佐賀県ご当地ナンバープレート紹介・一覧

原付・小型バイクのご当地ナンバー

【佐賀県編】

全47都道府県を網羅 掲載市町村区630以上


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佐賀県ご当地ナンバープレートの紹介です。地域の観光・グルメ・道の駅情報なども少し扱っています。

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原付のご当地ナンバー都道府県別目次はコチラ

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唐津市(からつし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

佐賀県唐津市 自然と歴史と文化が織りなす 心の散歩道 唐津 人口116,323人

唐津くんちの曳山が描かれたもので、2017年にミニバイク50cc以下を対象に2,000枚が交付されています。また、2021年には佐賀市・伊万里市・鳥栖市などとともにTVアニメ「ゾンビランドサガ」のオリジナルプレートが交付されています(画像。市公式HPより)。このプレートはミニバイク50cc以下が対象で、500枚の交付となりました。市の歴史民俗資料館の屋根で同アニメのキャラクターがまったりしている様子が描かれています。

唐津市は佐賀県の北西部にある市です。北部と西部で玄界灘に接し、市北部に唐津湾がひらけています。2005年に旧唐津市と東松浦郡浜玉町・厳木町・相知町・北波多村・肥前町・鎮西町・呼子町が合併し、新唐津市となり更に2006年には七山村を編入しています。当地は江戸時代には唐津藩の中心地であり、廃藩置県後には短期的に唐津県が置かれていました。現在の唐津市は就業者や販売額ともに商業が中心となっていて、ついで食料品や化学工業など製造業が盛んです。また、虹の松原(特別名勝)や呼子朝市、唐津くんちなどが有名で、観光資源も豊富です。牛肉・豚肉など畜産物とハウスみかん、イカ・牡蠣・車海老などの海産物、唐津焼などを特産品としています。

唐津城は唐津市東城内にある史跡です。1608年に当地に入封した豊臣秀吉の家臣 寺沢広高が築いたもので、唐津湾に面した砂州が東西に広がる様子が鶴が羽根を広げたようにみえるということから舞鶴城という異名をもちます。現存する遺構は石垣や堀ですが、天守や櫓、門などが復興されています(ただし、築城当初に天守があったかどうかは不明)。城の東側に幅500m、長さ4.5kmに渡って広がる虹の松原は、もともと唐津藩の初代藩主となった寺沢広高が新田開発のため、防砂林/防風林として植樹を行ったものです。また、松原の東側浜玉町のあたりに当地の土産物「けえらん(けいらん)」の発祥地 諏訪神社があります。

屋形石の七ツ釜(国の天然記念物)は唐津市の北西側、唐津市屋形石にあります。東松浦半島を構成する上場大地が玄界灘に落ち込む場所で、7つの海蝕洞があることから「七ツ釜」といいますが、実際にはもっとたくさんありなかには遊覧船がまるごと入れる広さのものがあります。また、岬全体が七ツ釜園地として遊歩道などが整備されており、展望台からは天気の良い日には壱岐や対馬が見えることがあるようです。

唐津くんちは毎年11月2日から11月4日までの3日間、唐津神社で行われる秋季例大祭です。くんちは「おくんち」「宮日」「供日」とも書き、収穫を祝う行事です。当地の祭りは日本三大くんちの一つで、独特の漆の技法で飾られた14台の豪華な曳山が街を巡ります。昭和55年「国の重要無形民俗文化財」に指定され、平成27年には「ユネスコ無形文化遺産」に登録されました。

名護屋城は唐津市鎮西町(ちんぜいちょう)にある史跡です。1591年に豊臣秀吉が朝鮮出兵に際し拠点として築城させたもので、当時8ヶ月の突貫工事で5重7階の天守が築かれたものとされ、近隣からは金箔を施した瓦が出土しています。史跡の近くにある佐賀県立名護屋城博物館では黄金の茶室が復元・公開されているほか、道の駅 桃山天下市があります。

唐津市の産物で全国的に有名なものが唐津焼です。市内に約70ほどの窯元があり、土の素朴さ、力強さから「用の美」を湛え茶器として好まれました。現在では釉薬や技法による種類も豊富で、普段使いのマグカップや茶碗などにも人気があります。


