和歌山県ご当地ナンバープレート紹介・一覧

原付・小型バイクのご当地ナンバー

【和歌山県編】

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由良町(ゆらちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート」

和歌山県日高郡由良町 白い岬と紺碧の海 自然が語る由良のまち 人口5,013人

プレート左側に町花のスイセンとウミネコ、下部に海とPRキャラクターの「ゆらの助」が描かれています。2016年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。

由良町は和歌山県中央部の西寄りにある町で、日高郡に属しています。町域東側は山地、西側は紀伊水道に面し、海岸線に石灰岩の白い岸壁が連なる景観が特徴的です。古来から港町として栄えた歴史があるため、万葉集など和歌では「由良の崎」などと詠まれています。現在でも大型船舶の修理を行う由良ドッグ(株)があり、みかんやはっさくといった柑橘類の生産も行われています。また、興国寺(由良開山)という寺院があり、これは金山寺味噌の発祥地さらには醤油の製法の由来に深く関わる寺院として知られています。

白崎海岸は由良町大引あたりの紀伊水道に突き出した海岸線です(日本の渚百選)。県立公園の白崎海洋公園を中心に道の駅 白崎海洋公園や海水浴場などがあり、ウミネコの繁殖地や水仙の群生地としても知られています。この海岸はペルム紀(2億9900万年~2億5100万年前)頃に形成されたもので、ウミユリや紡錘虫などの化石が多数発見されています。

戸津井鍾乳洞は由良町戸津井にある鍾乳洞です。昭和20年頃まで石灰石の採掘場として利用されていたもので、全長100mくらい、途中で二股に分かれています。土・日・祝日には内部が公開されており、白崎海岸と同じ2億5000万年ほど前の岩石や鍾乳石などが観察できます(大人400円、小人200円)。

興国寺は由良町門前にある臨済宗妙心寺派の寺院です。もともと真言宗の寺院で鎌倉幕府3代将軍 源実朝の菩提を弔うために建立されたものとされています。この寺にはその昔、「本堂が火災で消失したときに天狗が現れ、一夜にして再建された」という言い伝えが残っているため、由良町では醤油や餅など天狗伝説にちなんだ名物があります。


印南町(いなみちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

和歌山県日高郡印南町 人も自然もいきいき豊かで活力あふれる町 人口7,786人

印南町のシンボルであるユニークな橋、かえる橋(かえる大橋とも)のナンバープレートです。町制60周年記念として、2017年からミニバイク50cc以下を対象に500枚が交付されています(下一桁4,9、下二桁42及び上二桁42が欠番)。

印南町は和歌山県中央部の日高郡にある町です。町域は概ね紀伊山地の西端が占めており、西部で紀伊水道に少し接しています。もともと「印南浦」と呼ばれる漁業の盛んな地域で、現在でもイサキ・マダイ・マアジなどが水揚げされています。また、平野部・丘陵部ではえんどう豆やスイカ、スターチスや千両など花卉・園芸の栽培が盛んに行われており、全国平均および県平均よりも第一次産業の比率が高くなっています。

かえる橋はJR印南駅北側にかかる橋です。1993年に同町が町おこしのために造ったもので、「考える」「人をかえる」「町をかえる」「故郷へかえる」「栄える」といった意味をかけています。また、駅舎内や近くの郵便局のポストの上などにカエルのオブジェがあります。

かえるの港は印南町印南にある観光交流施設です。2022年にオープンした道の駅的な施設で、土産屋、飲食店、弁当屋などが入った商業施設となっています。周辺にチヌやグレなどが釣れる印南港やかつおぶし発祥之地の碑などがあります。

真妻わさびは国産わさびの最高級品種として知られるやや赤みがかかったわさびです。現在は静岡県で主に生産されていますが、もともと印南町真妻地区で栽培されていたとされています。同町は2012年から真妻わさびの栽培の再生に取り組んでいます。


有田川町(ありだがわちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

和歌山県有田郡有田川町 有田川がつなぐ,人と自然,山とまち,交流が未来をつむぐ 人口24,566人

あらぎ島の棚田と特産品の有田みかん、有田川を泳ぐ鮎のデザインです。2013年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。

有田川町は和歌山県中央北寄りにある町で、有田郡に属しています。2006年に 有田郡吉備町・金屋町・清水町が合併して発足した自治体で、おおむね紀伊半島西部を流れる有田川(2級水系)に沿った町域を有しています。人口の25%程が農林業に従事しており、有田みかんと山椒(ぶどう山椒)の全国有数の産地として知られています。ほかにもぶどうやわさび寿司、和紙(保田紙)といった特産品があります。

鷲ヶ峰コスモスパークは有田川町長谷にある公園です。標高586mの高台にある公園で、その名の通りコスモスの名所として知られています。また、晴れた日には淡路島や四国まで見渡せる展望地でもあります。

あらぎ島は有田川町清水にある棚田です(日本の棚田百選、国の重要文化的景観)。有田川の屈曲部にあるおおむね円形の棚田で、形が珍しく写真愛好家に人気のスポットとなっています。また、あらぎ島で生産される米はブランド米「あらぎ島の米」として道の駅などで販売されています。周辺にあらぎ島展望所と道の駅 あらぎの里があります。2kmほど離れますが、ほかに国道480号沿いに全長160mほどの蔵王橋という吊り橋があり観光客が訪れています。

有田川町には前述の道の駅 あらぎの里のほか、道の駅明恵 ふるさと館(国道480号、小規模ながら一通り施設が揃う、パンが人気)、道の駅 しらまの里(国道424号、県内で最も小さい道の駅)、道の駅 しみず(ふるさとふれあいの丘スポーツパーク内、アウトドアセンターで物販は無し)があります。


上富田町(かみとんだちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

和歌山県西牟婁郡上富田町 豊かです 水も緑も人情も 人口15,726人

富田川の流れ、町花サクラ、町木ヤマモモ、白いシルエットで特産品のひょうたんの形を表しています。2013年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。

上富田町は和歌山県南部にある町で、西牟婁郡(にしむろぐん)に属しています。田辺市と白浜町に挟まれた格好の町で、海には面していません。古来「口熊野」といって熊野古道の入り口だった地域です。梅・みかん・すももなど果樹栽培が盛んな土地柄で、貝ボタンが地場産業であったことを受け現在でも樹脂製のボタンが生産されています。いわゆる企業城下町や大都市のベッドタウンではないのですが、1965年の9660人から人口が微増し続けており、現在では1万5千を超えています。

救馬渓観音(すくまだにかんのん)は上富田町生馬にある寺院・霊場です。飛鳥時代に役小角が開いたものとされています。小栗判官(浄瑠璃や歌舞伎などに登場する伝説上の人物。常陸国小栗氏がモチーフとされる)が参拝して祈願すると愛馬の病がたちまち治ったといういわれがあり、競馬関係者など馬に関する仕事の方が縁起を担いで参拝することが多いようです。広い境内にはたくさんのお堂があり、裏山にはあじさい120種1万株が植えられています。

道の駅くちくまのは上富田町岩崎にある紀勢自動車道沿いの道の駅です(一般道とも接続されている)。レストランや物販のほか、世界遺産熊野古道の観光案内があります。


岩出市(いわでし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

和歌山県岩出市 活力あふれるまち ふれあいのまち 人口54,013人

岩出市のイメージキャラクター「そうへぃちゃん」と市花のサクラ、山間を飛ぶ飛行機が描かれています。市制10周年記念として、2016年にミニバイク50cc以下700枚、90cc以下100枚、125cc以下200枚が交付されています。

岩出市は和歌山県北部にある市です。2006年に那賀郡岩出町が単独で市制に移行して発足しています。和歌山県北部の那賀地域の中心都市であり、もとは豊かな穀倉地域でしたが、1994年に関西国際空港が開港したことを受けて人口を増加させています。その結果宅地開発が進み、大阪府や和歌山市のベッドタウンの様相が色濃いまちとなり、同時に卸売・小売業など商業が産業の中心となっています。根来塗と呼ばれる朱漆器や甘長唐辛子、黒あわび茸などを特産品としています。

根来寺は岩出市根来にある新義真言宗の総本山です。平安時代に開かれ、室町時代末期の最盛期には寺領72万石、「根来衆」と呼ばれる僧兵1万の一大宗教都市を形成していました。当時種子島から伝来したばかりの火縄銃がもたらされ、僧兵による鉄砲隊を有していたそうです。1583年以後の豊臣秀吉の紀州征伐にあい、2~3の堂塔を残して焼失しました。そのため、現在の根来寺のほとんどは紀州徳川家によって再建されたものです。立派な堂塔や庭園(国の名勝)を備え、周辺地域ではもみじの寺として親しまれています。

和歌山県植物公園緑化センターは岩出市東坂本にある県営の公園(植物園)です。花壇や温室、蓮池などを備えるほか、遊具を備えたわんぱく広場があります。四季折々の花々が楽しめる当地の遠足の定番スポットです。

道の駅 ねごろ歴史の里は岩出市押川にある県道63号および市道根来号線の道の駅です。根来寺の西側にあり、レストランや物販のほか資料館が併設されています。また、道の駅に隣接して旧和歌山県議会議事堂(一乗閣)という1898年に建造された木造和風建築(国の文化財)があります。また、県道63号を少し北に行くと大阪府との境界あたりに道の駅 根来さくらの里があります。


和歌山市(わかやまし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

和歌山県和歌山市 水と緑と歴史のまち 人口348,763人

雲を背景にして和歌山城と和歌山マリーナシティのイラスト、自治体名左に「水・緑・歴史」の文字が入っています。2013年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。

和歌山市は和歌山県の北西部にある市です。県庁所在地および県内人口最多となるまちで、江戸時代に紀州徳川家が治める和歌山藩の城下町として発展した経緯があります。概ね奈良県から流れる紀の川に沿った市域を有し、ほかに幅11kmの紀淡海峡に「友ヶ島」と呼ばれる無人島群を有しています。和歌山県北部の商工業の中心であり、ニットなど繊維の加工や食料品の製造が盛んですが、温暖な気候を利用した農業や漁業も行われています。一方で人口は減少傾向にあり、2040年代には30万を割ると考えられています。

和歌山城は和歌山市一番丁にある日本の城・国の史跡です。JR和歌山市駅の南東側400mくらいのところにあり、紀州徳川家の居城として知られています。天守は復元天守で本丸、二の丸が私立和歌山城公園となっています。公園内には和歌山県護国神社、和歌山城公園動物公園、紅葉渓庭園(国の名勝)などがあります。和歌山市観光案内所は和歌山城の北西側、和歌山市役所南別館内(わかやま歴史館として資料展示もあり)にあります。

和歌山マリーナシティは、和歌山市毛見沖に浮かぶ人工島です。1994年の世界リゾート博に合わせて作られたもので、地中海をイメージしたテーマパーク「ポルトヨーロッパ」や紀州黒潮温泉、海の幸が堪能できる黒潮市場や海釣り公園などがある行楽地になっています。また、本土側の海南市船尾に県立自然博物館と琴ノ浦温山荘園(日本庭園、国の名勝)があります。

紀三井寺(きみいでら)は和歌山市紀三井寺にある救世観音宗の総本山です。紀州徳川藩の歴代藩主が訪れたという寺院で、「三井水(さんせいすい)」と呼ばれる清浄水・揚柳水・吉祥水の3つの湧き水(名水百選)が有名なお寺で、境内の桜は日本さくら名所100選に選ばれています。


海南市(かいなんし)

海南市ホームページより

和歌山県海南市 元気・ふれあい・安心のまち 人口46,003人

「下津蔵出しみかんシステム日本農業遺産推進協議会」のロゴ(2019年に日本農業遺産に登録済み)とPRキャラクター「海ニャン」のデザインです。2021年からミニバイク50cc以下を対象に1,000枚が交付されています。

