれています。2014年から50cc以下のミニバイクを対象に500枚が交付されています。

添田町は福岡県の中央東部にある町で、田川郡に属しています。北部九州の最高峰 英彦山(ひこさん、標高1,199m)を境に大分県と接し、森林が83%ほどを占める山間部の町です。他の筑豊地域の例に漏れず、石炭産業が栄えた1955年ごろには28,000人ほどが住んでいましたが、現在は過疎化が進行しています。このため、農業など第一次産業はもとより木材・食品の加工など第二次、第三次産業の全面で就業者が減少しつつあり活気を失いつつあります。ゆず胡椒・こんにゃく・いちじく・飲料水(英彦山サイダー)などを特産品としています。

英彦山は、山形県の羽黒山、奈良県の大峰山と共に日本三大修験山に数えられる山です。古来から山伏が修行を行う霊場で、勾配がきつく300段以上の石階段が続きますが、スロープカーがあり英彦山神宮まで気軽に参拝できるようになっています。

道の駅 歓遊舎ひこさん(かんゆうしゃひこさん)は、添田町野田にある県道52号の小規模の道の駅です。JR九州の歓遊舎ひこさん駅に隣接するもので、レストラン(和食・韓国料理)・物産館・餅屋と駐車場のシンプルな構成です。また、「こどもわくわくパーク」という遊具が多い公園を有しています。

岩石城(がんじゃくじょう)は添田町と隣接する赤村の境あたりにある城跡です。平清盛が1158年に大庭景親に築かせたとされる城で、石垣や堀、井戸の跡などが残っています。この城は「豊前一の堅城」「難攻不落」といわれるほどの堅守の城であったようですが、菊池氏・大友氏・大内氏・秋月氏・豊臣秀吉に攻め落とされています。山麓には模擬天守が建築されており(実際の史跡とは位置が異なる)、一階が美術館になっています(入館無料)。


筑後市(ちくごし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福岡県筑後市 みどりと文化の市民都市、市民が主役のまち 緑に恵まれ、活力と笑顔あふれる協働のまち 筑後市 人口48,535人

九州新幹線とPRキャラクター「はね丸」(電車先頭)と、「パネコ・ポネコ」姉妹が描かれています。また、市名の左側に市政60周年記念と「恋のくに」の文字が入っています。このデザインプレートは2014年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付され、現在は交付が終了しています。

筑後市は福岡県南部にある市です。筑後平野の中央に位置する田園都市・平野の都市であり、市域の5割弱が耕地です。また、当地には羽根の生えた犬(豊臣秀吉の愛犬とも、天下統一を目指す秀吉の道行きを阻んだともいわれる)の伝説が残ることから、JR九州羽犬塚駅(はいぬづかえき)が市の中心部となります。河川が多く、水利に恵まれているため古くから米・麦・い草などが生産されています。また、交通の利便性を活かして製造業が盛んに行われており、現在の主要な産業となっています。戦後~1970年まで人口減少を続け、それ以降は人口が増加しています。現在はほぼ横ばいとなっており、将来の推計も大きな減少は予測されていません。

筑後広域公園は筑後市とみやま市の矢部川右岸にある県営の公園です。192.8haと広大な敷地を有し、ホテル・芸術文化交流施設・バーベキュー広場・プールやテニスコートなど運動施設・水路などを有しています。また、公園内に九州新幹線筑後船小屋駅、HAWKSベースボールパーク筑後(福岡ソフトバンクホークスの二軍・三軍が利用)が開設されています。

水田天満宮は筑後市水田にある神社です。当地に太宰府天満宮の荘園で菅原一族の大鳥居氏が支配する水田荘があったことから、1226年に鎮守として創建されたものとされています。境内末社に恋木神社(こいのきじんじゃ)という全国では唯一恋命(こいのみこと)という神様を祀るものがあり、縁結びの神様として有名です。

船小屋温泉は矢部川の右岸と対岸のみやま市にあるもので、筑後市側を船小屋温泉郷、みやま市側を新船小屋温泉と呼びます。全体でホテル・旅館など10軒ほどがあり、温泉とはいうものの冷鉱泉(含鉄炭酸泉)であるため加温して浴場としています。また、飲泉にも向くため飲泉場があります(鉄臭くてあんまり美味しくないとのこと)。