嬉野市(うれしのし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

佐賀県嬉野市 歓声が聞こえる嬉野市 -お茶と温泉のまち、佐賀のほっとスポットうれしの  人口24,912人

嬉野温泉をイメージしたもので、ひらがな表記「ゆ」のナンバープレートです。2013年からミニバイク50cc以下を対象に交付されています。また、2021年にはアニメ作品「ゾンビランドサガ」のオリジナルナンバーも交付されており、同作品の主要キャラが足湯でまったりしている様子が描かれています。こちらのナンバーも50cc以下のミニバイクが対象で、200枚が交付されています。

嬉野市は佐賀県の南西部にある市です。2006年に嬉野町と塩田町が合併してできた市で、県内9番目の市となっています。市域全体を300~800mほどの山に囲まれた盆地のまちで、嬉野温泉や塩田津(しおたつ)の古い町並み、嬉野茶の生産などで知られています。産業は商工業のバランスが取れており、農林業や宿泊・サービス業などが比率としては大きいです。3世紀頃とされる三韓征伐の帰途に神功皇后(天皇14代。各地の八幡宮で祀られる誉田別命の母)が立ち寄り、鶴が湯浴みをして傷を癒やした様子を見て「あなうれしや」と言ったことから「嬉野」になったと言われています(人物の部分は諸説あり)。緑茶、紅茶、温泉豆腐やきゅうりなどを特産品としています。

嬉野温泉は嬉野市嬉野町にある温泉地です。県内では武雄温泉と並ぶ二大温泉地で、塩田川沿いに50軒ほどのホテルや温泉宿が出ています。泉質はナトリウムを含む重曹泉(弱アルカリ性)であり、入浴後にツルツル感があることから「日本三大美肌の湯」のうちの一つとなっています。また、この温泉水を使った湯豆腐を「嬉野温泉湯どうふ」といい、温泉水に含まれる重曹によって豆腐がとろとろになります。また、嬉野温泉南側に九州忍者保存協会の本拠施設で「肥前夢街道」というテーマパークがあり、忍者服のレンタルやアスレチック、手裏剣打ちの体験や忍者ショーなどを行っています。

塩田津は嬉野市塩田町にある街区で、重伝建に指定されています。もともと江戸時代初期に長崎街道の塩田宿として整備されたもので、当時の地割りや水路が残っています。「居蔵屋」と呼ばれる大型の白漆喰の大型町家が特徴で、国の重要文化財 西岡家住宅のほかいくつかの旧家が残ります。また町の各所に当地の石で造られた石像が見られ、どれも重厚な雰囲気があります。

轟の滝は嬉野市嬉野町にある塩田川の滝です。嬉野温泉の温泉街から1kmほどのところにあり、山間ではなく平坦部にある珍しい滝です。平坦部の滝ということで高さは11mくらいと低く、水墨画の滝のような様とはかけ離れていますが、滝壺は2,500㎡ほどあり流量は立派です。周辺が轟の滝公園として整備されており桜の名所とされるほか、近くに嬉野茶交流館「チャオシル」という嬉野茶の広報施設(入館無料で茶の歴史や製造工程など資料を展示、喫茶コーナーや体験コーナーもあり)があります。


白石町(しろいしちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

佐賀県杵島郡白石町 人と大地が うるおい 輝く 豊穣のまち 人口21,138人

白石平野、有明海、杵島山とPRキャラクター「しろいしみのりちゃん」が描かれています。2012年からミニバイク50cc以下~125cc以下、ミニカー・小型特殊車両を対象に交付されています(ミニバイクとミニカーは従来様式と選択可、小型特殊はご当地ナンバーのみ)。

白石町は佐賀県の中南部にある町で、杵島郡に属しています。2005年に旧白石町、福富町、有明町が合併して新白石町としています。町域東部から南部にかけて広く有明海に面し、干潟や干拓地で知られています。概ね土壌は粘土質で農業好適地となっており、農業や海苔養殖が盛んに行われています。「ゆといもち」と呼ばれる餅を噛まずに飲み込む風習が残っている(保存会の会員のみ、危険なので一般の参加は不可)ほか、県内のレンコン生産のほとんどを占める名産地でもあります。