海南市は和歌山県北西部にある市です。現在の海南市は2代目にあたり、2005年に旧海南市と海草郡下津町が新設合併して発足しています。市中心部となる平地はおおむね近世以降に埋め立てられたもので、元来は黒江湾という湾があったようです。みかんやびわ、紀州漆器・和傘の産地として知られていますが、家庭用日用品のスポンジの一大産地でもあり、これはもとは棕櫚を用いたたわし産業に端を発します。2005年の発足以来人口減少が続いています。

和歌山県立自然博物館は海南市船尾にある植物・生物・地学など自然系の博物館です。2階は岩石や化石、ジオラマなどを展示するものですが、一階は海や川の魚などを展示する水族館になっており、実際に生き物が動く様子がみられます(大人480円、高校生以下無料)。温山荘園(日本庭園、国の名勝)が隣接しており、和歌山市にある和歌山マリーナシティからも近いです。

藤白神社は海南市藤白にある神社です。熊野修験によって組織された九十九王子のなかでも別格とされた五体王子のひとつ、藤白王子の旧址で熊野古道のスタート地点になります。また、全国の「鈴木」姓を持つ方の氏神とされています。

道の駅 海南サクアスは海南市下津町小南にある国道42号の道の駅です。2023年9月に開駅したまだ新しい施設で、物販やレストランのほかキッズスペースや芝生広場、備蓄倉庫など防災設備を備えています。みかんをはじめいちごやキウイなどフルーツや鮮魚が売りの道の駅です。また、周辺の観光情報として橘本神社(=きつもとじんじゃ、みかんの発祥の地や菓子の神として知られる)の案内があります。


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奈良県ご当地ナンバープレート紹介・一覧

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【奈良県編】

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宇陀市(うだし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

奈良県宇陀市 かぎろい幻美観光圏 人口27,403人

室生寺(むろうじ)の五重塔、PRキャラクターの「ウッピー」、又兵衛桜、モミジが描かれています。2016年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

宇陀市は奈良県の北東部、宇陀地域(宇陀市と宇陀郡曽爾村・御杖村を含む)にある市です。奈良県の人口密集部である奈良盆地の東側に隣接する大和高原に立地しており、概ね標高300~500mとなります。農林業を基幹産業としていますが、中山間地という性質上大規模な耕地はみられません。1995年あたりに人口のピークを迎え、現在は基幹産業の第1次・第2次産業ともに就業人口が減少しつつあります。生産量は少ないものの有名な吉野葛や宇陀牛、金ごぼうや茶などを特産品としています。

室生寺(むろうじ)は宇陀市室生にある真言宗室生寺派の大本山です。奈良時代に創建されたもので、女人禁制の高野山金剛峯寺に対しこちらは女性の参詣を許可したため、「女人高野」とも呼ばれます。こけら葺の金堂と内部の壁画、五重塔が国宝に指定されておりシャクナゲや紅葉の寺としても有名です。

宇太龍穴神社は宇陀市室生にある神社で、前述の室生寺の東側300mくらいのところにあります。水の神、龍神を祀る古くから雨乞いが行われてきたパワースポットで、室生寺よりも古いものとされています。この古社から山の中に入ったところに「吉祥龍穴」という洞窟があり、竜神が棲むという言い伝えがあります。

うだ・アニマルパークは宇陀市大宇陀にある県立の動物園です。もともと畜産技術センターをふれあい重視の動物園としたもので、牛・馬・ヤギなどが飼育されている観光牧場のような施設となっています。園内に動物愛護センターがあり、野犬や野良猫の保護・譲渡を行っています。


三郷町(さんごうちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

奈良県生駒郡三郷町 万葉の里・童謡のまち 人口22,628人

秋の女神をモチーフにしたPRキャラクター「たつたひめ」と龍田大社の鳥居、龍田山の紅葉が描かれています。町制50周年記念として、2016年にミニバイク50cc以下800枚、90cc以下50枚、125cc以下150枚が交付されています。

三郷町は奈良県の北西部にある町で、生駒郡に属しています。西側の生駒山脈を境として大阪府八尾市・柏原市に隣接しており、奈良県道236号ー大阪府道183号などで接続されています。おおむね卸売・小売業など第3次産業を主要な産業としており、製造業従事者も比率としては多いです。崇神天皇(第十代天皇)の時代に創建されたと言われる龍田大社が有名で、ほかにもかつては草履作りを地場産業としていたことから、「ミサトっ子(ケンコーミサトっ子)」という健康履物が生産されています。

龍田大社は三郷町立野南にある神社です。天御柱命・国御柱命(龍田大社の祝詞によるとシナツヒコ・シナトベ)を祀った神社で、「龍田の風神、広瀬(廣瀬大社)の水神」と並び称します。町のイメージキャラクター「たつたひめ」のモチーフ龍田此売命(タツタヒメノミコト)も祀られています。令和2年に龍田古道、亀の瀬トンネルと歴史資料室とともに日本遺産「龍田古道・亀の瀬」に選定されています。

信貴山のどか村は三郷町信貴南畑にある農業公園です。四季折々のフルーツ狩り、芋掘り、栗拾い、野菜の収穫体験などができるほか、ヤギに餌をやったり鶏舎で卵を取ったりできます。キャンプ場を併設しており、近くに銭湯もあります。

開運橋は三郷町南畑~信貴山西の大門池に架かる長さ106mの橋です。信貴山朝護孫子寺の参道となる橋で、「上路カンチレバー橋」という構造の橋では日本最古、珍しい構造の橋で国の登録有形文化財に指定されています。近年は「開運バンジー」というバンジージャンプ(落差30mほど)が行われており、観光資源となっています。


田原本町(たわらもとちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

奈良県磯城郡田原本町 弥生文化の発信基地 人口31,572人

国の史跡 唐古・鍵遺跡(からこ・かぎいせき)の復元楼閣と町花のスイセンが描かれています。2017年からミニバイク50cc以下800枚、90cc以下100枚、125cc以下100枚が交付されています(125cc以下は交付終了)。

田原本町は奈良県北西部にある町で、磯城郡(しきぐん)に属しています。おおむね奈良盆地の中央に位置し、町の東部に初瀬川(大和川)、中央部を寺川、西部に曽我川・飛鳥川が流れ、これら川に挟まれた平坦地となっています。ヤマト王権が本拠地としたあたりで、早くから拓けていたため「大和国中」と呼ばれる地域です。現在の田原本町は卸売・小売業と製造業を主要な産業としていますが、耕地面積がおよそ4割を占めるため田畑が随所にみられます。縄文時代から近世にかけての遺跡170ほどを有しており、特に唐古・鍵遺跡が有名です。

唐古・鍵遺跡(からこ・かぎいせき)は田原本町鍵にある遺跡で、弥生時代の環濠集落の跡地です。石器、ヒスイ製勾玉、銅鐸の鋳型や絵画土器などが多数発掘されており、近畿地方の重要な拠点だったと考えられています。遺跡周辺は唐古・鍵遺跡 史跡公園になっていて、復元楼閣は出土した土器に描かれたものを再現したものです。また、周辺に道の駅 レスティ唐古・鍵という道の駅があります。

唐古・鍵考古学ミュージアムは田原本町阪手にある博物館です。唐古・鍵遺跡から2kmほど南にあり、112回(2012年時点)にも及ぶ発掘によって出土した資料が展示されています(入場料:大人200円 学生以下100円)。


香芝市(かしばし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

奈良県香芝市 伝統と新しい文化のいぶきがみなぎる 人口78,669人

市のマスコットキャラクター「カッシー」と香芝市の南西にある二上山が描かれています。2018年からミニバイク50cc以下750枚、90cc以下50枚、125cc以下200枚が交付されています。

香芝市は奈良県北西部にある市です。金剛生駒紀泉国定公園を挟んで大阪府に隣接しており、西名阪自動車道や国道165号、近鉄大阪線が通る交通の要衝となっています。そのため、大阪市内まで25分程度とアクセスが良く大阪府近郊の住宅地として発展しています。1988年に人口5万を突破、現在は人口8万弱で推移していますが人口増加は鈍化しており、ほぼピークに達していると考えられています。近隣の大和高田市や広陵町とともに靴下の製造が地場産業であり、奈良県(全国の生産の4割を占める)の靴下生産の一角を担っています。ほかに、二上山の金剛砂(柘榴石)の採掘が伝統的な産業になっています。

屯鶴峯(どんづるぼう)は香芝市穴虫にある奇岩群・奇勝です。二上山の火山活動によってできた凝灰岩の岩山(標高150mほど)で、サヌカイトやザクロ石閃緑岩などを産出します。県天然記念物及び金剛生駒紀泉国定公園の見どころであり、白い岩肌と木々の緑が対照的です。この屯鶴峯には太平洋戦中に旧陸軍が造った地下壕があり、内部をくぐって行くことができます。

香芝市二上山博物館は香芝市藤山のふたかみ文化センター内にあります。二上山周辺の化石、考古、旧石器時代など昔の人間の生活、二上山が産出する石などに特化した博物館です。

香芝市は2001年から冬の夜に光と音の祭典「冬彩」を行っています。もともと市制10周年記念として行われたものですが現在でも続いており、おおむね市役所前の親水公園で花火やランプシェード、ファイアーショー、和太鼓の演奏などが行われています。花火があるため延期されることもありますが、おおむね12月中に行われる珍しいお祭りになっています。


三宅町(みやけちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

奈良県磯城郡三宅町 ふれあいと心の通うまちづくり 人口6,661人

青空と野原を背景に、特産の野球グローブを持ったPRキャラクター「みやっぴぃ」「みやぼう」が描かれています。2019年からミニバイク50cc以下を対象に100枚が交付されています。

三宅町は奈良県北西部の奈良盆地の中央辺りにある町で、磯城郡に属しています。奈良県で1番小さな町(日本で2番目)で、面積は約4.06平方kmほどです。全体になだらかな地形で、都市部と山間部の中間にあたり、およそ面積の1/3が田んぼなど耕地となっています。2040年に人口5,900人をビジョンとして掲げていますが、想定よりも少子高齢化が顕著で過疎地域に指定されています。大正時代から革製品、とくに野球グローブやミットの生産が地場産業となっており、最盛期には国内シェアの8割を占めたといいます。国外からの安い輸入製品に押されて数を減らしていますが、現在も20軒ほどのメーカーが残っています。

三宅町の地場産業、野球のグローブ・ミットの生産は世界的にも認知されているもので、1921年美津濃運動具店(現在のミズノ)から野球グラブの裁断を依頼されて始まったものです。生産量では中国産などに及ばないものの、国産野球グローブ・ミットでは圧倒的なシェアを誇っており、そのオーダーメイドの品質は野球人の垂涎の品といわれています。

三宅古墳群は5世紀後半~6世紀に造られた計17基の前方後円墳群で、三宅町・川西町・田原本町に点在しています。おおむね全長50m近辺のものが多いですが、最大の島の山古墳は全長190mにも及びます。出土品の一部は田原本町の唐古・鍵ミュージアムに資料として展示されています。


桜井市(さくらいし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

奈良県桜井市 生活文化都市 -人にやさしいふれあいのまち- 人口54,999人

市のPRキャラクター「ひみこちゃん」と箸墓古墳、同古墳から出土した弧文板のデザインです。2014年からミニバイク50cc以下を対象に1,000枚が交付されています。