那珂川市(なかがわし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福岡県 筑紫郡那珂川町 水と緑、暮らしがとけあう町 なかがわ~キラリと光るまちづくり~  人口49,561人

那珂川の流れに町の花・木・鳥をあしらったもので、筑紫シャクナゲ、ヤマモモ、カワセミが描かれています。那珂川町時代に交付されたもので2013年から2018年にミニバイク50cc以下を対象に交付されました。

那珂川市は福岡県中西部、筑紫地域にある市です。もともと那珂川町という筑紫郡に属する町でしたが、2010年に人口5万を突破し、2018年に市に格上げとなりました。福岡市の南側、春日市の西側に隣接し、福岡都市圏を構成する自治体の一つです。市の中心を市名の由来にもなった那珂川(二級河川、那珂川水系の本流)が南北に貫流し、「筑紫耶馬溪」と呼ばれる南畑ダム周辺や中之島公園があるなど水に恵まれた土地柄です。産業は卸売・小売業など商業が中心ですが個人店舗が主体であり、大型複合商業施設と呼べるものはありません。また、工業もさほど盛んではないうえ耕地面積・農業従事者も一貫して減少傾向にあります。おおむね福岡市のベッドタウン化が進んでいる地域と考えられます。ヤーコン(「アンデス・ポテト」などともいう。健康食品として知られる野菜だが、調理法はあまり知られていない)という根菜とその加工品を特産品としています。

中ノ島公園は那珂川市市ノ瀬の国道385号沿いにある公園です。那珂川上流の川辺、及び中洲を整備したもので、周辺地域では川遊びや森林浴などで大変有名な公園となっています。「かわせみの里」という農産物直売所、農産物加工所、コミュニティスペースを有し、夏場はホタルの名所とされるなどたくさんの観光客が訪れます。

裂田の溝(さくたのうなで、疏水百選)は那珂川市にある灌漑用の用水路です。日本最古の農業用水路として知られるもので、長さ5.6kmにわたって水路が続きます(現在でも農業用水が取水されている)。いつ頃のものかは判然としませんが、「日本書紀」に記載されており最低でも1300年以上前のものであろうとされています。用水路周辺に散策路や裂田溝公園が整備されており、11月中旬に夜間ライトアップが行われています。

源泉野天風呂 那珂川清滝は那珂川市南面里(なめり)にある日帰り温泉施設です。那珂川上流に湧き出る温泉(単純温泉)であり、滝見露天風呂や備長炭風呂、桧風呂など高規格の浴槽を多数有しています(その分お値段高め)。


みやま市

出典元「日経研調べ ご当地プレート

福岡県みやま市 幸せ創る晴れのまち みやま 人口34,482人

みやま市の四季をイメージした桜・紅葉・山並みとPRキャラクターの「くすっぴー」が描かれています。2012年から50cc以下のミニバイクを対象に交付されています。

みやま市は福岡県南部にある市です。2007年に瀬高町、高田町、山川町の3町が合併してできた市で、面積105,21k㎡、市の南西部は有明海に面しており、このあたりは干拓によってできた土地です。また、北部~西部を矢部川が流れており、古くはこの流れを用いた舟運で発展した地域で、現在でも酒造りが行われています。農業を基幹産業とし市域の4割弱が耕地ですが、人口減少が続いているため耕地の維持が難しくなってきています。2013年に市内の商工業者に呼びかけ、自治体自ら出資をすることで自治体新電力の会社を初めて設置した自治体で、ゼロ・ウェイスト、ゼロカーボン宣言を行っています。

清水寺(きよみずでら)はみやま市の山手、瀬高町本吉にある天台宗の寺院です。平安時代の初め頃、唐から帰国して間もない最澄が一羽の雉に導かれて合歓(ねむ)の霊木を見つけ、千手観音の木像を作ったことから開山したとされています。また、周辺ではこの故事にちなんだ郷土玩具 きじ車が作られています。室町時代に雪舟によって作庭されたとされる本坊庭園があり、紅葉の名所とされています。

道の駅 みやまは国道443号の中~大型の道の駅です。海苔・野菜(セロリが特産)・みかん・牛肉・酒・鮮魚など地物が販売されています。観光案内所を併設していてフードコートもカレーやピザ、ソフトクリームや鯛焼きなど選ぶ程度には店舗があります。