肥前犬山城展望台は白石町堤にある展望台です。白石平野の西部に連なる杵島山の犬山岳(標高342m)にあり、城の天守を模した展望台になっています(史跡ではない)。この杵島山は「歌垣」という古代歌を掛け合う集会(老若男女の娯楽や求愛の場であった)が催されていたことで知られているため、周辺は歌垣公園という公園になっており、八重桜やツツジの名所とされています。

道の駅 しろいしは、白石町福富下分にある県道36号の中規模の道の駅です。地場産品を売る「もんごもんご市場」、レストラン、レンタル自転車、加工場などで構成されています。また、隣に「いちごの駅(岸川農園)」という観光農園があり、シーズンにはいちご狩りを行っています。

縫ノ池(ぬいのいけ)は白石町湯崎にある池です。湧水による池で、「金妙水」と呼ばれる湧き水が汲めるようになっています。この池は800年以上当地にあり、住民に親しまれてきた池ですが、1958年に干上がってしまい無くなってしまいました。その後40年以上経た2001年に再び湧出し、水をたたえるようになったといいます。この池の北側に須古城跡、杵島城跡が残っています。


基山町(きやまちょう)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

佐賀県三養基郡基山町 ~集い ふれあい 助け合い~「みんなで創る 人と自然が輝くまち きやま」 人口17,363人

隣接する鳥栖市のものと同じデザインです。基山町イメージキャラクター「きやまん」と鳥栖市イメージキャラクター「とっとちゃん」、「なかよく まちづくり」の文字が描かれています。2012年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています(従来様式と選択性)。

基山町は佐賀県の東端にある町で、三養基郡(みやきぐん)に属しています。同町は佐賀県にありますが、福岡都市圏の一角であり福岡市や久留米市のベッドタウンにもなっています。また、九州自動車道と長崎自動車道が通り隣接する鳥栖市とともに九州の自動車交通の要でもあります。おおむね町域の西側は脊振山地(せふりさんち)及び丘陵地帯で、東側の平地に市街を成しています。宝満川の支流がいくつか流れるため水利に恵まれており、戦前までは農業のまちでしたが、戦後には交通の便を活かして工場の誘致をすすめました。現在では第三次産業及び製造業が主要な産業となっています。2014年の日本創成会議において、2010-2040年の若年女性の変化率が-62.1%と推計されたため消滅可能性都市の指摘をされていますが、現在はやや持ち直しているようです。茶・みかん・ぶどう・ハム・エミューの肉や羽根(縁起物とされる)・酒などを特産品としています・

大興善寺は基山町大字園部にある天台宗の寺院です。寺伝によれば、聖武天皇の勅願により717年に行基によって創建されたものとされています。ヒラドツツジを主としてツツジ5万株が植栽されており、春には「つつじ寺」として親しまれる寺院で、木造の広目天・多聞天立像2躯が重要文化財(旧国宝)に指定されています。また、モミジも多いため秋には紅葉の名所となります。

基肄城(きいじょう/きいのき)は福岡県筑紫野市と基山町にまたがる古代山城です。665年、白村江の戦いで敗れた大和朝廷が太宰府の南の守りとして築いたものとされています。当時は長さ4kmにもわたる土塁や石積みがあったようですが、現在は多くが流失しています。このほか水門や通水溝などの遺構が残っており、学術的な価値が高い史跡です。また、史跡の中部は史跡巡りができるよう歩道が整備されています。

基山ラジウム温泉は基山町小倉にある入浴施設です。一般の銭湯にかなり近いレトロかつ小さな施設で、お湯は単純放射能泉で無色透明無臭、温度はぬるめです。関節痛や筋肉痛に効能が高いといわれています。

本福寺(基山町)は基山町宮浦にある真言宗系(光明念佛身語聖宗)の寺院です。前述の基肄城は894年の遣唐使の廃止の後、軍事的な意味合いが薄れ仏教の修行場となっていきました。同寺院はいわゆる観光寺として知られていて、写経や座禅(阿字観)、茶道や生花、滝行といった豊富なお寺体験とお寺カフェがあります。また、同寺院に向かう道路の脇に当地の特産品の一つであるエミューが飼育されている飼育園があります。これは観光施設ではないですが、国内での飼育は珍しいエミューが見られます。