桜井市は奈良県中央部北寄りにある市です。奈良盆地の東南部に位置しており、西側が市街、東側は市域の6割ほどを占める山間部となっています。古墳や社寺が多く、古来からヤマト王権の中心的な地域であったと考えられている地域で、三輪素麺の生産地としても知られています。産業は卸売・小売業など第三次産業が中心ですが、製造業従事者も多いです。日本で最も古いとされる神社の一つ、大神神社や長谷寺(真言宗豊山派の総本山)、談山神社などを有することから観光産業も盛んで、市内にホテルなど宿泊施設がみられます。

大神神社(おおみわじんじゃ)は桜井市三輪にある神社です。記紀(古事記と日本書紀)に記載がある神社で、創建年は不明、有史以前に遡ると考えられています。三輪山を神体として本殿を設けず直接遥拝するという原初の祭礼を今に伝えていることから、「日本最古の神社」とされています。例年11月に拝殿に杉玉を吊るしますが、これが全国の造り酒屋でみられる「おいしいお酒ができるように」と杉玉を吊るす文化になったといわれています。

長谷寺(はせでら)は桜井市初瀬(はせ)にある寺院です。真言宗豊山派の総本山で、同寺が建つ初瀬山がボタンの名所であるため「花の御寺」などといいます。全国に250ほどある長谷寺(はせでら・ちょうこくじ及び長谷観音)の中でも「日本3長谷」と呼ばれるうちの一つで、本尊を安置する本堂が国宝に指定されています。

箸墓古墳は桜井市箸中にある前方後円墳です。日本で最も古い時代に造られた前方後円墳の一つで(3世紀中~後期)、墳墓長280m、高さ30mほどと非常に大きなものです。被葬者は宮内庁によって倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)とされていますが、邪馬台国の女王卑弥呼の墓という説もあります。

三輪地区は素麺発祥の地とされていて、三輪そうめんは全国的に有名な特産品になっています。伝説に拠ると今から1300年ほど前、大神神社に飢餓で苦しむ民の救済を願い出て神の啓示を賜り、三輪の地で小麦を作り粉をひいて麺にしたとされています。三輪素麺独自の等級(神杉>緒環>瑞垣>誉)に基づいていますが、基本的に細いものが高級品となります。


王寺町(おうじちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

奈良県北葛城郡王寺町 人とまちがきらめく 和のふるさとづくりをめざして 人口23,921人

公式マスコットキャラクターの「雪丸」と明神山、大和川が描かれています。2015年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています(従来様式と選択式)。

王寺町は奈良県北西部にある町で、北葛城郡に属しています。新興住宅地が多く、大阪市のベッドタウンとして発展しており、2020年度街の住みここちランキング1位、21年度街の幸福度ランキング関西4位など住みやすい町と認識されています。県内では人口密度が高い地域で耕地はほとんどみられません。産業は第3次産業が主体となっています。聖徳太子が開いたとされる西安寺跡(現在の舟戸神社)や一夜にして築いたとされる芦田池、太子葬送の道などがあり聖徳太子ゆかりの地となっています。余談ですが、近鉄生駒線王子駅と田原本線新王寺駅は別会社のJR王子駅とは接続されていますが、その間200mほどには線路が無く接続されていません。

達磨寺は王寺町本町にある臨済宗南禅寺派の寺院です。「片岡山飢人伝説」という伝説が残る聖徳太子ゆかりの寺で、千手観音像のほか達磨大師像と聖徳太子像を本尊としています。境内には達磨大師と聖徳太子が歌を読み交わしたとされる問答石や信貴山城の戦いで自害した武将 松岡秀久の墓などがあります。

明神山自然の森展望台は王寺町畠田の明神山山頂付近にある展望台です。標高273mあたりで360度に視界が開けており、奈良側に三輪山と大神神社、高見山(奈良県と三重県の県境となる山)が見え、大阪側ですとあべのハルカスや明石海峡大橋も見えるそうです。


五條市(ごじょうし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

奈良県五條市 豊かな自然と歴史が織りなすなごみとロマンとふれあいの創造都市 人口25,983人

上部に金剛山・吉野連山の山並み、柿や吉野川の鮎が描かれています。2011年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています(在庫がある限り従来様式と選択性)。

五條市は奈良県南西部にある市です。南北15km、東西に5~6kmほどの細長い市域を有し、和歌山県と大阪府に接しています。古来より大和国と紀伊国を結ぶ交通の要衝として、また吉野山地の玄関口として重視されてきた地域で、市街を離れると坂が多くなります。おおむね製造業が主な産業になっていますが、広大な柿の果樹園が広がるため、農業従事者の比率が多いです。柿・梅・鮎・イノシシや鹿肉などジビエを特産品としています。

五條新町通りは五條市本町にある通りで、江戸時代初期に開かれた大和五条藩~天領時代の面影が残る地区です。いわゆる重伝建であり、松倉重政が築いた二見城の城下町として始まったものとされています。1607年築(年代が特定できているものでは日本最古の民家)の栗山家住宅や歴史・文化資料を展示するまちなみ伝承館、町家を復興したまちや館などがあります。

道の駅 吉野路大塔は五條市大塔町にある国道168号の道の駅です。かなり小さい施設ですが、「星のくに」というレジャー施設が隣接しており天文台を有するほか、施設の外観がUFOになっています。

五條市は柿の主要な産地で、おもに富有柿が栽培されています。大粒で甘みが強いのが特徴で、収穫時期(11月ごろ)になると観光柿狩りもオープンします。柿の葉すしも五条の特産品です。五條市西吉野町湯塩に柿をテーマにした柿博物館があり、詳しく紹介されています。


御所市(ごせし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

奈良県御所市 歴史とともにあゆむ緑豊かな共生文化都市 人口23,789人

マスコットキャラクターの「ゴセンちゃん」と市花のツツジのデザインです。市名は「御所」ではなくひらがなになっています。2016年から50cc以下のミニバイクを対象に1,000枚が交付されています(従来様式と選択性)。

御所市は奈良県中部、西側にある市です。奈良県内で一番人口の少ない市(県内14位で、田原本町や広陵町より少ない)で、奈良盆地の西南端に位置しています。西部は大阪府との境界になる金剛山と大和葛城山があり、南部~東部にかけて丘陵地、市域中央から北西部にかけて市街が広がっています。葛城氏・巨勢氏といった大和朝廷時代の豪族が拠点とした地域で、市域には「万葉集」や記紀に記載されるような古い地名が残っています。食料品や輸送用機械など製造業が主な産業となっています。大和葛城山山頂の葛城高原にはツツジの時期に多くの登山客が訪れるため、山麓からロープウェイが出ています。

葛城高原は御所市の市街の西側、大阪府千早赤阪村との境にある大和葛城山(標高960m)にあります。山頂付近がなだらかな高原になっていて「一目百万本」と言われるツツジの名所です。山頂付近にロッジが設けられており、食事や入浴ができるようになっています。

高鴨神社は御所市鴨神にある神社です。鴨氏一族の氏神として祀られたもので、全国の鴨(賀茂)神社の総本山であり、弥生時代中期からある日本最古の神社の一つとされています。池や能舞台がある大きな神社で、春にはサクラソウの名所とされます。近くにそば屋やカフェ、葛城の道歴史文化館などがあり、当地の観光名所となっています。

御所市の西側、高天の台地のあたりは古来「高天原(たかまがはら)」であるとされていました。高天原は「古事記」の冒頭「天地のはじめ」に登場する天の神々が住まう場所で、岩戸隠れの伝説や天孫降臨の神話の舞台となった場所です。高天彦神社(たかまひこじんじゃ)や高天山草園(入園料300円、中学生以下無料、無人の山草園)があります。

水平社博物館は御所市柏原にある歴史博物館です。1922年に創設された全国水平社(部落解放運動団体、現在の部落解放同盟の前身)の中核をなした柏原の青年達を顕彰し、資料を残しています。当時は明治維新後に出された解放令により穢多・非人などの身分は無くなっていましたが、実際には様々な形で差別が残っていました(入館料:大人500円、中高生300円、小学生200円)。


下市町(しもいちちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

奈良県吉野郡下市町 ふりかえれば歴史 みつめればロマン 人口4,504人

マスコットキャラクター兼観光大使の「ごんたくん」、吉野川と鮎、町花のマツバボタン、桜の花びらが描かれています。2012年からミニバイク50cc以下を対象に300枚が交付されています。

下市町は奈良県のほぼ中央にある町で、吉野郡に属しています。奥吉野の入り口として平安時代に市が立ち吉野の商都として栄えた地域であり、16世紀には日本初の商業手形「下市札」が発行されていました。また、歌舞伎や人形浄瑠璃の演目「義経千本桜 三段目 すし屋の段」の舞台でもあります。町の面積の79%を森林が占めるため林業や木工(割り箸、桶、神具など)が盛んに行われています。ほかに栃原柿やこんにゃくが生産されています。

丹生川上神社下社(にうかわかみじんじゃしもしゃ)は下市町長谷にある神社です。創建年は不明ですが日本最古の水神を祀る神社とされており、かつては朝廷から雨を祈る際には黒馬、晴れを祈る際には白馬が奉納されていました。これが現在各地の神社でみられる絵馬の発祥となったようです。吉野郡川上村に上社があり、社名はこれに対するものです。

森林公園やすらぎ村は、下市町西山の丹生川の屈曲部にあるキャンプ地です。きのこの形をした高床式宿泊施設「マッシュルームキャビン」、キャンプサイト、バーベキュー設備、売店などがあります。初夏はホタルの観察、夏場は川遊びをする人で賑わいます。


大和郡山市(やまとこおりやまし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

奈良県大和郡山市 金魚が泳ぐ城下町 人口83,304人

桜の花と花びら、金魚のイラストが描かれています。2011年からミニバイク50cc以下を対象に交付されているもので、原付では県下初のご当地ナンバーとなります。

大和郡山市は奈良県の北部にある市です。県庁所在地の奈良市に隣接し、市域はほぼ平坦ですが、北西部に矢田丘陵(標高300強)を有します。もともと戦国時代末期に郡山城に筒井順慶が入り、城下町として発達したものです。現在の大和郡山市は靴やメリヤスなどおおむね製造業を主要な産業とする自治体ですが、金魚の養殖が地場産業であり、これは江戸時代の中期に武士の副業として広まったものといわれています。現在でも年間約5,800万匹を国内外に出荷する日本有数の金魚の産地で、毎年8月に全国金魚すくい選手権大会を催すほか、金魚マイスターの育成、金魚鉢デザインコンテストなどが行われています。

郡山城跡は大和郡山市城内町にある日本の城・史跡です。戦国時代の1580年頃に筒井順慶が築いたもので、後の豊臣秀長(秀吉の弟)の時代に100万石に相応しいものに拡張されています。周辺は郡山城跡公園として整備され、追手門や櫓、橋などが復元されてており、桜の名所として親しまれています。

大和民俗公園は大和郡山市矢田町にある公園です。矢田丘陵の一角26.6haの広さの公園で、県立民族博物館を中心に移築復元された古民家15件ほどや梅林、菜の花畑などがあります。

金魚のふる里 郡山金魚資料館は大和郡山市新木町にある資料館です。「一年中金魚が見られる観光施設が全国のどこにもない」という理由で1982年に建てられた金魚の資料館で、原種や高級金魚など約40種ほどが常時展示されています。また、周辺の紺屋町にある箱本館「紺屋」(町家を改装した藍染体験施設)でも金魚のコレクションが見学可能です。


吉野町(よしのちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

奈良県吉野郡吉野町 みんなで支え つながり 笑顔が輝くまち 人口6,066人

吉野山のヤマザクラと町のPRキャラクター「吉野ピンクル」が描かれています。2012年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。