大力うどんは、みやま市瀬高町坂田の国道209号沿いにあるうどん屋です。とかく安いことで有名な店舗で、肉うどんで390円、月見やきつねうどんは260円という安さです(これでも2020年に値上げした)。大人気店舗なので平日でも行列ができますが、回転がよいためさほど長く待たされず、「安い・早い・うまい」を実現しています。

新船小屋温泉はみやま市瀬高町長田にある冷鉱泉です。おおむね矢部川対岸の船小屋温泉と同じもので、長田鉱泉場という施設があり、鉱泉を汲むことができます。20円で5リットル程度の冷泉が汲めます(施設の様子がわかる動画)。これは炭酸水であり、焼酎やカルピスなどを割るのに用います。週末には鉱泉の駅という販売所が出ています。


宇美町(うみまち)

宇美町ホームページより

福岡県糟屋郡宇美町 いきいき のびのび 誇れるまちづくり 自然と歴史をまもり、みんなが安心して暮らせるまち・宇美町 人口37,403人

町制百周年記念のデザインナンバープレートです。町章と百周年記念ロゴ、宇美八幡宮と大野城跡の百間石垣、町花ツクシシャクナゲが描かれています。2021年にミニバイク50cc以下を対象に300枚が交付されており、うち245枚が交付済みとなっています(2023年1月6日時点)。

宇美町は福岡県中西部にある町で、糟屋郡(かすやぐん)に属しています。福岡市に近く同市のベッドタウンとして開発が進んだため、1990年に人口3万人を越えるなど人口増加が続いていましたが、現在はほぼ横ばいで推移しています。かなり歴史が古い地域で、「魏志倭人伝」に「不弥国(ふみこく)」として記載された地ではないかという説や、日本最古の古代山城 大野城(665年)などがあります。おおむね製造業と卸売・小売業など商業のバランスがとれた町ですが、第一次産業は従事者数や耕地面積など減少傾向にあります。また、都市開発が盛んに行われた経緯から建設業が比率としては多いです。

宇美八幡宮(うみはちまんぐう)は宇美町宇美にある神社で、神功皇后(第14代天皇 仲哀天皇の正妃)が三韓征伐の帰途にこの地で応仁天皇を産んだことから、「うみ」という地名になったようです。その後の鎌倉時代初期あたりから安産の神として信仰されるようになりました。境内には応神天皇が浸かったという「産湯の水」や「子安の石」と呼ばれる安産祈願の石、湯蓋の森(ゆふたのもり、国の天然記念物)という樹齢二千年以上と推定される大楠や、「子安の木」として知られる槐(エンジュ)があります。また、周辺に宇美町立歴史民族資料館や醤油や日本酒の醸造所などがあります。

大野城は福岡県宇美町、太宰府市、大野城市にまたがる全長8kmにも及ぶ古代山城です。近世の天守を持つ城と違い山を土塁や石垣で囲んだもので、石垣のなかでも最大の百間石垣(長さ150m以上)は大野城を代表する遺構です。

一本松公園(昭和の森)は宇美町の東部一本松林道沿いにある公園です。一本松池と池にそそぐ宇美川の支流を中心に川遊び場やアスレチック・キャンプ場などがあります。春~夏はバーベキューや川遊びに、冬は河原谷(難所ヶ滝)の大つららを見るための登山道の拠点となっています。


大牟田市(おおむたし)

大牟田市ホームページより

福岡県大牟田市 やさしさとエネルギーあふれるまち・おおむた 人口106,660人

三井三池炭鉱の宮原立坑の櫓とPRキャラクター「ジャー坊」が描かれています。2017年の市制100周年を記念したもので、同年からミニバイク50cc以下を対象に1,000枚が交付されました。現在は交付終了となっています。

大牟田市は福岡県の南端にある市です。東部に三池山・大間山など200~300mほどの小高い山々が並び、西部で有明海に面しています。かつては三井三池炭鉱の石炭資源を背景にした石炭化学工業の都市として栄えましたが、1997年に同炭鉱が閉山したため現在は往時の半分程度の10万人都市となっています。現在の産業は卸売・小売業や観光業などに推移しつつありますが、主要な産業は製造業となっています。また、夏祭りの「おおむた『大蛇山』まつり」という催事が有名で、毎年40万人ほどが観覧に訪れています。