鳥栖市(とすし)

出典元「日経研調べ ご当地プレート

佐賀県鳥栖市 住みたくなるまち 鳥栖 -“鳥栖スタイルの確立”- 人口74,229人

隣接する基山町と同じデザインです。基山町イメージキャラクター「きやまん」と鳥栖市イメージキャラクター「とっとちゃん」、「なかよく まちづくり」の文字が描かれています。2012年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています(従来様式と選択性)。また、2021年からはアニメ「ゾンビランドサガ」のオリジナルプレートも交付されており、こちらは同アニメの主要キャラクターが駅前不動産スタジアムで観戦している様子が描かれています(ミニバイク50cc以下が対象で400枚の交付)。

鳥栖市は佐賀県の東端にある市です。県内3位の規模を誇る自治体で、九州縦貫自動車道、国道3号など南北の交通軸と九州横断自動車道、国道34号など東西の交通軸が交わる交通の要衝にあります。歴史は古く、ヤマト王権時代(2~3世紀頃)には「鳥巣」と呼ばれており、これが現在の地名「鳥栖」になったとされています。現在の鳥栖市は製造業を主な産業としていて、化学工業や食品の加工を得意としています。福岡都市圏との近さや企業立地などを背景に人口が増加していますが現在は鈍化しており、令和12年くらいから減少傾向に転じると推計されています。

駅前不動産スタジアム(略称:駅スタ)は鳥栖市京町にある球技場です。もともとJR鳥栖駅構内にあった機関区や操車場跡に1996年に造られたもので、サッカー・ラグビー・グランドゴルフ等に利用されています。特にサッカーが有名で、当地のサッカークラブ サガン鳥栖のホームグラウンドとなっています。

中冨記念くすり博物館は鳥栖市神辺町にある歴史民俗博物館です。「田代売薬」といって、18世紀中頃には薬売りが当地の産業となっていたようです。当地に本拠をおく製薬会社 久光製薬もこの田代売薬の係累であり、同博物館は久光製薬の創業145周年を記念して建造されたものです。現代の薬と昔の薬に関する展示を行っているほか、年間を通じ350種の薬草がみられる薬草園が併設されています(大人300円、高・大生200円、小・中生100円)。

御手水の滝(おちょうずのたき)は鳥栖市立石町の九千部山南麓にある滝です。高さ22m、幅6mあり、名称は室町時代から霊場として知られ、修験者がこの滝で手を洗い身を清めたという伝説によります。周辺に遊歩道やキャンプ場、無料の河川プールなどが整備されていて、夏場は涼を求めて多くのファミリーが利用しています。

朝日山公園はJR九州新鳥栖駅の南西側にある公園です。高さ133mほどの朝日山城跡(肥前国、14世紀頃の山城)の城郭一帯が公園として整備されたもので、芝生広場や遊具、あずまやなどがあります。当地の桜の名所として知られるほか、サガン鳥栖が階段トレーニングで利用している290段の階段があります。


神埼市(かんざきし)

神埼市ホームページより

佐賀県神埼市 自然と歴史と人が輝く未来都市 人口30,884人

日の隈山と川、七色の虹を背景に吉野ケ里遺跡のやぐらやハンギー(木製のたらい)にのったPRキャラクター「くねんワン・くねんニャン」が描かれています。合併10周年記念の2016年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されています。

神埼市は佐賀県東部にある市です。2006年に神崎町・千代田町・脊振村が合併して発足したもので、佐賀県10番目の市となっています。市域は南北に長く、北部は脊振山(標高1055m)を中心とした山地、南部が佐賀平野で南に行くほど標高が下がります。神埼市と東側で隣接する吉野ヶ里町にまたがる特別史跡 吉野ヶ里遺跡が有名です。小売・卸売業など第三次産業を主要な産業としています。また市域の1/4程度が耕地で、米・菱の実と菱焼酎・そうめん・アスパラガスなどを特産品としています。