吉野町は奈良県の中央部、吉野郡北部にある町です。北、東、南をぐるっと山に囲まれた山間の町で、町域の8割強が山林となっています。吉野川南岸から大峰連山に続く吉野山が桜の名所として有名で、「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されています。昔から桶や樽が生産されてきた地域であるため製造業の比率が他より高く、吉野杉・檜などから集成材や割り箸などが生産されています。昭和40年代には15,000人ほどの人が在住していましたが、現在は6,000人程度であり、今後も減少が続くと考えられています。

吉野山は吉野町の市街の南側、吉野川南岸から大峰連山に続く約8kmほどの尾根をいいます。こちらの谷や尾根の桜は3万本ともいわれ、平安時代から植え続けられてきたものです。この桜は吉野川南岸から吉野神宮金峯山寺(きんぷせんじ)、金峯神社まで8kmにも及び、「下千本」、「中千本」、「上千本」、「奥千本」と呼ばれるエリアに分かれています。

吉水神社は吉野町吉野山にある神社です。金峰山寺の僧坊として役行者により創建されたとされるもので、もともとは修行僧のためのものでした。1185年に源頼朝に追われた源義経・武蔵坊弁慶・静御前らが身を潜めた地であるとともに、1594年に豊臣秀吉が行った吉野の花見の際には本陣として利用されており、その際に造られた庭園が国の名勝となっています。


明日香村(あすかむら)

朝日新聞デジタルより

奈良県高市郡明日香村 風土と人の心が築き上げた 古代文化の香り豊かな郷 人口4,880人

キトラ古墳壁画に描かれた四神の朱雀をモチーフとしたイラストが描かれています。また、自治体名上に「日本の国の始まり」のロゴが入ります。自動車の飛鳥ナンバー導入に合わせ、2020年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。

明日香村は奈良県北西部の奈良盆地の南端近くにある村で、高市郡に属しています。時代区分の一つである「飛鳥時代」の名称の由来となる地域であり、律令国家が整備された場所です。全域が古都保存法の対象地域で、3つの特別史跡(国の史跡のうち、学術的価値が高く我が国の文化の象徴と認められるもの)を有するため「日本人の心の故郷」と紹介されることがあります。他の自治体と同じく第一次産業従事者は減少傾向にありますが、工業団地や大型の商業施設など大規模な開発は難しく、農業や観光業が主な産業となっています。

飛鳥歴史公園は明日香村平田あたりにある国営の公園です。5地区総面積60haほどの公園で、蘇我馬子の墓と伝わる石舞台古墳、彩色壁画(国宝)が有名な高松塚古墳、四神を描いた壁画が発見されたキトラ古墳の紹介やクラフト、農業体験などが行われています。

飛鳥寺は明日香村飛鳥にある真言宗豊山派の寺院です。6世紀末頃に蘇我馬子が創設したもので、本格的な伽藍を備えた日本では最初の寺院です。現在は小さな寺院ですが、往時は現在の20倍ほどの広さを有する壮大な寺院で、朝鮮半島から優秀な技術者を招いて瓦を作らせたといいます。なお、明日香村奥山にある奈良文化財研究所資料館で出土品を見ることができます。また、西側に蘇我入鹿の首塚があります。

明日香村は米どころでもあり、村内各所で棚田が見られます。稲渕、阪田、細川、上(かむら)の棚田があり、とくに稲渕の棚田は日本の棚田百選に選ばれているもので、9月には彼岸花が咲く棚田で恒例のかかし祭りが行われています。


平群町(へぐりちょう)

平群町ホームページより

奈良県生駒郡平群町 咲かせよう命を大切にする心 安全でみどり豊かなふるさと 人口17,649人

背景に竜田川、右側に信貴山朝護孫子寺の張子の虎が描かれています。2020年に町制50周年記念としてミニバイク50cc以下450枚、90cc以下50枚、125cc以下200枚が交付されています。

平群町は奈良県北西部にある町で、生駒郡に属しています。西の生駒山地・信貴山と東の矢田丘陵に挟まれた盆地で、町のほぼ中央を竜田川が北から南に流れています。聖徳太子が毘沙門天を感得したことから創建された朝護孫子寺や役行者が修行したと伝わる千光寺、長屋王・吉備内親王の墓、古墳64基など町内各所に歴史的遺産が数多くみられます。農業や第3次産業が主要な産業となっており、とくに小菊やバラなど花卉栽培が盛んです。また、ぶどう農家が割合としては多く、デラウェアや巨峰が生産されています。

朝護孫子寺は平群町信貴山にある信貴山真言宗の総本山で、一般には「信貴山の毘沙門さん」や「寅寺」で知られています。聖徳太子が寅の年、寅の日、寅の刻に毘沙門天を感得したとされ、境内にはその故事にちなんでたくさんの張子の虎が置かれています。また、霊宝館では国宝『信貴山縁起絵巻』の複製が展示されていたり、毎年2月下旬に寅祭りが行われていたりします。阪神タイガースのファンが訪れる寺としても有名です。

道の駅 大和路へぐり(愛称:くまがしステーション)は平群町平等寺にある国道168号の道の駅です。特産品の販売所のほかレストランや青空市などがあり、1月から4月にかけてイチゴ「古都香」のフェアをしています。

平群町は古代には大和国平群郡平群郷であり、古代豪族平群氏の本拠地でした。町内には64基の古墳が散在し、社寺も多く残っています。平群町は古くから野菜・花き・果樹栽培が盛んですが、一方で大阪への通勤圏として住宅地化が進んでいます。


広陵町(こうりょうちょう)

広陵町ホームページより

 奈良県北葛城郡広陵町 かぐや姫のまち 人口35,166人

竹取物語をイメージした竹と月、特産品の茄子を持ったマスコットキャラクターの「かぐやちゃん」のデザインです。2021年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。

広陵町は奈良県北西部にある町で、北葛城郡に属しています。奈良県では最大人口の町で、町域東部は平坦な地形で、西側の丘陵地は香芝市にまたがる真美ヶ丘ニュータウンとなっています。全体に高低差が少ないため開発が進んだ印象で、山林はほぼありませんが、町域の3割程度が耕地になっていて水田が多くみられます。主要な産業は第3次産業になっていますが、繊維の町として知られており町内の竹取公園で年2回、「靴下の市」という直売会が行われています。『竹取物語』に登場する竹取の翁は、現在の広陵町あたりに拠点を置く豪族であったとされるため、当地が物語の舞台であると考えられています。

馬見丘陵公園は広陵町西部の広陵町と河合町にまたがる県営の都市公園です。馬見丘陵周辺の古墳群を保存するために造られたもので、面積は65.3ha、園内に多数の古墳を有するほか、チューリップやダリア、花菖蒲、コキアなど四季折々の植物が楽しめる公園として親しまれています。また、周辺に「靴下の市」が行われる竹取公園や讃岐神社(竹取物語ゆかりの神社)があります。

広陵町の特産品は茄子、靴下、プラスチック製品(食品容器や金魚のぽい等)、いちごです。茄子は「やまと小町広陵サラダ茄子」というアクが少なく、皮が薄いものをブランド化しています。また、金魚すくいの「ぽい」は大和郡山市(金魚の名産地、例年「全国金魚すくい選手権」が開かれる)でも使用されています。


大和高田市(やまとたかだし)

大和高田市ホームページより

奈良県大和高田市 元気な高田 誇れる高田 人口60,265人

名物の高田千本桜とPRキャラクター「みくちゃん」が描かれています。2019年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。

大和高田市は奈良県北西部、奈良盆地の南西部にある市です。16.48k㎡の市域に6万を超える人が暮らしているため、県内では最大の人口密度を誇る地域です。高田駅(JR)、大和高田駅・高田市駅(近鉄)を中心に市街が広がり、郊外は田園地帯になっています。また、周辺の自治体と同じく繊維産業が盛んであり、パンティストッキングの生産量が日本一とされますが、国外からの格安製品に押され地場産業は衰退気味です。ほかにほうれん草・きくな・ねぎ・しろな・こまつなを特産品としています。

高田千本桜は高田川河畔の大中公園を中心に、両川岸の南北約2.5kmほど続く桜並木です。市制施行した1948年に市民ボランティアの手によって植樹されたもので、70年余りの樹齢の桜となります。花期にはりんご飴などの屋台が出るほか、夜桜のライトアップが行われています。また、周辺に高田温泉さくら荘という公営の温泉入浴施設があります。


上牧町(かんまきちょう)

上牧町ホームページより

奈良県北葛城郡上牧町 みんなで築くパークタウン上牧-「夢」「感動」「友愛」のある美しいまちづくり- 人口20,932人

右側に町花のササユリ、左側にPRキャラクター「ゆりはちゃん」が描かれています。町制施行50周年記念として、2022年12月からミニバイク50cc以下800枚、90cc以下20枚、125cc以下180枚が交付されています。

上牧町は奈良県北西部にある町で、北葛城郡に属しています。奈良盆地の西部、馬見丘陵の西端となる葛下川(かつげがわ)東岸に位置していて、町域は丘陵地・台地と葛下川・滝川沿いの低地に分かれます。古代に宮廷の馬が放牧されていたことが「上牧」の名の由来となっています(「ペガサスタウン」などといって、タウンホールなどにペガサスの名が入る)。1971年頃から西大和ニュータウン(大阪都心部のベッドタウン)の一角として宅地造成が盛んに行われ、人口が急激に増加しましたが2005年をピークに減少に転じています。主要な産業は卸売・小売業など商業で、製造業も盛んに行われる一方で第一次産業は衰退しています。町内に鉄道路線及び駅が無く、バスが主要な交通機関となっています。

片岡城(下牧城)跡は上牧町下牧にある城跡です。室町時代に築かれた城で、片岡谷周辺の荘園を本拠に成長した片岡氏が築いたものとされます。戦国時代になると片岡氏は松永秀久によって滅ぼされ、その松永氏も織田信長に対し反旗を翻したため、信貴山城の戦いに先立って明智光秀・筒井順慶・長岡藤孝らによって攻められ落城しています。周辺はあまり整備されておらず民有地なども入り組んでいますが、郭や空堀などが残っており案内板があります。

ラスパ西大和は上牧町ささゆり台にある商業施設です。町の中央部の丘陵地帯を切り開いて2013年にオープンしたもので、商用面積3ha、駐車場1,450台を誇る町内最大のショッピングセンターとなっています。MEGAドン・キホーテUNYを中核に62店舗ほどがはいっています。また、周辺に虹の湯 西大和(天然温泉入浴施設)があります。


原付のご当地ナンバー都道府県別目次はコチラ

兵庫県ご当地ナンバープレート紹介・一覧

原付・小型バイクのご当地ナンバー

【兵庫県編】

全47都道府県を網羅 掲載市町村区630以上


四輪自動車の地方版図柄入りナンバープレートはコチラ「地方版図柄入りナンバープレート 一覧 (四輪自動車)」または 地方版図柄入りナンバープレート 近畿 (四輪自動車)

兵庫県ご当地ナンバープレートの紹介です。地域の観光・グルメ・道の駅情報なども少し扱っています。

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神河町(かみかわちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

兵庫県神崎郡神河町 兵庫のまんなかでキラリと光るまち 人口9,925人

町のマスコットキャラクター「カーミン」と町花のサクラのデザインです。2015年からミニバイク50cc以下を対象に500枚が交付されています。

神河町は兵庫県の中央部にある町で、神崎郡に属しています。2005年に神崎町・大河内町が合併してできた町です。1000m級の山々に囲まれた格好の山間の町で、町域の8割を山林が占め、小田原川・越知川・市川といった河川沿いの平野部に集落が点在しています。町域北西側に砥峰高原(とのみねこうげん)を有し、これは関西地方で有数の高原地帯として観光名所になっています。窯業や土石製品などの製造業を主要な産業としていますが、近年は従業者が減りつつありかわりに第3次産業の進展がみられます。