三井三池炭鉱と三池港は、当時の石炭産業を代表するものとしてUNESCOの世界遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」の構成要素になっています。三池炭鉱は1997年に閉山しましたが、宮原(みやのはら)立坑の櫓は国の重要文化財及び史跡として残っており、ビデオやボランティアの方々による当時の解説が行われています。

大牟田市石炭産業科学館は大牟田市岬町のイオンモール大牟田の隣接地にある、エネルギー資源に関する科学館です。当地が石炭産業で栄えた歴史をもつため、概ね石炭の炭鉱や暮らしに関する石炭化学製品といった展示を行っています。また、屋外展示場で石炭や作業員を運搬した貨車や電車も展示されています(観覧料:高校生以上420円、中学生以下無料)。

大牟田市動物園は大牟田市昭和町にある動物園です。「動物福祉を伝える動物園」というテーマの動物園で、2019年の映画「いのちスケッチ」のロケ地であることから、「延命動物園(映画に登場した動物園の名)」という呼び方をされることが多いです(入園料:高校生以上500円 小・中学生100円)。園内に大牟田市ともだちや絵本美術館や子供向けの遊園地などがあります。

大牟田市天然温泉 最高の湯は大牟田市新勝立町(しんかつだちまち)にある温泉入浴施設です。市内初となる100%天然温泉の入浴施設で、館外にトレーラーハウスの宿泊施設を有しています。泉質はPH9.8のアルカリ性単純温泉で無色透明、16種類の浴槽とサウナがあります。


太宰府市(だざいふし)

太宰府市ホームページより

福岡県太宰府市 歴史とみどり豊かな文化のまち 人口72,580人

「令和発祥の都」の文字と市花の梅、PRキャラクター「旅人たびと、れいわ姫、おとものタビット」のイラストが描かれています。2021年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

太宰府市は福岡県中西部筑紫地域にある市です。福岡市の南東16kmほどのところにあり、市域北部に四王寺山脈、東部に愛嶽山~宝満山に連なる三郡山地、南西に大佐野山などがあり起伏豊かな地域です。7世紀後半に九州一円の統治・軍事・外交機関として大宰府が置かれていたあたりで、その後は大宰府天満宮の門前町として発達、戦後の高度経済成長期には福岡都市圏のベッドタウンとして開発されたため人口が増加しています。現在の太宰府市は卸売・小売など商業・サービス業が主要な産業であり、太宰府天満宮や大宰府政庁跡など特別史跡・史跡を有するため、年間に800~1000万人の観光客が訪れる観光都市/福岡都市圏のベッドタウンとなっています。

太宰府天満宮は太宰府市宰府(さいふ)にある神社です。903年に大宰府で没した菅原道真を祀るために創建されたもので、神仏分離までは安楽寺天満宮といいました。現在は京都の北野天満宮とともに全国の天満社の総本社・菅原道真の霊廟として親しまれています。菅原道真が梅を好んだ人であったことで、当地も梅の名所とされ神木の飛梅は樹齢1000年を超えるといわれています。周辺は門前町が発達し、梅ヶ枝餅など菓子やファーストフードが販売されているほか、境内東側にだざいふ遊園地があります。

九州国立博物館(九博)は太宰府市石坂にある博物館です。前述の太宰府天満宮裏の丘陵地に建っています。2005年に開館した歴史系博物館で、30,085㎡の延床面積をもつ九州最大の博物館です。旧石器時代から近世末期までの歴史資料を幅広くあつかうほか、アジア地方各地との文化交流を推進する拠点としての役割をもっています。

大宰府政庁跡は太宰府市観世音寺にある特別史跡です。大宰府は奈良・平安時代には九州全体の統治機関として機能していたようで、現在の太宰府市・筑紫野市あたりが想定されています。この大宰府(筑紫大宰府)の中心的な場所として都の宮殿のような政庁が建っていたと考えられています。公園入口に大宰府展示館、正殿跡の北西側に元号の「令和」の発祥の地となった坂本八幡宮があります。

宝満宮竈門神社(かまどじんじゃ)は上宮は宝満山の山頂(829.6m)、下宮は宝満山の麓にある神社です。673年に創建されたと伝えられる神社で、大宰府の東北にあることから大宰府の鬼門封じとして崇敬を受けていました。また、神仏習合が進んだ平安期以降は西国の天台宗寺院を代表するものとなり、宝満山全体が修験の道場であったようです。紅葉の名所でもあり、もみじが色づく時期になると境内のライトアップが行われています。


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