吉野ヶ里遺跡は、神埼市と吉野ヶ里町にまたがって存在する弥生時代の大規模な環濠集落(周囲に堀を巡らせた集落)です。およそ117haの広さにわたる遺跡であり、ガラス製の管玉や銅剣、銅鏡、鉄器などが多数出土している遺跡で、1970年代に一部が破壊されましたが(当時はもっと小さい遺跡だと考えられていた)、現在は田手川東岸と西岸に吉野ヶ里歴史公園が整備され環濠・高床倉庫・竪穴建物・物見櫓などが復元されています。

九年庵(国の名勝)は神埼市神崎町にある邸宅及び日本庭園です。1892年に佐賀県佐賀市出身の実業家 伊丹弥太郎が別邸として築いたもので、9年の歳月をかけて完成したことから「九年庵」と称します。現在は佐賀県が管理運営しており、春と秋に期日を設けて公開されています。佐賀県を代表する紅葉の名所とされています。

水車の里遊学館は神埼市神崎町にある水車に関する資料館・観光施設です。明治30年代の同地区にはおよそ60台の水車があったそうで、現在水車5基と水車小屋2棟が復元されています(実際に製粉・精米が可能)。また、近場の観光スポットを紹介する観光案内所の役割があります。

佐賀のエッフェル塔は神崎市神崎町の県道48号沿いにあります。近くの板金塗装会社の社長が20代の頃に訪れたパリのエッフェル塔の景観に惚れ込んで、5年の歳月をかけて建造したものです(ただし高さは22m)。テレビなどで紹介されたため、当地のB級観光スポットになっています。


江北町(こうほくまち)

江北町ホームページより

佐賀県杵島郡江北町 子や孫に誇れる郷土 江北 人口9,575人

PRキャラクターのビッキーファミリーと稲穂が描かれています。2019年からミニバイク50cc以下~125cc以下を対象に交付されていましたが、2022年に追加でミニカー用の水色ナンバーが交付されています(画像はミニカー用)。

江北町は佐賀県の中央部にある町です。かつては長崎街道の宿場町、戦後は石炭の町として栄えた歴史を有する地域で、現在は国道34号と207号、JR九州の佐世保線と長崎本線が分岐するあたりで交通の要衝として栄えています。町域の40%が耕地であり全般に田んぼが目立ちますが、町の北部に工業団地を有し、食品加工(切り餅)や電子部品・デバイスなどの製造業を得意としています。全国的に人口減少が続いているなか人口に大きな増減はなく近年はほぼ横ばいとなっています。米・餅・レンコン・佐賀牛・いちごなどを特産品としています。2022年に当地の中心駅の名称が「肥前山口駅」から「江北駅」に変わっています。

白木パノラマ孔園は江北町山口にある公園です。白石平野と有明海を見渡す高台にあり、アスレチックやターザンロープなどの遊具のほか、キャンプ場が併設されています。無料駐車場があり、有料キャンプ場としては料金が安め(デイ300円、宿泊600円、町内は半額)ということもあり、町内・町外問わず憩いの場として利用されています。近くに白木聖廟という孔子廟があり、1700年頃に日本に渡ったとされる孔子像が祀られています(年に一回、4月に行われる祭りで公開されている)。

花祭いちごの谷は江北町山口にある観光農園です。おおむね1月から5月にかけていちご狩りを行っていて、「いちごさん」(果肉が赤いまだ新しい品種)、「さがほのか」「よつぼし」といった品種のいちごが食べられます。このあたりは田園風景が広がるのどかな地域で、近くに約20万本の彼岸花が群生している場所があり、9月下旬に彼岸花祭りが行われています。

カンカン石は江北町惣領分の国道207号沿いにある石です。讃岐岩(サヌカイト)という岩石で、名称通り香川県坂出市周辺や、大阪~奈良間にある二上山あたりで採れる安山岩です。非常に固く、叩くとカンカンと音がするのでこのように呼ばれます。当地のものは江北町がかつて長崎街道の宿場であった頃、旅人が訪れる名所であったそうです。


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