砥峰高原(とのみねこうげん)は、神河町の北西側に広がる標高800~900mの高原です。90haに及ぶ日本有数のススキの大群生地で、春に山焼きを行うことによって美しい草原が守られ、秋にはあたり一面がススキの絨毯になります。映画「ノルウェイの森」、NHK大河ドラマ「平清盛」や「軍師官兵衛」のロケ地にもなりました。とのみね自然交流館という施設があり、食事やトイレ、土産物の販売などがあります。

神埼農村公園ヨーデルの森は神河町猪篠にある町立の農業公園です。馬、カンガルー、アルパカなどがいる牧場や猛禽類、ペンギンや犬・猫など小動物といった多数の動物が飼育されていること特徴の公園で、各種体験ができる施設も有しています(入園料:中学生以上1,200円、小学生以下700円)

峰山高原リゾートホワイトピークは神河町上小田にあるスキー場です。2017年に開設されたもので、現時点では国内で一番新しいスキー場になっています。勾配の緩やかな初心者向けゲレンデとして知られており、ノーマルタイヤでもアクセス可能であること、国内最大級のキッズパークを有することなどからファミリーに人気があります。また、オフシーズンはキャンプ場となっています。


芦屋市(あしやし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

兵庫県芦屋市 憧れを、日常に。 人口93,377人

㊤海・山・川の自然を背景に、ヨット・桜・花火をレイアウトし、自治体名上に「ASIYA CITY」の青文字㊦芦屋市花のコバノミツバツツジを散りばめたもの。市名右側に「ASIYA」の文字。どちらも2017年からミニバイク50cc以下を対象に交付されている。

芦屋市は兵庫県南東部にある市です。神戸市と西宮市に挟まれた格好の市域を有し、これは県内で2番に小さいものですが、人口密度が高くk㎡あたり5,000人ほどが暮らしています。国際観光文化都市に指定されており、「庭園都市」を標榜する瀟洒な地域であり、特に市域北部は関西有数の高級住宅地として知られています。市街化区域の9割ほどが住宅街で、市単独でこれといった産業を持ちませんが、人口密度が高いため商業施設や文化施設、公園などが充実しています。また、市域北側は瀬戸内海国立公園に含まれる六甲山があり、都市に近い自然を満喫できる場所として観光地化されています。

ヨドコウ迎賓館は芦屋市山手町にある住宅(国の重要文化財)です。もともと造り酒屋・櫻正宗当主のために別邸として建築されたもので、アメリカ人建築家フランク・ロイド・ライトが設計したものです。1989年から一般公開され2016年11月からリニューアル工事が行われて、2019年から一般公開が再開されています(入館料:大人500円、小・中・高校生200円)。

谷崎潤一郎記念館は芦屋市伊勢町にある文学館です。芦屋市立美術博物館と図書館の間にある施設で、数寄屋風の邸宅と日本庭園で構成されており、小説家谷崎潤一郎に関する資料を保存しています。なお、玄関横にある巨石は1938年の阪神大水害のときに邸宅に飛び込んできたもので、「細雪」に仔細に書かれています。また、同エリアから西に行って芦屋川を渡ると虚子記念文学館(明治ー昭和期の俳人、高浜虚子を記念する施設)があります。


洲本市(すもとし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

兵庫県洲本市 笑顔あふれる生活交流拠点~みんなでつくる元気な“すもと”~ 人口39,759人

菜の花と水仙を左右に配し、市のランドマークである三熊山の天守閣(洲本城)や海が描かれています。2017年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。

洲本市は淡路島の中央部にある市です。淡路島の行政上の中心地であり、島全体の約3割を占めます。2006年に津名郡五色町と新設合併していますが、市章・市旗は変更されていません。かわりに市の鳥としてチドリ、市の魚としてサワラが指定されています。瀬戸内海国立公園に含まれる三熊山と洲本城跡、洲本温泉などの観光資源を有し、観光産業が盛んでおおむね海沿いにホテルがみられます。また、立川水仙郷という水仙の名所を有しています。

洲本城(別名三熊城)は洲本市街から南にある三熊山上にある日本の城・国の史跡です。三好氏の重臣・安宅治興が築いたもので、その後蜂須賀氏や仙石家に与えられ、脇坂氏によって改修されています。上の城と下の城をつなぐ「登り石垣」という珍しい遺構が良好な状態で残っていることが高く評価されており、下の城まで含めると西日本最大級の規模を誇ります。天守台に建つ小さな模擬天守は、1928年に昭和天皇の即位式を記念して建造されたものであり我が国最古の模擬天守です。現在は展望台としての機能を失っていますが、天守台からの眺めが良く、当地の観光名所となっています。

淡路島モンキーセンターは洲本市畑田組にある動物園です。1967年に開園した施設で、野生のニホンザル約350頭に名前を付けて生態観察を行っています(入園料:大人1,000円 小学生まで400円)。飼育するのではなく野生のサルを餌付けしている施設は珍しく、冬の「サル団子」や仲間と遊ぶ様子などニホンザルの自然な行動がみられる貴重な施設となっています。なお、春には人間と同じくサルが花粉症に悩む様子がみられるそうです。

洲本市民広場は洲本市塩屋にある都市公園です。近代化産業遺産に含まれる旧鐘紡洲本工場の赤レンガ建築群に囲まれた公園で、図書館やレストラン、作者の堀井雄二氏が当地の出身ということで、ドラゴンクエストの記念碑などがあります。


稲美町(いなみちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

兵庫県加古郡稲美町 水と緑 風薫る 万葉のまち 人口30,596人

町名の横にPRキャラクターの「いなっち」が描かれています。2013年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。

稲美町は兵庫県中央南部にある町で、加古郡に属しています。東側で神戸市、三木市、南側で明石市と接する地域で、田園都市として農業基盤を維持しながら、阪神地域のベッドタウンとして開発が行われています。古くから穀倉地帯であったため、水田開発のために作られたため池が多くみられることが特徴的です。現在は製造業が主要な産業となっており、米の加工品(米パン、味噌、酒、みりんなど)が多く作られるほか、金属の加工などが行われています。米(万葉の香)および大麦などのほかに、トマトやメロンを特産品としています。

稲美中央公園は稲美町国安にある公園です。運動用の多目的グラウンド・テニスコート・子供用の遊具・キャンプ場などを備える大きな公園で、R4年にリニューアルされています。古来より歌に「いなみ野」と詠まれてきた地域であるため、園内に万葉の森という日本庭園を有していることが特徴的です。また、周辺に郷土歴史館と播州葡萄歴史館(小さい施設だが入館無料)という施設があります。

いなみ野ため池ミュージアムは、全国最多のため池を擁する兵庫県の東播地方全体のため池を展示物として見立てた博物館で、ため池の保全・研究・親水活動などを行うものです。いわゆるフィールドミュージアムですが、県下最大となる加古大池(面積49ha)の管理棟に少し展示があります。また、管理棟近くには水生植物園があります。ほかにも、稲美町内には天満大池(ため池百選、県下最古のため池とされる)もあります。


赤穂市(あこうし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

兵庫県赤穂市 はばたけ 未来へ 赤穂 人口44,873人

観光マスコットキャラクター「陣たくん」、雁木模様(下部)と勘亭流文字の文字で赤穂義士をイメージさせるものとなっています。また、市名のところに「赤穂市」ではなく「播州赤穂」の文字を採用しています。2012年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

赤穂市は兵庫県南西部にある市です。岡山県との県境にあり、北部が山地・丘陵地、南部は瀬戸内海に面した千種川(ちくさがわ、名水百選)が形成した低地となっています。江戸時代に最大6万石を誇った赤穂藩の中心地であり、のちに「忠臣蔵」として伝わる元禄年間の赤穂事件が起きた地域です。現在の赤穂市は臨海部の工業地帯を背景に発達したため、主要な産業は製造業(化学・窯業・土石製品・電気機械器具など)で、近年は小売・卸売業の比率が高くなってきています。製塩が地場産業であり、赤穂の塩と塩味饅頭(しおみまんじゅう)、いかなご、坂越(さこし)の牡蠣などを特産品としています。

赤穂城跡は赤穂市上仮屋にある日本の城・国の史跡です(日本百名城の一つ)。1649~1661年に浅野長直(浅野長政の孫にあたる)によって13年かけて築城された城で、戦を意識した堅固なものとなっています。五稜郭のような形状の変形輪郭式の城は珍しく、ほかに本丸庭園・二の丸庭園(復元)が国の名勝となっています。周辺には蔵造りの赤穂市歴史博物館、赤穂大石神社(大石邸の一部含む)、赤穂玩具博物館などがあります。

兵庫県立赤穂海浜公園は赤穂市御崎にある公園です。面積71.7haの広大な公園で臨海部にあり、塩田跡を活用したものです。人工湖である赤湖と白湖周辺に遊園地「わくわくらんど」、海洋科学館、塩田を再現した塩の国(塩づくり体験棟を含む)、オートキャンプ場などがあります。ヤシの木が舘並ぶ太陽のプロムナードがインスタ・TikTok映えスポットとして人気があり、当地のマラソン・トライアスロン大会(南側はビーチに隣接する)や牡蠣祭り、グルメフェスの会場でもあります。

海の駅しおさい市場は赤穂市坂越にある商業施設(魚市場)です。坂越の漁業協同組合が運営する施設で、その日に捕れた魚を浜焼きで食べることができる市場となっています。牡蠣で有名なかましま水産に隣接していて、毎年1月の牡蠣まつりが有名です。

奥藤酒造(おくとうしゅぞう)は赤穂市坂越にある造り酒屋です。慶長年間から400年ほど続いており、奥藤酒造郷土館という酒造りの道具や廻船関係の資料の展示のほか、当地の地酒「忠臣蔵」や「乙女」の利き酒ができる施設があります(入館無料)。

桃井ミュージアム&カフェは赤穂市御崎にある博物館です。当地の伝統工芸品 雲火焼(うんかやき)や赤穂緞通ほか骨董品などを展示するミュージアムに瀬戸内海に面した水琴窟で有名な庭園、カフェが併設されています(入館料:大人500円、小中学生200円、金券を買って内部で利用できるというシステム)。赤穂緞通の方に興味がある方は、赤穂緞通工房ギャラリー東浜も見てみると良いと思います。


川西市(かわにしし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

兵庫県川西市 元気でうるおいのあるオンリーワンのまちづくり 人口150,053人

川西市のシンボルキャラクター「きんたくん」と市花のリンドウ、猪名川の流れが描かれています。2011年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

川西市は兵庫県南東部にある市です。大阪府との県境にあり、東側で大阪府池田市と箕面市、南に伊丹市、西側は宝塚市となっています。第56代清和天皇の末裔、清和源氏の本拠地となった地域で、市花のリンドウも源氏の旗印からきています。現在の川西市は大阪のベッドタウンとして発展してきた経緯があり、サービス業や卸売・小売業、不動産など第3次産業が主要な産業となっています。大消費地に近いことから桃やいちじく、北摂栗、植木などが生産されています。

川西市の多田地区は、今から1000年以上前に清和源氏が武士団を形成した土地です。清和源氏とは清和天皇の皇子のうち4人、孫の王のうち12が臣籍降下(皇族が姓を与えられ、臣下に降りること)して源氏を名乗ったもので、一般に武家として知られます。川西市多田院多田所にある多田神社は清和源氏とゆかりのある源氏三神社の一つで、源満仲、頼光、頼信、頼義、義家の五公が祭られ「清和源家発祥の地」といわれています。

満願寺は川西市万願寺町にある高野山真言宗の寺院です。川西市の飛び地にあり、周囲は宝塚市になっています。多田神社を建立した源満仲が帰依し、以来源氏一門の祈願所として栄え、鎌倉時代には後醍醐天皇によって勅願寺となっています。紅葉の見事さや坂田金時の墓があることで知られています。

川西市最北部の黒川地区は「日本一の里山」と呼ばれています(にほんの里100選)。この地区の特産品「一庫炭(菊炭)」は、お茶席用の高級品として全国に出荷されています。毎年9月上旬~11月上旬にかけて黒川ダリヤ園がオープンし、約460品種1,200株のダリヤが様々な花を咲かせます。また、ハイキングスポットでもあり、日蓮宗霊場の能勢妙見山(大阪府能勢町)までケーブルカーが出ていましたが、2023年12月に営業を終了しています。


神戸市(こうべし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

兵庫県神戸市 BE KOBE 人口1,498,825人

海のと山の稜線をイメージさせる波型の表現に神戸市のシンボル「神戸ポートタワー」が描かれています。2011年6月からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカーを対象に交付されています。

神戸市は兵庫県南東部にある市です。兵庫県の県庁所在地及び最大の都市で、9つの区に分かれています。もともと深い湾があるため古代から海上交通の要所であったとみられ、遅くとも遣隋使の頃には港が開かれていたようです。江戸時代には酒造が発達し、「灘の生一本」という言葉で全国に知られるようになりました。現在でも港湾関連の産業が盛んであり、世界500余の港とつながる国内屈指のコンテナポートであるほか、食料品・はん用機械器具・輸送用機械器具・鉄鋼業など日本を代表する製造業が集中しています。現在は、高度経済成長期に開発されたニュータウンを中心に人口減少が進んでおり、2023年に人口150万を下回っています。

神戸ポートタワーは、神戸市中央区波止場町にある和楽器の鼓のような外見をした建造物です。1963年に建設されたもので、展望台や内部に360度のパノラマが得られるカフェや店舗を有しています。神戸港のシンボルとして長らく愛されてきた同タワーですが、2021年から工事のため休館となっていました。2024年春から改修工事を終えてリニューアルオープンし、同時にガラス張りで360度の風景がみられる屋上展望フロアが開設されます。

神戸市灘区・東灘区には「灘五郷」(西郷、御影郷、魚崎郷、西宮郷、今津郷)という有名な日本酒の蔵元が集まる地域があります。この地区は、酒造りに適した宮水(西宮神社の南東側一帯の湧水)と酒造好適米山田錦(兵庫県が国内生産の8割を占める)の産地が近かったことから、室町~江戸時代から日本酒の名産地となっています。各蔵元の紹介や見学に関する情報は灘五郷酒造組合のHPにあります。

有馬温泉は神戸市北区有馬町にある温泉です。有馬温泉は日本書紀、風土記、万葉集に紹介される日本三古湯の一つであり、日本最古ともいわれています。泉質も豊かであり、塩化物を含む「金泉」と無色透明の「銀泉」があります。環境省が指定する療養泉の9つの主成分のうち7つを有する世界的にも珍しい温泉です。


三田市(さんだし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

兵庫県三田市 明日の風が見えるまち 人口107,744人

三田市のPRキャラクター「キッピー」が右側に描かれています。2011年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています(従来様式と選択性)。

三田市は兵庫県南東部、六甲山地の北側にある市です。1980年代から大規模な団地開発が行われて人口10万を超える市となりましたが、それ以前は人口3~4万人の典型的な農村であったために田園都市となっています。現在の人口は緩やかな減少傾向にあります。おおむね製薬など化学工業を中心とする製造業が主要な産業となっている一方、阪神地域では最も農業の盛んな地域でもあるため三田米・三田牛・母子茶といった特産品があります。

兵庫県立有馬富士公園は三田市福島にある公園です。有馬富士(標高374m)、千丈寺湖、福島大池など地域の豊かな自然を活用した県内最大の都市公園で、園内には林・水辺・草地の各生態園や棚田、自然学習センター、子供向け遊具が揃った遊びの王国などがあります。

兵庫県立人と自然の博物館(愛称:ひとはく)は三田市弥生が丘にある自然史系の博物館です。国内の公立博物館としては最大級の規模を誇り、恐竜・昆虫・植物・動物・鉱物など展示内容も多彩です。標本にさわれるコーナーや恐竜の化石のクリーニングの様子が見れるコーナーがあることが特徴で、深田公園という大きな公園に隣接しているため子供を遊ばせるスペースもあります。


丹波篠山市(たんばささやまし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

兵庫県丹波篠山市(旧篠山市) おしゃれなワクワク農村へ 人口39,647人

マスコットキャラクターの「まるいの」と「まめりん」(上側のみ)を筆頭に、特産品の黒豆・猪・栗・松茸がキャラクター化されたものです。市名変更の2019年5月からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

丹波篠山市は兵庫県東部にある市です。古くから京都と山陰の各地域を結ぶ交通の要衝 丹波国の一部であった地域で現在も宿場町や篠山城跡が残っています。市域の3/4程度を林野が占めるため里山が残る地域としても知られており、栗・山の芋・イノシシ肉・枝豆・松茸などが特産品となっています。また、丹波焼といわれる焼き物が生産されており、これは日本六古窯の一つです(およそ800年ほどの歴史を有する)。産業は製造業・不動産業の割合が高くなっていますが、温泉や重伝建、特産の農産物やデカンショ節(日本遺産)などで知られており、観光業も盛んに行われています。

篠山城は丹波篠山市北新町にある日本の城・国の史跡です。1609年に徳川家康が諸大名に命じて交通の要衝であった笹山に築城させたもので、当時は15カ国20の大名が工事にあたり、縄張りは築城三名人の一人 藤堂高虎が行っています。天守の代わりに置かれた大書院は1944年に失火により焼失しましたが、現在は復元されて観光名所となっており、三の丸広場はデカンショ祭りなどのイベントに使用されています。城の周囲は広範にわたって伝統的建造物保存地区になっており、西側には武家屋敷群、東側には当時の商人町が残っています。

丹波篠山 大正ロマン館は丹波篠山市北新町、前述の篠山城北側にある歴史的建造物です。もともと篠山町の町役場として使われていたもので、大正12年に建てられた木造の洋風建築です。篠山城下町観光の拠点施設として改修を受けており、内部はレストラン・土産屋・庭園・テラス・観光案内所などになっています。

デカンショ節とは丹波篠山市を中心に盆踊り歌として用いられる民謡で、「デカルト」「カント」「ショーペンハウエル」の頭文字から取った、「出稼ぎしよう」「ドッコイショ」の転訛説などがあり語源が判っていません。主として元来用いられてきたみつ節の変形と考えられています。2015年に「丹波篠山 デカンショ節」として日本遺産になっています。


丹波市(たんばし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

兵庫県丹波市 丹(まごころ)の里 60,897人

丹波竜をモチーフにしたマスコットキャラクター「ちーたん」が描かれています。2012年にミニバイク50cc以下1,600枚、90cc以下200枚、125cc以下200枚の2,000枚が限定交付されています。

丹波市は兵庫県東部にある市です。2004年に旧氷上郡の柏原町・氷上町・青垣町・春日町・山南町・市鳥町の6丁が合併してできたもので、いわゆる丹波竜(タンバテタニス・アミキティアエ)が2006年に新種として発見されたことで知られています。また、田園地帯が広がることから黒大豆や栗、山の芋、茶など多くの特産品を有する地域でもあります。市域の多くは中山間地域に属し、秋から冬にかけて「丹波霧」と呼ばれる霧が発生します。全般に農業のイメージが強い地域ではありますが、工業も盛んでパルプや紙製品、電気機械などが製造されています。

白毫寺(びゃくごうじ)は丹波市市島町にある天台宗の寺院です。705年に開基されたもので、鎌倉時代には93坊を有し隆盛を極めたものの天正時代にあった明智光秀の丹波攻略の際に焼け落ちてしまったようです。現在は藤棚や庭園の心字池で知られる寺院ですが、境内には石仏や雌雄の孔雀、石庭のセッコクなどがあり見どころの多い寺院になっています。

丹波竜化石工房 ちーたんの館は、丹波市山南町谷川の丹波市役所山南支所の裏手ある丹波竜に関する情報発信や体験学習の拠点施設です(入館料:高校生以上210円 小・中学生100円)。博物館としては小さなものですが、丹波竜の発掘現場のレプリカやここでしかみられない丹波竜の全身の骨格(レプリカ)、VRコーナーなどがあります。

道の駅 丹波おばあちゃんの里は丹波市春日町にある道の駅です。舞鶴若狭自動車道の春日IC/JCTを降りてすぐにあり、かなり規模の大きなものとなっています。レストラン・土産屋のほかに大きなフードコートと恐竜をモチーフにした公園を有しています。


姫路市(ひめじし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

兵庫県姫路市 生きがいと魅力ある住みよい都市 人口521,799人

姫路城の帽子をかぶったイメージキャラクター「しろまるひめ」が描かれています。2011年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています(従来様式と選択性)。

姫路市は兵庫県の南西部にある市です。もともと播磨国の中心地であり、現在でも県下2位の規模となっています。市域北部は700~900m級の山々が連なる田園地帯で、南部では瀬戸内海に接し、大小40ほどの島々を有しています。世界遺産の姫路城が非常に有名で、別称の「白鷺城」にちなんで市の花はサギソウ、市の鳥もシラサギとなっています。市内には大規模な工場が多く立地し、製造業が産業の主役となっていますが、百貨店・商店街など商業もよく発達しており、ほかに漁業や観光業なども行われています。地酒・菓子・革製品・蒲鉾やちくわ・明珍火箸(火箸を束ねて風鈴としたもの)などを特産としています。また、かりんとうの発祥地の一つ(諸説あり。当地のものは南蛮菓子に由来する)とされており、名物になっています。

姫路城は姫路市本町にある日本の城・国の特別史跡です。白く美しい外観から「白鷺城」とも呼ばれるこの城は国宝・重要文化財・ユネスコ世界遺産に指定されており、三名城や現存十二天守にも数えられる近世城郭の代表的な遺構です。周辺にある市立動物園・博物館・美術館、好古園(歴代城主や武士が住んでいた西屋敷跡を庭園としたもの)とともに当地を代表する観光地となっています。

姫路セントラルパークは姫路市豊富町にあるサファリ形式の動物園/遊園地です。ライオンやトラ、シマウマがいるサファリエリア、スリルライドや観覧車などがある遊園地エリア(スペースワールドから移設されたアトラクションもある)、夏期営業のアクエリア、冬季営業のスケートリンクが入る大規模なレジャー施設です。関西一円では知名度が高く、CMから「姫セン」と呼ばれて親しまれています。

書寫山圓教寺(えんぎょうじ、円教寺とも)は姫路市書写にある天台宗の寺院です。もともと比叡山・大山とともに天台宗の三代道場であったもので、現在でも西国三十三所のうち最も規模が大きいです。堂や門、像など多数の文化財を有するほかに、境内は国の史跡になっていて映画やドラマのロケ地によく使われていたりします。


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亀岡市(かめおかし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

京都府亀岡市 カメばカムほど亀岡 人口86,816人

豊かな緑と豊富な水、亀岡市の観光マスコットキャラクター「明智かめまる」が描かれています。また、亀の甲羅をイメージした六角形のプレートになっています。2012年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

亀岡市は京都府中西部にある市です。このあたりは、奈良時代におかれた丹波国の政治経済・文化の中心地であったことから仏教文化が栄え、戦国時代末期には明智光秀が丹波亀山城と城下町を築いたことで近代的な発展を遂げたといいます。現在の亀岡市は京都市・大阪のベッドタウンとしての側面を有するほか、パルプ・紙製品、電気機械など製造業を主要な産業としています。一方で、亀山城址と城下町・保津川下り・トロッコ列車・湯の花温泉・出雲大神宮(丹波国一宮)といった多様な観光資源を有しています。また、農用地が多く京都府内有数の規模を誇ります。

出雲大神宮は亀岡市千歳町千歳にある神社です。丹波国一宮、また「元出雲」の俗称どおり、社伝では「出雲大社が勧請を受けた」とされています(一般には逆に出雲大神宮が勧請を受けたとする)。おおむね縁結びの神社として親しまれており、境内には因幡の白兎にちなんだ兎の像がちらほら置かれています。

亀山城(亀岡城)は亀岡市荒塚町内丸にある日本の城です。明智光秀によって築かれたもので、説話によると明智光秀の娘・玉子(細川ガラシャ)が内堀に落ちたところを亀によって助けられ、光秀は褒美として亀に「明智」の姓を与えたうえ「かめまる」と呼んで可愛がったといいます。現在は「大本」という新宗教の本部と神苑が置かれており、見学にはチケットが必要です(高校生以上300円)。

道の駅 ガレリアかめおかは亀岡市余部町(あまるべちょう)にある国道9号の道の駅です。同名の生涯学習施設に併設されており、広大な駐車場を有します。併設ということで、道の駅としてはあまり大きな販売スペースを割いていませんが、精肉や野菜など食品の販売のほかにカフェがあります。

亀岡市と右京区嵐山の間にある保津峡は川下りやトロッコ列車で有名です。保津川下りは1895年頃から遊覧船が運行したいうことで、およそ130年余の歴史があります。川下りの終盤に差し掛かると琴ヶ瀬茶屋という「船上コンビニ」からみたらし団子やイカ焼き、ジュースなどを買って食べます。現在はラフティングというゴムボートに乗って川下りをするレジャーも行われています。


京丹後市(きょうたんごし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

京都府京丹後市 旬の京丹後 人口51,444人

市名上に「世界ジオパークのまち」の文字、丹後半島間人(たいざ)の後が浜にある名勝 立岩(たていわ)と、間人ガニが描かれています。2015年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

京丹後市は京都府北部にある市です。日本海に突き出した丹後半島の大部分を占める市で、2004年に竹野郡網野町・丹後町・弥生町、中郡峰山町・大宮町、熊野郡久美浜町が合併してできたものです。北側で日本海に面し、山陰海岸ジオパークの経ヶ岬、立岩、丹後松島といった景勝があります。カニに代表される水産物や丹後ちりめんで知られる地域ですが、丹後杜氏の故郷でもあるため現在でも醸造関連の企業が多く残っています。

丹後半島は世界ジオパーク「山陰海岸ジオパーク」の一部で、複雑な海岸線をしています。ジオサイト(ジオパークの見どころ)の一つ「立岩」は周囲1kmにも及ぶ玄武岩の1枚岩で、第31代用明天皇の第三皇子 麿子親王が鬼を岩で封じたとされており、今でも波の高い夜には鬼が泣く声がすると言われています。また、京丹後市丹後町袖志にある経ヶ岬には明治時代に点灯した第一等灯台があり、近代化産業遺産に認定されています。

琴引浜(ことひきはま)は京丹後市網野町掛津地区と遊地区にまたがる砂浜です。全長1.8kmは鳴き砂の浜としては国内最大級であり、摩擦係数が高い石英を多く含むことで、砂が乾燥した時期に歩くと「キュッキュ」と音が鳴ります。周辺に海水浴場・キャンプ場・温泉(期間によっては足湯)などがあります。砂の表面が綺麗でないと鳴らないため保全活動が行われており、2001年に世界初の禁煙ビーチとなっています。

道の駅丹後王国「食のみやこ」は京丹後市弥栄町鳥取にある府道53号の道の駅です。もともと農業公園としてオープンしたものなので34haもの広大な敷地を有し、西日本最大級の道の駅になっています。内部も公園然としており、広場や散策路、小動物園などの間に商業施設が並ぶという形式になっています。


宮津市(みやづし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

京都府宮津市 自然と文化の架け橋、海園都市みやづ 人口16,285人

日本三景の一つ天橋立(あまのはしだて、あまのはしたて)が描かれています。プレートの形状は「股覗き」をイメージしたもので上部がくぼんでいます。2012年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています(下一桁4,9および下二桁42は欠番、従来様式と選択性)。

宮津市は京都北部にある市です。与謝郡与謝野町、宮津湾と阿蘇海を挟んで市域が南北に分かれており、これを天橋立が繋ぐという特徴的な市域を有しています。市の中心部は南側にあり、宮津湾の最奥、栗田半島の付け根辺りになります。いわゆる「海の京都」を代表する地域で、天橋立周辺の公園、寺社、道の駅といった観光資源を有し、年間約300万人の観光客が訪れるといいます。もともと宮津城という細川藤孝・忠興ゆかりの海城がありましたが明治時代に失われており、現在は遺構の太鼓門が小学校の正門として利用されています。この門の周辺の川沿いに当時の城壁を再現した白壁が続いています。

日本三景の一つ、天橋立は3.6kmに及ぶ砂州が宮津湾内を走るような形で形作られています。いわゆる白砂青松の砂州で約7,000本の松の殆どが自生しているものです。この上を京都府道607号天の橋立線が走っており、この道は一般車両は入れませんが、125cc以下の二輪や自転車で通行可能です。砂州には句碑や記念碑、恋愛成就の神社として知られる天橋立神社などがあります。

天橋立ビューランドは宮津市文殊にある遊園地です。天橋立の白砂青松が空を飛ぶ龍の用に見える「飛龍観」として知られるビュースポットであり、文殊山の山頂までモノレールまたはリフトで上ります。山頂には観覧車や展望レストラン、展望台などがあります。

天橋立温泉は宮津市文殊にある温泉です。この地域はもともと天橋立を望む文殊堂で知られる知恩寺という寺院の門前町で、観光拠点としてホテルや旅館が多かったようです。昭和末期の温泉ブームの影響で、当時は温泉がなかった当地の観光客が少なくなったために1999年に開鑿された歴史の浅い温泉で、ホテル・旅館などで利用されています。JR天橋立駅の前に「知恵の湯」という日帰り入浴施設があります。

傘松公園は宮津市大垣にある公園です。天橋立ビューランドに並ぶ天橋立のビュースポットで、散策路や展望デッキ、レストランなどがありこちらでは「斜め一文字」という景観が見られます。こちらもリフトかケーブルカーを使って上ります。


向日市(むこうし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

京都府向日市 大極殿のあるまち 向日市 人口56,059人

モウソウチクを型どったナンバープレートに向日市歴まちPRロゴマークがワンポイントで描かれています(市名左)。また市名上に「むこう、むこう」の文字が入ります。2016年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付、2018年からはミニカー・小型特殊も対象になっています。

向日市は京都府南部にある市です。京都府南部の15市町村をいう山城地域に属しており、北・東・西で京都市、南側で長岡京市に接しています。面積は7.72k㎡で全国で3番めに小さい市です。京都府屈指の人口密集エリアで住宅地・商業地がよく発達しており、2020年からやや人口が増加していますが、少子高齢化は進んでいます。開発の進んだ地域ですが、たけのこや千両ナスを特産としており、竹林やため池、水田などがみられます。

竹の径は向日市の西側にあるハイキングコースです。京都市洛西竹林公園、当地の向日回生病院あたりから始まる1.8kmほどの長さの道で、連綿と竹垣と竹林が続いています。この竹林は特産の筍(京たけのこ・または乙訓たけのこなどという)の栽培地で、基本的には農業用の道路という位置づけですが、風情のある散歩道として知られています。

向日市は、今から1200年以上前の奈良時代に長岡京があった地域の一つです。784年に平城京から平安京に都を遷すまでの10年間我が国の政治の中心であった都で、近年まで遺構が見つかっていませんでしたが、昭和54年から向日市において門跡や大極殿の跡が発見されて発掘調査が進みました。現在は阪急西向日駅から少し北に朝堂院跡や大極殿跡が公園として残っています。


大山崎町(おおやまざきちょう)

大山崎町ホームページより

京都府乙訓郡大山崎町 天王山・淀川 歴史と文化 うるおいのあるまち 人口16,275人

山崎の戦い(天王山の戦いと呼ばれる)を戦った羽柴秀吉と明智光秀のイラストの背景に天王山、桂川・宇治川・木津川を表した川、町の花サクラが描かれています。町制施行50周年記念として2018年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。

大山崎町は京都府南部にある町で、乙訓郡(おとくにぐん)に属しています(大山崎町1町のみ)。本能寺の変を受けて備中高松城攻めから引き返した羽柴秀吉と明智光秀の軍が争った、いわゆる「天下分け目の山崎の戦い」で知られる地域です。日本でのえごま油発祥の地 離宮八幡宮があり、江戸時代まで油の生産が盛んに行われていました。また、名水で知られる地域でもあるため酒造業との関連が深く、アサヒグループ大山崎山荘(1932年、実業家 加賀正太郎が立てたイギリス風建築)、府境をまたいで大阪府島本町に山崎ウイスキー館があります。現在の大山崎町は製造業を主要な産業とする町ですが、京都市と大阪府の間にあるアクセスの良さや豊かな自然といった条件から人口増加が続いています。

アサヒグループ大山崎山荘美術館(旧:アサヒビール大山崎山荘美術館)は大山崎町銭原の天王山中腹にある美術館・博物館です。昭和初期に建てられたもので、イギリス・チューダー様式の山荘を復元整備し、朝日麦酒株式会社創業者の山本為三郎のコレクションを展示して美術館としています。また、本館以外に安藤忠雄設計の地中館・山手館があり、テラスに面したカフェからは宇治川・桂川・木津川の3川が合流して淀川になる合流地点が見えます。

妙喜庵(みょうきあん)は大山崎町大山崎西谷のJR山崎駅前にある仏教寺院です。「待庵(たいあん)」という国宝の茶室があり、これは千利休作と推定される唯一のものです。にじり口から内部を見学することができますが、予約制で往復はがきによる一ヶ月前からの予約が必要です。また、近くの大山崎町歴史資料館に待庵の複製が展示されています。

聴竹居(ちょうちくきょ)は大山崎町大山崎谷田にある歴史的建造物です。1928年に建築家藤井厚二の自宅として建てられたものです。日本人の感性、気候風土やライフスタイルに合わせた和洋折衷の木造住宅で、国の重要文化財に指定されています。予約制ですが内部の見学ができ、築100年ほど経過した建造物とは思えない斬新なアイデアや技術が盛り込まれています。


宇治田原町(うじたわらちょう)

宇治田原町ホームページより

京都府綴喜郡宇治田原町 心をつなぎ ともに創る 茶文化のまち 人口8,811人

2枚の茶葉を重ねたデザインで、町名の上に「日本緑茶発祥の地」のロゴが入ります。二枚のうち下の葉は緑、上の葉は排気量に応じた色になります。2021年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

宇治田原町は京都南部にある町で、綴喜郡(つづきぐん)に属しています。京都市からは宇治市を挟んで南東側にあり、滋賀県との県境にあたる地域です。宇治市と並んで宇治茶の生産地として知られる場所で、鎌倉時代から茶葉の生産が始まり、江戸時代には茶業に革新をもたらした青製煎茶製法が生まれたとされています(それまでの茶葉は赤茶か黒色で、風味も落ちたようだ)。ほかに古老柿(ころがき、干し柿)の生産が地場産業で、11月ごろになると稲刈りの終わった田に「柿屋」と呼ばれる柿を干すための棚がみられます。

正寿院は宇治田原町奥山田川上にある高野山真言宗の寺院です。今から800年ほど前の1200年に建立されたもので、その後の1596年に中興されています。夏季の風鈴まつりでよく知られており、「風林寺」とも呼ばれる寺院で当地の観光名所になっています。

永谷宗円生家は宇治田原町大字湯屋谷にある歴史的建造物です。永谷宗円は江戸時代の庄屋で、茶業のほかにも田地の改良に取り組んだ人です。当時は熱処理するだけだった茶の製法に「揉む」工程を加えたり当時は煮るだけだった工程をむす方式にしたりと15年かけて茶葉製法を改良し、現代の煎茶製法の基礎を築きました。土・日・祝日に内部を見学可能で、当時の焙炉(ほいろ、茶を乾燥させる道具)が残っており、映像でお茶の製法や宗円の足跡を知ることができます。


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多賀町(たがちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

滋賀県犬上郡多賀町 輝く人、自然、歴史、文化で織りなす多賀の未来 人口7,382人

鈴鹿山脈(上部左側)と星空を背景に日本固有種の小型象「アケボノゾウ」のシルエット(上部右側)、マスコットキャラクター「たがゆいちゃん」が描かれています。町制60周年記念として、2018年からミニバイク50cc以下200枚、90cc以下50枚、125cc以下50枚が交付されています。

多賀町は滋賀県東部にある町で、犬上郡に属しています。滋賀県屈指の神社 多賀大社の門前町として発展した地域で、江戸時代には中山道の宿場町として高宮宿が発達しました。また、町域北東側の米原町の境となる霊仙山(りょうぜんさん)は我が国唯一の三蔵法師(仏教の経蔵・律蔵・論蔵に通じた僧侶のこと)、 霊山が修行した地であり、現在もハイキングコースとして人気があります。現在の多賀町は湖東地域のなかでは大規模な工業団地を有しているため、製造業の比率が高いです。有名な観光名所はあるものの、通過観光地であるためホテルなど宿泊施設はあまり目立ちません。

多賀大社は多賀町多賀にある神社です。イザナギ・イザナミを祀ることから「伊勢の親神様」として知られています。中世から伊勢神宮や熊野三山とともに参詣客で賑わったとされ、現在でも滋賀県を代表する神社野一つです。本殿のほかに能舞台、神馬舎、手水舎、書院などを有し、お守りとされる「お多賀杓子」や土産菓子の糸切餅などで知られています。

河内風穴は多賀町河内にある鍾乳洞です。このあたりは石灰洞が多い地域で、町内の石灰岩が分布するほとんどの場所には小規模な洞窟が存在すると考えていいでしょう。このうち河内風穴は国内4位となる総延長10,020mの広大な洞窟で、入口から200mほどが観光用として公開されています(入洞料金500円、駐車場400円)。

多賀町立博物館は、多賀町四手の文化施設を集めたあけぼのパーク多賀内にある博物館です。町立ということでさほど大きいものではありませんが、地域の化石・鉱物・昆虫の標本などが展示されており、近隣で発掘されたアケボノゾウの全身復元骨格の展示で知られています。このアケボノゾウは日本各地で化石が出土しており、今のところ日本固有種と考えられている小型の古代象です。


彦根市(ひこねし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

彦根市ホームページより

滋賀県彦根市 にゃんと、いいまち。 人口111,085人

㊤イメージキャラクターの「ひこにゃん」を最前面に押し出したデザイン㊦上部は赤色で井伊の赤備えをイメージ、公共交通機関との統一感を意識したもの。「HIKONE CITY」と「MOTORCYCLE LICENCE PLATE」の文字が入る。どちらも2018年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカーを対象に交付(従来様式との選択制)。

彦根市は滋賀県東部にある市です。もともと近江国の交通の要衝であった地域で、現在も琵琶湖東岸をいう湖東地域の中心地となっています(県内の人口ランキングでは4~5位あたりになる)。井伊氏の拠点として築かれた彦根城が有名で、国宝・特別史跡その他現存12天守や日本100名城になっています。また、電気機械やゴム製品、地場産業としてパルプ製品・女性用下着・仏壇などが生産されており、滋賀県の工業の一角を成します。琵琶湖沿岸に漁港を有しているため鮒ずしなど湖魚料理を特産とするほか、多景島という島が市域内にあります。2015年あたりまでゆるやかな人口増加を続けていましたが、現在は減少傾向に転じています。

彦根城は彦根市金亀町にある日本の城跡・国の史跡です。1622年に徳川四天王の一人 井伊直政の遺志を継ぐ形で20年近い年月をかけて建造されたもので、国宝の天守は3重3階の屋根で構成されています。天守以外にも天秤櫓や門などが周辺に残り、玄宮園と楽々園という大名庭園が北側に広がっています(「玄宮楽々園」として国の名勝になっている)。場内に時を告げる時報鐘という鐘が残っており、今でも3時間毎に撞かれています。

夢京橋キャッスルロード(夢京橋商店街)は彦根城の南側、彦根市本町にある商店街です。もともとは彦根城の大手通りだったようで、現在は江戸期の建物を再現した町屋が並ぶ商業地になっています。


豊郷町(とよさとちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

滋賀県犬上郡豊郷町 江州音頭発祥のまち 人と緑のふれあいの里 人口7,187人

豊郷小学校旧校舎群と、江州音頭の絵日傘踊り・扇踊りの日傘と扇のデザインです。2018年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

豊郷町は滋賀県東部にある町で、犬上郡に属しています。滋賀県内で最も小さな町で、全域が犬上川の扇状地にあたるため平野となっています。平地江戸時代~明治期にかけて多くの近江商人を排出した経緯があるほか(伊藤忠商事・丸紅の創業者 伊藤忠兵衛の故郷)、アニメ「けいおん!」の聖地として知られる地域です。国道8号と近江鉄道の間が開発されて町の中心地となっていますが、古くから農業が営まれてきたために郊外は田園風景が広がっています。東近江市八日市と並んで、滋賀県一円で盆踊りに用いられる江州音頭の発祥地です。

豊郷町立豊郷小学校は豊郷町石畑にある小学校です(国の登録有形文化財)。2代目の旧校舎群は丸紅の専務取締役 古川鉄治郎が私財をなげうって建造したもので、歴史的建造物を取り巻く保存運動の様子が全国的に報道されたことがあるほか、映画やアニメなどのロケ地として非常に有名です。滋賀県近江八幡市ととくにゆかりの深いウィリアム・メレル・ヴォーリズ(建築家・社会事業家)の建築物の一つで、階段の手摺にイソップ童話「兎と亀」のブロンズ像があります。

伊藤忠兵衛記念館は豊郷町大字八目の旧中山道に面してある博物館です。伊藤忠商事・丸紅の創業者である初代伊藤忠兵衛が暮らし、2代目が生まれた家を保存して記念館としたもので、資料や2代目の愛用品などが展示されています(入館無料)。


大津市(おおつし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

滋賀県大津市 人を結び、時を結び、自然と結ばれる 結いの湖都 人口343,704人

開かれた絵巻物をイメージした扇型のプレートに図柄として近江八景「瀬田の夕照」が描かれています。また、市名左に「湖都」と入ります。2015年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

大津市は滋賀県の南東部にある市です。滋賀県の県庁所在地並びに最大の都市であり、琵琶湖西南端に接する南北に細長い市です。飛鳥時代に天智天皇により近江大津宮が開かれたために都となり、爾来交通の要衝として発達してきたものです。古くから和歌や俳句に詠まれる風光明媚な地で、大きな自然災害や戦時中の被災が少なかったため、多くの社寺、史跡、名勝が残っています。これらのほか、琵琶湖の遊覧船や県下最大の温泉地となる雄琴温泉(近年では「おごと温泉」の表記が多い)などの観光名所を有しています。産業は商業が中心で、県庁所在地としては製造業の比率がやや低いです。昭和15年から平成期にかけて人口が増加していましたが、現在の人口推移は横ばいとなっています。

比叡山延暦寺は大津市坂本本町にある寺院で、天台宗の総本山です。788年に最澄によって開基されたもので、高野山金剛峯寺と並んで平安仏教の中心となる寺院でした。現在でも僧侶によって厳しい修行が行われており、我が国の仏教の代表的な聖地となっています。150ほどの堂塔からなる広大な境内を有し、根本中堂(国宝、信長の焼き討ちの後徳川家光によって復興されたもの)、廻廊(重要文化財)、鐘楼、国宝殿(仏画、工芸品などを所蔵展示)などがあります。

びわ湖バレイは大津市木戸にあるスキー場です。山頂付近から琵琶湖を見晴らすゲレンデとして開設されたもので、オフシーズンには高原公園として営業しています。山頂近くまでロープウェイで上るとカフェや展望台があります。

雄琴温泉は大津市苗鹿・雄琴にある温泉です。最澄によって開かれたとされており、1300年ほどの歴史があります。滋賀県下最大の温泉地であり、旅館9軒、スーパー銭湯などがあります。もともとこのあたりは田んぼでしたが、昭和中期に歓楽温泉として大規模な風俗街を形成しました。徐々にソープランドのイメージが定着して家族客が敬遠するようになったため、現在は温泉街と風俗街が明確に別れています。


甲賀市(こうかし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

滋賀県甲賀市 人 自然 輝きつづける あい甲賀 人口88,494人

滋賀県甲賀市、三重県伊賀市が共同で採用した忍者ナンバープレートです。左右に忍者、巻物、手裏剣が描かれています。2012年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

甲賀市は滋賀県の南東部にある市です。2004年に旧甲賀郡の信楽町・甲南町・水口町・甲賀町・土山町が合併して甲賀市になりました。後世に甲賀忍者として知られる甲賀武士の里があった地域で、近世には東海道の宿場町 水口宿・土山宿がありました。現在の甲賀市は、2008年の新名神高速道路開通に伴い製造業の工業団地の誘致が進んだこともあって製造業の比率が高くなっています。また、日本六古窯の一つ信楽焼の産地でもあり、粘土・長石・砂利採取など鉱業が盛んです。農業ではコシヒカリ・みずかがみなど水稲が多く栽培されていますが、小佐治集落で産する滋賀羽二重糯(しがはぶたえもち)というもち米が有名で、最高級のもち米とされています。

伊賀市・甲賀市・亀山市(三重県)は広域行政連携事業「いこか連携プロジェクト」として県境・市境を超えた観光誘客や交流促進に向けた事業を行っています。2017年に「忍の里 伊賀・甲賀」が日本遺産として認定されています。

甲賀流忍術屋敷は現存する忍者屋敷です。忍者が飲む薬草茶や忍具、どんでん返しなどの展示があり、手裏剣も投げられます(住宅地にある)。甲賀の里忍術村は忍者屋敷の展示のほか手裏剣投げ、石垣昇りや水蜘蛛などがあります(子供に人気、夏に行くのがいい)。

信楽町で作られる信楽焼は日本六古窯のひとつに数えられ、一般的には狸の置物で有名です(信楽町には狸が並ぶ)。土の素朴さと焦げの味わいがあり茶陶として珍重されました。現在では、庭園陶器や傘立てやタイル、日用陶器などが作られています。

水口城(碧水城)は1634年に徳川家光が宿館として築かせたものです(水口お茶屋ともいう、資料館あり)。土塀や櫓が移設・復興されてお城らしくなっています。水口岡山城(古城)は標高300m(比高100m)で、石垣巡りコースができていて公園化されています。石垣と堀切が残っていて、ちょっとしたハイキングにはいいでしょう。

甲賀流伴党21代目宗家 川上仁一氏の動画です。


原付のご当地ナンバー都道府県別目次はコチラ

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